側近の心労と、事のはじまり
ある日の昼下がり。今日も姫が騎士の鍛練場で発見された。因みにこの国の姫は普通ではない。変人だ。
"姫"という言葉で連想されるのは大概がおしとやかで美しく、争い事を嫌う女性だろう。しかしうちの国の姫は違う。好むものは鍛練、体を動かすこと。モットーは「自分の身は自分で守る」「この国を守る者になりたいの、すなわちそれは騎士よ!」である。異常な事この上ない。
勉強大嫌いで政治の勉強の時間はサボる。細かいことも大嫌いで手芸や作法の授業もフケる。ついたあだ名は「不良王女」。不名誉極まりないが姫は寧ろ気に入っている。馬鹿だ。
これには国王陛下と皇后陛下、国の上層部も困り果てている。当たり前だ。色々やったがもう面倒くさくなったらしい。側近のお前が何とかしろと丸投げされた。ふざけんなと怒鳴ってやった…勿論心のなかで。まだ命は惜しい。
他の国の姫達と会談させても、講師達に囲まれても無駄。全て抜け出しやがる。とことん規格外すぎる女だ。
もう俺もお手上げ状態。最近就任したばかりの大臣に助けを求めることにした。見返りが異常に高いものだったが多目に見よう。作戦の中に色々思い悩むこともあったが諦めよう。真っ黒い笑みで何か企んでいたがそれも見逃そう。とにかくなんとかしてくれ頼むから。
鍛練場から姫を取っ捕まえて大臣の部屋に押し込む。後ろ手に鍵を閉めれば姫に物凄い形相で睨まれ、舌打ちされた。だから不良だって言われんだよ。
ニコニコと表面上は優雅に笑う大臣と向き合い、姫は長い溜め息を吐いた。オイ姫にあるまじき行為ばっかすんじゃねーよ。ツッコミきれねーっつの。
「姫」
大臣が椅子にふんぞり返りながら声をかける。臣下にあるまじき行為だ。なめてるとしか思えねー。
「何か?」
姫が腕を組んで仁王立ちしながらそう返す。いやお前も何か?じゃねーだろ。段々口調が荒くなってきたが気にしないでくれると有難い。俺の心労を察してくれ。
「貴方が何をしようと俺は全く以てどうでもよく、そして興味もないです」
オイコラ。就任したばかりとはいえ一国の大臣が何を言うか。笑みを絶やさずに言う大臣クソヤローの神経を疑う。
しかし、と大臣が大きな欠伸をしながら続けた。…もう何も言うまい。
「貴方の行動のせいで仕事が増えるのは頂けない。今すぐにでも行動を改めて下さい」
「嫌」
即答かよ。職務をなんだと思ってんだコイツ。一国の姫ってなんだと思ってんだコイツ。あー頭痛くなってきた。頭痛薬何処だっけ。
俺が頭痛薬を飲んでいる間も会話は続く。直せ、嫌だ、の応酬なので省く。ツッコミきれないので全てスルーし、勝手に大臣の部屋の茶を飲み干す。大臣に睨まれたが無論、無視だ。
いい加減面倒になってきたらしい。じゃあどうすれば姫としての自覚を持つかと大臣が訊ねた。
「そうね…私よりも強い女の子と戦わせてくれたら姫として教育もちゃんと受けると誓いましょう。鍛練はやめないけど」
ふふん、と姫は髪をかきあげてそう言った。なかなか絵になる。因みに姫はかなりの美少女だ。そしてかなり腕も立つ。女とは思えないほどに、だ。つまり女で姫に勝てる者などほぼいないに等しいのだ。それをわかっていて言っているのだから自信過剰というかなんというかむかつく。一発殴りたい。
あ、あとゴリラみたいな女は却下。私と同じくらい、もしくはそれ以上に可愛い女の子でじゃなきゃ嫌だからね。黙れこのナルシストめ。だが本当に顔もスタイルもいいから腹が立つ。
そんな奴絶対にいないという自信で姫は高笑いを始めた。彼女は実に他人を苛立たせるのが上手である。褒めてはいない、寧ろ貶している。
そこで大臣は嫌な笑顔を浮かべた。まるで計算通りとでも言いたげな顔。こうなることを見越していたのだから、この大臣は若くも侮れないのだ。
「わかりました、貴方よりも強くて、且つ見目麗しい女性を連れてくれば、少なくとも授業はサボらない、と。」
「そんな子がいたらね」
勝ち誇った顔がふたつ。大臣も何故か勝ちを確信した顔だ。俺も正直勝ちを確信した。
「……今の言葉、お忘れなきよう。馬鹿王女」
俺はそう言い、ぎゃんぎゃん文句を言う姫の首根っこを掴んで大臣の部屋を後にする。うるせえ黙れと拳骨を一発。
部屋を出る間際、大臣が外套を羽織るのが目に入る。早速、彼女の元へと向かうようだ。俺は姫よりも(恐らく)強く、姫と同等な可愛らしさを持つ幼なじみを思い浮かべて同情する。…大臣が、迎えに行くのは流石に可哀想だったかな。
しかしこの馬鹿王女を野放しにしておく訳にもいかないのだ。ズルズルと引き摺りながら、俺は溜め息をついた。