09『考察と作戦』
今回、だいぶ説明回です。
――そして。
俺たちは完全に道に迷った。
「あっはっは。いやー、…………危なかった」
「いやー危なかった、じゃないよ! 死ぬかと思ったし!! なんだよ、あんなふうに気取ったコト言っといてさ! 全っ然ダメじゃん!」
「……ごめんなさい」
「だいたい逢理はいっつもそうだよ! 出来もしないのにかっこつけて! それで死んだらどうすんだよ、この馬鹿!!」
「だから悪かったってばさ……」
平身低頭、平謝りに頭を下げる俺。
あのあと、ガードナーから逃げ出した俺たちは、瓦礫と廃墟の世界の中を、わけもわからずひたすらに足を繰り出して迷走した。
ひたすら逃げの一手で、とにかくノンストップに走り続けた結果、2エリアほど経由してようやく全てのモンスターを振りきった。今は壊れた壁の裏側で、小さくなって息を整えているところだ。
正直、逃げられたのは奇跡だろう。
SoCでは、基本的に敵から逃げるということがない。かわしながら走ればそれを逃走と呼ぶことも可能だが、それは突き詰めて考えれば移動の延長線上でしかない
そもそもゲームの方向性上、モンスターとはあくまで狩りの対象なのだ。ボスやダンジョンに出てくるモンスターのように初めから強敵として設定されているモンスターならば話は別だが、通常ステージに出現するモンスターは何匹も連続して狩っていくのが基本であり、よしんば逃亡せねばならない事態が起きたとすれば、そのときは大抵死ぬ。
今回は運がよかった。たまたま湧きが少なかったこと、そして何よりゲームと比べて可能な行動が大幅に増えていることが功を奏し、俺たちは逃れることができたのだ。
とはいえ、ここだっていつモンスターが湧くかはわからない。そう長い時間を留まることはできないだろう。
やれやれ、としか言いようがない。リアルラックには自信がなかった。
「――――…………」
この世界において、エリアの切り替えというものはゲーム時代よりもだいぶわかりづらい現象となっている。なにせ基本的には現実と変わらない世界だ。ゲーム画面で見ていたような切り替わりがあるでもなし、マップを参照しない限りは、エリアの境界を認識しづらい。
けれど、明確にエリアの区別があることもまた事実だった。
なぜなら、モンスターたちはエリアを跨いでまでは追ってこないからだ。
そもそも自分の身体で走る分、逃走という行為自体の難易度はゲーム時代より下がっている(まあその分、戦闘の難易度は格段に増しているが)。ゲームではできない細かな移動や、物陰に身を隠したりなどといったことまで、ゲームではできなかった動きが可能になっているのは非常に大きい。
だが同時に、追う側もまた厄介さが増しているというか。敵もまたゲームよりも細かく動いてくるため、どうしても囲まれてしまいそうになる場合も少なくなかった。
だがそのときは、脳内のマップを頼りに隣のエリアまで逃げてしまえばいい。その場合、どれほど近くにいたところでモンスターは追ってこないし、攻撃もしてこなくなる。まるでエリアを跨いでしまうと、途端に俺の姿が見えなくなって、存在も記憶から消えてしまったとでもいうように。何事もなかったと言わんばかりに元いた場所へ戻っていくのだった。
その事実に気づいてからは、上手くエリアの外周に沿って逃げ続けた。
周囲の地形は、そこを走るだけで勝手にマッピングされていく。あとはその地図に沿えばいい。
エリアの境界というモノは、この現実化したゲーム世界においては二種類に分かれている。
ひとつはエリアとエリアの接続境界。これはゲーム時代にも存在した、要は画面が切り替わる場所のことだ。モンスターが超えられないのはこの線の部分である。
そしてもうひとつが、マップに記載されるエリアと、記載されないマップ外にある謎のエリアとの境界線だ。
SoCとてゲームである以上、その表現範囲には限界がある。よって本来なら、見えない壁のような何かや登れない坂のような何か、あるいは侵入できない林のような何か――といった、いわゆる“ゲーム的なお約束”よって、プレイヤーがその範囲外へ出ることを防いでいる。基本的に、プレイヤーがその軛を脱することはできない。
けれど、この世界には今、そういったお約束的な限界地点が一切なくなっている。マップを無視した向こう側に、何の障害もなく進むことができるようになっていたのだ。
もっとも、その場合はモンスターたちも同じく何の抵抗もなく境界越えてくるのだが。つまりエリア外エリア(というのも妙な表現だが)を跨げば、モンスターですらエリアの移動が可能だということ。
モンスターたちが移動を阻まれるのは、あくまでエリアからエリアへ直接移る場合のみである。
「……………………」
まあ、などということがわかったからといって。
――それで現状が改善されるかといえば、そんなことはまったくないんですけどね。
割ともう詰んでますよ、って感じ。
「ねえ、どうすんの?」
隣で息を整えていたうらが、不安げな声で俺に訊ねる。
少し前に訪れていて予備知識のあった俺と違い、うらはいきなりこの展開だ。不安は俺より大きいだろう。まったく、よく付いてきてくれたものだ。
俺は静かに答えた。
「どうしようかねえ?」
「てか、どうなってんの?」
「どうなってんだろうな?」
「真面目に話せっ!」
「――……つあぁぁ……」
鳩尾を殴られた。
格闘スキルを多く習得し、装備にも手甲を選んでいるうらの攻撃は、肺腑を大きく響かせるほどの威力だった。マジ容赦ねえ。
仕方なく、ではないけれども、俺も真面目に考察を開始する。
「とはいえ、いつまでもここにいるわけにはいかないんだよなあ……」
だが現状、打開策も見出せないでいる。
だって武器がなくなったんだぜ。予備の武装? はっはっは、持ってねーよ。……笑えねーよ。
ていうか、武装が蒸発するなんて、そんな仕様聞いてない。いや、聞いてないというか、そもそもゲームのSoCにおいては、《武器を取り落とす》なんてことがあり得ないのだ。装備しているモノは、装備から外すまで決してなくならない。よしんば耐久値がゼロになるまで無視し続けても、それは壊れたアイテムとして手許に残る。ちゅーか鉄が蒸発するってどういうこっちゃねんな。いったい何度あるんだ、あのレーザー。おかしいだろ、いろいろと。
幸い、ゲームと違って“武器がなければ攻撃できない”ということはない。たとえば先程の《ガードナー》に蹴りを加えてHPを削ったように(SoCにそんな操作はない)、武器やスキルによらずともダメージを与える方法は存在する。
ただその場合――威力が格段に落ちてしまうのだ。
致命傷だとは言わないまでも、かなりの痛手には違いない。
「とはいえ、想定してしかるべきだったことだよなあ……」
この世界において、武器とはあくまで自分の手で持っているものだったのだから。
当然、手から離せば地面へ落ちる。紛失なりは盗難なり、あるいは破損なり、何らかの事情によって武器を失ったときのために、俺は予備の武装を用意しておくべきだったのだ。脳内道具欄に収納してしまえば、荷物になることさえないのだから。
まったく不覚だった。認識が甘すぎたとしか言いようがない。
ゲームのようなこの世界が、しかし決してゲームではないということを。
俺は――学んでいたはずだったのに。
「……………………」
俺のHPは、既に5割を切っている。これはアイテムで回復すればいいだけの話だが、問題はたった2エリアを移動しただけで5割も失っているという点だ。
俺がこの《廃都》ステージに飛ばされた際、その初期位置は《第5層》の《第9区》だった。そこから2エリア分の逃避行を経て、現在位置は《第7エリア》となっている。
ステージから脱出するのに目指すべきは、この第5ゾーンの第1エリアか、もしくは最終エリアにある転移晶石だ。転移晶石は、必ずその層の第1エリアと最終エリアに設置してある。
その内、今目指すべきは第1エリアのほうだ。《草原》と違い、マッピングされていない廃都において、いつ辿り着くかわからない最終エリアを目指すのは得策じゃない。確実に6エリアを経由して、第1エリアの石から街に帰る。それが今採れる最良の策だ、と思う。
けれど、俺はたった2エリアでHPを5割も削られてしまったのだ。
単純計算すれば、6エリアを移動するのに消費するHPは15割。オーバーキルも甚だしい、ってか、要するに4エリア目で死ぬ。
もちろん俺も、ある程度はここのモンスターにも慣れてきた。この場所に来るまでに、先程のガードナー以外にも初見のモンスターに幾度か襲撃されたが、それらの攻撃パターンはある程度まで掴めていると思う。元より防御より回避に力を入れたキャラクターメイクを俺はしている。まして行動選択の幅がゲームのそれより圧倒的に広がった今、パターンを掴んだモンスターの攻撃など、《アイリ》の身体能力を以てすれば八割近い回避率を記録できる自信があった。
――ただし。
それは武装が健在の場合の話であり、
そして、一人で行動している場合での話だった。
うらを庇って移動しなければならない現状、避けられない攻撃というものは必ず出てくる。いくら敵の攻撃が俺のほうに集中するとはいえ、それも絶対ではないのだから。
基礎ステータスの低い《灰》属性とはいえ、レベルの差とはそれ以上に大きいものだ。防具にしたって、長くプレイしていた俺のほうが、うらに比べて遥かに性能の高いものを装備している。同じ攻撃であっても、俺が受けるのとうらが受けるのとでは被害の度合いが大きく違ってきてしまうのだ。
都合の悪いことに、このステージには遠距離攻撃を備えた敵モンスターが多いらしい。だがSoCのプレイヤーは得てしてアウトレンジまで届くスキルを持っていない。遠距離スキルを多く備えた《青》属性か、もしくは武器に《弓》などを装備しているのでもない限り、攻撃とは即ち“近づいて殴る”という意味合いしか持っていない。今回のような逃亡戦において、それは大きく不利なファクターであると言えるだろう。
ゲームならばあるいは、うらの能力でも敵の攻撃を回避できたかもしれない。
だがこの世界では、いきなりやれと言われてもそう上手くはいかない。いくら身体能力が上昇していようが、身体を動かすのはあくまで自分自身なのだ。うらは特別運動が苦手というわけではないが、決して生粋のアウトドア派というわけでもない。一、二時間もあれば慣れるだろうが、今は無理だ。
「――よし」
と、俺は呟き、うらへと向き直る。
「……なに?」
「おまえには、これを渡しておく」
言って、俺は脳内画面を《想作》しアイテムを物質化して取り出す。
「え、……何これ。どっから出したの?」
「ああ、説明してなかったっけ――」
俺はうらへ、脳内画面をイメージして操る方法を教えた。
うらには、それを使いこなしてもらう必要がある。
「――つーわけで、おまえはこの回復アイテムを自分のストレージに移してくれ」
「でも、そんなことしたら逢理の分が……」
「いいから」
有無を言わせず強制する。
うらは苦い顔をしつつも、文句を言わずに従ってくれた。
俺は所持していたHP回復アイテムのほとんどをうらへ譲渡する。最初はいちいち物質化して渡していたが、途中で脳内でのやり取りならばわざわざ取り出す必要がないと気づき、一括で渡した。
相手の思考へと介入するような奇妙な感覚の中、俺たちはアイテムの取引を脳内で終える。
「で、どういうことなの?」
怪訝に首を傾げるうらへ、俺はひとつ頷いてから言葉を返す。
「この世界でアイテムを使うには、まず《脳内から物質化して取り出す》という工程を踏んでから、《使用を念じる》という過程を経る必要がある。ゲームみたいに、ボタンひとつでパッと使うことはできない」
「わかった。つまり、私が逢理の《回復役》になればいいってこと?」
「……察しがよくて助かるね」
俺は笑った。
どうにも苦い笑みになったが、それでも。
「結局は頭の中でのことだから。思うだけで使えるというのは、考え方によってはボタン操作より楽なのかもしれない。でも戦闘中、それ以外のことに一瞬でも気を取られるのは大きな隙になる。まして物質化すると、それだけで片手が塞がるからな。戦いながら使うのは難しい」
これも経験を重ねれば可能になるのかもしれないが。
少なくとも、今の俺には難易度が高い。うらよりはいくぶん慣れているとはいえ、俺とてまだこの世界に来てから、せいぜい数時間しか経過してはいないのだから。
そもそも、現代社会に普通に暮らすただの大学生である俺に、《戦闘》なんてことの経験があるわけがない。格闘技どころか、取っ組み合いの喧嘩すらほとんどしたことがなかった。
そんな俺が、いくら身体能力が上がっているとはいえ、いきなり戦いの場に投げ出されてまともな対応などとれるはずがない。正直、これでもいっぱいいっぱいなのだ。マジで。
最初のときは、少年漫画みたいな境遇に対する昂揚から。
そして現在は、うらを守らなければという格好つけから。
俺は、自分を鼓舞しているに過ぎない。
まあ要するに、思考停止と見栄の産物でしかないってコト。余裕なんざ微塵もない。
それでも。
「ま、おまえは俺の後ろを走りながら、適宜アイテムを俺に使ってくれればいい。出し惜しみする場合でもないだろうし、何なら一撃貰う毎に回復してくれてもいいぜ。それでも数は足りると思うし。とにかく、それだけやってくれれば構わない」
それでも俺は見栄を張る。気取り、格好付け、余裕の自分を演出する。
幼い頃に憧れたヒーローのように。
あるいは、俺を救ったリンのように。
強く賢い自分、なんていう虚像を作り上げる。
「…………」
うらは、何も言わなかった。
見抜かれては、いるのだと思う。俺の嘘は、うらにだけは通じない。だからこそ付き合いが長い奴は厄介なのだが、それは同時に、何も言わなくても悟ってくれるということである。
これで案外、うらは頭が回る。
いきなり投げ出された特異な状況に、自棄にならない程度には精神力も強い。
だから気づいてはいるのだと思う。
――俺がうらを見棄てれば、一人で逃げられるということに。
彼女は、気づいているはずだ。
その上で何も言ってこないのは、決して自分の身が可愛いからではない。それを言ったところで俺が見捨てたりしないことを、うらもまた知っているからだ。
うらが俺のことを知っているくらいには、俺もうらのことを知っている。
こいつは、こんな状況でも「わたしのことは放っといていいから」とか、そんな聖人みたいに馬鹿げた台詞を真顔で吐ける程度には頭が優しい。
だが、我が身可愛さに長年の友人を見捨てられるほど、俺の精神は強くない。
何より、この歳になってもまだ俺は中二病だ。
一人のうのうと逃げるより、困難な理想に立ち向かうほうに憧れてしまう。
要はヒーロー症候群なのだ。
「――じゃあ、準備はいいか?」
俺は問うた。
本当は言葉にするまでもない。意思確認は無言の内に交わし終わっていた。
それでもあえて口に出す。
「その前に、――これ」
と、うらが自身の装備していた手甲を外す。
「おい、なんで装備を取る?」
「私が装備してても意味ないし。なら本来の装備とは違っても、逢理が付けてたほうがマシでしょ」
「……おまえが、そこまで俺を信頼してるとは思ってなかったぜ」
「別に。逢理が死んだらわたしも死ぬし。こんなワケわかんない状況で死にたくないってだけ」
「あんま偽悪的なこと言ってると中二病だと思われるぜ?」
「それこそ逢理にだけは言われたくないんですけど!」
「はっ、違いないな!」
俺は笑った。苦笑ではない、純粋な笑みを顔に作る。
うらもまた、俺に笑みを返してくる。
――ならば問題ない。
俺たちは、この状況でもまだ、笑える。
「行くぜ。まっすぐついて来いよ」
「ん。……信頼してる」
「……うわ。なんかおまえに素直なセリフを吐かれると、死亡フラグになる気がするわ」
「ヒトがせっかく盛り上げてやってんのに、どうしてそう雰囲気崩すかなあ!」
「そら悪かった。じゃ、もう一回言うぞ――」
――行くぜっ!
と、そう宣言するように叫び。
俺たちは、まっすぐに駆け出した。
※用語集※
○青【属性】
基本三色の一。
遠距離攻撃に特化したタイプ。その割には基礎ステータスも高く、SoCでは人気の色。特にボスクエストなどでは重宝される。
反面、近づかれた時の対処が問われるため、PvPは苦手な分野。とはいえ遠距離からならばハメ殺しも可能なため、要はプレイヤースキル次第とも言える。
遠くから攻撃できる、という一点をだけをみれば、この異世界においては最も恵まれた色と言えるのかもしれない。