10 可能性のゼリー
信達は魔物たちとの食事を済ませ、ポポの健康診断を行うことになった。同時に、ポポの危険性の確認も行う。俊也が仕事で動けないので、バネッサの指示で動くことになった。
香澄はキラーウルフと離れるのが名残惜しいようで、いつまでも撫でている。
「ねぇお兄ちゃん。この子さ、家に連れて帰れないかな?」
キラーウルフはダンジョン低層に現れる魔物ではない。地上にも存在しない魔物で、ダンジョンの奥深くにしか生息しない。その強さも、ライオンやクマを瞬殺できるレベルだ。
「キラーウルフの認知度は俺は知らないし、強さもよくわからない。でも、ギルドマスターと家族が許せば、俺は構わない。俺だってスライムをつれて来たしな」
「やっぱそうだよね。従魔が欲しいだけじゃ、通らないよね」
巨大なキラーウルフは、綿あめみたいにふわふわだ。外見もハスキー犬と言われれば納得がいく。ただ、キラーウルフはヘラジカ並みに大きいので、一般社会に適合するのは無理だ。都会で飼うには特別な許可と覚悟がいる。
「今度、きちんとした状態になったら、また来るね。みんなも元気でね」
香澄は手を振って、セーフフロアを後にした。
★★★
場所は変わり、ギルドの医療施設にポポを預け、検査を行うことになった。携わる医師は優秀だと言うが、スライムに対しての偏見はある。どんな扱いをされるかわからない。
信は一緒に行くと言ったが、職員に拒否された。安全管理は徹底しているが、施設内には猛獣ばかりだ。もし暴れでもしたら、命の保証は出来ない。検査に立ち会うことは、高ランクハンターでなければ許されなかった。
一応エヴァが立ち会うということで、ポポの安全は任せられそうだ。信は出会ったばかりだが、エヴァの事を信用していた。
「検査に2時間はかかる。私が看ているから、信達は待っていて」
エヴァはそう言って、ポポを抱いて検査室に入っていった。
ポポはかなり不安なのか、体色が青緑になっていた。エヴァが近くにいるだけ、まだマシみたいだが。
信はポポを送り出すと、やることがなくなる。バネッサにどうしたらいいか聞いてみると、ハンター登録をしましょうと言ってきた。
もちろん信は全力で拒否。ハンターは最初から無理だとあきらめている。ダンジョンに潜らない、ゆるゆるなハンターならいいが、登録したらそうはいかない。
バネッサは信の全力拒否に苦笑したが、ならばテイマーはどうかと聞いてきた。スライムを扱う以上、テイマーの資格を持っていて悪いことはない。それにテイマーは絶対ダンジョンに行かなければならないということはない。テイマーは魔物の調教が仕事だからだ。
「そうですね。ポポのことを考えると、テイマーの資格はあってもいいですね」
「そうですよ。テイマーの資格を取りましょう」
半ば強制的に案内され、ギルドの中を移動する。二階にテイマー登録所があった。エントランスホールと比べて人はいない。閑散としている。雰囲気は、区役所の市民登録所みたいである。
「ここですよ」
バネッサは丁寧に案内してくれる。歴戦のハンターなのだが、ものすごく腰が低い。
「ここがテイマー登録の受付ですか。私も初めて来た」
香澄も後ろからついてきていたのだが、初めてくる場所で興味津々だ。普段はハンターの受け付けにしか行かないので、来たことがなかった。
「こちらで申請用紙に必要事項を記入してください」
「ええっとはい」
断ることを許さない雰囲気だったので、信は言われるままに用紙へ記入する。
信は登録用紙に必要事項を記入すると、拇印を押し、受付へ提出した。受付のおじさんは、無表情で容姿を受け取ると、奥へ消えていった。
その後、5分で受理されて、ライセンスカードが発行された。
「え? カードが来た? どういうことだ? バネッサさん? なんでこんなに早く登録が完了したのですか?」
信は聞いてみると、驚きの回答が。
「ハンターよりも圧倒的にテイマーが不足しているからですよ。誰でもいいので、人数を集めているんです」
「え? そんなことでいいんですか? テイマーって危険な資格では?」
「申請用紙に書かれていたでしょう。何があっても自己責任。国は一切の賠償は負わないことに了承すると。もしテイマーの仕事で死んだとしても、裁判は起こせません」
「うっ。そうでしたか」
やっちまった。何も考えずに申請しちまった。しかも簡単に受理されてしまった。
信は頭を抱えたくなった。
「バネッサさん。あたしも登録したい」
香澄は言ったが、却下された。
「20歳を超えないと、登録できません。香澄さんはまだ高校生ではなかったですか?」
香澄はその言葉にしょんぼりする。キラーウルフの件があるからだ。ハンターのライセンスも20歳を超えないとできないが、ハンターには飛び級のようなものがある。特別な条件をクリアすれば、高校生でも資格を与えられる。
「お兄ちゃん、どんなカードなの?」
「別に普通だぞ」
ライセンスカードはプラスティックで、健康保険証みたいな感じだ。地味なカードである。
「そだね」
「ああ」
信は腕時計を見ると、まだ20分しか経っていない。信はあっさり登録できてしまった為、またすることがなくなった。どうするべきだと思っていたら、バネッサが提案する。
「テイマーの訓練所があります。闘技場にもなっている場所で、さまざまな魔物が見れますよ。行きませんか? それに、新米のテイマーは大体無料の講習を受けます。訓練所で行っていますし、行ってみませんか?」
信はそんな場所もあるのか。行ってみよう。と思ったが、闘技場という言葉に危険を感じる。信は暴力沙汰はあまり好きではない。訓練というが、まだ心の準備がない。
「行ってもいいですが、今日の所は何もしませんよ」
「大丈夫です。見学だけですよ。何かあっても、私が護ります」
バネッサが大きな胸を揺らして、剣を構えてみせる。やはり高ランクハンターなのか、武器ひとつ持つだけで、ガラリと雰囲気が変わる。凄腕の剣士と言ったオーラを出す。
「頼りにしています。よろしくお願いします」
信は頭を下げる。
そんな香澄はバネッサと信のやり取りを見ていて、ため息をついた。
「お兄ちゃんさ。男女差別する気ないんだけどさ。美人のバネッサさんに守ってあげるなんて言われて、嬉しい? 普通逆じゃない?」
「俺はプライドが低い。美人に守られることは、この上なく嬉しいぞ」
信はダメ男発言をする。バネッサは苦笑するが、香澄は「サイテー」と言っていた。
★★★
一方、その頃のポポはというと。
健康診断を受けていた。
二人の専門医と看護師一人が集まり、ポポだけの為に、検査している。
まずは体重から計測する。
エヴァは抱いていたポポをそっと体重計に乗せる。
デジタルの数字計が動き、測定される。
体重はジャスト2キロと判明した。
次にメジャーで身長を計る。
身長は29センチだった。タンポポを入れて、40センチである。
計測は流れ作業次々に行っていく。エヴァはポポが暴れないように、常にそばで監視。見守っている。
ポポの視力は全方位2.0以上。普段は前だけを見ているが、場合によっては全方位見れる。
聴力は測定不能。計測器の判別レベルを超えた。犬よりもいいと思われる。
嗅覚も感じるようだが、これも測定不能。
レントゲンを撮ってみると、特に何もない。スライムだけに骨は一切ないようだ。写真にポポのシルエットが写し出されている。丸い、スライムの形が写っている
血液を採るときは、看護師から何度も逃げ回るが、エヴァに取り押さえられる。床に押し付けられ、触手をグルグル振り回すが、抵抗できず。そのままぶっすりと注射器をさされ、体液? を吸い取られる。
体液の分析結果は意味不明で、ポポの組成は分からずじまい。とりあえず、「ダークマター」であると言われ、ポポはどのスライム種だと断定できず。
タンポポの花びらも一枚採取し、調べる。
するとその花びらに驚愕の効能を発見。
エリクサーの一種ではないかと推測された。医師たちは騒然となり、俊也を呼びつける事態に。
俊也は会議の真っ最中だったが、結果を聞いて、倒れそうになる。
当然、この診断に関わった全職員に、口封じの封印を施すことになる。エリクサーの発見など、本来あってはならない。戦争になってしまう。
医師たちに絶対に言わせないように封印を施し、その場は治まる。
後で実験するため、ポポから数枚の花弁をもらう。
最後にMRI写真や、魔力測定、属性検査などをして終わりとなった。
ちなみに、ポポは尿を排泄することが分かった。
尿検査すると言ったら、体から女性器のようなものを作り出し、排泄したのだ。これにも医師たちは度肝を抜かれた。
ポポは何やら恥ずかしながら排泄しており、体が赤くなっていた。
採取された尿は、非常に高濃度の魔力を帯びており、マナポーションに出来るレベルだった。
精製すれば人間も飲めるが、さすがに医師たちも、エヴァもためらうものだった。なにせポポが出したおしっこだ。飲みたいとは思わない。
とにかく、新種のスライムで間違いないと断定された。
一体どれほどの可能性を秘めているか分からないが、ポポは大変貴重な魔物であることは間違いない。
俊也はエヴァかバネッサを常に警備させることも視野に入れた。




