表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンボールに捨てられていたのはスライムでした  作者: 伊達祐一/夢追い人
一章 ある日、住宅街の中、スライムに出会ったぁ~
28/89

28 信、墓参りに行く4

 信と香澄は墓前に立つと、手を合わせる。


 花を添え、線香をあげて合掌する。


 墓には、佐藤愛菜の先祖たちが眠っているが、すでに愛菜は眠っていない。


 信と香澄は、歴代の佐藤家の方々に、謝罪の意味を込めて祈りを捧げる。


 一人、たたき起こしてしまいました。申し訳ありません。大切に面倒を見ますので、どうかお赦しを。


 眉間にしわを寄せて、必死になって謝罪する。


 二人は、宗教的な正しい言葉遣いなど分からない。今風に、チャラい言葉づかいで祈っている。


 佐藤家先祖の皆様。可愛い孫娘をたたき起こしてしまいました。スライムがお骨食べちゃったけど、ごめんなさい。


 祈りは、もはやギャグの領域だが、二人は至って真剣。本気で祈りをささげる。


 そんな二人にならって、ポポも一緒に線香をあげる。触手をすり合わせて、合唱のまねごとをする。


 ナンマンダブ~。


 ポポは、心の中で何を思っているのか分からない。ただ、触手をすり合わせるのは楽しそうにやっている。


 祈りが終わると、二人は墓の周りを確認。ゴミが落ちていないか掃除する。


 二人が墓の周りを確認していると、ポポは柄杓と桶を持って振り回す。


「なにしてるんだポポ。柄杓で遊んじゃダメだろう」


 愛菜の姿は完全に見えなくなり、今はポポの姿。信は愛菜と混同することなく、ポポに注意をした。


 するとポポは、柄杓を使って水を汲み、墓石に水をかけ始める。


「なんだ? 水をかけたかったのか? でも、墓に水をかけることまで知ってるのか? やっぱり愛菜の記憶が?」


 水をかける理由は宗派によって異なるらしいが、佐藤家では水をかけるらしい。そうなると、すでにポポは佐藤家での記憶を取り戻しているのだろうか? 定かではないが、ポポは墓石に水をかけ続ける。


「お兄ちゃん、多分、誰もポポが骨を食べたところは見てないよ。近くに高層ビルもないし、冬の墓を眺めている人なんかいないと思う」 


 香澄は近くに人間の魔力は感じないと言っていた。香澄の感覚では、300から400メートルの範囲内でのことだ。精度は低いが、一般人程度あれば多少は知覚できる。香澄の感覚では、多分墓地一帯の領域だろう。


 そこまでの範囲だったら、墓石が立ち並ぶ状況で、小さなポポが骨を食べたところなど見えないだろう。佐藤家の墓は、別に高い位置に建てられているわけではない。普通に、他の墓と同じ高さに建てられている。


 問題は墓石を動かしたことだが、素人目ではもはや分からない。綺麗に元通りになっている。


「香澄。もし誰かにバレたら、全部俺のせいにしろ。それでいい」


「お兄ちゃんのせいって、これってあたしのせいだよ? ポポをちゃんと捕まえてなかった、あたしのせい」


「いいんだよ。全部俺のせいだ。アリバイは後でちゃんと考えればいい」


 こうなったら、ポポのこともある。ニュースにでもなったら大変だ。バレたらその時はその時だが、ポポがモルモットになるのだけは避けなければならない。やはりこれは秘密にしておくべきだ。


 信は再度、佐藤家の墓に祈り、その場を後にした。



★★★



 信と香澄、ポポは何事もなく自宅に帰ってきた。


 香澄は少し挙動不審だったが、信はいつも通りに振る舞った。ポポは相変わらずだ。変わらない。


 植木家に到着した途端、ポポは昼食を香奈に要求していた。昼食は、焼きそばだった。


 香奈の“具だくさん、目玉焼き乗せ特盛焼きそば”だ。白い大皿に一人ひとり焼きそばを用意され、信と香澄も一緒に食べている。


「ポポちゃん、おいしい?」


 シュバッ! ←ポポが触手をあげた音。


 ポポは香奈の特性焼きそばに体を押し付けて、強引にかっ食らっていた。ポポは骨を食べても関係ない。無限の胃袋を持つスライムである。しかもどんなに食べても体重に変化をもたらさない、意味不明なスライムである。


 ポポが焼きそばをガツガツ食べていると、頭に生えているタンポポが激しく揺れた。隣で焼きそばを食べている信の皿に、タンポポの花びらが一枚、ポトリと落ちた。


 信は、ポポの花びらが落ちたことに気付かず、エリクサー入り焼きそばを食べてしまう。


「うぐ!?」


 信はアルコール度数の高い焼酎を飲んだような、胸やけに襲われる。


 エリクサー入りカレーとはわけが違う。煮込んで溶けて全体に混ざったものではない。一枚の花びらをそのまま食べたのだ。


「うごぉぉ……」


 信はトイレに駆け込むと、数時間出てこなかった。本来なら劇薬で、一発であの世に旅立つはずだが、信は死ななかった。ポポとの魔力共有がうまくいっているのか、なぜか死ななかった。


「ギャグでも、やっていいことと悪いことがあるぞ……」


 トイレのドアを心配そうにノックするポポ。信は大丈夫だと笑って返事をした。 


 水のような下痢がとめどなく流れ、信はげっそりと老け込んでしまったが。


 香澄は腹を下した信を見て大笑い。まるでゾンビのようになっており、早くも罰が当たったと笑っていた。


 ポポは、骨を食べたその日のうちから平常運転だった。巻き込まれる植木家も変わらなかった。

 


★★★



 信は墓参りに行った日の夜、夢を見た。


 それはウユニ塩湖を背景にしたような、幻想的な世界。


 遠浅の湖が広がり、空と地が一体になったような鏡面世界。空は晴れ渡り、ゆっくりと流れる雲は、まるで綿あめのようだ。


 そんな幻想的な夢の世界に、一人の少女が立っていた。


 ポポを抱きかかえた一人の少女が、たたずんでいた。


 信を見て、笑顔でたたずんでいる。


 彼女は白い病衣服を着ており、信はその顔に見覚えがあった。


 信は夢の中、静かにたたずむ少女に、手を伸ばす。しかし伸ばしても、走っても、少女には追い付かない。届かない。


 少女を見ると、何か喋っている。信は耳を澄ますが音が聞こえない。この夢の世界には、音が存在しない。音のない世界なのだ。


 信は彼女の口を見て、何を喋っているか想像する。伝えたいことがあるから喋っているのだ。信は理解しなければならない。彼女が喋っていることを。


 見ると、彼女は何度も同じフレーズを喋っているようだ。


 読唇術などできないが、なんども繰り返されれば想像はつく。


 信は少女のわかりやすい喋り方と口元を見て、いくつかの単語が予想できた。


『話す』  『離す』  『渡す』  『託す』


 三文字の、何かの言葉だ。彼女は分かりやすいように大きく口を開け、信に伝えていた。


 ポポを抱きかかえた少女は、愛菜に見える。他の誰かではない。


 信は愛菜以外考えていないが、なぜか声を出すことが出来ない。夢の中だからなのか、伸ばした手は彼女に届かない。走っても走っても、その場所から動けない。


 まってくれ。君には伝えたいことがいっぱいあるんだ。信は叫ぶが、声は届かない。


 鏡面世界に立つ愛菜は、にっこりとほほ笑む。


 彼女は胸に抱きしめたポポを持ち変えると、頭上に持っていく。


 え? 何をする気だ?


 愛菜はポポを持ったまま、投げるフォームに入った。バスケットボールをゴールに入れるフォームだ。 


“左手は添えるだけ”


 某バスケットボール漫画のパクリそのままに、愛菜はポポを投げた。


 手を伸ばし続ける信に、ポポを投げ渡した。


『あなたに、託すね』


 信は、弧を描いて飛んでくるポポを完璧にキャッチした。


 キャッチしたポポは、鼻ちょうちんを膨らませて寝ている。


 ポポ? どうしてここにポポが? 愛菜は? 愛菜はなぜここに? 


 そうだ。愛菜! 


 信は愛菜のいた方向を見るが、すでに彼女はいない。鏡面世界が広がっているだけで、そこには誰もいなかった。


 いるのは、信とポポだけ。この美しい世界にいるのは、信とポポだけ。


 愛菜……?


 信はポポを抱きしめると、夢の世界に光が降り注ぎ、信は覚醒していった。


★★★


 

「愛菜!!」


 信は自分のベッドで、愛した人の名を叫んで起きた。


 天井に手を伸ばすが、そこには誰もいない。知っている天井が見えるだけだ。


 夜明け前の、薄暗い朝だ。カーテンから、かすかな光がこぼれている。


 信は「夢だったのか?」と再び目を閉じる。


 あの鏡面世界で、愛菜はポポを信に投げ渡した。


 何か意味があったのだろうか? しかしあんな夢を急に見るなんて。


 エリクサー入り焼きそばを食べて、下痢をしすぎたか? それともポポが骨を食べたから?


 信は天井を見上げたまま寝ていると、腹に重さを感じた。


 お腹の方を見ると、ポポが信の上で眠っていた。夢の中同様、鼻ちょうちんを膨らませていた。


「ポポ?」


 信はポポを見るも、緑色の変わらない姿があるだけだ。


 やはりあれは夢だったのか。


 信はポポを腹の上から降ろしてベッドに置くと、何気なく自分の机に向かった。そこには研究途中のファクターが散乱している。


 見慣れたはずの机。成功することのない、ファクターの実験が広がっているだけだ。


 変わることのない、飛び越えることのできない壁が広がっているだけだ。


 そう思ったが。


 そこに一枚のメモがあった。


『ただりま』


 ただりま、と書いたメモの端切れがあった。


「ただりま?」


 それは小学生が書きなぐったような、汚い文字。


『ただりま』の『り』は、間違っている文字であった。


 本当は、『ただいま』である。


 信は、ピンときた。


『ひろってくださり』 


 ポポが入っていたダンボールを思い出した。


 ひろってくださいの『い』が『り』になっていた。


 信はあわててポポを見ると、ベッドの近くにボールペンが落ちているのが見えた。


「ははは」


 信は笑った。涙を流して笑った。


「はははは。お帰り。愛菜。ポポ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ