18 幻獣使いの少女 前篇
国に委託され、ギルドが管理するダンジョン。
管理、というのは、魔物の数を管理することであり、ダンジョンマスターになったわけではない。
魔物を間引き、人々の安全を管理する。それが“ギルドの基本的な仕事”だ。
ギルドは今日も、ハンターたちをダンジョンに送り込む。
魔物の間引きを兼ねた、素材集めに。
そして今。
一人の魔導戦士がダンジョンにアタックしていた。
階層は地下30階。
その階層にはレンガの通路が続いている。左右対称にレンガは積み上げられ、ガーゴイルと思われる石像が、等間隔に並んでいる。
レンガの壁には魔石灯が設置されていて、薄暗い通路を照らす。
魔石灯の光にはゴキブリが集まり、共食いをしている。糞尿の匂いがそこかしこにこびり付き、ハンターはマスクなしに探索できない。
アタックしているハンターは、ハーフプレートメイルを着た女性。
キラーウルフを連れた、魔導戦士。
名を、植木香澄といった。
「キーラ! ワイバーンよ!」
「ウォンッ!!」
真っ黒な巨大狼、キラーウルフ。
彼の種は、空間を支配する。
「焔よ!」
香澄は数発のファイアボールを、ワイバーンの顔面に食らわせる。巨大なワイバーンには全く聞かないが、一瞬の隙を作ることはできる。炎と煙で、ワイバーンの視界を一瞬遮る程度に。
「今よキーラ!!」
香澄の合図とともに、キラーウルフは駆け出した。
なぜこのような狭い通路に現れたのか不明だが、ワイバーンは目が血走っていた。
黒い突風となって、キラーウルフは突っ込む。
ワイバーンはめちゃくちゃに翼を振り回すが、素早いキラーウルフには無意味。速度を落とさず突っ込み、すれ違いざまに喉を食いちぎる。
勝敗は一瞬で決した。
「やったぁぁぁあああ!! さすがキーラ!!」
香澄はキラーウルフをモフりまくる。よーしよしよし。
「グルルルルル」
撫でられてうれしいのか、キラーウルフはゴロゴロと唸った。
香澄はワイバーンの死体に近寄ると、魔導符を張り付ける。
魔導符は淡い光を放つと、香澄の烙印が刻まれた。これでこのワイバーンの死体は香澄のものだ。
数時間すると、ギルドが管理する軍隊アリ“ピッチブラック”が出動する。
一匹がハンター8等級クラスのアリで、大型犬クラスの大きさである。それが数百数千と隊列をなすアリである。
ギルドはこのアリの管理を完全に成功させた。ダンジョンでハンターの救出や、狩った獲物の運搬、様々な仕事をこなしている。魔物の暴走時も、最後の防壁となって戦ってくれる。
ハンターは魔物を狩ったら、専用の魔導符を張り付ける。するとアリたちが転移門からやってきて、自動的に獲物を運搬してくれる。
アリたちは触角をせわしなく動かし、張り付けられた魔導符と獲物を確認すると、背中に乗せて持っていく。
「よし。これで大丈夫ね」
香澄は大晦日も迫った日に、内緒でダンジョン探索をしていた。
しかもギルド長が保護している魔狼、キラーウルフを連れて。
ちゃっかり“キーラ”という名前も付けて、従魔登録まで済ませてしまった。ギルド長から契約を移行し、キラーウルフは香澄の従魔になってしまった。
香澄はまだ20歳でないので、テイマーにはなれない。調教師ではないのだ。
飽くまで、魔導士の使い魔として、飼育を許可されている。
ここら辺が古い法律で、改正がなされていない。
過去の英雄や、魔物を使って世界を切り開いた偉人。彼らをを重んじた結果の、古い法律だった。
キラーウルフは、「無音の殺し屋」「空間の支配者」「黒の魔狼」などと、さまざまな呼び名を持っている。
強力な戦闘力を持っているがゆえに、恐れられているのだ。
あまり知られていないが、彼らは非常に温厚で、犬のように人間になつく。狼でも珍しく、群れで行動しない。主を定めて一緒に行動する狼だ。
香澄は、運が良い。狼でも最強クラスのキラーウルフと契約できたのだから。
綿あめみたいにフワフワなキーラ。真っ黒い綿あめが動いている感じだ。
「あああああ。強い上に可愛いなんて、最高。猫ちゃんもいいけど、犬もいいわね。いや、狼か」
べろべろと香澄の顔を舐めるキーラ。ワイバーンの血が多少ついていたが、香澄は我慢した。
「でも本当にすごいな。ワイバーンって、ハンターランク6等級くらいの魔物よ? 私なら絶対に勝てないのに、キーラは一撃で倒しちゃう。すごすぎ」
香澄はこのままいくと、ハンターランクが上がり続けてしまう。本来の実力は低いのにもかかわらず。
「やっぱり頼り切りはよくないよね。私が強くならないと」
香澄は、優秀なハンターになりたかった。
香澄が尊敬するハンターは、祖父と、とあるハンターである。
そのとあるハンターは、なんとギャルであった。
昔、香澄が子供の頃に助けてくれたのが、ギャルのハンターだったのだ。魔物が暴走したときに、香澄は助けられた。颯爽と現れた、剣を持ったむちむちギャルに。
変な話かもしれないが、そのハンターはランク3等級の魔導戦士。本物の強さを持っている。
香澄がギャルの格好をするのは、そのギャルハンターに憧れているため。しかし方向性が定まっていない。ただ漫然とハンターランクを上げることしか頭になかった。
今までは。
彼女は見た。
ギルド長が秘密で魔物を保護していたことを。捨てられた魔物を死なせない為に。
心を打たれた。
香澄が目指すものが見えた気がした。
魔物を狩るのも必要かもしれないが、共存の道も必要だ。
軍隊アリ“ピッチブラック”も、人間と共存を選んだ種だ。ギルド所属のテイマーが可愛がっているアリたちである。彼らは人間になつくアリで、食と住を与えれば一緒に働いてくれる。
もっと魔物の認識を広げなければならない。
先ほどワイバーンの“異常種”を狩ってしまったが、理性のなさそうな彼らとも、もしかしたら共存の道があるのかもしれない。
香澄は新しい目標を定め始めた。
「今日はお昼前に切り上げましょう。年末で家族がみんな休みなのよ。お兄ちゃんも熱出しているし、あたし一人だけ自由なことしてられない。本当はキーラも“家族”にしたいんだけど、うちには猫二匹とスライムがいるし」
「グルルルル」
「ごめんね。いつか迎えに来るからね」
香澄はキーラの頭をなでる。キーラは目を細めて気持ちよさそうにしている。
そこでエヴァから魔導通信がかかってきた。
香澄はダンジョンでも通信できる、携帯電話を取り出した。見た目は折りたたみタイプのガラケー。
『香澄。私の方は食料の確保が終わった。そっちは?』
「あ、エヴァ? 私の方も終わったよ。あの子たちの食料も大分溜まったね」
『ありすぎてもダメ。日持ちしない肉もある。今日はもう帰ろう』
「そうだね。それじゃ地上で会いましょう」
『了解』
★★★
香澄はギルドのエントランスホールで、エヴァと落ち合った。キラーウルフのキーラはセーフフロアに置いてきた。
エヴァは相変わらずで、表情に乏しい。真っ白い肌で、どこかのお姫様みたいだが、格好はボーイッシュ。ジーパンにパーカーという出で立ちだ。
「おつ」
「お疲れー」
エヴァはまったく疲れた様子がなく、服に乱れもない。
「今日はなに狩ったの?」
「昨日と同じ。ワイバーンの異常種。二日前にいきなり増え始めた」
どこかにコロニーがあるのかもしれない。エヴァは眉間にしわを寄せた。
「確かに多いね。私も思ったけど、それって大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない。早めに巣を見つけないといけないけど、見つからない。今のところ動きは鈍いからなんとかなるけど、長くは続かない」
香澄はふーんと他人事みたいに聞いていた。
ダンジョンの治安維持で、低ランクハンターは役立たず。もし魔物の暴走“時化”が発生したら、市民と一緒に避難しなければならない。
「今日は十分に狩った。あの子たちの食べ物も、しばらくは困らない」
「年末でハンターが少なくてよかったね。キーラを見られたら大変だもの」
「うむ。みんな休みの時が、一番の狙い目」
エヴァは換金用の魔石を香澄に渡すと、セーフフロアに帰って行った。
香澄は狩った魔物の魔石を見る。
前回狩った魔物の魔石だが、ワイバーンの魔石だったり、トロールの魔石が多い。どれも高額な値がつくものだ。
小さいな魔石でも、一個2万円はする。香澄の手には魔石が10個以上ある。頑張ってアルバイトしている兄には悪いが、香澄は楽して稼いでしたり顔。
「高校生なのに、月収100万円超えそう。税金とかどうなるんだろう。現金支給だから大丈夫なのかな」
香澄はよくわかっていなかったが、ハンターの報奨金は税金が引かれている。確定申告も不要だ。
高ランクハンターは一攫千金。香澄はビギナーズラックを超えたラックを手にしていた。
「早めにキーラを迎えに行かないとね。もちろん、他の魔物たちも」
香澄はルンルン気分で買取所に行くが、エントランスホールにブザーが鳴り響いた。
「え? なに?」
『緊急放送です。ダンジョン内にワイバーンの暴走を確認。ダンジョンを緊急閉鎖します。これは訓練ではありません。これは訓練ではありません』
「え?」
香澄はぽかんとする。
ワイバーン? ウソ。さっきエヴァが言っていたやつ? まじで?
火災報知機のようなブザーが、エントランスホールに響く。年末でハンターたちは少ないが、ホール内は騒然となった。
そこで香澄に魔導通信がかかってきた。
相手はエヴァ。
「はい、香澄だよ」
『ハンターたちがダンジョン内でワイバーンの巣を見つけてしまったらしい。大量のワイバーンが低階層になだれ込んでいる。悪い予感が当たってしまった』
「ど、どうするの?」
『香澄のキラーウルフを貸してほしい。数が多くて手が足りない。今はアリたちが抑えているけど、そんなに持たない。年末でハンターたちが少ないのも祟った』
キーラを貸す?
それは、確かに、あの子は強いけど。でも、相手はワイバーンでしょ?
ワイバーンはハンターランク6等級の力がある。それが群れでいるなら、キーラでも危ない。香澄は悩んだ。
『お願い。グリフォンやサラマンダーたちにも出てもらう。今はギルドマスターとバネッサがいない。サブマスターが対応しているけど、彼では対応しきれない。私たちがでる』
最悪なことに、ギルドマスターとバネッサは他のギルドに出張だった。
『悩んでいる暇はない。私たちにキーラの力を貸して』
キーラの力を貸す。それは、もう仕方がない。緊急なのだ。
ただ、“私たち”という言葉に、香澄が引っ掛かった。
「私たちって言うなら、私もいく。本気を出せば、私でも中位位階の魔法が使える。ワイバーンの一匹や二匹は倒して見せる」
香澄は才女だ。植木幸太郎の血を継ぐ、天才少女だ。等級以上の力を持っている。
『…………』
電話の向こうでエヴァが黙る。
「お願い、行かせて」
エヴァは一呼吸を入れ、真剣に言った。
『私から離れないこと。それが条件』
香澄はその言葉に顔を輝かせる。
『セーフフロアで待ってる。早く来て。みんな待ってる』
香澄は通信をすぐに切り、エヴァと魔物たちのもとへ走った。




