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第六章

 紅嵐は、荒い手つきで踏み荒らされた豆を引き抜いていた。もうここまで荒らされたらもちなおさない。捨ててしまうしかなかった。

紅嵐の畑と同じように、村もできが良くなかったらしい。いつもなら食べ物が足りなかった場合は作ったザルや薬草を練って作った薬と交換してなんとかしのいだのだけれど、今年はどうだろう。

 村に下りた時、自分を見る皆の怯えたような視線を思い出した。まるで自分が今にも遅いかかってくるのではないかというような目だ。

 表面的には普通にふるまっていても、皆心の中では登黄と同じようにいなくなれと思っているに違いない。

 もとはといえば、村の奴らが嫌な役を桑木に押し付けたのが原因のくせに。

 むしゃくしゃした気持ちを切り替えるために、休憩がてら小虎と遊ぼうと思い、紅嵐は顔をあげた。小虎はいつもこの時間帯、このあたりで遊んでいる。けれど、なぜか今日は姿がない。なんだか嫌な予感がした。

 季節外れと言えそうな、冷たい風が吹いた。かすれた声に呼ばれた気がして、紅嵐は山の方に顔をむける。

 また、木の下に白い幽霊の姿があった。

「紫星?」

 そいつ以外、化けて出てくるような奴に心当たりはない。自分を殺した女の子孫を祟り殺そうとしてきたのだろうか。

 だが、紫星の表情は紅嵐を憎んでいるようには見えなかった。

ただ、悲しそうな顔で紅嵐の方を見つめている。

 よく考えれば、紫星もかわいそうな奴だ。病で伏せり、「働けない役たたず」とののしられるか、早く死ねと思われながら、偽りの笑みを向けられていたのだろう。

 今の私と同じように。

 紫星は紅嵐から山の上へと視線を移した。ゆっくりと右腕をあげる。細い指が紫星の墓の方を指差す。

「何? なんなの?」

 紫星は何も答えず、哀しげなほほ笑みを浮かべるとその姿を消した。


 紫星の墓場に近付くと人の気配がして、紅嵐は思わず木の幹に体を隠した。別に悪いことをしているわけではないのだから、堂々としていて良いのだが、幽霊に示された因縁の場所にむかっているという意識があったのだろう。

 紫星の墓は、いつもと様子が違っていた。岩の墓標を囲むように四本の竿がたてられ、その間に縄が渡されている。縄の前には香炉と祭具を置かれた木箱が置かれ、即席の祭壇になっていた。

 作られたその結界の中で、香桃がうつむいて立っていた。その視線の先、墓標の近くに穴があいている。

 そこからときどき土が放り出されているのを見ると、まだ中に誰かいて掘り続けているようだ。

(一体、何を……)

 茂みに隠れながら、紅嵐は少しずつ近付いていった。

「楽瞬様、そろそろ代わりましょうか」

 香桃が大きめな声で言った。

「うん、ちょっと待って! 今何か出てきた!」

 その言葉に応え、香桃は穴の縁に寝るようにして、中に手を伸ばす。香桃が外に出したのはヒビ割れたツボだった。革を巻いた木で堅く栓がしてあるようだ。

その後で香桃の手を借りて楽瞬が穴から這い出てくる。

 楽瞬が壺についた土を手ではらった。

「ひょっとして、これが呪いの元凶?」

 少し怯えたように香桃が言った。

「いや、違う。骨壺でもないようだし、禍々しい感じがしない」

 楽瞬は栓を抜いた。中から折りたたまれ、きつく糸で縛られた布を取り出す。

 楽瞬は歯で糸を切って布を広げる。

「これは……紫星の詩だ」

 布には細かい字が彫りこまれていた。詩というには形式が整っておらず、どちらかというとただの文のようだった。


 くちおし

 我が病

 切れるは万物との縁故


 自分の病が悔しい。死ぬことですべての物との縁が切れてしまう。

「紫星さん、桑木さんのことが本当に好きだったんだ」

 その布を香桃に渡しながら楽瞬が言った。

「え? 別に桑木さんの事は一言も書いて無いみたいですが……」

 しばらく香桃は布を持ったまま考え込んでいた。

 そしてぱっと顔を明るくする。

「行頭の一文字を右から順に読んでいくとクワキ、折り返して左から行末を読んでいくとコイシ。桑木、恋し!」

「当たり! 『我が病』……紫星さんは病死だったんだろう。それで辞世の句のつもりでこれを作ったんだ。ちゃっかり桑木さんへの想いまで詠み込んで」

「でも、殺される前に病を悲観してこれを書いた可能性もありますよ」

「これを見て」

 楽瞬は視線で穴の中を指した。紅嵐からの場所から穴の中は見えない。けれど、香桃の顔が軽く驚いたのは分かった。

「これは……魔除けの文様が骨壺に描かれてる。紫星さんは術の心得があったんですのね」

「まだ呪術が発展してない頃の、大きな犠牲が必要な術だよ。自分自身の魂をその地に縛り付けることで、その一帯を守るんだ。その術を使うには、自分自身で自分が入る骨壺に文様を描かないとならない。それに、犠牲になる覚悟が必要だ。意志に反して殺されたところで効果はない」

 その会話を聞いて、紅嵐はめまいがした。

 紫星は自分の意志で村に現われた魔物を封印した? だとしたら、今までのことは何だったのだろう。人殺しの子孫として受けた仕打ちは。

「詩から察するに、もう紫星さんは病気で先がない事を知っていたんだろう。だから、桑木さんに頼んだんだ。もし自分が死んだら体を焼いて、術を施した骨壺に入れてほしいって。その話が間違って伝わったんだろうね」

 暗く底の見えない穴から、冷たい風が湧き上った。

「この下に、何かがいる。紫星さんの守りで、ずっと地中に押し込められていた悪しき物が。この間、恨みの声をあげていたのはそいつだ。長い年月で術の効果が薄くなってるのに、封印されている魔物の力は大きくなっている。最近になって村に異変が出てきたのはそのせいだ」

「じゃあ、村に出ていた幽霊って」

「紫星さんが必死で危機を伝えようとしていたんだろうね」

 楽瞬は微笑んだ。

「違う方法で新しく封印をし直そう。そして紫星さんが成仏できるようにして」

 ふいに何かが茂みをかきわける音がした。

 茂みから出てきたのは、耳がちぎれ、目玉を刳り貫かれた子猫だった。首に縄がかけられ、木札がぶら下げられている。

「小虎!」

 思わず紅嵐は茂みから飛び出した。

「紅嵐さん?!」

 突然現われた血塗れの子猫と紅嵐に楽瞬は驚いた声をあげた。

 首の木札には、『出ていけ』と彫られていた。紅嵐は小猫を抱き締める。

「この、このコが何をしたっていうの?」

 込み上げてくる涙で紅嵐の言葉と体が震えている。

「この小虎になんの罪があるっていうのよ! 私への嫌がらせだけの為にこんなことをするなんて! こんな村なくなっちゃえばいいんだわ!」

 紅嵐は拳大の大きさの石を思い切り祭壇に投げ付けた。

 音を立てて香炉がくだけた。灰が煙のように舞い上がり独特な匂いが立ちこめた。

「ちょ、ちょっと!」

 楽瞬と香桃は悲鳴を挙げた。

 穴で何かがくすぶっているように、黒い煙が沸き上がった。

 結界の縄が外れる。

「せっかく紫星さんが封印してたのに……」

 茫然と楽瞬が呟いた。

 黒い煙は地面に広がった。古い血のような匂いが鼻をつく。そして煙は小さな竜巻のように土や小石を巻き込むと、ひとつの形を作っていく。

腐土ふど……土地を痩せさせて餓死した生きものを食べる化物だ」

「紫星の術も、魔物を消滅させるまでの力はなかったんですわね。封印されている間も、この魔物は力を蓄え成長していたんですわ」

 できあがったのは老爺の顔を持つ、岩でできたトカゲのような化物だった。

「あはははは!」 

 狂ったように紅嵐が笑う。

「まったく……」

 香桃はため息混じりに言う。

「結局、力ずくになるんですのね」

 そして腰に巻いたムチをほどいて構えた。

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