2 スライムとの生活
植木信はスライムをダンボールに入れて、自宅に持ち帰った。
彼の自宅は100坪を超える敷地にある。三階建ての豪邸で、魔道建築技術がふんだんに組み込まれている家だ。
父親が一級魔法建築士なため、お金持ちだ。その為、信は何不自由なく暮らしていて、両親にはずっと感謝している。大学生で、両親から小遣いも十分にもらってはいる。ただ、信には欲しい物があるからバイトをしている。夜遅くになるまでバイトしているのは、ちょっとした理由があった。
「今日は遅くなってしまったな」
信はスライムが入ったダンボールを玄関前に置き、ドアノブを引いた。
鍵がかかっていた。
「夜の0時過ぎだもんな。当たり前か」
スライムと戯れたりしていて、帰ってくるのが予想より遅くなった。バイトで遅くなると家族に連絡は入れていたので、そこは問題ない。ただ、家族が全員寝ているので静かにしなければならない。
「ポポ。静かにしているんだぞ」
ダンボールに入っているスライム、“ポポ”に声をかける。ポポはその言葉を理解しているのか分からない。ただ、体をプルプル震えさせている。
信は合鍵を使って玄関に入った。入るとすぐに、魔力声紋でセキュリティーを切る。
玄関は真っ暗で、シンと静まり返っている。玄関の靴は綺麗に並べられており、信の妹、香澄のブーツが横に置いてあった。彼女がよく迷宮探索に履いていくブーツだ。
「あいつ、またダンジョンに行ったのか。しかも勝負用のブーツか。今度の男(仲間)はマシだといいがな」
妹の香澄は高校生にして天才ハンター。ぼっちの信とは違い、彼女はリア充。クランの仲間もベテランで、イケメンが多い。
「ま、あいつのことはどうでもいいか」
そんな妹のことよりも、今はダンボールのスライムが心配である。とにかく暴れないでほしい。寝静まった所で暴れられたら面倒である。
信はすばやく脱衣所に行くと、着替えとタオルを持って風呂場に駆け込んだ。
スライムであるポポも洗うか迷ったが、信が風呂場に入ると勝手についてきた。体を器用に伸縮させ、ぴょんぴょん跳ねてついてきたのだ。
スライムをお湯や石鹸で洗って平気なのか悩んだが、それは杞憂だった。ポポは備え付けの石鹸を触手でつかむと、アライグマのように洗い始めた。このスライムに石鹸でダメージは与えられないようだ。
「このスライム、誰かに飼いならされていたのか? なぜ石鹸がわかるんだ……」
その後、シャワーで体を洗い流す信。風呂場で裸になっている信に、ポポは触手を伸ばしてペタペタと触ってきた。人間の体に興味があるのか、信に興味があるのか分からない。足や、背中、お腹など、果ては信の大切なおいなりさんも触ってきた。
ポポの触手は絶妙なソフトタッチだ。最初のうちは好きなようにさせていたが、次第にポポは特定の場所のみを触り続ける。先ほど述べた、おいなりさんである。
信はポポの執拗な触手攻撃に、「あふぅ」と喘ぎ声を上げてしまった。
「や、やめなさい。そこはおもちゃじゃない。まずは体を洗うんだ」
ポポは、信のおいなりさんを気に入ったようだった。信はポポに危うくイカされるところだった。出会ったばかりだと言うのに、このスライムはまったく遠慮がない。
信はポポの頭、タンポポ部分にビニール袋をかぶせて、シャワーで体を洗ってあげた。湯船に張った湯はすでにぬるま湯になっている。追い炊きして入るのも面倒なので、熱いシャワーだけで済ませた。
ポポはお湯に対して特に嫌がりもせず、信にされるがままに洗われていた。
乾いたタオルで拭いてあげてから、信はジャージに着替える。
「ポポ、抱き上げるけど、暴れないでよ」
言われて、ポポは触手を伸ばし、返事のような仕草をする。
「え? 返事をした? いや、ただの反応か?」
柔らかいポポが落ちないように、しっかりと胸に抱き上げる。スリッパを履き、ポポを抱いてキッチンに行くと、テーブルの上にオムライスとサラダが置いてあった。母からのメモがあり、お腹が空いたら食べなさいと書いてあった。
「さすが母さんだな」
信はオムライスをレンジでチンすると、冷蔵庫の牛乳を取り出した。信が自分で飲む為だ。
ポポには先ほど猫缶を上げたが、おやつとしてシーチキンの缶詰を用意した。後は綺麗な水を器に汲んで、自室に運ぶ。
部屋は二階にあるが、ここは豪邸。エレベーターが備え付けられている。一応理由もあり、信の父は足が悪い。昔の怪我で車椅子生活なのだ。それもあって高価なエレベーターが備え付けられている。
自宅用で小さいが、そこは日本製のエレベーター。信頼度も高く、ポポも楽に二階に上がることが出来た。
二階に到着し、妹の部屋を通り過ぎる信。物音がしないことから、寝ていると思われる。
信はようやく自室に到着すると、電気を点ける。部屋の中央にある大きなガラステーブルに、オムライスなどを並べる。スライムのポポは食べ物が待ちきれないのか、すでにシーチキンに手を付けていた。さらにオムライスの一部も食べていた。
躾は後でも出来ると思って、ポポを好きなようにさせる信。疲れていたので、早く飯を食べて寝たい。
信は音量を低くし、テレビをつける。その後は無言で飯を食べ続けた。
スライムのポポは騒ぎもせず、テレビの方を向きながらシーチキンをちびちびと食べている。水も触手で飲んでいるようで、ポポの食事は人間と変わらないらしい。触手はポポにとって口であり、手であるようだ。
信はこれまでのポポを見て思った。
スライムというのは、本当に知性がないのか? 犬や猫、カラスよりも頭が良いのではないか? とても従順で人懐っこく感じる。まるで今まで一緒に暮らしていたみたいに、すぐに順応してくれる。
「よく分からないけど、これからよろしくな。明日は家族が休みだから、みんなを紹介するよ」
信はその後洗面台で歯磨きをすると、ベッドで就寝した。当然のごとく、ベッドにもぐりこんでくるポポ。ぬくぬくと毛布にくるまり、ポポはすやすやと寝始めた。
「動かなくなったな。寝たのか?」
信は微動だにしなくなったポポを見て安心したようだ。彼もポポと一緒に眠り落ちた。
信が目覚めるのはそれから5時間後のこと。
母の叫び声で目が覚めた。
「きゃぁぁあぁああああああああ!!!! 家に魔物がいるわああああああ!!!!」
母の叫び声で飛び起きる。なにごとだ!
寝ぼけていて頭が回らない。部屋の中を見回す信。
『ひろってくださり』
スライムを拾った時のダンボールが視界に入った。そうだ。スライムを拾ったんだ。
「ん?」
そういえば、ベッドの中にいたはずのポポがいない。部屋のドアも開いていた。器用に開けて出て行ったらしい。
「しまった!!」
依然として母の叫び声は止まらない。ご近所さんにばれる前に止めるしかない。信は寝起きでもつれる足に気合を入れ、母の叫び声がしたキッチンに急いだ。