33 植木家と雷光VSギルド長モンスターズwithエヴァ&バネッサ 前編
とある正月休みの日。
植木家の面々は、まったりとした時を過ごしていた。
リビングのテーブルにケーキやクッキーなどのお菓子をたくさん乗せ、家族全員でくつろいでいたのだ。
忙しいはずの父、幸太郎も、正月休みくらいはと一緒にくつろいでいる。
リビングではテレビを見ていたり、スマホを弄っていたり、読書をしていたりと、みんなが思い思いに過ごしているのだが、その中に一人だけ異質な男がいた。
リビングの隅っこに一人だけ座布団を敷いて陣取り、座禅を組んでいる。
目をつむり、瞑想状態の男、長男の信。彼は家族団欒の席で一人だけ、ポポにテレパシーを送っていたのだ。
『応答せよ応答せよ。スライムのポポ。応答せよ。俺は植木信だ。応答せよ』
ポポとの魔力共有で、信の魔力神経が少しずつ安定してきている。
もしかしたら、脳内でポポの声が聴けるかもしれない。そうなれば、どれほど素晴らしいことか容易に想像できる。
下手な魔力錬成で信はゆでだこのように真っ赤になっているが、ポポは全く気づかない。
顔を真っ赤にさせて頭から煙を噴いている信。
ウンコでも我慢しているのかな? ポポは信のことがそんなふうに見えた。
自分の主が何をしているのかよく分からないので、ポポはケーキをゆっくりと食べ、テレビを見て楽しんでいる。
ポポは日本語がわかるし、テレビの面白さも理解できる。香奈と一緒にテレビを見て、コロコロ転がって笑っている。
一人だけ顔を真っ赤にさせた変態を除き、家族団欒のほのぼのタイム。
植木家の大黒柱幸太郎も、この時ばかりはストレスから解放されていた。
そのまったりとした幸せな時間に、リビングの電話が鳴り響いた。
すかさず香奈が受話器を取り、応対する。
「あなた。ギルド長の俊也さん。なにか話があるって。そこのテレビんとこの子機を使って」
香奈は保留のボタンを押して、幸太郎に電話の子機を取るように促す。
「話? なんですかこの穏やかな休みの日に。仕事なら断りますよ」
幸太郎は魔導式の車いすをスィーッと操作し、渋々と子機を取る。
『お? 幸太郎か?』
「なんですか。この休みの日に。仕事は休みですよ」
『いきなりトゲがある口調だな。違う違う。仕事じゃない』
「ならなんですか」
『雪だ!』
「は? 雪?」
突拍子もない単語に、幸太郎は首をかしげる。
『ダンジョンに雪のフロアが見つかったんだ! しかもセーフフロアだ!』
「セーフフロア。ほう。すごいですね。ですが、それが何か?」
セーフフロアの発見はかなりの功績だ。発表すればギルドにそれなりの報奨金が出るだろう。しかしそれがなんだというのか。幸太郎には全く関係がないと思うが。
『エヴァが見つけたフロアなんだが、ここに植木のみんなを招待したい!』
「はぁ? なぜ急に」
『雪合戦だ!! みんなで雪合戦するぞ!』
「……何を言っているんですかあなたは? 気でも狂いましたか? あなたはそんなキャラクターでしたか?」
幸太郎は、妙にテンションの高い俊也にうんざりする。
『とにかくすごいフロアなんだ! ギルドに来い! 全員だぞ!! スライムも絶対に連れて来い! 信頼できる奴なら、友達も連れてこい! 多い方が楽しいぞ!』
そこでブツッと電話は切れた。一方的である。
「はぁ!? なんなんですか!? いきなり電話を切って、しかもあのテンション。そんなにすごいフロアなんでしょうか?」
幸太郎はせっかくの休日をつぶされ、がっかり。この後みんなでゆっくりと外食にでも出かけるつもりだったのだ。
「はぁ。仕方ない。みんな、聞いてください。実は俊也が……」
かくかくしかじか。
幸太郎は家族に説明をし、ギルド長に会いに行くことになった。
植木家も暇を持て余していたということもあって、ギルドに行くことに快諾。念のため動きやすい服に着替え、ポポを乗せた全員で、大型SUVに乗って出発した。
もちろん、長男の信はその時も顔は真っ赤である。
★★★
俊也が治めるギルド支部に到着する。
植木家一行は、観光みたいな感じでぞろぞろと総合受付まで歩いた。
受付まで行くと、香澄の知り合いが一人いた。
香澄の仕事仲間である、高ランクハンター「雷光」だ。
超イケメンで背が高く、チャラチャラした感じの男である。モデル雑誌に載るような男だが、ハンターとしての実力は折り紙つき。
「お? 香澄じゃないか? こんなところで合うとは奇遇だな」
「あ、雷光さん。こんにちわ」
香澄は雷光のことは別に嫌いじゃない。実力のある、良き先輩と思っている。
「そっちの方は? もしかしてご家族か?」
「うん。うちの父と母。後ろで顔を真っ赤にしているのは、馬鹿なお兄ちゃん。あと、私が抱いているのは、スライムのポポ」
ポポは雷光を見ると一瞬警戒したが、魔力の色から、敵ではないと判断。味方と区別した。
「なんと。いきなり失礼な態度を取り済みません。三等級“リギル”の雷光です。娘さんとは何度か仕事させてもらってます」
雷光は意外にも、それなり? の挨拶をした。頭を深く下げ、幸太郎と香奈に挨拶をしたのだ。
「いやいや、香澄のことを面倒見ていただいて感謝しています」
「へぇ。しっかりとした、かっこいい子ね。香澄もやるわね」
幸太郎と香奈がにっこりと返事を返す。
雷光は頭を上げると、香奈のことをじっと見る。
「あら? 私になにか?」
「ああ。申し訳ありません。じっと見たりして。ただ、香澄さんと似ているなと思っただけです」
「あらあら。珍しいわねそんなこと言われるの。香澄は父親似よ? 私が似ているのは名前だけだわ」
雷光は「そうでしたか。あはは」と言ってごまかしていたが、ポポは「ピーン!」と感じ取った。
数秒のやり取りではあったが、雷光の目が香奈を見る時、獲物を見るような目で見ていたからだ。
『こいつ、熟女好きじゃ! 香奈が狙われとる!!』
雷光はピチピチの女子高生香澄ではなく、妙齢のグラマラスな女性が好きらしい。
幸太郎はそう言った事には疎く、雷光としっかり握手し、香澄を頼むと挨拶していた。
ポポは幸太郎の鈍感さに呆れつつも、「香奈は私が守る」と硬く誓う。
もちろん、そんな時も信は蚊帳の外。一人さみしく、顔を真っ赤にして踏ん張っていた。
『応答してくださいぃ。ポポさんん。お願いしますぅぅ!』
信は一人で泣きそうになっていた。
もはや今日の信は意味不明の何者でもない。
★★★
受付で話をすると、バネッサがすぐに来た。
バネッサは雷光を一瞬見ると、「ちょうどいい頭数がいたわ」と一人ごちる。
なぜかその場にいた雷光も巻き込んで、バネッサは“雪のセーフフロア”にみんなを案内することに。
いずれ公表するセーフフロアだからか、雷光というイレギュラーでも問題ないらしい。
雷光も雷光で、香奈とバネッサという妙齢の女性に囲まれ幸せの絶頂。ひょいひょいついてきた。
例によって、ダンジョンに作られた特殊エレベーターで一気にセーフフロアに向かう。
途中でエレベーターが転移ゲートを通過したが、何事もなくセーフフロアに到着した。
エレベーターの扉が開くと、ごつごつとした岩肌がいきなり見えた。一滴一滴、水のしずくがしたたり落ちている、鍾乳洞がある洞窟だ。
機械的なエレベーターがミスマッチしている場所で、本当にこんなところにフロアがあるとは信じられない。
「こちらです幸太郎様。奥様」
バネッサは幸太郎が伝説的ハンターだと知っているので、平身低頭で案内する。まるで主人に使えるメイドのようである。露出の激しいビキニアーマーを除いては。
「そんなにかしこまらないで下さい。私はただの中年親父ですよ?」
「中年親父? ご謙遜を。恥ずかしながら、私は幸太郎様と奥様のファン。このくらいは当たり前です」
「ファン。そ、そうですか」
幸太郎と香奈は苦笑い。
そこで雷光が、チョイチョイと香澄の肩を叩いた。
「香澄。君のお父さんとお母さんは有名人なのか?」
雷光は幸太郎のことは知らない。名前も改名しているし、写真もわざと残していないので、幸太郎が伝説のハンターなど知らないのだ。
「私もよく知らないけど、昔はお父さんも有名なハンターだったみたいですよ。お母さんは投資関係かな? ギルドのパトロンらしいし。あっ、それはお母さんの実家だったかな?」
「何? ギルドのパトロンだって? 君の家族は一体……。しかし、あの激剣のバネッサさんが、頭を下げるなんて、すごいな」
バネッサも雷光も三等級“リギル”。同じ等級ではあるが、その力にはかなりの開きがある。
バネッサは二等級に上がれる能力がある。わざと昇級しないのだが、もし二等級に上がったのなら、上位に食い込める力を持っている。
雷光は三等級に上がったばかりの新米ランカー。バネッサの足元にも及ばない。
雷光は小声で香澄と話す。話ながらも、トンネル状の通路を歩き続ける。岩だらけで、湿度の高いダンジョンである。
一直線でトラップもない為、安全である。歩き続けると、重々しい、石の扉が見えた。大きな岩をくりぬいて作りました、というような扉だ。その石扉は観音開きで、変な模様が描かれている。
「信、この模様が分かりますか?」
父の問いに、テレパシーでくたばりかけていた信が生気を取り戻す。
「ほうほう。これは。ギルド長室の扉にあったものと似ている。多分、古代ガリア語の亜種だと思う」
今までに空気と化していた信は、キリッと復活。父の問いに間髪入れず答えた。
「ガリア語ですか。だとすると、かなり古い時代のダンジョンですね」
「それなりの力を持ったダンジョンマスターが管理していたんだと思う。だけど俊也さんは天才だから」
「俊也は解析魔法と探知魔法が得意ですからね。この扉の魔法鍵も開けたんでしょうね」
幸太郎と信が話している時も、雷光はコソコソと香澄に聞いた。
「香澄の兄だと言っていたが、あの人はどんな人なんだ? 学者か?」
「ああ。あの人はただのバカですよ」
「バカ? いや、かなり頭がよさそうに見えるけど」
「バカというより、変態?」
「へ、変態? うーむ。君の家族は謎が多いな。そのスライムも従魔なんだろ? スライムって言うこと聞くのか?」
香澄が抱きしめたポポを見る雷光。
「この子はポポ。お兄ちゃんの従魔です。とにかく賢くて可愛いスライムですよ」
触手で握り拳を作るポポ。タンポポの花がふわっと揺れた。
「そうなのか? 植物系のスライムみたいだし、何か特殊能力がありそうだな」
ポポは雷光に警戒心を崩さない。味方ではあるが、仲間ではない。いつ敵に回るか分からないので、攻撃の準備は怠らない。
香奈はなんか隙だらけだし、雷光の毒牙にかかると、家庭崩壊の危機だ。絶対にそれは阻止する。
「では、皆様。セーフフロアに入りますよ」
バネッサは、「同調魔法を唱えます」といって、全員の魔力周波数を同調させる魔法を唱えた。
一瞬全員が光に包まれ、魔力が同調する。
セーフフロアへこれで行けるようになる。バネッサは扉をゆっくりと押し開けると、中に入って行く。
扉が開くと、いきなり冷たい空気がなだれ込んでくる。扉の向こう側は、かなり寒いようだ。
「こちらです。足元にお気を付け下さい」
バネッサが入って行く先は、白銀の世界。
ダンジョンを抜けると、そこは雪国であった。




