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ダンボールに捨てられていたのはスライムでした  作者: 伊達祐一/夢追い人
一章 ある日、住宅街の中、スライムに出会ったぁ~
23/89

23 ミノタウロスのカレン4

 カレンの家に到着した信とポポ。


 閑静な住宅街にある、古いアパート。外観については、大学のボローい学生寮といった感じ。二階建ての木造アパートで、広さだけが取り柄の物件だ。


 一応アパートの目の前に砂利の駐車場がある。10台は止められる駐車場なので、ミニバンでも余裕で切り返し、駐車できる。誰も使っていない5番のスペースに車を置かせてもらい、アパートに入る。


「あははは。ぼろくてごめんね。でも中はリフォームされてて綺麗だから」


「そんなことないです! 招いて頂いただけでうれしいです」


 カレンの部屋は一回の角部屋だ。信はカレンに促されるまま部屋に入る。


 確かにカレンの言うとおり、中は綺麗にリフォームされていた。フローリングになっており、柱や壁も新しいものになっている。


 入ってみると、カレンの部屋は中々に男臭かった。女の子の部屋という感じではない。


 とてつもなく整理されている部屋なのだが、飾り気が全くない。植物とか、ポスターとか、部屋を明るく見せる装飾品が一つもない。あるのは壁にかかっている武器や防具など。


 ソファに座るように言われ、信とポポはソファに座る。


「今コーヒー入れるね」


 カレンはコーヒーの用意をしてくれるようだ。キッチンに消えて行った。


 信とポポはキョロキョロと部屋の中を見る。


 白い壁にはナイフや斧、盾や鎧といった、武具が飾られている。


 その武具の中に、目立つように一つだけ、写真が飾ってあった。


 信はソファから立ち上がり、ポポを抱いて写真に近づいてみる。写真を見ると、カレンと一人の男性が写っている。


 カレンはハンターなので、ハンター仲間だろうか? 写真の男性は、鎧と剣を持って、カレンに寄り添っている。


「ああ、その写真?」


 カレンはいつの間にか戻ってきており、コーヒーとお菓子を手に持っていた。


「写真の人ね。その人、死んだあたしの夫だよ」 


 …………はい?


「あの、亡くなった? 旦那さん、ですか?」


 衝撃の事実! カレンは若くして未亡人だった!


「うん。ハンター仲間から意気投合してね。結婚したんだけど、魔物の暴走でね。あたしを庇って死んだんだ」


 ま、まじか。重すぎるぞそれは。


「…………そ、それは気の毒に」


 信はいい言葉が思い浮かばない。どうやらいきなり地雷を踏んでしまったようだ。


「その結婚だけど、結構ロマンチックなんだよ? 死ぬ間際に、あたしたちだけで結婚したんだ。ファクターに、刻み込んだの。あたしたちの血と魔力を」


 信は知っている。それは互いが互いを主人とする、隷属契約。


 結婚する時、互いのファクターに刻み込む儀式。


「それは、魂魄契約ですね?」


「そう。さすがだね」


 一般人の間ではあまり行われないが、王族ではよく行われる神聖な儀式だ。


「旦那が死ぬ前に、形式だけでもお前と一緒になりたいって言ってね。契約したんだ。でもその数時間後に病院で旦那は死んだけど」


 カレンはからからと笑っていた。無理に高笑いしているように見える。


「あたしがソロで無理に活動しているのも、旦那が死んだからかな。目の前で死なれるのは本当につらいからさ」


 確かに、カレンはギルドでも一人だった。仲間と一緒にいる気配はなかった。今も、仲間の匂いが感じられない。


「ああ、あとね、これが旦那と契約したファクター。かなり前に壊れちゃって、部屋にずっと飾ってたんだ、直せる?」


 カレンは指輪型のファクターを見せてくる。ペアで、箱に入っている。


「え? 修理依頼ですか?」


「うんそう。修理。これさ、ギルドのファクター修理屋じゃ直せないって言われたんだ。安いファクターで無理に魂魄契約したから、ファクターの回路にまで契約魔法が刻まれたらしくて。買い換えた方がいいって言われてさ」


 信は可愛らしい、銀色のファクターを見る。天使の装飾が施された、プレゼント用のファクターだ。見た目は普通のシルバーアクセサリー。


 見ると、天使が持っている赤い魔石に、ひびが入っている。しかも回路部分には錆が浮いている。


 これはオーバーホールしても、ファクターとしての機能は取り戻せるか分からない。修理すると、回路に刻み込まれた魂魄契約の魔法や、今までの魔力航路が消滅する可能性がある。


「かなり、厳しいかもしれません。でも、きちんとした機材で見たいです。お預かりしても?」


「え? 見てくれるの?」


「?? 見ないと分かりませんよ?」


「いや、他の修理屋はさ、手に取る前に、錆とか魔石のひび割れを見て、ダメだっていうんだよ。契約魔法のことまで話すと、お手上げだって言われてさ。見るって言うだけ、信君は違うんだなって思って」


 カレンは信に期待の眼差しをする。もしかしたら直してくれるのかと。


 カレンが信に声をかけた目的は、信が大成しそうだから。自分を高みに連れて行ってくれる存在だと思ったから。


 もう一つは、大切なファクターを直せる技術屋を探していた。思い出の品を甦らせて欲しかった。カレンにとって、こっちはほとんどおまけだが、期待していた部分はあった。


「あまり言いたくはありませんが、僕も直せるかどうか怪しい品と判断しています。ただ、時間と労力をかければ直る場合もあります」


「え? 本当!? マジ!? それ、直るの!? お金は何とかするからさ! 頑張ってみてよ!!」


 カレンは信にズイっと、ファクターを渡して寄越す。そこまで期待されると、かえって恐怖だ。直らなかった場合が怖い。


「お金は何とかするから!」


 どうにか直してくれ。そういった気持ちがうかがえた。


 カレンの気持ちは分かる。しょせん道具だろと言う人もいるかもしれないが、人生に輝きをもたらす品は、いくつも見てきた。


 信は思いだす。


 大切な人に死なれること。


 ファクターをその大切な人に託されること。


 信は自分の腕にはめ込まれた、友人の形見を想う。


 まさかカレンが、大切な人のファクターを直したがっているとは思わなかった。豪快な人だし、細かいことにはこだわらない人だと思っていた。


 カレンは少し、自分と似ているところがあると思った。


「お預かりましょう。ですが、期待はしないでください。魔石に大きなクラックがあると、完全修理は難しいです」


「あはは、大丈夫大丈夫。直らなくても信君のせいじゃないから。いきなりごめんね。あたしのことばっかり押し付けて」


「いえ、構いませんよ」


 信はカレンに優しくほほ笑んだ。カレンも微笑み返す。


 結構良い雰囲気になる二人。


 そこでポポが割り込んでくる。


 お菓子、全部食べた。もっとちょーだい。


 ポポは無言だが、そういっているように聞こえた。


 触手を使って、空になったバスケットをカレンに渡す。


 カレンがコーヒーと一緒に用意したクッキーが、空になっている。


「こ、こらポポ!! 勝手に全部食べちゃダメだろう!」 


 ポポは信の方を見るが、素知らぬ顔。


「あははは! 全部食べたのか! いいよいいよ! お菓子はまだあるからさ!」


「す、すみません」


「いいのいいの! 辛気臭い話をするつもりじゃなかったし。座って待ってて。もっとお菓子持ってくるから」


 カレンはバスケットを持って、キッチンに向かった。


 信は、のんきなポポを見て苦笑する。


「まったく君ってやつは」


 信はポポの体を優しく撫でた。


 ポポも触手を伸ばして信の体を撫でさする。


 信は気づかなかったが、ポポの触手が信のファクターに触れた時。


 友人の形見であるファクターが、ほんの少し光り輝いた。


 特定の魔力でしか反応しない、形見のファクターが。


「ほら、今度はたくさん持ってきたよ! いっぱい食べていいからね!」


 カレンはありったけのお菓子をバスケットに詰め込んでいた。


 ポポは信からサッと離れると、お菓子に飛びつく。


「まったくポポは……」 


 信は自由奔放なポポを見ていると、悩みが吹き飛んだ。



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