かみさまどうか、
跳ね上がるこの心臓は破裂する数歩手前。渇ききった喉を無理矢理に嚥下させる。
世界から隔離されたように静まり返った教室。放課後のいつもの風景。いびつに並べられた机たちが、いたはずのたくさんの人の気配を思わせる。
けれど、いない。今はいない。この閉鎖した空間にいるのは、自分だけ。
そこまで思い、もうすぐここに入ってくるであろう人物が頭に浮かんだ。息が止まりそうになる。
体中の血が物凄い速さで体中をめぐっている。煮えたぎる血液は内側から体を熱す。外からは、氷の針でちくちくと突き刺されているかのような痛みを感じる。今にも思考回路が停止しそうだった。
遠くから吹奏楽部の楽器音が聞こえた。完成していない不自然な音の羅列。丁度今の自分の脈と同じ感じ。
窓際に立っていると、開け放した窓から風を感じる。その風の香りまでもがいつになく新鮮で、しかしその反面、どこか胸が締め付けられるようなつんとした痛みを持っている。
早すぎる鼓動、脈、呼吸。
まるでこちらの思考を読んでいるかのように、いつもは速い時計の針が、今日だけは、今だけは焦らすようにゆっくりと歩を進めている。時計が指すのは4時56分。はやく、はやく、どうかわかって。念じたって、言うことを聞いてくれるはずも無くて。夕闇に押し潰されそうな息苦しさが体中を支配した。
字が消されきっていない白っぽく汚れた黒板。
消されている蛍光灯。
荷物でいっぱいのロッカー。
落書きが彫られた机。
きちんとしまわれていない椅子。
傷ついた床。
どれもこれも見慣れた、飽き飽きするほどの光景。それがこんなにも見知らぬ世界に見えたことは無い。
たん、
びくっと体を震わせて、開け放されている扉を見た。氷のような緊張が背筋を滑った。
たん、たん、
一定のリズムで近づく、足音。シューズが廊下と共鳴する音。
ほとんど目だけで時計を見やる。
――4時58分。
さっきまで望んでいたことなのに、喉を嗄らすぐらいに嫌だと叫びたかった。
心臓がまるで喉にあるような、不自然な感覚。
自分という存在が、近いような遠いような、不思議な感覚。
自分の体が自分のものではないような、おかしな感覚。
たん、たん――……
近づいていた足音が、教室のすぐ手前で、止まった。躊躇い、不安、覚悟。動く気配に神経を研ぎ澄ましていたら、すっと現れた人影を認識するのに遅れた。
「手紙くれたの、……お前?」
向こうにとっては自分は初対面なはずなのに、そんな自分に対してもぞんざいな口調。なのに、震えた声音だった。自分よりも一つ年上のはずなのに。
「……っ」
声が震える以前に、声が出せない自分がいえることではないのだけれど。
言葉で答える代わりに頷いた。頷いて、そのまま顔が上げられなくなる。
幾度も幾度も練習したはずの言葉が、でてこない。陽炎のように消え失せた。言いたいことは一言。それはわかっている。わかっているけれど、もっと、言い方というのはあるはずで。それを考えたはずなのに。なのに頭は真っ白で、声というものが初めからなかったように唇は硬く閉ざされたままだ。
必要以上に脈打つ心臓。痛いくらいだった。
お互いに静かな時間。けれど互いに立場が正反対だ。私が言わなきゃ。私の言葉を待っているの。わかってる。彼だって困ってる。迷惑はかけたくない。そんな為に呼び出したんじゃない。予定とは違うけれど、私の気持ちだけでも。だから、どうか。どうか、かみさま。
「あの……っ」
勢いよく顔を上げた。
目があった。彼だって、緊張していた。硬い表情からそれがわかる。
「……あ、の……」
駄目だ、泣きそう。自分の眉が下がっているのがわかる。
だから、ぎゅっと歯を食いしばる。
力の入らない両手を無理矢理握りこむ。
瞬きはしない。
できない。
涙がこぼれてしまう。
どうかお願い。
かみさま、なんてしんじたことはないけれど。
今この瞬間だけでいいんです。
どうか神様。
私に泣かないための力を、
私に崩れ落ちないための気力を、
彼に気持ちを伝える勇気を、ください。
その結果がどうなろうと、構わないから。
だから、どうか。
私に伝えさせてください。
この気持ちを。
好きだという、この想いを。
「私――……っ!」
如何でしたでしょうか。わざと冒頭部分は意味の分からないようにしてありますが、告白を書いたものです。私は女子なんですが、告白って第三者から見れば仕様も無いことかもしれませんが、当事者にしてみれば本当に生死をかけた戦い(?)ですよね。……ね?
そんな一幕が描きたかったのです。ですがやはり力が及ばず、心の機微を上手く表現し切れていませんが、ほんの少しでも、精一杯で一生懸命な想いを感じ取っていただければ、と思います。