28 信、墓参りに行く4
信と香澄は墓前に立つと、手を合わせる。
花を添え、線香をあげて合掌する。
墓には、佐藤愛菜の先祖たちが眠っているが、すでに愛菜は眠っていない。
信と香澄は、歴代の佐藤家の方々に、謝罪の意味を込めて祈りを捧げる。
一人、たたき起こしてしまいました。申し訳ありません。大切に面倒を見ますので、どうかお赦しを。
眉間にしわを寄せて、必死になって謝罪する。
二人は、宗教的な正しい言葉遣いなど分からない。今風に、チャラい言葉づかいで祈っている。
佐藤家先祖の皆様。可愛い孫娘をたたき起こしてしまいました。スライムがお骨食べちゃったけど、ごめんなさい。
祈りは、もはやギャグの領域だが、二人は至って真剣。本気で祈りをささげる。
そんな二人にならって、ポポも一緒に線香をあげる。触手をすり合わせて、合唱のまねごとをする。
ナンマンダブ~。
ポポは、心の中で何を思っているのか分からない。ただ、触手をすり合わせるのは楽しそうにやっている。
祈りが終わると、二人は墓の周りを確認。ゴミが落ちていないか掃除する。
二人が墓の周りを確認していると、ポポは柄杓と桶を持って振り回す。
「なにしてるんだポポ。柄杓で遊んじゃダメだろう」
愛菜の姿は完全に見えなくなり、今はポポの姿。信は愛菜と混同することなく、ポポに注意をした。
するとポポは、柄杓を使って水を汲み、墓石に水をかけ始める。
「なんだ? 水をかけたかったのか? でも、墓に水をかけることまで知ってるのか? やっぱり愛菜の記憶が?」
水をかける理由は宗派によって異なるらしいが、佐藤家では水をかけるらしい。そうなると、すでにポポは佐藤家での記憶を取り戻しているのだろうか? 定かではないが、ポポは墓石に水をかけ続ける。
「お兄ちゃん、多分、誰もポポが骨を食べたところは見てないよ。近くに高層ビルもないし、冬の墓を眺めている人なんかいないと思う」
香澄は近くに人間の魔力は感じないと言っていた。香澄の感覚では、300から400メートルの範囲内でのことだ。精度は低いが、一般人程度あれば多少は知覚できる。香澄の感覚では、多分墓地一帯の領域だろう。
そこまでの範囲だったら、墓石が立ち並ぶ状況で、小さなポポが骨を食べたところなど見えないだろう。佐藤家の墓は、別に高い位置に建てられているわけではない。普通に、他の墓と同じ高さに建てられている。
問題は墓石を動かしたことだが、素人目ではもはや分からない。綺麗に元通りになっている。
「香澄。もし誰かにバレたら、全部俺のせいにしろ。それでいい」
「お兄ちゃんのせいって、これってあたしのせいだよ? ポポをちゃんと捕まえてなかった、あたしのせい」
「いいんだよ。全部俺のせいだ。アリバイは後でちゃんと考えればいい」
こうなったら、ポポのこともある。ニュースにでもなったら大変だ。バレたらその時はその時だが、ポポがモルモットになるのだけは避けなければならない。やはりこれは秘密にしておくべきだ。
信は再度、佐藤家の墓に祈り、その場を後にした。
★★★
信と香澄、ポポは何事もなく自宅に帰ってきた。
香澄は少し挙動不審だったが、信はいつも通りに振る舞った。ポポは相変わらずだ。変わらない。
植木家に到着した途端、ポポは昼食を香奈に要求していた。昼食は、焼きそばだった。
香奈の“具だくさん、目玉焼き乗せ特盛焼きそば”だ。白い大皿に一人ひとり焼きそばを用意され、信と香澄も一緒に食べている。
「ポポちゃん、おいしい?」
シュバッ! ←ポポが触手をあげた音。
ポポは香奈の特性焼きそばに体を押し付けて、強引にかっ食らっていた。ポポは骨を食べても関係ない。無限の胃袋を持つスライムである。しかもどんなに食べても体重に変化をもたらさない、意味不明なスライムである。
ポポが焼きそばをガツガツ食べていると、頭に生えているタンポポが激しく揺れた。隣で焼きそばを食べている信の皿に、タンポポの花びらが一枚、ポトリと落ちた。
信は、ポポの花びらが落ちたことに気付かず、エリクサー入り焼きそばを食べてしまう。
「うぐ!?」
信はアルコール度数の高い焼酎を飲んだような、胸やけに襲われる。
エリクサー入りカレーとはわけが違う。煮込んで溶けて全体に混ざったものではない。一枚の花びらをそのまま食べたのだ。
「うごぉぉ……」
信はトイレに駆け込むと、数時間出てこなかった。本来なら劇薬で、一発であの世に旅立つはずだが、信は死ななかった。ポポとの魔力共有がうまくいっているのか、なぜか死ななかった。
「ギャグでも、やっていいことと悪いことがあるぞ……」
トイレのドアを心配そうにノックするポポ。信は大丈夫だと笑って返事をした。
水のような下痢がとめどなく流れ、信はげっそりと老け込んでしまったが。
香澄は腹を下した信を見て大笑い。まるでゾンビのようになっており、早くも罰が当たったと笑っていた。
ポポは、骨を食べたその日のうちから平常運転だった。巻き込まれる植木家も変わらなかった。
★★★
信は墓参りに行った日の夜、夢を見た。
それはウユニ塩湖を背景にしたような、幻想的な世界。
遠浅の湖が広がり、空と地が一体になったような鏡面世界。空は晴れ渡り、ゆっくりと流れる雲は、まるで綿あめのようだ。
そんな幻想的な夢の世界に、一人の少女が立っていた。
ポポを抱きかかえた一人の少女が、たたずんでいた。
信を見て、笑顔でたたずんでいる。
彼女は白い病衣服を着ており、信はその顔に見覚えがあった。
信は夢の中、静かにたたずむ少女に、手を伸ばす。しかし伸ばしても、走っても、少女には追い付かない。届かない。
少女を見ると、何か喋っている。信は耳を澄ますが音が聞こえない。この夢の世界には、音が存在しない。音のない世界なのだ。
信は彼女の口を見て、何を喋っているか想像する。伝えたいことがあるから喋っているのだ。信は理解しなければならない。彼女が喋っていることを。
見ると、彼女は何度も同じフレーズを喋っているようだ。
読唇術などできないが、なんども繰り返されれば想像はつく。
信は少女のわかりやすい喋り方と口元を見て、いくつかの単語が予想できた。
『話す』 『離す』 『渡す』 『託す』
三文字の、何かの言葉だ。彼女は分かりやすいように大きく口を開け、信に伝えていた。
ポポを抱きかかえた少女は、愛菜に見える。他の誰かではない。
信は愛菜以外考えていないが、なぜか声を出すことが出来ない。夢の中だからなのか、伸ばした手は彼女に届かない。走っても走っても、その場所から動けない。
まってくれ。君には伝えたいことがいっぱいあるんだ。信は叫ぶが、声は届かない。
鏡面世界に立つ愛菜は、にっこりとほほ笑む。
彼女は胸に抱きしめたポポを持ち変えると、頭上に持っていく。
え? 何をする気だ?
愛菜はポポを持ったまま、投げるフォームに入った。バスケットボールをゴールに入れるフォームだ。
“左手は添えるだけ”
某バスケットボール漫画のパクリそのままに、愛菜はポポを投げた。
手を伸ばし続ける信に、ポポを投げ渡した。
『あなたに、託すね』
信は、弧を描いて飛んでくるポポを完璧にキャッチした。
キャッチしたポポは、鼻ちょうちんを膨らませて寝ている。
ポポ? どうしてここにポポが? 愛菜は? 愛菜はなぜここに?
そうだ。愛菜!
信は愛菜のいた方向を見るが、すでに彼女はいない。鏡面世界が広がっているだけで、そこには誰もいなかった。
いるのは、信とポポだけ。この美しい世界にいるのは、信とポポだけ。
愛菜……?
信はポポを抱きしめると、夢の世界に光が降り注ぎ、信は覚醒していった。
★★★
「愛菜!!」
信は自分のベッドで、愛した人の名を叫んで起きた。
天井に手を伸ばすが、そこには誰もいない。知っている天井が見えるだけだ。
夜明け前の、薄暗い朝だ。カーテンから、かすかな光がこぼれている。
信は「夢だったのか?」と再び目を閉じる。
あの鏡面世界で、愛菜はポポを信に投げ渡した。
何か意味があったのだろうか? しかしあんな夢を急に見るなんて。
エリクサー入り焼きそばを食べて、下痢をしすぎたか? それともポポが骨を食べたから?
信は天井を見上げたまま寝ていると、腹に重さを感じた。
お腹の方を見ると、ポポが信の上で眠っていた。夢の中同様、鼻ちょうちんを膨らませていた。
「ポポ?」
信はポポを見るも、緑色の変わらない姿があるだけだ。
やはりあれは夢だったのか。
信はポポを腹の上から降ろしてベッドに置くと、何気なく自分の机に向かった。そこには研究途中のファクターが散乱している。
見慣れたはずの机。成功することのない、ファクターの実験が広がっているだけだ。
変わることのない、飛び越えることのできない壁が広がっているだけだ。
そう思ったが。
そこに一枚のメモがあった。
『ただりま』
ただりま、と書いたメモの端切れがあった。
「ただりま?」
それは小学生が書きなぐったような、汚い文字。
『ただりま』の『り』は、間違っている文字であった。
本当は、『ただいま』である。
信は、ピンときた。
『ひろってくださり』
ポポが入っていたダンボールを思い出した。
ひろってくださいの『い』が『り』になっていた。
信はあわててポポを見ると、ベッドの近くにボールペンが落ちているのが見えた。
「ははは」
信は笑った。涙を流して笑った。
「はははは。お帰り。愛菜。ポポ」




