31 番外編2 ポポ、香奈が熱で倒れたので、看病をしてみる
ある日のこと。
香奈が熱を出してでダウンした。
タイミングが悪いことに、その時、家には香奈とポポ、猫二匹しかいなかった。
朝の段階で香奈の調子は悪かったが、「大丈夫大丈夫」と言って家族の言葉を聞かなかった。
信や幸太郎は朝から香奈を心配していたが、香奈は大丈夫だろうと勝手に判断した。香奈と信が登校、幸太郎が出社していなくなり、香奈は家の掃除を開始した。
それから3時間ほど微熱が続いていた香奈。
掃除の途中で熱が急激に上がり始め、立っているのが困難になった。掃除機を手離し、香奈はソファに倒れこむように寝てしまう。
医者の診断を受けていないが、香奈のかかった病気は季節性のインフルエンザだった。急激な発熱は、インフルエンザの症状そのものである。彼の病気は、12~3月くらいまでは流行する。香奈はインフルエンザに罹った。
ポポはソファに倒れこむ香奈を目撃しており、当然慌てた。触手をバンザイさせて、慌てた。
香奈が真っ赤な顔してソファに倒れたのだ。息を荒くして汗だくである。香奈は非常に苦しそうだ。
ポポは苦しそうな香奈を前に、どうしたらいいか分からない。ソファの前で右往左往して、タンポポの花を揺らしている。
「ポポちゃんごめんなさい。薬箱とお水を持ってきてくれる?」
香奈はかすれる声で、ポポに声をかけた。
ポポは「ラジャー!」という感じで触手を折り曲げる。それからは、某メタルスライムの如き足の速さで、薬箱を探しに行く。
薬箱の場所は分かっている。テレビ台の下に置いてある。ポポは触手で薬箱を持ち上げると、光の速さで香奈のところに戻った。
戻ったところで、水を汲むのを早くも忘れた。ポポはキッチンに向かい、蛇口をひねり、グラスに水を注いだ。
なみなみと水が入ったグラスを香奈に渡すと、香奈は総合風邪薬を飲んだ。すこしソファで休むというので、ポポは香奈の寝室から毛布を持ってきて、香奈にかけてあげる。触手を使い、そっと毛布をかけてあげたのだ。
「ありがとうポポちゃん」
気の利くスライムである。並みの従魔ではこんなことは絶対にできない。
「大丈夫よ。少し休んだら、治るから。ただの風邪だと思うわ」
香奈はインフルエンザだと知らない。日ごろの酷使した体は免疫力が低下し、香奈はインフルエンザにかかっている。かなり足元がフラフラしているのか、立って歩くのがつらそうだ。
とりあえず、ポポは投げ出されたハンディタイプの掃除機を、元の場所に戻しに行く。細かい所の掃除はまだ途中だが、今はそんなことはいい。香奈が心配だ。
掃除機を充電場所に戻す途中、ポポはどうするか考える。
今すぐに病院に行くべきだが、香奈は今フラフラである。少しすれば立って歩けるようになると思うが、その間はポポが香奈の面倒を見なければならない。香奈は大切な家族だからだ。
なので、ポポは自分が何とかしなければならない! 香奈を助けるのは自分しかいない! そう言った使命感が芽生えたようだ。
掃除機を壁掛けの充電場所に設置し、ポポは香奈のところに戻る。すると。
「ポポちゃん、私は少し横なっているから、お菓子でも食べて大人しくしていてね」
香奈はソファに横になり、苦しい笑顔でポポに笑いかけた。それからすぐに目を閉じ、寝息を立て始める。息も荒いし、結構きつそうだ。
ソファでなくベッドに寝ればいいのだが、そこまでの症状ではないと判断したのか、ベッドまで歩くのがつらいのか。それは香奈しか分からない。
ポポはそんなつらそうな香奈を見て、ますます使命感に燃える。
自分がなんとかしなければ! 香奈を助けるのは、この私!
触手を2本ニョロッと伸ばし、ポポは香奈の額に冷却シートをペタリと貼った。
★★★
ポポはまず香奈の面倒を見る前に、信に連絡が出来ないか考えた。
香奈はすでに眠ってしまっている。疲れていたのか、インフルエンザのせいかは分からない。ただ、息を荒くして寝ている。無理やり起こすのは、気が引けた。
ポポは香奈の寝室に行き、化粧台のところに行った。化粧台には、充電中のスマホがあった。ポポはそのスマホを手に取る。
スマホは、香奈の物だ。魔導回路式の、最新型である。プロジェクター内臓で、非常に薄いカード型のスマホ。見てみると、魔力認証があり、ロックされていた。ポポでは、起動できない。
ポポは香奈のスマホを諦め、家の電話に向かった。玄関とリビング、二階に電話がある。ポポはリビングにある外線電話を取った。
なんとこのスライム。固定電話の使い方が分からなかった。
信の電話番号も知らないし、たとえ119番を押しても、ポポは喋れない。いたずら電話で処理されてしまう。
ポポは固定電話も諦めた。
ならばと、ポポはその小さなゼリー体に、莫大な魔力を溜め始める。
急激に高まるポポの魔力は、周囲の空気を揺らし、歪ませる。信じられないほどの魔力は、自宅近くにいるカラスが一斉に飛び立ち、近隣の電波を乱すほどだ。
なぜポポは魔力を体に溜めたのか。
実は、信とは魔力共有で繋がっている。どんなに遠く離れていても、魔力でメッセージを伝えられるはず。
テイマーとして成長すれば視界を共有したり、魔力の譲渡などが可能になる。ポポは魔力共有の力を利用し、遠く離れた大学にいる信に、メッセージを送った。
“ハハキトク スグカエレ”
ポポは眉間? にしわを寄せて必死にメッセージを送った。大昔の電報の如く。
大学では信は講義中で、ポポに魔力を送られたとき、信は何も感じなかった。それどころか、あくびをしてしまう始末だった。
信は魔法回路が構築途中。まだ発展途上。ポポの絶大な魔力でも、まだ反応できないレベルだった。
ポポは一応、出来ることをやった。香澄や幸太郎の連絡先はもっと分からない。連絡の取りようがない。とりあえず、家族への連絡はこれくらいにして、ポポは香奈のところに戻った。
香奈は、依然として苦しそうに寝ている。
やっぱり、ソファで寝るのがダメなんじゃないだろうか? 毛布を寝室から持ってきたが、病気の人間はソファで寝るべきではない。
ソファは大きいが、革製で寝づらい。ベッドで寝た方がいいに決まっている。
ポポは触手を10本以上出すと、香奈を抱きかかえた。起こさないように、そっと触手で持ち上げる。まるでお祭りの神輿みたいに、香奈を持ち上げる。そっと、静かに。そして慎重に。
持ち上げると、ポポはゆっくり移動して寝室まで香奈を運ぶ。
わっせ、わっせ。
ポポは小さいスライムだが、パワーはエンシェントドラゴン(地上最大級のドラゴン)にも負けない。圧倒的魔力による副産物だが、ポポは人間一人持ち上げることなど、造作もない。
ゆっくりと移動し、香奈をベッドに運ぶことに成功する。額の冷却シートを交換し、ポポは香奈をベッドに寝かせる。香奈は見事、起きなかった。
ポポは香奈を寝かせた後、猫たちのエサと水、トイレ用の砂を取り換えに行った。これはポポが毎日行っていることで、難しいことではない。まず、自分がまかせられた仕事をこなし、ポポはこれからの予定を立てる。
1 洗濯機に洗濯物が洗ってある。干さないといけない
2 部屋の掃除は今日は止めておこう。ホコリを立てると香奈に悪影響だ。だけど風呂とトイレ掃除だけはしておこう。
3 食事を作る必要がある。香奈の食事と自分の食事だ。家族の夕食は外食でもなんとかなる。
ポポが考えられる限界。これが今日の予定である。
家族は夕方には帰ってくる。それまで香奈の容態が持てば何とかなる。ポポも香奈が風邪か何かだろうとは思っている。毒攻撃とか、麻痺攻撃を受けたならば話は別だ。こんな悠長なことをやっている場合ではない。
多分、重い風邪だろう。ポポもそれくらいは察している。なので、病院に行くのは家族が帰ってからでも間に合うだろう。そう判断した。最悪は、ポポ謹製、謎のエリクサーがある。なんとかなる。
ポポは、洗濯物を干し、風呂場を洗い、トイレ掃除をした。
広い植木家の邸宅を、小さなスライムが一人で掃除している。
触手を何十本と伸ばし、洗濯の干し方、風呂場、トイレ掃除を、同時に進行させる。家中に、ポポの触手が伸びた。
ポポの触手の射程距離は、100メートルを超える。化け物スライムである。
戦闘になった場合、触手で遠くから敵を狙撃し、一撃離脱可能な、チートスライムである。
さてそんなことはおいておき、家の掃除が終わった。
ポポは香奈の為、料理をすることにした。
病人が食べるのは、消化に良い物が良い。スタンダードに考えて、おかゆ当たりだろうか?
ご飯は朝に炊飯器で炊いた残りがある。
ポポはキッチンに向かうと、調理台に飛び乗る。
小さめの鍋を見つけると、炊いたご飯をぶっこんだ。
おかゆの水の量は、かゆの作り方によって変わる。全がゆだと、ご飯1に対し、水5である。
子供の時によく見る、ドロドロ状態のおかゆを差す。
離乳食や流動食だと、五分がゆくらい。ご飯1に対し、水10倍である。
風邪の時に食べさせるのは、普通は全がゆのため、ポポはその全がゆを作る。
これはもう分かっていると思うが、ポポは人間の知識を持った、変態スライムである。
全がゆなど、ポポにとっては楽勝である。
鍋に入れたご飯に、水を適量入れると、火をかける。ポポはへらを持って、ゆっくりとご飯をかき混ぜた。
沸騰したら弱火にして、吹きこぼれないように煮る。煮終わる前に、ポポは粉末の味噌汁用のダシを入れる。次に生卵を冷蔵庫から取り出し、ステンレスのボウルに割って入れた。
卵の殻がうまく割れず、グシャッとつぶしてしまったが、後で殻は綺麗に取り除いた。
塩でおかゆの味を調えたら、鍋の火を止める。最後にかき混ぜた卵をおかゆに流し込み、最後にへらで混ぜれば完成である。もちろんおかゆを煮ている時に、ポポの花びらも一緒に煮込まれているのは、お約束である。
かくして、ポポ特製、卵がゆの完成である。一応だが、味は薄味だ。梅干しを乗せるのは忘れてはならない。
なぜこのスライムが粥の作り方を知っているか。それは聞かないお約束である。
★★★
ポポは香奈のところに行くと、香奈は起きて水を飲んでいた。
「あっ、ポポちゃん」
香奈は寝室に入ってきたポポに気づいた。
ポポも触手を上げて応える。
「誰か帰ってきたの? 気づいたらベッドに寝ててびっくりしたわ。信が運んだの?」
香奈はポポの力を知らない。息子の信がベッドまで運んでくれたのかと思った。
ポポは「違う、私が運んだ」というジェスチャーを触手でするが、香奈には伝わらない。
「違うの? どうしたのかしら。私がベッドまで来た記憶がないのだけど。まぁ、いいかな」
香奈はよくわからず、ベッドから上半身を起こした。
「ポポちゃんごめんね。急に倒れて。お腹すいたでしょう? 今お寿司でも取るから待っててね?」
ポポはお寿司という言葉に、うれしくて飛び上がりそうになるが、その前にやるべきことがある。
ポポは無言で寝室を出ると、キッチンに向かった。先ほど作った卵がゆをお盆に乗せて、ポポは香奈のところまで運んだのだ。
「え? これは?」
ポポは自分を指さす。
“私が作ったのよ!”
そう言いたげに、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
「え? まさか、カレーだけじゃなく、おかゆまで?」
香奈は信じられない物を見る目で、ポポを見る。
なぜ魔物であるスライムが、料理など出来るのか。人間の知識があるのか。
香奈は信が教えたとは到底思えなかった。信はまだまだ新米のテイマー。今までで魔物にかかわるなど滅多になかったからだ。
「本当におかゆを作ったのなら、すごいわね。ポポちゃん、天才スライムね」
香奈はにっこりとほほ笑んでポポを撫でた。ポポも香奈の顔を撫でてお返しする。
ベッドに座ったままではあるが、香奈はお盆に乗せられた粥を食べることにする。
香奈は梅干しが乗せられた粥をレンゲですくい、一口食べる。
なんと、非常においしい。簡単な料理でいつも使っているダシの味がしたが、おいしかった。
インフルエンザでお腹が空いていなかったが、これならなんとか食べられる。
香奈はポポの愛情がこもった料理を無心で食べた。茶碗一杯分だが、全部平らげるとポポに礼を言った。
「ありがとうポポちゃん。ポポちゃんはいつでもお嫁にいける、素晴らしい子ね」
ポポはその言葉に、非常にうれしくなった。ポポは、いつでも嫁に行ける。行けるのだ。
きっと香奈に伝えられるなら、ポポはこういっただろう。
「息子さんの、嫁になります」
ポポは喋れない。仕方ないので、風邪でむせないように、香奈の背中を撫でつづけた。
★★★
その後家族が全員帰宅。
香奈の病気のことを知り、幸太郎が香奈を連れ、明日病院へ一緒に行くことになった。
幸太郎曰く、季節性のインフルエンザかなにかだろう。すぐにそう言った判断を下した。何らかの病気である可能性もある為、一概には言えないが、流行の症状と似ているので、多分そうだろう。
夜間の救急病院に行くことは中止し、今日はゆっくりと寝て過ごすことになった香奈。
ポポの活躍もあってか、彼女はすぐに元気を取り戻した。病院で薬をもらってからは、すぐに治ったのだ。
こうして何事もなく終わった香奈のインフルエンザだが、オチは当然ある。
植木家全員に、インフルエンザが蔓延したのだ。
香奈は治ったが、今度は幸太郎、信、香澄がダウン。香奈からインフルエンザが移ってしまった。
ちなみに、ポポは病気知らずの変態スライムだから、インフルエンザは無意味。
香奈は自分が治ったが、今度は家族全員が罹ったので、より大変になってしまった。
もちろん、家族全員が寝込んだ時も、ポポが特製卵がゆを作ったのは言うまでもない。




