16 ポポと香奈の日常2
専業主婦である香奈。
平日の日中は、自宅で一人。猫二匹はいるが、犬のように散歩を行く必要はない。室内飼いだし、外には出さない。
彼女の一日の多くは、炊事、洗濯、掃除で消費される。
中でも一番時間が食うのが、掃除である。
家が広いので、掃除は大変。ロボット掃除機が5台あるが、掃除しきれない。それにロボット掃除機に溜まったゴミも、毎日捨てなければならない。結構な手間がある。
香奈は曜日ごとに掃除するエリアを決めており、一か月のサイクルで自宅を完全に掃除している。
本当は人を雇えばよいのだが、香奈は綺麗好きだし、給与や人間関係の構築も面倒だった。一人でも十分対応できるので、香奈は家の掃除をしている。
そんな植木家に、新たな家族が一匹加わった。
ポポである。
平日の日中は香奈と一緒にいることが多い。
ポポは人間の手伝いができる。
それは香奈のお手伝いが可能だということだ。
季節は冬。
クリスマス明け。
信は大学で冬休みだが、集中講義があるということで、家にはいない。香澄は友達と遊ぶか、塾である。最後に植木家の大黒柱、幸太郎は仕事で家にいない。
冬の寒い時期、ポポは植木家にやってきた。
香奈は先日、ポポに洗濯物の手伝いをしてもらった。取り込んだ洗濯物を、折りたたむこともしてもらった。食器を拭いたり、加湿器の水交換まで手伝ってくれた。たまに、お菓子のつまみ食いや、冷蔵庫のプリンを勝手に食べたりするが、そこは大目に見ている。
香奈が一番驚いたことがある。
植木家には猫がいる。クロとミケという猫だ。
クロは老猫。ミケはまだ若い。3歳だ。
まだ若いミケは、かなりやんちゃで、いたずらをかなりする。
この前も花瓶の魔草を取ろうとして、花瓶を棚から落とした。当然、花瓶に入っていた魔草と水は床にこぼれる。花瓶は強化ガラスだったので割れなかったが、床は水浸しだ。
香奈とポポはリビングに行く最中、その現場を目撃してしまう。ミケは見られた香奈に怒られるとおもったのだろう。その場から逃げてしまう。
「あ! 待ちなさい! こらミケ!」
香奈はミケを叱っても意味のないことは知っている。知っているが、花瓶を倒されて黙っていられるほど人間ができていない。ミケを捕まえようとするが、ポポは違った。
ポポはその水浸しの床を掃除し始めたのだ。
触手を体から数本出すと、床にこぼした水を器用に吸い上げる。あらかた吸い尽くすと、近くにあるトイレまで移動し、吸い上げた水を便器に捨てる。もちろん、便器の水は流す。
花瓶は割れていないので、洗面台で水を入れなおす。器用に触手で蛇口をひねり、花瓶に水を入れていた。落ちた魔草も花瓶に挿しなおす。最後に花瓶を棚に戻すことも忘れない。
ポポが吸いきれなかった床の水は、香奈が拭いたが、ポポの行った行動はすごいの一言。明らかに野生のスライムの行動ではない。
香奈はポポのその行動に感心するばかりだった。
ポポはおちゃめなところはいっぱいあるが、それ以上にとってもお利口な魔物である。もはやスライムというレベルではない。
明らかに誰かから躾を受けたような動きだったが、香奈は何も言わなかった。ポポと意思疎通ができるわけではないし、ポポに問い詰めても仕方ないことだ。
香奈はポポと出会ってからまだ数日だが、ポポを魔物と扱うのは止めた。ペット扱いもやめた。
自分の子供、信や香澄が小さかったころと同じように接しようと思った。頭がいいので、頼んだり、ダメなことを注意できると思ったのだ。
もちろん、契約者である信に話は通してある。信は快く了承している。人間扱いされることは、ポポにとってプラスになると思ったからだ。
香奈は、ポポを自分の子供と同じように接することにした。
そこで、事件が起きた。
香奈がキッチンに立ち、料理をしている時のことだ。その日はカレーを作っており、野菜の詩ごしらえをしている時だ。
ポポが後ろから香奈に近寄った。香奈はポポに気づかず、ニンジンの皮を皮むき器で剥いていた。
ポポは香奈に近寄ると、テーブルの上に出してあった包丁を持ったのだ。触手で柄を握って。
香奈はポポに気付き、包丁を持ったことでギョッとする。え? ちょっと。やめなさい。危ないわよ。そういおうとしたが、言葉が出ない。ポポとの信頼関係はまだまだ薄い。香奈はポポが何をするのか恐ろしくなった。
ポポは包丁を持ち、テーブルの上に飛び乗る。
香奈の方を向くと、ポポは触手で訴えた。
「え? なに? どういうこと?」
ポポは玉ねぎを切りたがっていた。包丁を持って、玉ねぎを指し示す。
「え? 切ってくれるの?」
ポポは丸い体を半分に折り曲げ、うなづいた。
「き、切れるの?」
ポポは触手でも切り裂けるが、細かいものは苦手だ。野菜などの食材は粉々になる可能性がある。
包丁を持ち、ポポは玉ねぎを切り始めた。いや、まずは玉ねぎの皮をむき始めた。包丁で切り込みを入れ、器用に触手で皮をむき始める。
「う、ウソでしょ。そんなことまでできるの? ポポちゃんすごい」
えっへんとポポはない胸を張る。
へたくそではあったが、玉ねぎを包丁で切ることに成功。時間も香奈の倍以上かかったが、手伝いとしては十分だった。
実は、それからが問題だった。
ポポはなんでも手伝いたがった。香奈のやることが自分のやることだと言わんばかりだ。逆に信のやることは手伝いたがらない。どうやら自分の分野でないと知っているようだ。
ポポは専業主婦の仕事が自分の仕事だと思っているようだ。
ポポはカレーの作り方を知っているようだ。どこで覚えてきたかわからないが、とにかく知っていた。
肉と野菜を炒めることも、灰汁を取ることも。
香奈に邪魔にならない程度に、ポポは近くで手伝っていた。
IHなので、火は使わない。ポポにとっては少し安全ではあるが、やはり香奈は不安だ。
「ポポちゃん、もう大丈夫よ? リビングでみかんでも食べていて?」
香奈は言うが、ポポは手伝いたがる。
大きなカレー鍋で作っているので、もしものことがある。鍋を倒してカレーがかかったり、誤ってポポが煮込まれてしまったらシャレにならない。
ポポはお玉を持って、カレー鍋をかき混ぜたがる。
そして、ポポが香奈の頭に乗っかり、お玉を持っていた時のことだ。
ポポから生えている、謎のタンポポ。そのタンポポから、数枚の花弁がひらひらと落ちた。
その花弁はカレーの中に入ってしまった。
香奈はそれに気づき、あわてて鍋から掬おうとするが、時すでに遅し。
タンポポの花弁は淡い光を放ってカレーに吸収された。
「え!? ちょっと! ポポちゃんの花がカレーに入ったけど!! 光を出して!!」
香奈は大慌て。今まで作ったカレーが無駄になってしまうのではないかと思った。
見ると、カレーは特に変化がない。においも変わらない。花弁は変な光を出して消えたが、カレーは問題なさそうだ。
ポポを頭から降ろして、大丈夫なのか聞いてみるが、回答はない。
恐る恐る香奈は味見をしてみることに。ほんの一口なら大丈夫なはず。
香奈はスプーンで掬って、カレーを食べてみる。
「味に変化はないわね。むしろいつもよりおいしい?」
特に問題なそうな状況である。
香奈はよくわからない。
カレーはもう完成間近。コンロのスイッチを消して数時間おいておけば完成だ。
「幸ちゃんに聞いておきましょう」
幸ちゃんとは幸太郎のことである。
★★★
その後香澄が帰宅し、信が帰宅、幸太郎が最後に帰宅したが、全員、香奈の姿に絶句していた。
香奈は、若返っていた。
それも5歳や10歳ではない。
18歳か20歳くらいの若さまで若返っていた。
現在、45歳の香奈。若作りとはいえ、さすがに年齢は隠せない。香奈は人間だし、長寿のエルフではない。普通に年をとる。
それが、肌はみずみずしく、髪はつやつや。おっぱいはツーンと天を向いて、パンパンに張っている。
顔も熟女の妖艶さがなくなり、少女のあどけなさが戻ってきている。
帰宅した信は、「あなたはどなたですか?」と聞いたほどだ。
香奈は言われるまで気づかなったようで、鏡を見て初めて気が付いた。
「なにこれ!!! 若返ってる!!」
香奈は驚きと喜びと不安でパニックになる。
信と香澄でどうにか香奈を落ちつかせ、幸太郎の帰宅を待った。
幸太郎が帰宅し、状況を説明する。
すると幸太郎はすぐにカレーの分析を行った。信にも当然手伝わせ、分析は数時間かかった。
結果。
ポポのタンポポのせいで、カレーは恐ろしいほどの霊薬と化していた。
国最高の魔法研究機関、「アルター」。その機関が作り出した“エクスポーション”という、最高のポーションがある。
そのエクスポーションは、四肢の欠損ですら直す究極の回復薬だ。健康な人が飲めば、数時間だが、5歳から10歳は若返るといわれている。
エクスポーションは現在最高の回復薬であり、これ以上のものは存在しないが、例外がある。
古龍の肝であったり、ダンジョン奥深くにある神水と呼ばれる魔法薬があるのだ。これらはエリクサー並みの力を持つ。
主に魔物から取れる素材は、多くの回復効果をもたらす。
ポポのタンポポは、エリクサーの一種。
そのエリクサーを料理に使えばどうなるか。
簡単に、国最高のエクスポーションを超えた。
エリクサー入りカレー。
そのカレーを食べた香奈は、20歳前後まで若返った。しかもすでに10時間以上経過している。それでも若返りは衰えを見せない。
たった一口の味見なのに、すさまじい威力。
「大事件です。非常にまずいです」
幸太郎は頭を抱える。
カレーとして料理してしまったので、食べるしかない。捨てるといっても、ゴミや下水には流せない。どうなるかわからないからだ。もし捨てたカレーを、カラスやネズミが食べれば大変なことになる。
カレーは、劇物に早変わりした。
「あのさ、普通に食べればいいじゃん。安全なんでしょ? 人間にとっては」
香澄が言った。
「それはそうですが、香奈がこれだけ若返るのは……」
「いいじゃん。お母さん美人だし、最高じゃないの? お父さんも若返って見せてよ。足も治るかもよ?」
車いすの幸太郎。確かに治る可能性はあるが。
「私のは呪いです。回復系の魔法薬では治りません」
「あ、そうなんだ。余計なことを言ってごめんなさい」
香澄はシュンとなる。
「いえ、別にそれはいいですが、確かにそうですね。捨てて生態系が変わるなら、みんなで食べた方がよい。そうですね。食べましょう」
幸太郎は考えるのをやめた。もう、どうにでもなれ。そんな感じでやけくそだった。
「母さん、体は大丈夫?」
信が香奈に聞いてみる。
「すこぶる良好よ」
香奈はつやつやの顔を撫でた。
「それじゃ食べようよ。私お腹減っちゃったし」
「そうですね。我々が食べて、地球に貢献しましょう」
幸太郎はわけのわからないことを言い出す。
それから植木家は全員でカレーを実食。
数時間後、幸太郎までが若返り、植木家は大いに盛り上がった。
その日の夜、香奈と幸太郎は寝ずにベッドインしていたらしい。
最後に、香奈は信に言った。
「ねぇ信。兄弟は男の子がいい? 女の子がいい?」
信はカレーを食べるべきではなかったと、そのとき思ったそうだ。




