17 ポポ、信を介護する
信はエリクサー入りカレーを食べて数日後、熱を出した。
年末でお正月気分満載なのに、信は一人で熱を出して寝込んでしまった。
家族は全員休みのため、信の具合を心配してくれる。
幸太郎がファクターで診断した結果、魔力の過剰放出が原因だと分かった。
最初は風邪かと思ったが、信は魔力過多症という病気持ちだ。ファクターで抑制し、現在はほぼ問題なく生活できるし、運動も問題ない。
信は内包魔力が高いが、魔力航路がない。魔力を自然に放出することが、自分自身で出来ないのだ。魔力航路とは、魔力の制御神経のこと。信は高い魔力があるくせに、その神経が人より細い為、魔力過多症という状況に陥る。
症状は微熱から高熱まで様々。あまりにひどいと手足が腐ったり、死んだりする。
ファクターの技術的進歩で、魔力過多症の人はほぼ撲滅された。ファクターさえあれば、死の危険性はないのだ。むしろエクストリームスポーツをできるくらい、健康を取り戻せる。
問題は魔力欠乏症なのだが、これはまた別の話だ。
今は信が珍しく熱を出したこと。
原因はいくつもあるが、幸太郎は一つの答えを出した。
「エリクサー入りカレーも怪しいですが、多分違います。ポポ君と魔力同期が原因でしょう」
「魔力同期?」
「テイマーは魔物と魔力を同期させます。それにより様々な意思疎通が可能になる。信は魔力航路がないので、ポポ君との連動がうまくいっていなかった。ポポ君から信へ魔力は送られるが、信からポポ君への魔力は送れなかった。一方通行だったんです」
「魔力の、一方通行。ポポの魔力を、俺が受け取れなかったんだね?」
「そうです。エリクサー入りカレーを食べたことも、後押しに繋がったのかも知れません。信の魔力航路が、徐々に構築されているようです」
信はその言葉に、驚きを隠せない。
なぜなら、魔力航路とは生まれつきのもの。脳や脊髄の中枢神経は再生されないように、魔力神経もまた、再生されない。ましてや、神経が無いのに生み出されるなど、もってのほか。不可能である。
「そんなことが可能なの?」
「可能なようです。ありえないですが、ポポ君のスキルか、エリクサーの力か。わかりませんが、信には今、奇跡が起きています」
「奇跡……」
ファクターを研究していた理由の一つは、魔力航路の代替開発の為。魔法を自由自在に使いたいからだ。
それが今、なんの努力もなしに、信は魔法を使える準備をしている。体内で、神経が生成されている。
「そんなことがあっていいのか」
「信の熱は、風邪ではありません。魔力熱です。安心して眠りなさい。しばらくは体がまともに動かせないでしょう。神経が繋がるまで、我々が面倒を見ますので安心してください」
信はそんなことが起こっていいのか、複雑な気持ちだった。
信の腕にはめられているファクター。両腕にファクターを一つずつ嵌めているが、左腕のファクターは、親友からの贈り物。形見の品。
ファクターの研究を始めたきっかけは、いろいろある。
能無しの自分を馬鹿にした、祖父を見返したい。
学校の授業で馬鹿にした、友達を見返したい。
いつか自分も、妹のように魔法を使いたい。
いろんな理由があるが、その一つに、親友の死があった。
信の研究は、自分だけの為ではない。親友の為でもあった。
「俺だけ、こんなことになっていいのかな」
信は亡くなった親友を想った。
「とにかく、このことは家族や、信頼できる人間以外に喋らないこと。問題を生みます。病院へ行くようなことはないと思いますが、行く場合は私が手配します。今はゆっくり寝ていなさい」
「うん。ありがとう父さん」
「気にしないでください」
にこっと笑って、幸太郎は信の部屋から出て行った。
★★★
信は体がフラフラで、力が入らない。立って歩くことも大変なくらいだ。
ここまでの症状は子供の頃以来で、大人になると症状が重くなることが分かった。熱だけだったらよかったが、頭痛もするのでひどいと風邪と変わらない。
額に冷却シートを張って、うんうん唸る信。
「ちゃんと治るんだろうな、これは」
全く熱が下がる気配がない。熱のアップダウンもなく、常に一定の高熱をキープ。
信はベッドで横たわっていると、ガチャリと扉が開かれた。ノックがないので、猫かポポだろう。
「ポポか?」
信は寝たまま声をかける。
するとベッドの下からにょろにょろと触手が伸びた。どうやらポポらしい。
何をするつもりなのかと信は思ったが、ぴょんっとベッドに飛び乗るポポ。
「どうしたポポ? 俺は大丈夫だぞ?」
信は寝たまま、ポポの体をなでる。少しだけひんやりしていて気持ちいい。冬の冷気で冷たくなったんだろう。
枕元まで来たポポを見ると、触手に“みかん”が一個握られていた。
冬のみかんは美味しいんだよな。でもどうしてみかんを持ってきたんだ?
ポポは体からより細い触手を伸ばす。細かい作業ができる触手だ。出した触手で、みかんの皮を剥き出す。
皮を綺麗に剥くと、ゴミ箱にポイ。
ポポは剥いたみかんを触手でつまむと、信の口まで持っていく。
どうやら食べさせたいらしい。
「ははは。ありがとうポポ」
信はポポの好意をありがたく受け入れる。みかんを食べさせてもらう。
食べさせてもらうとき、ポポの触手が信の唇にあたった。ポポの触手はサラサラで柔らかく、女性の指のようだった。
信にみかんを食べさせ終わると、ペタッと頬に触れる。信の熱を測っているらしい。
ポポは近くにあった冷却シートを見ると、信の額に貼ってあるものと交換し始めた。
「相変わらずだなポポは。そんなことまでできるのか」
ポポには何度も驚かされる。
なぜ人間社会のことを知っているんだ? 言葉までならわかるが、商品の扱い方まで知っているなんて、普通じゃない。
「一体君はどこから来たんだ? なぜ、俺にこんなにやさしいんだ? なぜ、あの道にいたんだ?」
信はポポに聞いてみるが、返事はない。
『ひろってくださり』
ポポが入っていたダンボールを思い出す。
あれは父、幸太郎に預けた。調べるのだというが、まだ結果は出ていない。
あの、ひろってくださりって文字、誰が書いたんだ? 信は部屋の天井を見ながら思ったが、答えは出ない。
「まぁいいか。ありがとうなポポ。みかん美味しかったよ」
ポポは何も言わずに、信の毛布を掛けなおす。
甲斐甲斐しく主人を看護するスライム。前代未聞の状況であった。
ポポはぴょんっとベッドから飛び降りると、ドアを開けて部屋を出て行った。
信は部屋を出て行ったポポを見送ると、安心したのだろう。目をつぶって眠ることにした。
★★★
信が起きた時は、夕方だった。
近くに置いてある水を飲むと、体を起こす。
少し寝すぎたかな。体がだるいや。それに体にまだ力が入らない。
「うーむ。トイレに行きたないなぁ。足がフラフラでうまく立てない。母さんでも呼ぶか」
支えがあれば立って歩ける。申し訳ないが、トイレまで支えてもらおう。
信はスマホで母に電話しようと思った。スマホを取ったところで、ガチャリと部屋の扉が開かれた。
非常にタイミングが良い。ポポだ。
「ポポ、申し訳ないけど母さんを呼んできて……え?」
信はポポを見る。
見ると、ポポは触手で“とある物”を持っていた。
とある物とは、“尿瓶”だった。
どうしてそんなものが家にあるのか。それ以前に、なぜポポが尿瓶を持っているのか。
そこでスマホに電話がかかってきた。これまた非常にタイミングがいい。計ったようにかかってきた。
電話をかけてきたのは、植木香奈であった。
『信? 起こしちゃった? ごめんねぇ。今、母さんスーパーに買い物に行ってるの。香澄も用があるとかで出かけちゃったし、幸ちゃんは緊急の仕事が入ったらしくて』
「え。ああうん。それで?」
『今ね、家にポポちゃんしかいないの。すぐに帰るけど、その間はポポちゃんに信のことを頼んだから』
「…………」
別にいいが、母さんはポポのことを信頼しすぎだろ。
『それでね。おトイレとか大変だと思って、尿瓶をポポちゃんに預けたの』
尿瓶はあんたか! いったいなんで尿瓶を持ってるんだ!!
『昔ね。幸ちゃんが倒れた時に私が介護したの。それで尿瓶があるの。大丈夫。洗ってあるから』
そういう問題じゃない!!!
『ポポちゃんに尿瓶を見せたらすごい喜んじゃって。自分がやるって聞かないのよ』
なぜ尿瓶を見せた! トイレまで支えてくれればいいだろ!! 尿瓶は必要ない! 俺は寝たきりじゃねぇぞ!! わかっててやったろ!!
信は憤慨するが、相手は母だ。青筋を立てて黙って聞いた。
『幸ちゃんが仕事じゃなかったらよかったんだけど、急に呼び出されたみたいだから。ほんとごめんねぇ。すぐに帰るけど、何か食べたいものある?』
「いや、別になにもいらないよ。それよりも、帰るのはいつぐらい?」
『これから30分はかかるわ。待っててね。それじゃ買い物終わったら帰るから。じゃぁね』
それから電話は切れた。
信はポポを見る。
尿瓶を神輿のように持ち上げ、「わっしょいわっしょい」やっている。
「ポポさん? 冗談だよね?」
ポポはベッドに飛び乗った。信はびくりと震える。
もしポポに表情があるとしたら、ポポの顔はにやりと笑っていただろう。
尿瓶をベッドに置き、ポポは布団をめくり上げる。
「ちょっとまて!! 俺はトイレに行ける!!」
その言葉を聞いて、ポポは信を押さえつける。
そのまま信のズボンをずりおろすと、ポポは信の一物を握った。
「あふぅ!!」
信は変な声を上げる。
「や、やめるんだ。いい子だから」
ポポは尿瓶を当てがい、信の下腹部をなで始める。膀胱が圧迫される。
「あっあっあっあっ」
ポポは尿瓶を固定し、そして。
「アーーーーーーーー!!!!!」
信は悲鳴を上げた。
尿瓶には黄金水が満たされた。
信の大切な何かの一つ。それが壊れた気がした。
それはポポに対する羞恥心だったのかもしれないが、信はこのことを黒歴史として封印した。




