19 幻獣使いの少女 後編
セーフフロアに到着した香澄は、エヴァに促されるままキラーウルフに乗った。
エヴァは自分の足で、サラマンダーを担いで大ミミズを背負った。
香澄は「ミミズちゃんまで必要なの?」と、疑問に思ったが、大ミミズは土系魔法のスペシャリスト。ある一定の年齢までは、ダンジョンで重宝される種である。
エヴァの背負った大ミミズはまだ子供だが、大人になると山のように大きくなる。そうなると、狭いダンジョンでは不必要。捨てられたのは、育てられない身勝手なテイマーの所為だった。
グリフォンやキマイラは自分の足でついてくるようだ。彼らには羽がある。
「コカやオル、サイクは先に行った。私たちもいく」
コカはコカトリス。オルはオルトロス。サイクはサイクロプス。
全て高位の魔獣。幻獣に認定されるほどの危険種である。彼らもまた、人間に捕まえられ実験されたり、捨てられた魔物。
ギルド長の俊也に保護され、エヴァと心を通わすことで、再び人間の味方に付いた。
「森の中に祠がある。そこが転移門になっている。そこへ行く」
エヴァは必要なことだけを喋り、森の祠に直行。
祠は神社そのもので、赤い鳥居があった。
苔に覆われた森で、近くに泉が湧くほどの澄んだ森。
水の精霊が住んでいてもおかしくないほどの綺麗な森だ。
祠はそこに祀ってあり、石像ではない、生きたガーゴイルたちが守っていた。
「この水晶に一緒に触れて。行先はすでに設定してある」
エヴァに言われるまま、香澄は丸い水晶に触れる。
地面に魔方陣が展開して、香澄とエヴァ、魔物たちは光に包まれる。一瞬の強い光の後、香澄やエヴァは光の粒子となって魔方陣に吸い込まれた。
★★★
地下5階の低階層。
ドーム状の、巨大な地下空間がある場所だ。極太の柱が何本も天井を支えており、神殿の中をイメージさせる、荘厳な巨大フロアだ。
その広大な空間には、数百と思われるワイバーンたちがひしめいている。ワイバーンが真っ黒い竜巻となって、ダンジョンの中を飛び回っているのだ。
香澄とエヴァ、魔物たちはそのフロアに到着した。
軍隊アリたちが、頑張ってワイバーンを足止めしているところに。
すでにコカトリスやオルトロス、サイクロプスはアリたちと一緒に戦っている。彼らにはアリたちに襲われないように、ハンター専用のファクターを装着されている。アリたちはコカトリスたちを味方と判断して一緒に戦っている。
ワイバーンは目を真っ赤に血走らせ、口からはダラダラと涎を垂らしている。いったいどうしてこんなことになったのか分からないが、肉を食おうと人間を襲っているようだ。
今も取り残されたハンターが怪我を負って、壁際に横たわっている。救出するためのアリたちがまだ到着せず、手当てが遅れていた。今はアリたちが必死にワイバーンを抑えている状況だ。
「許せない。ワイバーンをこんなにした奴は、絶対にいる」
エヴァは傷ついたハンターたちよりも、暴走したワイバーンに悲しんだ。
「アリたちも傷ついて、たくさん死んだ。かわいそうだけど、ワイバーンは殺すしかない」
エヴァはギリッと歯ぎしりすると、怒りをあらわにする。
香澄はヘルムのバイザーを下げる。戦闘態勢だ。
「全滅させる。香澄はみんなのサポートをお願い」
「倒れた人たちはどうするの?」
「助けたいけど、自業自得。ハンターたちは死を覚悟してダンジョンに挑んでいる。今は市民の被害が怖い。絶対にワイバーンを外に出しちゃダメ」
命の取捨選択。香澄はエヴァの言葉に納得する。
ハンターは、お金と引き換えに命を懸けている。一般市民は違う。守るべきものを間違ってはいけない。
英雄行為は、それこそ零級のハンターしかできない。
香澄は魔法を発動させる準備をした。
「行く」
エヴァはワイバーンの群れに突っ込んだ。
それはまさに無双。ちぎっては投げちぎっては投げ、という表現を、実際に行っていた。
キラーウルフや他の魔物たちも参戦し、ワイバーンを徐々に押し返していく。
香澄も後方支援として、広域の火炎魔法を放ったり、魔物たちにバフ掛けしていた。キラーウルフだけでなく、グリフォンやサラマンダー、コカトリスなどにも指示を出して戦わせる。全員コンビネーション良く、効率的にワイバーンを仕留めていく。
「エヴァ!! ギルドの応援はいつ来るの!!」
「わからない。私たちがここにいるのはサブマスターしか知らないし、ギルドにいたハンターたちの数が少なすぎる。一応、すでに高ランクハンターの“雷光”と“アクアナイト”が巣の討伐に向かった。彼らは今日、常駐ハンターの当番だった」
先に巣を討伐すれば、ワイバーンはこれ以上増えない。何らかの理由で、ワイバーンが急成長しているのは明らかだ。元をたてば、早めに決着がつく。
「私たちは、ここを死守する」
エヴァは体内の魔力を放出させ、異常な加速力と膂力を見せる。エヴァはその小さな拳でワイバーンの腹を殴りつける。殴られたワイバーンは、倒れたり、吹き飛んだりするのではない。その場でバラバラに爆発する。
「すごい……」
エヴァの力は底なしだ。さすが戦闘用のホムンクルス。
横たわったハンターたちもそれは見ており、驚愕のまなざしを向けていた。
香澄も注目を浴びており、「あの美しい騎士は誰だ」「それにあの数の幻獣。全部上位の魔物だぞ」「あんな凄腕のテイマーがいたのか?」などと呟いていた。
ヘルムのバイザーを下した、香澄の顔は見えない。謎の凄腕テイマーとして、倒れたハンターたちは口々に言った。
戦闘にして、一時間ほどだろうか。
マナポーションを飲みながら、延々と魔法と指示を出し続ける香澄。エヴァもエヴァで、延々と無双状態を繰り返す。
徐々にフロアからワイバーンの数が減り始める。
救出のアリが到着し、さらには応援のハンターも到着する。
この戦いは徐々に終結を迎えようとしていたが、最後の最後でボスがやってきた。
ドラゴン級の、巨大ワイバーンだ。種族で言えば、“レッドワイバーン”だろう。黒い体に、赤い線が入っている。
どうやって下の階層から上がってきたのか分からないが、地下5階の階層までやってきた。
その大きさは、二階建ての一軒屋に相当する。まさに怪獣という表現がぴったりの大きさだ。
ワイバーンの口には、高ランクハンターの“アクアナイト”が咥えられていた。すでにアクアナイトの目に光はない。
ベッと、アクアナイトを吐き出すレッドワイバーン。アクアナイトは無残にも床に転がった。
巨大なレッドワイバーンをハンターたちが見上げる中、一本の稲妻が落とされる。一瞬の轟音と雷光で、フロアが光り輝く。
雷の一撃で、一瞬動きが止まるが、すぐに動き出すワイバーン。
「くそが!! よくもアクアナイトを殺したな!!」
再度稲妻が落とされるが、動きを一瞬止める程度だ。あまりダメージになっていない。
「みんな逃げろ!! こいつには打撃と魔法が通じない!! 鱗が硬すぎる!!」
現れたのは、もう一人の高ランクハンター“雷光”だ。
彼は瀕死の重傷を負いながらも、必死にワイバーンを攻撃していた。
雷光の顔は血に塗れており、イケメンが見る影もない。
エヴァはそんな雷光を見るも、無視。
魔力を拳に集中させる。
そのまま地面を蹴りつけると、爆発的な速度で突っ込んでいく。
ワイバーンの首を落とそうと、一直線に突っ込むが、まわりのワイバーンたちが邪魔をした。肉の盾となってエヴァの進撃を止める。
数十匹のワイバーンを蹴散らすが、威力が殺されてレッドワイバーンにたどりつけない。
「周りのワイバーンが邪魔」
忌々しいほどの数で、最後の抵抗を見せる。
「ウォン!!!」
そこでキーラが吠えた。
彼の種は、「空間の支配者」
空間魔法を使える。短距離転移なら、キーラも使えるのだ。
「エヴァ!! キーラがあなたを転移させるって!! あのデカいワイバーンまで! 私が中位位階の魔法で周りのワイバーンを近づけさせないから、あのデカブツ倒しちゃって!!」
エヴァはその言葉を信じ、「了解した」と、短く返事をした。エヴァはすぐに魔力を溜め始める。
キーラが短距離転移の座標を定める。目標はレッドワイバーンの眼前。
「今よ!!」
香澄は中位位階の爆炎魔法を解き放つ。周りで聞いていたハンターも、香澄にならって一斉に魔法を放つ。
海を割ったモーセのように、レッドワイバーンへの“道”が切り開かれる。
エヴァはキーラに転移させられ、最高の立ち位置に入る。そのまま魔力をため込んだ拳で殴りつけようとするが、レッドワイバーンはブレスを吐く用意をしていた。
暴走状態にあっても、エヴァの攻撃を読んでいたのだ。
「まずい」
エヴァは攻撃態勢に入り、すでに突撃状態。ブレスを避けたり、防ぐ手段がない。例えダメージは受けずとも、攻撃する前に吹き飛ばされる。
「誰だか知らないが、そのまま行けぇ!!」
巨大な光の柱が、レッドワイバーンに直撃する。高ランクハンター、雷光の一撃だ。
かつてないほどの雷撃で、体が麻痺するレッドワイバーン。
エヴァは硬直して動かないところを、全力パンチ。
レッドワイバーンの首から上が消し飛んだ。
「やったあああああああ!!!!」
香澄がガッツポーズ。キラーウルフも高らかに吠えた。
巨大なワイバーンを倒されたことで、形勢は一気に逆転。
それからは殲滅戦だ。続々到着したハンターの応援で、ワイバーンの異常種は駆逐された。
結局、誰の仕業か分からなかったが、市街地までの侵攻は防げた。ハンターの死傷者は出したが、市民は守ったのだ。
★★★
信は、自宅で新聞を読んでいた。
第一面に、デカデカと印刷されているのは、キラーウルフとエヴァ。そして、謎の姫騎士。
その騎士は金髪で、ハーフプレートメイルを着ている少女だという。
鋼鉄製のヘルムをかぶり、バイザーを下した魔導騎士。戦士かもしれないが、周りは騎士だとはやし立てる。
その姫騎士は高位の魔獣を従えた、謎のテイマーということになっていた。戦場で魔獣に指示を出して戦わせていたのは、その騎士だったからだ。エヴァは単騎で戦っていたので、その姫騎士の仲間だと推測された。
信はその一面の記事を見て、思った。
「これって、香澄じゃね?」
自宅で、香澄のハーフプレートメイルは見たことがある。確か、父、幸太郎が特注で作らせた品だ。誕生日プレゼントに、香澄がもらっていたのを見ている。
しかも記事には、片目が無いキラーウルフや、見たことがあるグリフォン、サラマンダーの姿がある。
「これって、俊也さんの魔物じゃね?」
信は新聞を見て、訝しむ。
「あいつ、休みに何してんだよ。バレたら大変だぞコレ」
香澄は一躍時の人になってしまった。
3等級の高ランクハンター“雷光”。その雷光と、肩を並べてツーショットだ。記事には、美男子の雷光には恋人が? などと、根も葉もないデマが書かれている。
「あいつ、どうすんだよ」
ため息を吐き、信は隣にいるポポを撫でた。
「うーん、最高のさわり心地。ポポはそのまま変わらないでいてね」
シュパッと触手を上げるポポ。安定の癒しスライム。
信はポポを撫でてつつ、破天荒な妹の将来を考えた。
「これから大変だな」
その後香澄は、多くの魔物を助け、伝説の幻獣使いとして名を馳せるのだが、それはまた別の話。




