23 ミノタウロスのカレン4
カレンの家に到着した信とポポ。
閑静な住宅街にある、古いアパート。外観については、大学のボローい学生寮といった感じ。二階建ての木造アパートで、広さだけが取り柄の物件だ。
一応アパートの目の前に砂利の駐車場がある。10台は止められる駐車場なので、ミニバンでも余裕で切り返し、駐車できる。誰も使っていない5番のスペースに車を置かせてもらい、アパートに入る。
「あははは。ぼろくてごめんね。でも中はリフォームされてて綺麗だから」
「そんなことないです! 招いて頂いただけでうれしいです」
カレンの部屋は一回の角部屋だ。信はカレンに促されるまま部屋に入る。
確かにカレンの言うとおり、中は綺麗にリフォームされていた。フローリングになっており、柱や壁も新しいものになっている。
入ってみると、カレンの部屋は中々に男臭かった。女の子の部屋という感じではない。
とてつもなく整理されている部屋なのだが、飾り気が全くない。植物とか、ポスターとか、部屋を明るく見せる装飾品が一つもない。あるのは壁にかかっている武器や防具など。
ソファに座るように言われ、信とポポはソファに座る。
「今コーヒー入れるね」
カレンはコーヒーの用意をしてくれるようだ。キッチンに消えて行った。
信とポポはキョロキョロと部屋の中を見る。
白い壁にはナイフや斧、盾や鎧といった、武具が飾られている。
その武具の中に、目立つように一つだけ、写真が飾ってあった。
信はソファから立ち上がり、ポポを抱いて写真に近づいてみる。写真を見ると、カレンと一人の男性が写っている。
カレンはハンターなので、ハンター仲間だろうか? 写真の男性は、鎧と剣を持って、カレンに寄り添っている。
「ああ、その写真?」
カレンはいつの間にか戻ってきており、コーヒーとお菓子を手に持っていた。
「写真の人ね。その人、死んだあたしの夫だよ」
…………はい?
「あの、亡くなった? 旦那さん、ですか?」
衝撃の事実! カレンは若くして未亡人だった!
「うん。ハンター仲間から意気投合してね。結婚したんだけど、魔物の暴走でね。あたしを庇って死んだんだ」
ま、まじか。重すぎるぞそれは。
「…………そ、それは気の毒に」
信はいい言葉が思い浮かばない。どうやらいきなり地雷を踏んでしまったようだ。
「その結婚だけど、結構ロマンチックなんだよ? 死ぬ間際に、あたしたちだけで結婚したんだ。ファクターに、刻み込んだの。あたしたちの血と魔力を」
信は知っている。それは互いが互いを主人とする、隷属契約。
結婚する時、互いのファクターに刻み込む儀式。
「それは、魂魄契約ですね?」
「そう。さすがだね」
一般人の間ではあまり行われないが、王族ではよく行われる神聖な儀式だ。
「旦那が死ぬ前に、形式だけでもお前と一緒になりたいって言ってね。契約したんだ。でもその数時間後に病院で旦那は死んだけど」
カレンはからからと笑っていた。無理に高笑いしているように見える。
「あたしがソロで無理に活動しているのも、旦那が死んだからかな。目の前で死なれるのは本当につらいからさ」
確かに、カレンはギルドでも一人だった。仲間と一緒にいる気配はなかった。今も、仲間の匂いが感じられない。
「ああ、あとね、これが旦那と契約したファクター。かなり前に壊れちゃって、部屋にずっと飾ってたんだ、直せる?」
カレンは指輪型のファクターを見せてくる。ペアで、箱に入っている。
「え? 修理依頼ですか?」
「うんそう。修理。これさ、ギルドのファクター修理屋じゃ直せないって言われたんだ。安いファクターで無理に魂魄契約したから、ファクターの回路にまで契約魔法が刻まれたらしくて。買い換えた方がいいって言われてさ」
信は可愛らしい、銀色のファクターを見る。天使の装飾が施された、プレゼント用のファクターだ。見た目は普通のシルバーアクセサリー。
見ると、天使が持っている赤い魔石に、ひびが入っている。しかも回路部分には錆が浮いている。
これはオーバーホールしても、ファクターとしての機能は取り戻せるか分からない。修理すると、回路に刻み込まれた魂魄契約の魔法や、今までの魔力航路が消滅する可能性がある。
「かなり、厳しいかもしれません。でも、きちんとした機材で見たいです。お預かりしても?」
「え? 見てくれるの?」
「?? 見ないと分かりませんよ?」
「いや、他の修理屋はさ、手に取る前に、錆とか魔石のひび割れを見て、ダメだっていうんだよ。契約魔法のことまで話すと、お手上げだって言われてさ。見るって言うだけ、信君は違うんだなって思って」
カレンは信に期待の眼差しをする。もしかしたら直してくれるのかと。
カレンが信に声をかけた目的は、信が大成しそうだから。自分を高みに連れて行ってくれる存在だと思ったから。
もう一つは、大切なファクターを直せる技術屋を探していた。思い出の品を甦らせて欲しかった。カレンにとって、こっちはほとんどおまけだが、期待していた部分はあった。
「あまり言いたくはありませんが、僕も直せるかどうか怪しい品と判断しています。ただ、時間と労力をかければ直る場合もあります」
「え? 本当!? マジ!? それ、直るの!? お金は何とかするからさ! 頑張ってみてよ!!」
カレンは信にズイっと、ファクターを渡して寄越す。そこまで期待されると、かえって恐怖だ。直らなかった場合が怖い。
「お金は何とかするから!」
どうにか直してくれ。そういった気持ちがうかがえた。
カレンの気持ちは分かる。しょせん道具だろと言う人もいるかもしれないが、人生に輝きをもたらす品は、いくつも見てきた。
信は思いだす。
大切な人に死なれること。
ファクターをその大切な人に託されること。
信は自分の腕にはめ込まれた、友人の形見を想う。
まさかカレンが、大切な人のファクターを直したがっているとは思わなかった。豪快な人だし、細かいことにはこだわらない人だと思っていた。
カレンは少し、自分と似ているところがあると思った。
「お預かりましょう。ですが、期待はしないでください。魔石に大きなクラックがあると、完全修理は難しいです」
「あはは、大丈夫大丈夫。直らなくても信君のせいじゃないから。いきなりごめんね。あたしのことばっかり押し付けて」
「いえ、構いませんよ」
信はカレンに優しくほほ笑んだ。カレンも微笑み返す。
結構良い雰囲気になる二人。
そこでポポが割り込んでくる。
お菓子、全部食べた。もっとちょーだい。
ポポは無言だが、そういっているように聞こえた。
触手を使って、空になったバスケットをカレンに渡す。
カレンがコーヒーと一緒に用意したクッキーが、空になっている。
「こ、こらポポ!! 勝手に全部食べちゃダメだろう!」
ポポは信の方を見るが、素知らぬ顔。
「あははは! 全部食べたのか! いいよいいよ! お菓子はまだあるからさ!」
「す、すみません」
「いいのいいの! 辛気臭い話をするつもりじゃなかったし。座って待ってて。もっとお菓子持ってくるから」
カレンはバスケットを持って、キッチンに向かった。
信は、のんきなポポを見て苦笑する。
「まったく君ってやつは」
信はポポの体を優しく撫でた。
ポポも触手を伸ばして信の体を撫でさする。
信は気づかなかったが、ポポの触手が信のファクターに触れた時。
友人の形見であるファクターが、ほんの少し光り輝いた。
特定の魔力でしか反応しない、形見のファクターが。
「ほら、今度はたくさん持ってきたよ! いっぱい食べていいからね!」
カレンはありったけのお菓子をバスケットに詰め込んでいた。
ポポは信からサッと離れると、お菓子に飛びつく。
「まったくポポは……」
信は自由奔放なポポを見ていると、悩みが吹き飛んだ。




