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ダンボールに捨てられていたのはスライムでした  作者: 伊達祐一/夢追い人
一章 ある日、住宅街の中、スライムに出会ったぁ~
16/89

16 ポポと香奈の日常2

 専業主婦である香奈。


 平日の日中は、自宅で一人。猫二匹はいるが、犬のように散歩を行く必要はない。室内飼いだし、外には出さない。


 彼女の一日の多くは、炊事、洗濯、掃除で消費される。


 中でも一番時間が食うのが、掃除である。


 家が広いので、掃除は大変。ロボット掃除機が5台あるが、掃除しきれない。それにロボット掃除機に溜まったゴミも、毎日捨てなければならない。結構な手間がある。


 香奈は曜日ごとに掃除するエリアを決めており、一か月のサイクルで自宅を完全に掃除している。


 本当は人を雇えばよいのだが、香奈は綺麗好きだし、給与や人間関係の構築も面倒だった。一人でも十分対応できるので、香奈は家の掃除をしている。


 そんな植木家に、新たな家族が一匹加わった。


 ポポである。


 平日の日中は香奈と一緒にいることが多い。


 ポポは人間の手伝いができる。


 それは香奈のお手伝いが可能だということだ。


 季節は冬。


 クリスマス明け。


 信は大学で冬休みだが、集中講義があるということで、家にはいない。香澄は友達と遊ぶか、塾である。最後に植木家の大黒柱、幸太郎は仕事で家にいない。


 冬の寒い時期、ポポは植木家にやってきた。


 香奈は先日、ポポに洗濯物の手伝いをしてもらった。取り込んだ洗濯物を、折りたたむこともしてもらった。食器を拭いたり、加湿器の水交換まで手伝ってくれた。たまに、お菓子のつまみ食いや、冷蔵庫のプリンを勝手に食べたりするが、そこは大目に見ている。


 香奈が一番驚いたことがある。


 植木家には猫がいる。クロとミケという猫だ。

 

 クロは老猫。ミケはまだ若い。3歳だ。


 まだ若いミケは、かなりやんちゃで、いたずらをかなりする。


 この前も花瓶の魔草を取ろうとして、花瓶を棚から落とした。当然、花瓶に入っていた魔草と水は床にこぼれる。花瓶は強化ガラスだったので割れなかったが、床は水浸しだ。


 香奈とポポはリビングに行く最中、その現場を目撃してしまう。ミケは見られた香奈に怒られるとおもったのだろう。その場から逃げてしまう。


「あ! 待ちなさい! こらミケ!」


 香奈はミケを叱っても意味のないことは知っている。知っているが、花瓶を倒されて黙っていられるほど人間ができていない。ミケを捕まえようとするが、ポポは違った。


 ポポはその水浸しの床を掃除し始めたのだ。


 触手を体から数本出すと、床にこぼした水を器用に吸い上げる。あらかた吸い尽くすと、近くにあるトイレまで移動し、吸い上げた水を便器に捨てる。もちろん、便器の水は流す。


 花瓶は割れていないので、洗面台で水を入れなおす。器用に触手で蛇口をひねり、花瓶に水を入れていた。落ちた魔草も花瓶に挿しなおす。最後に花瓶を棚に戻すことも忘れない。


 ポポが吸いきれなかった床の水は、香奈が拭いたが、ポポの行った行動はすごいの一言。明らかに野生のスライムの行動ではない。


 香奈はポポのその行動に感心するばかりだった。


 ポポはおちゃめなところはいっぱいあるが、それ以上にとってもお利口な魔物である。もはやスライムというレベルではない。


 明らかに誰かから躾を受けたような動きだったが、香奈は何も言わなかった。ポポと意思疎通ができるわけではないし、ポポに問い詰めても仕方ないことだ。


 香奈はポポと出会ってからまだ数日だが、ポポを魔物と扱うのは止めた。ペット扱いもやめた。


 自分の子供、信や香澄が小さかったころと同じように接しようと思った。頭がいいので、頼んだり、ダメなことを注意できると思ったのだ。


 もちろん、契約者である信に話は通してある。信は快く了承している。人間扱いされることは、ポポにとってプラスになると思ったからだ。


 香奈は、ポポを自分の子供と同じように接することにした。


 そこで、事件が起きた。


 香奈がキッチンに立ち、料理をしている時のことだ。その日はカレーを作っており、野菜の詩ごしらえをしている時だ。


 ポポが後ろから香奈に近寄った。香奈はポポに気づかず、ニンジンの皮を皮むき器で剥いていた。


 ポポは香奈に近寄ると、テーブルの上に出してあった包丁を持ったのだ。触手で柄を握って。


 香奈はポポに気付き、包丁を持ったことでギョッとする。え? ちょっと。やめなさい。危ないわよ。そういおうとしたが、言葉が出ない。ポポとの信頼関係はまだまだ薄い。香奈はポポが何をするのか恐ろしくなった。


 ポポは包丁を持ち、テーブルの上に飛び乗る。


 香奈の方を向くと、ポポは触手で訴えた。


「え? なに? どういうこと?」


 ポポは玉ねぎを切りたがっていた。包丁を持って、玉ねぎを指し示す。


「え? 切ってくれるの?」


 ポポは丸い体を半分に折り曲げ、うなづいた。


「き、切れるの?」


 ポポは触手でも切り裂けるが、細かいものは苦手だ。野菜などの食材は粉々になる可能性がある。


 包丁を持ち、ポポは玉ねぎを切り始めた。いや、まずは玉ねぎの皮をむき始めた。包丁で切り込みを入れ、器用に触手で皮をむき始める。


「う、ウソでしょ。そんなことまでできるの? ポポちゃんすごい」


 えっへんとポポはない胸を張る。


 へたくそではあったが、玉ねぎを包丁で切ることに成功。時間も香奈の倍以上かかったが、手伝いとしては十分だった。


 実は、それからが問題だった。  


 ポポはなんでも手伝いたがった。香奈のやることが自分のやることだと言わんばかりだ。逆に信のやることは手伝いたがらない。どうやら自分の分野でないと知っているようだ。


 ポポは専業主婦の仕事が自分の仕事だと思っているようだ。


 ポポはカレーの作り方を知っているようだ。どこで覚えてきたかわからないが、とにかく知っていた。


 肉と野菜を炒めることも、灰汁を取ることも。


 香奈に邪魔にならない程度に、ポポは近くで手伝っていた。


 IHなので、火は使わない。ポポにとっては少し安全ではあるが、やはり香奈は不安だ。


「ポポちゃん、もう大丈夫よ? リビングでみかんでも食べていて?」


 香奈は言うが、ポポは手伝いたがる。


 大きなカレー鍋で作っているので、もしものことがある。鍋を倒してカレーがかかったり、誤ってポポが煮込まれてしまったらシャレにならない。

 

 ポポはお玉を持って、カレー鍋をかき混ぜたがる。


 そして、ポポが香奈の頭に乗っかり、お玉を持っていた時のことだ。


 ポポから生えている、謎のタンポポ。そのタンポポから、数枚の花弁がひらひらと落ちた。


 その花弁はカレーの中に入ってしまった。


 香奈はそれに気づき、あわてて鍋から掬おうとするが、時すでに遅し。


 タンポポの花弁は淡い光を放ってカレーに吸収された。


「え!? ちょっと! ポポちゃんの花がカレーに入ったけど!! 光を出して!!」 


 香奈は大慌て。今まで作ったカレーが無駄になってしまうのではないかと思った。


 見ると、カレーは特に変化がない。においも変わらない。花弁は変な光を出して消えたが、カレーは問題なさそうだ。


 ポポを頭から降ろして、大丈夫なのか聞いてみるが、回答はない。


 恐る恐る香奈は味見をしてみることに。ほんの一口なら大丈夫なはず。


 香奈はスプーンで掬って、カレーを食べてみる。


「味に変化はないわね。むしろいつもよりおいしい?」


 特に問題なそうな状況である。


 香奈はよくわからない。

 

 カレーはもう完成間近。コンロのスイッチを消して数時間おいておけば完成だ。


「幸ちゃんに聞いておきましょう」


 幸ちゃんとは幸太郎のことである。



★★★


 

 その後香澄が帰宅し、信が帰宅、幸太郎が最後に帰宅したが、全員、香奈の姿に絶句していた。


 香奈は、若返っていた。


 それも5歳や10歳ではない。


 18歳か20歳くらいの若さまで若返っていた。


 現在、45歳の香奈。若作りとはいえ、さすがに年齢は隠せない。香奈は人間だし、長寿のエルフではない。普通に年をとる。


 それが、肌はみずみずしく、髪はつやつや。おっぱいはツーンと天を向いて、パンパンに張っている。


 顔も熟女の妖艶さがなくなり、少女のあどけなさが戻ってきている。


 帰宅した信は、「あなたはどなたですか?」と聞いたほどだ。


 香奈は言われるまで気づかなったようで、鏡を見て初めて気が付いた。


「なにこれ!!! 若返ってる!!」


 香奈は驚きと喜びと不安でパニックになる。


 信と香澄でどうにか香奈を落ちつかせ、幸太郎の帰宅を待った。


 幸太郎が帰宅し、状況を説明する。


 すると幸太郎はすぐにカレーの分析を行った。信にも当然手伝わせ、分析は数時間かかった。


 結果。


 ポポのタンポポのせいで、カレーは恐ろしいほどの霊薬と化していた。


 国最高の魔法研究機関、「アルター」。その機関が作り出した“エクスポーション”という、最高のポーションがある。


 そのエクスポーションは、四肢の欠損ですら直す究極の回復薬だ。健康な人が飲めば、数時間だが、5歳から10歳は若返るといわれている。


 エクスポーションは現在最高の回復薬であり、これ以上のものは存在しないが、例外がある。

 

 古龍の肝であったり、ダンジョン奥深くにある神水と呼ばれる魔法薬があるのだ。これらはエリクサー並みの力を持つ。


 主に魔物から取れる素材は、多くの回復効果をもたらす。


 ポポのタンポポは、エリクサーの一種。


 そのエリクサーを料理に使えばどうなるか。


 簡単に、国最高のエクスポーションを超えた。


 エリクサー入りカレー。


 そのカレーを食べた香奈は、20歳前後まで若返った。しかもすでに10時間以上経過している。それでも若返りは衰えを見せない。


 たった一口の味見なのに、すさまじい威力。


「大事件です。非常にまずいです」


 幸太郎は頭を抱える。


 カレーとして料理してしまったので、食べるしかない。捨てるといっても、ゴミや下水には流せない。どうなるかわからないからだ。もし捨てたカレーを、カラスやネズミが食べれば大変なことになる。


 カレーは、劇物に早変わりした。


「あのさ、普通に食べればいいじゃん。安全なんでしょ? 人間にとっては」


 香澄が言った。


「それはそうですが、香奈がこれだけ若返るのは……」


「いいじゃん。お母さん美人だし、最高じゃないの? お父さんも若返って見せてよ。足も治るかもよ?」


 車いすの幸太郎。確かに治る可能性はあるが。


「私のは呪いです。回復系の魔法薬では治りません」


「あ、そうなんだ。余計なことを言ってごめんなさい」   


 香澄はシュンとなる。


「いえ、別にそれはいいですが、確かにそうですね。捨てて生態系が変わるなら、みんなで食べた方がよい。そうですね。食べましょう」


 幸太郎は考えるのをやめた。もう、どうにでもなれ。そんな感じでやけくそだった。


「母さん、体は大丈夫?」


 信が香奈に聞いてみる。


「すこぶる良好よ」


 香奈はつやつやの顔を撫でた。


「それじゃ食べようよ。私お腹減っちゃったし」


「そうですね。我々が食べて、地球に貢献しましょう」


 幸太郎はわけのわからないことを言い出す。


 それから植木家は全員でカレーを実食。

 

 数時間後、幸太郎までが若返り、植木家は大いに盛り上がった。


 その日の夜、香奈と幸太郎は寝ずにベッドインしていたらしい。


 最後に、香奈は信に言った。


「ねぇ信。兄弟は男の子がいい? 女の子がいい?」


 信はカレーを食べるべきではなかったと、そのとき思ったそうだ。   



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