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ダンボールに捨てられていたのはスライムでした  作者: 伊達祐一/夢追い人
一章 ある日、住宅街の中、スライムに出会ったぁ~
14/89

14 ミノ乳

 信はギルドでの一件を終え、自宅に帰ってきた。


 ギルドではエヴァと俊也と出会い、魔物たちと触れ合い、試合すら目の前で体験した。


 たった数時間なのに、非常に内容の濃い一日だった。


 ギルドでのテイマータグも発行され、信は名実ともにギルド員の一人。これからは忙しくなりそうだと思ったが、一番の懸念がポポやテイマーの仕事でないことが問題だ。


 なぜこうなったと、信はテーブルの上に置いているものを見ていた。


「お兄ちゃん、その牛乳、飲むの?」


 350ミリリットルほどの、ペットボトルに入った牛乳。それが一本テーブルに置いてある。


 ボトルにラベルはなく、直接マジックでこう書かれている。


『カレンのお乳』


 まんまである。そのまんまの名前で、油性のマジックで書き殴られている。


 ペットボトルには、少し黄色っぽい、すごく味の濃さそうな牛乳が入っている。“とろみ”すらある。


「お兄ちゃん、あのミノタウロスの人と専属契約するの? どうするのこれから」


「し、知らないよ。ハンターとの契約なんて初めてだし」 


 信は帰り際、ミノタウロスのカレンと出会った。ポポの診断も終え、みんなで駐車場に戻った時のことだ。


 疲れてドラムバッグで寝ているポポ。ポポを起こさないようにそっと移動していた信たち。


 停車してあるミニバンはどこだっけと探していると、なにやら見知った顔を見つけた。


 駐車場の出入り口、ゲート付近でウロウロしているミノタウロス、カレンを発見したのだ。


 何をしているのかと思って信たちは遠くで見ていたが、カレンは信たちに気付いたんだろう。手を振って信たちに走り寄っていく。


 ドシンドシンと立体駐車場に足音が木霊こだまする。


「おーい! まってくれぇえええ!!」


 カレンは猛牛のように信に突っ込んでいく。信が赤い服を着ていたら、そのまま角で突き殺される勢いだ。


 信は何事かと思った。角が生えた巨女が突っ込んでくるのだ。少し怯えるほどだ。


 突進して来たカレンは、信の目の前で急ブレーキ。


 ズザザザザァー。コンクリートの駐車場に、蹄の足跡が二本ついた。


「見つけたぞ! さっきはありがとうな! 少年!」


 ミノタウロスのカレンは元気よく礼を言った。


 礼を言われたことはうれしいが、信は少年という言葉に眉をひそめる。20歳なのに、まだ子供扱いされるのは遺憾だ。


「お! バネッサ殿も一緒か! こんなあたしと試合をしていただいて、本当に感謝だ! ありがとう!」


 カレンは歯に衣を着せぬ言葉遣いだ。思ったことをズバズバいうらしい。素直だし、好感は持てるが、どうしてここにいるのか。


「ええ。どうも。ですが、どうしてここに? まさかその言葉を言うために待っていてくれたのですか?」


 バネッサがほほ笑みながら言った。


「ああ! 試合から起きたら医務室だった。バネッサ殿たちはどこに行ったと職員に聞いたら、帰ったといわれてな。あわててエントランスホールに行って、受付嬢に聞いてみたのだ。そうしたら、駐車場に行ったので、まだ会えるかもしれないと言われたんだ」


 だから来た!


 そう言って右手を挙げた。


 右手を挙げる意味が分からないが、右手を挙げて喜んでいた。


「信と言ったな! これはあたしからの礼だ! 受け取ってくれ!」


 何やら服の中に手を突っ込んで、ガサガサするカレン。さっと取り出したのは、ペットボトルに入った白い液体。


 なんだこれはとみんなが凝視する。


「あたしのおっぱいだ!」


 ドヤ顔で言い放つ。


「そ、それって、え? カレンさんの、その、お乳ってこと?」


 香澄はプルプル震えている。


「そうだ! ミノタウロスのメスは、定期的にお乳を搾るんだ。セックスしなくても、お乳が出る体質だからな。最近は人間の血が混じって、出ないやつも多いらしい」


 信は無理やり手渡された『カレンのお乳』を手に持っている。ひと肌で温められていたのか、かなりあったかい。


 いやらしいぬくもりを感じる。


「あたしはおっぱいがいっぱい出るんだ! 無駄に乳がデカいからな! ミノタウロスのお乳は高級品だぞ! そこらのスーパーじゃ売ってない! 栄養満点だ! 飲んでくれ!」


 信はどうしたらいいかわからない。


 牛乳は大好きだが、ミノタウロスのお乳はどうなのだ。


 しかも搾乳した本人が目の前にいる。信からすると、とても牛乳扱いはできない。女性のお乳は赤ちゃんのものだ。それを信が飲んでいいのか。


「信君。もらっておきなさい。確かに、ミノタウロスのお乳は高級品です。牛乳の10倍以上の値段がしますよ」 


 え。ほんとか? 牛乳って高いものでも一リットル250円くらいか? その十倍? 350ミリリットルだから、いくらくらいだろうか? 


 信はゲスい計算をする。


「それと、これがあたしの名刺だ! よければ連絡してほしい! ファクターを調整してほしいんだ!」


 信は驚く。初めて他人から評価された。ファクターのことで。


 今までは個人的に研究してきた。作品は表に発表してこなかったから、当然といえば当然だが。


「あんたはこれから有名になる。間違いない! だからあたしがあんたを独占する!!」


 直球である。無駄な言い回しは一切ない。


「えっと、その独占とは正確にいうと、どういうことでしょうか?」


「あたしが気に入ったら、専属契約してほしい。最初のうちはファクターの調整依頼とかだけど、ゆくゆくはあたしと一緒に働いてほしい。技術担当として」


 バネッサはカレンの行動の速さに恐れいった。まさかこんな鈍感そうな女が、正確な未来を先読みするとは思わなかった。


 信君は優秀な技術者になるだろう。間違いない。今のうちにコネクションを持つのは有りだ。私よりも先にこのミノタウロスがするとは思わなかった。してやられた。


 カレンの行ったことは、まさに優良株に先行投資。そのままである。


「えっと、分かりました。契約については後程。とりあえず、ファクターのことならお力になれます。ご連絡は近いうちにしますんで、いいですか?」


 信は断る理由がない。当たり障りのないことを言って、この場を収めようとする。問題は、信の手にある『カレンのお乳』だ。


 これは生で飲めるのか? いや、飲むこと自体にエロスを感じるのだが。


「そうか! ありがとう! 連絡をまってる!!」


 カレンは信の手を包み込み、ぶんぶん手を振った。カレンの手は、拳ダコができていて硬かった。


 そのままカレンは手を振って走り去っていった。まるで嵐のような女だった。


「で、お兄ちゃん、それ、飲むの?」


 場面は自宅のリビングに戻る。


「の、飲むさ」


 信はテーブルに置いてある『カレンのお乳』を半分、コップに移した。


 ホットミルクにして飲むため、電子レンジでチンをして、様子を見る。


 とろっとしているが、いたって普通のミルクだ、においも良い。


 信はドキドキしていたが、口をつけてみる。


「甘っ!! すげぇ甘い!! これ、すげぇ美味しい!!」 


「え!? ウソ!?」


 信は飲んでみろよと言って、香澄に渡す。香澄はそれを一口飲んでみるが、絶叫。


「ウッソ! マジ!? すごい美味いんだけど!!」


 ミルクに砂糖を入れたように甘い。理由は不明だが、とても甘く、体の芯からぽかぽかし出す。すごい効能だ。


 信は大切にミルクを飲もうと思ったら、残りのお乳がない。テーブルに置いていた『カレンのお乳』がなくなっている。


 どこだと思って探したら、いつの間にかいたポポが飲み干していた。

 

 知らないうちにポポが床から近づいて、触手でペットボトルを盗み出していた。


「うわぁぁあああ!! ポポ! それは俺んだぞ!! それは俺の乳だ!!」


 信は誤解を招くような言葉を発する。


 ポポは触手から乳を飲みほし、ご満悦。ゲプッと、スライムの体から音がした。 


「あーあ。あたしも飲みたかったのに」


 香澄もがっかりしており、信もがっかりした。


「お兄ちゃんさ、早めにカレンさんに連絡しなよ。ミノタウロスの女性なんて、都会にはそうそういないし、魔物牧場いくしかないよ。ギルドにはミノタウロスの女性が何人かいるかもしれないけど、声かけられる?」


「う、うーむ。そうか、そうだな」


 牛乳は好きだが、ミノタウロスのお乳をもらうために連絡するのか? あなたのお乳をくださいって、言うのか? はたから見れば変態だぞ。

 

 信は悩む。それくらい美味しかった。これはカレンが信を陥れる罠ではないか。そう思えるほど濃厚で旨みがある牛乳だった。もとい、“ミノ乳”だった。


「ま、まぁいい。仕事の話があるなら、今のうちから声をかけるさ。最低限、自立できる金があれば、まずはいい。ファクターの研究機材はもう大体そろってるし、デカい設備はおいおい揃えればいい。まずは大学卒業だ」


 信は『カレンの乳』を頭から消し去り、今後の展望を考える。


 今はポポのことが心配なのだ。


 乳よりも、ポポのことなのだ。


 そうなのだ。


 信はカップに残ったカレンのお乳を飲みほし、自分にそう言い聞かせた。






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