25 信、墓参りに行く1
信は自室にてファクターの調整を行っていた。
どうすれば魔力神経の小型化が出来るのか。どうすれば魔力を完全制御できるのか。信は調整と改造を繰り返す。
本来は信が追い求める「妖精石」さえあれば、問題の一つはクリアできるのだが、あいにくそれはない。現状の手持ちで何とかするしかなかった。
なんどもなんどもファクターの調整と改造を繰り返すが、信は壁に当たったまま停滞している。時間の合間を縫って、何年も繰り返してきた実験。
実験すべてが失敗で、心が折れそうになる。それでもなんとか続けてきた信の日課。
そんな実験で脳裏によぎるのは、“不可能”という言葉。
信の持っている技術力や設備の問題ではない。未来に行かない限り無理と思われる技術が多々あるのだ。
人間の魔法神経を機械で作り出すことはまだ無理なのだろうか。
繰り返し行ってきた実験は3000回を超えた。両親に支援してもらっているが、予算があるなかで出来うる方法を行った。エジソンの1万回の失敗までは程遠いが、信は行き詰っていた。
「はぁ~……」
深いため息が出る。
信は自分のファクターを調整、改造をしながら、親友のファクターを見る。
銀色で、メタリックなファクター。そのファクターに埋め込まれた魔石には、彼女の魂が宿っている。
信がファクターを研究するきっかけとなった宝物である。
その親友である彼女の言葉が、いつも止まりそうになる信の足を動かしてくれる。
『あたしのたった一つの夢。信に託すね』
色あせることのない思い出が蘇り、信は部屋の天井を仰ぐ。
「愛菜……」
呟いたのは、信の親友の名前。
実は信の初恋の相手。
愛奈はもうこの世にいない。
愛菜を苦しめた病気は、“魔力欠乏症”と言った。
魔力がないことにより、臓器機能の低下および心臓が停止する病気だ。
彼女は体内で魔力を作り出す力がなかった。遺伝子疾患の一つで、魔法細胞が完全に失われた病気だった。信の病気よりも何十倍も重いものである。
現代技術が進歩していたため、愛奈は生まれてすぐ死ぬことはなかった。たくさんのチューブに繋がれて、ずっと病院の中で育った。
愛奈は学校に行くこともできず、死ぬまで病院暮らし。夢も希望もなかったが、そこに信が現れた。
信が7歳、愛菜が8歳の頃の話だ。
信も子供の頃は病気がひどく、入退院を繰り返すことが多かった。
信が入院した病院には、たまたま愛奈がいた。車椅子で院内を移動していた愛奈に、信が声をかけて出会ったのだ。
「俺、植木信。君、一人? 暇だったら遊ばない?」
「…………………え? あたしと?」
はたから見れば完全にナンパだが、それは子供同士のこと。下心などない。純粋に遊び相手を求めて声をかけた。それが信と愛菜の始まりだった。
「もう、7年か。愛奈が亡くなってから。そろそろあいつの命日だな」
信は天井を見上げている。何年も昔のことが、まるで昨日のことのように感じられる。
「はぁ。どっかに妖精石でも落ちてないかな。あれがあれば魔素の吸排気、魔法細胞の活性化が出来るかもしれないのに」
愚痴ばかり出るが、何も変わらない。信は何の気なしにベッドを見てみる。
タンポポを生やした、丸いゼリー状の物体がいた。
スライムのポポがスヤスヤと寝ているのだ。
スライムには鼻がないはずなのに、鼻ちょうちんを作って寝ている。プーッと、何かしらの液体が風船のように膨らんでいる。
「ははは。鼻ちょうちんってマジかよ。スライムだろポポは。どうなってんだ?」
行き詰ったファクターの調整よりもポポを研究したいぞ。この小さなスライムに、何が詰まっているというんだ。
根を詰めすぎていた信は、ポポを見て癒される。
「そうだな。命日も近いし、あいつの墓にでも行って、ポポのことを報告するか。新しい家族が出来たよって」
信は座っていた椅子から立ち上がりベッドへ近づく。寝ているポポを起こさないように近づくと、その緑色のゼリー体を撫でた。
相変わらずのさわり心地の良さ。
信は鼻ちょうちんを作っているポポを優しく撫でると、亡くなった親友のことを想った。
★★★
父の許可を得て、ポポを外に連れ出す。目的地は愛菜のお墓。
最近めきめきと頭角を現している妹、植木香澄。彼女はギルドでランクをどんどん上げていて、かなり強くなっている。
信は家族ということで頼み込み、無料で護衛を頼んだ。
当然、兄の頼みなので断らない香澄。エッチで変態だが、香澄は信のことを嫌いではない。快く快諾し、ポポの護衛としてお墓参りに行くことになった。
香澄も実は亡くなった佐藤愛菜とは知り合いで、葬式にも参加している。まったくの他人ではないので、墓参りは望むところだった。
例のごとく信がミニバンを走らせる。お墓は郊外にあるので、車でないと行きづらい。
この日は晴れており、とても気持ちの良い日だ。一月で寒いが、雪は降っていない。日が照っているので、冬のドライブには最高の日である。
香澄はぬいぐるみのようにポポを抱きかかえ、窓の外を見ていた。顔を近づけていたため、窓ガラスは香澄の息で白く曇った。
お墓の近くに差しかかかると、なじみの地元スーパーが見えた。お惣菜とお弁当が安い、田舎のスーパーだ。店内はボロボロで汚いイメージがあるが、働いているオバちゃん全員元気が良くて、気持ちよく買い物ができるお店だ。大手のスーパーとは活気が違う。
香澄とポポには車で留守番を頼み、信は必要なものを買いにスーパーに行く。
スーパーでは花と線香、マッチを買う。暖かいお茶も買って、無料で置いてある包装用の新聞紙をもらう。護衛してくれている香澄には、コーヒーと好物のプリンを買った。ポポもいるので、ポポにはようかんを買ってみることにした。
ようかんは、これから墓参りする愛菜の好物であった。
「ポポはなんでも食べるから、ようかんも食うだろ」
信はレジで会計を済ませると車に戻る。
香澄とポポに差し入れをすると、二人は純粋に喜んでくれた。
「ありがとう。お兄ちゃん。プリンだけど、今食べていい?」
「ああいいぞ。あと10分くらいで墓につくから、それまでに食べろよ。ポポもな」
ポポはスーパーの袋に頭を突っ込み、すでにようかんを貪っている。よほど好きなようだ。
「んじゃ車出すから、食い物こぼすなよ」
「はーい」
シュバッ!! ←ポポの触手を伸ばした音である。
「しゅっぱーつ」
信は車を出して、墓に向かった。
道路は空いていて、車は気持ちよく加速した。




