26 信、墓参りに行く2
冬の澄んだ空気で、空はどこまでも突き抜ける青。気温は低いが、太陽を遮る雲がない。住宅街では、主婦がベランダに布団を干している姿がよく見える。 今日は道路が空いていて、信号待ち以外では、車が止まることはなかった。
ポポはお墓に近づくにつれ、車の中でせわしなく動き出す。飛び跳ねたり、左右の窓を見て車の中を行ったり来たり。
「どうしたんだ? 静かにしていなさい」
信がポポに声をかけると一旦は動きを止めるが、すぐに動き出す。どうやらポポはこれから行くお墓に興奮しているようだった。
気持ちよく車を走らせ、目的のお墓に到着する信と香澄。プラス、スライム一匹。
墓は、きちんと管理された霊園などではない。人の好い和尚が管理する、中規模の墓だ。檀家からほとんどお布施を取らない為、管理に金はかけられない。駐車場は冬にもかかわらず雑草で荒れ果てており、今は近隣の人がボランティアで草刈りをしている。
砂利で荒れているスペースに車を止めると、信はポポをドラムバッグに入れる。
スーパーで買った花などを持つと、車から静かに降りた。
この日。香澄も墓参りだが、ポポの護衛も兼ねている。彼女はギルドのドッグタグをきちんと首にぶら下げる。
今日の護衛はギルドには依頼票を出して、きちんと受理された仕事である。香澄はギルドの免罪符がある為、外でも腰にショートソードを下げられる。背中には小さな丸盾を背負っている。
香澄の格好はシャツにジーパンというラフな格好だが、腰のポーチには魔法道具がぎっしり詰まっている。準備は出来ているということだ。
「なにもないと思うけどさ、一応お兄ちゃんも警戒してよね。近くの魔物がポポの魔力に反応して、暴れることもあるから」
強大な魔力を持つポポ。人間も気づかないし、ポポの潜在魔力には魔物も反応しない。今までに一度もないが、ポポの圧倒的な存在魔力で弱い魔物をびっくりさせてしまうかもしれない。
「大丈夫だろうけど、よろしく頼むよ」
信はドラムバッグの中に手を入れると、ポポの体を撫でた。ポポは差し込まれた手に触手を絡ませ、信の手を愛撫する。
「ポポ、くすぐったいよ。今から香澄にポポを手渡すから、静かにしててな。俺、水を汲んでくるから」
信の言葉に触手をスルスルと離す。
「香澄は先に墓に行っててくれ。水を汲んだら行くから」
「わかった」
ドラムバックを香澄に手渡す。両手がふさがると護衛に支障が出るので、花などは信が持った。
信は墓参りに必要な水と桶、柄杓を借りにいく。駐車場の隅っこに、ポンプ式の井戸がある。そこに桶や柄杓があるので、桶に水を汲む。
手動式で汲み上げるポンプは、子供に人気である。今はスイッチ一つで出る水。古い学校にはまだ蛇口式の水道があるが、それも今では珍しい。現代にある古めかしいタイプの井戸は、何かワクワクさせてくれた。
信は手押しのポンプで水をくみ上げると、桶に水を満たした。
「んじゃ行くか」
準備が済み、信は墓に向かった。亡き親友の墓に。
★★★
信が愛菜の墓に着くと、驚愕の光景が広がっていた。
ポポはドラムバッグから飛び出し、墓石の上に乗っかっていた。
墓石のうえで、ポポはふんぞり返って触手を天に伸ばしていた。まるで世紀末の覇王みたいに、天に向かって触手を伸ばしていた。
我が生涯に一片の悔いなし! スライムに顔はないが、ポポは心の中でドヤ顔をキメていた。
「な、何してんだ!! ポポ、降りなさい!! 香澄も何見てんだ! 早く降ろせ!」
誰かに見つかったら、何を言われるかわかったもんじゃない。
墓には許可なく魔物を入れると面倒なことになる。アンデッドの発生などがあるからだ。
「いや、ごめん。何度言っても聞かないんだ。降ろそうとしたら逃げるし。今は近くに人の魔力を感じないから、もうこのままにさせてる」
なんという適当さ。ギルドのランクが上がっても、生来の気質は消えない。彼女はやはりギャルだった。
「香澄なら捕まえられるだろ! ギルドでランクも上がってるし、強くなってるんだろ!? エヴァが言ってたぞ!」
「え? エヴァが? いつ聞いたの?」
信はしまったと思った。実は裏でエヴァとメールのやり取りをしていたのだ。
「あ? それは香澄、えーと。俺はその、エヴァとメル友だから……」
兄のその言葉に、目をつりあがらせる香澄。
「はぁ? いつの間にアドレス交換したわけ? もしかしてエヴァに興味があるの? そうなの?」
香澄は話を変えて信を問い詰める。
「ちょっと待て! エヴァのことよりも、覇王のポーズをとっているポポを何とかしろ! 仕事だろ!?」
「ちっ、まぁいいわ。後で聞かせてもらう」
香澄は信をにらんで引き下がると、ポポに大声を上げた。
「ポポ! 逃げるんなら、魔法で捕まえるよ! あたしの束縛魔法で!」
香澄がポポにそう言った瞬間。ポポは素直に墓石から降りた。ピョンッという感じで跳ねて降りた。
「え? 降りた?」
「ポポ? 急にどうしたんだ?」
車で来る時、そういえばポポは興奮していた。車内をせわしなく動き回っていた。墓に何か理由があるのだろうか?
今、ポポは墓石を見て動かない。
ちょうどいい。信はポポをドラムバッグに戻そうと近寄るが、やはりポポはじっとしていなかった。
ポポがプルプル震え始める。微振動とともに、大気が震え、周囲に魔力が満たされる。
「ちょ、これまずいわ。お兄ちゃん、ポポから離れて!」
「離れ? え?」
香澄が言った矢先、ポポの振動は最高潮に達する。
次の瞬間、ポポは大量の触手を出した。まるでウニのように、四方八方、ゼリーの体から触手が放たれる。
「うわぁ!! 何事だぁ!!」
「触手? なにこの数は! どうしたのポポ!」
千手観音のように、大量の触手がポポから伸びる。
「お、落ち着けポポォ!!」
伸ばされた触手は「佐藤家」と書かれた墓石をグルグル巻きにする。それは信の親友、愛菜が埋まっている墓石だ。
「何すんだ!? どうしたんだポポ!」
パニック状態の信。
対して、信の言葉を完全に無視するポポ。言っても聞かない。
「お兄ちゃん! 事と場合によっては、ポポを気絶させてでも止めるからね!」
香澄はショートソードを抜いて臨戦態勢。あまりに高密度の魔力を放たれると、どこかに潜んでいた魔物を呼び覚ますかもしれない。それくらい、今のポポは魔力で満たされている。
信と香澄の制止も聞かず、ポポは墓石を力づくで持ち上げる。
バスケットボール大のポポ。そんな小さなスライムが、巨大な墓石を軽々と持ち上げる。圧巻である。
「ポポが強いことは分かってるけど、体格、重量差も無視するんだ」
香澄は改めてポポの性能に驚く。
墓石はいくつかのパーツからなるが、すべて石だ。いろんな種類の石はあるだろうが、墓の総重量は二百キロを軽く超える。ポポはそれを簡単に持ち上げているのだ。
「でも、これ以上暴れられるとさすがにまずい」
香澄はいつポポの動きを止めるか見定めている。こんなところで墓を荒らされたらたまらない。ギルドや警察が動き出す事態になる。
信はポポに辞めるように声をかけ続けるが、一切耳を貸さない。
ポポとの契約印がある信だが、テイマーとしての技量が低すぎる。全くポポの動きを止めることが出来ない。
「いきなりどうしたんだよポポ……」
重力を無視して、大きな墓石が空中に持ち上げられる。
ポポは持ち上げた墓石を乱暴には扱わなかった。そっと、脇の砂利道に避けて置く。全ての墓石を避けると、ポポは触手を数本残して引っ込める。
墓石の下には、“とある物”が置かれている。
ポポはそのとある物に近づくと、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる。
ポポが見ていたもの、それは骨壺だ。
ポポは丁寧に、優しく骨壺を持ち上げる。
「え? 骨壺? 何? いったいどうする気? まさか、大量の魔力でスケルトンでも作るっての?」
香澄は青ざめる。まさかポポがこんな暴挙に出るとは思わなかった。突然どうしたというのか。
ポポは骨壺を持ち上げたまま、また覇王のポーズ。
我が人生に一片の悔いなし。
一体何をしたいのか分からない。
とりあえずポポの大量の触手は体に引っ込んだ。香澄と信は捕まえるのが今だと確信し、動き出そうとした。骨壺を持って動かないポポに飛び掛かる。
今だ。飛び掛かるぞ。そう思ったが。
ポポは骨壺を飲み込んだ。壺ごと、体に飲み込んだ。
「え!?」
「な!!」
信と香澄は驚きのあまりフリーズしてしまう。
骨壺を食べた!? ウソだろ。いくらポポがなんでも食べると言っても、それは骨だぞ。旨みも何もない、火葬された骨だぞ!!
あっけにとられていると、ポポは壺はいらないと、ペッと吐き出した。骨だけ食べて、吐き出した。他に、砂や水が入っていたらしく、それらも一緒に吐き出した。
「…………」
絶句して、言葉が出ない二人。
しばらくすると、ポポは墓石をもとに戻し始める。持ち上げた時同様に、最初の位置に戻したのだ。
ただ乗せただけでは地震で崩れる。ポポは触手の先から何やら液体を出して、墓石を完全に固定した。
最後にポポは墓石に上って、三度覇王のポーズ。
本日三度目の覇王のポーズである。さすがにもう見飽きた。
「ポポさん? 一体なにを?」
信は意味不明で、ポポに聞いてみると、ポポはふんぞり返ってドヤ顔をキメた。
「…………一体どういうこと?」
結局、骨壺も墓石も綺麗に元通り。ポポが佐藤家の、誰かの骨を食べた以外は。




