I-Location
ある都会で手帳を拾った。
公園のベンチに、誰かを待ち侘びているかのように、そこに鎮座していた。
黒の牛皮が湿った光を返すその孤独な手帳には、「旬」と表題された小説らしきものが書かれていた。
ページは赤茶色に汚されており、文字が滲んで読めないものもあった。
最初は三人の人物について描かれたものであった。とてもそれぞれの生き様が滑稽に書かれていた。
その後には、「I-Location」と称された独白が記されていた。
生まれてこの方、人を信じたことが無い。
いつも顔を合わせていても、どんな美辞麗句を述べていても、心の底から信用することは難しい。
すぐに友人を作れる人が羨ましい。すぐに知り合った人間を友人とは呼べない。
認識とはあくまで事象の積層で構成される。サンプル数が少なければ、判断を誤ってしまうかもしれない。
人の善悪の判断というのは、途方も無い。ふとしたことで掌を返すことなど、世の中を見れば幾らでもある。
<解読不能:一行(ボールペンで塗りつぶされている)>
お前についてが分からない。どうしようも無く。会話を重ねても、行動を見ていても。多分一生分からないのだろうな。
何でも許す心が足りない。許容の心が不足している。
心を空にして生きることが出来れば、とても楽に生きられるのにな。ある意味ニートは現世から解脱した存在だ。
どれ、ビルからいっそ飛び降りてみようか。死んでみれば全てが分かるだろうか。
君がどう思うかは分からない。そう遠くない未来、きっとその名を思い出すだろう。
雲行く末、何も見えない。
黒い手が伸びてくる。足から這い上がり、背、首、頭にジリジリと浸食していく。
いつもへらへら笑っているクセに、いつの間にか周りを固め、攻め寄ってくる。
してやられたアイツに。どうしようもない
<以下意味不明な絵、文字>
この後にも数編、文章が書かれていた。追々紹介するとしよう。
この余りにも陰鬱で退廃的な文章を書いたであろう持ち主が、果たして無事なのかを危惧した。
文章を見る限り、精神を病んでいるとしか思えない。
持ち主捜しと無事を確認するため、手帳の末尾に書かれていた連絡先の電話番号に掛けてみることにした。
何度かの電子音の後、ハイトーンな女性の声が耳に入ってきた。
「もしもし?」
「あ・・・・・・えーと、○×さんですか?私○×さんの手帳を拾った△□と申しますが」
「お引き取り下さい」
唐突な冷徹な声と共に、通信は遮断された。
一体持ち主に何が起きたのか、私は手帳に載っていた住所と名前を頼りに、調査を始めた。