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04『凛として』

 まずい……、まずいまずいまずい!

 俺は焦る。

 それは恐らく、この世界に来てから初めて味わった焦燥だった。

 目の前には敵。

 背後にも敵。

 捕えたはずの敵ですら、そろそろ自由になる頃だ。


 ――どうして気がつかなかった。

 いや、それ以前に、いったどこに隠れていたというのか。

 三人目の姿などまるで見当たらなかった。こんな平坦な草原に、身を隠せるような場所なんてほとんどないというのに。隠形ハイディング系のスキルでも習得していたのか? それにしたって、何もない平地で完全に姿を隠すなんてスキルなんて聞いたことが……!


「……、く」

 いずれにせよ、とんでもないミスだ。

 そう、

 文字通り――致命的なまでに。


「――……っ」

 HPは3割以上削れている。が、それはまだ半分以上残っているという意味だ。

 けれど身体の自由はほとんど効かない。

 ……《麻痺》だ。

 ゲームに慣れた思考が、頭の片隅で冷静に答えを出す。

 背中に受けた矢の攻撃に、麻痺の追加効果を加えていたに違いない。そのせいか、背中や腹の痛みは弱くなっていた。同時に手足の感覚も弱い。末端に妙な痺れがある。

 一定時間の行動停止、そして以降の敏捷値すばやさの低下。

 SoCに幾つかある状態異常の内、それが、麻痺によるペナルティの内容だ。

 この状況では、まさしく致命的と言っていい効果だろう。


「…………」

 舐めていた、のだろうか。

 舞い上がっていたのだろうか。

 それは、そうなのだろう。少なくとも否定はできない。

 突然ゲームの世界に迷いこんでしまいました。なんて、そんな現状に、俺は少なからず憧れを抱いていたと思う。

 恐怖や不安よりも、好奇や興奮の方が先に立っていた。

 それが――悪かったのだろうか。


「――――、くそ」

 吐き捨てる、というよりは、零れ出るように言葉が漏れた。

 それに反応した訳でもないだろうが、目の前の男が剣を振り上げる。

 振り下ろす。


「ぐ――っ!?」

 刃が肩を撫で斬った。

 痛みはさして気にならない。現実に斬られていたら、俺はその時点で痛覚に負けていただろう。だがここ(、、)では痛みが弱い。ゼロではないが、耐えられないほどでもない。

 ただ自分の肉を抉られる、その吐き気を催すような感触が酷く不快だった。

 確かに斬られたというのに、俺の肩からは血も流れてこない。代わりに頭の中にあるHPのゲージがまた目に見えて減少するのが見えて、なんだか現実感に欠けていた。

 HPがなくなったら。もし、死んでしまったら。

 俺はいったい、どうなってしまうのだろう。

 あくまでゲーム的に、街にある神殿へと戻されるのだろうか。

 それとも――それで、お終いなのだろうか。

 ご都合主義の神様は店仕舞いなのだろうか。


 ――わからない。


 刃が再度、振り上げられる。

 あと何度の攻撃に、俺のHPは耐えられるだろうか。なにせステ貧の《灰色》だ。単なる通常攻撃とはいえ、こうもクリティカルに受けていては、もう一、二撃でいい加減ヤバいとは思う。


「――――…………」

 光を受け、鋭く輝く刃を、もう何も考えないまま俺は見つめていた。

 これで死ぬかもしれないのに。

 俺はただ、何も考えずにその剣だけを見続けていた。

 そして――そのまま。


 刃は、振り下ろされなかった。

 

「え……?」

 剣を持つ男のすぐ後ろ。

 振り上げた腕を、男の背中側から握って止めている者がいたからだ。


「う――ん、アブないアブない。大丈夫だった? 大丈夫だったよねー? うん、大丈夫だ! 男の子だもんなっ!!」


 酷く場違いな、底抜けに明るい声が鼓膜を揺さぶった。

 それは女性の声だった。


「じゃ、今ちゃちゃっと助けるから、待っててねーん」

「は――え?」


 耳朶を刺激する軽やかな声は、しかしその印象に反して強く脳を揺さぶった。

 眠りかけていた精神を、目を覚ませとばかりに叩き起す声音だ。

 そして、

「――やっ」

 という軽い掛け声と共に、剣の男が猛烈な勢いで横に吹っ飛んでいた。

 女性が、凄まじい速度で蹴り飛ばしたのだ。

「NPCは、動きが単調でいかんねー」

 女性が笑って言う。

 眩しい笑顔だった。比喩的な表現じゃない。長い髪の毛が、文字通り光を乱反射するように、確かに煌めいて見えたのだ。


 冷静にその姿を観察すると、それは同い年くらいの少女だった。

 皮の防具や金属の鎧に身を包む人間たちの中で、恐ろしく場違いな、ワンピースタイプの洋服を風になびかせている。それがまた、大きく丸い瞳と、彼女の持つ活動的な雰囲気にまるでそぐっていない。にもかかわらず不自然さは存在せず、彼女はただ健康的な美しさを放っていた。

 何色と言っていいのか判らない長髪。角度によって光の反射が変わり、一秒前と一秒後ではまったく別の彩りになっている。


 どこか幻想的な少女だった。

 それは何も、見た目の雰囲気だけが理由ではない。

 まるで幼い頃に憧れていたヒーローのように。劇的なタイミングで助けにきてくれた、嘘のような少女。ご都合主義の女神が、微笑んだかのようなタイミングだ。


 太陽のような――と表現してもいいほどの笑顔を見せる、少女。

 彼女は俺の目の前に屈み込むと、トンと俺の肩を軽く叩く。


「ほら、もう動けるでしょ?」

「え――あ、ああ」

「んっ、よし! ほら立て! 立つんだじょー。あっははは!!」

 促されるままに俺は立ち上がる。

 少女はにっこりと、花の咲いたように笑んでいた。

「じゃ、ちょっちソコで待っててね?」

 言うなり彼女は走り出し、蹴り飛ばした剣士の方へと矢のように飛んでいった。

「速っ……!」

 とんでもない速度だった。

 少女自身が一筋の風であるかのような。運動能力の上がった今に俺にさえ、再現できそうにないほどの速力。

 彼女は一瞬で距離を詰めると、その勢いのまま剣士へ強烈な拳を放つ。

「ぱーんちっ!」

 どこか間の抜けたような掛け声。

 だが共に聞こえたのは、風を斬るような――いや、風が爆ぜるような強烈な響きだった。

 速度がそのまま打撃力へと変換された拳の一撃は、先の槍使いと同じ突き技でありながら、しかしそのレベルは段違いの領域に至っていた。

 剣士の残っていたHPが、一撃で余さず消し飛ぶ。

 信じられない威力だった。


 と、そこに矢が飛来する。

 先程、俺を奇襲した弓使いによる攻撃だ。

 そして同時に、槍使いの方も《蔦縛り》から抜けだし、少女の方へと突進していった。

 どちらも俺の方など見向きもしていない。

 それは俺と少女、どちらがより脅威なのかを正しく理解していたがゆえのことだろう。


 けれど。

 彼らの理解が、実のところ正解には到達していなかったと言える。

 攻撃の続行は、彼らにとって“たったひとつの冴えたやり方”だったとは到底言えない。


 ……もし、彼女の実力を本当に理解していたのなら。

 真に採るべき行動は、一秒でも早く彼女の元から逃げ出すことのはずだったのだから。


 弓の連射を、彼女は踊るように避ける。

 ほとんど最小の動きで、鼻歌交じりに彼女は軌道を読み切っていた。飛び行く矢など、彼女の舞を盛り立てる小道具の一つでしかない。

 矢の次に飛びこんで来たのは、槍を持った男だった。

 全体重を乗せた刺突の一撃。

 それを彼女は、

「ほっ――」

 空中で縦に反回転しながら、ほとんど曲芸さながらに回避する。

 そのまま彼女は、身軽にも槍の柄に逆立つように乗ると、

「――はっ!」

 倒れるように回転し、男の顔面に強烈な踵落としを叩き込む。

 バランスを崩し蹈鞴を踏む槍使いを後目に、少女は軽々と地面に着地する。そのまま今度は横向きに身の捻りを加え、

「おりゃあ――!」

 尋常じゃない威力と思しき回し蹴りを、男の顔面へと穿ち入れた。

 槍使いのHPは、それでゼロの値まで一気に消し飛ぶ。

 寸前、男が取り落とした槍を拾い上げると、彼女は振りかぶり、弓使い目がけて思いっ切り投擲していた。

 直撃。

 HPをごっそりと削られた弓使いは、それでもまだ彼女に反撃を試みようとしていたが、

「無駄無駄ぁ――!」

 叫ぶ少女が一気に間合いを詰め、

「オラオラァ――!」

 目にも止まらぬ速さで拳を一気に叩きこんだ。

「あはははははは――――!!」

 テンションがおかしい。明らかにオーバーキルだった。

 弓使いは吹き飛ばされ、光の粒子となって霧散する。


 ――僅か一分にも満たない戦闘だった。



     ※



 凄まじい早業で三人を倒し切った少女が、笑顔で戻ってくる。

 数秒前までの、あの尋常じゃない戦闘力を見せた人物と同じ人間とは、到底思えない満面の笑みで。


「大丈夫だったー?」

「あ――ああ。ありがとう。俺は大丈夫だけど……」


 正直、いろいろとそれどころではない。

 なんなんだ、この少女は。

 恐ろしいまでに強かったが……。


「災難だったねえ、いきなりNPC型に遭っちゃうなんて」

 と、少女が俺に、そんなことを言った。

「NPC型……?」

 聞き覚えのない言葉を、そのまま鸚鵡返しにした俺に、少女が頷いて答える。

「そう、NPC型。プレイヤーと同じ能力を持ってる――でも、モンスターなんだよ」

「モンスター……だって?」

 あれが……?

 モンスター?

「そんなはず――」

 ない、とは言えない、か。

 ……ならばとそう考えてみると、確かに自分が感じていた違和の正体も思いつくことができる。

 さっきの三人には、どこかモンスターっぽい部分があった気がする。

 相対している感じが、なんとなく、それまで戦っていたモンスターと似たような感覚だったのだ。

 モンスターっぽい(、、、、、、、、)というのが違うなら、あるいはそう、プログラムっぽいというか。もしくは逆に、人間っぽくないと言ってもいい。

 たとえるならば、ロボット。

 自己の意志を持たず、命令プログラムの通りにしか行動できない、人形。

 先の三人は、つまり、人間ではなかったということらしい。


 ……それにしても。

 彼女はどうしてそんなことをしっているのだろう。というか、いったい誰なんだ。

 疑問が表情に出ていたのか、俺の顔を見て彼女は首を傾げた。

「ん、……どしたの?」

「――あー、えっと。君は――」

「んん? わたし?」

 少女がはにかんで言う。

「わたしは《リン》だよ」

「リン……」

 それが名前なのだろう。

 本名なのか……いや、恐らくはプレイヤーネームのほうだろうか。

 割とありそうな名前だけに判断がつかない。

「今、街を目指してるトコだよね?」

 リンが訊ねてきた。

「あ……、うん。そうだけど」

「ん。街ならそこの石からちゃんと跳べるから、その辺は心配しなくてもいいよ」

「……どうも。それで、君は? えっと……、街には行かないのか?」

「私はやることあるから。でも君は、街に行って情報収集してきたほうがいいと思うよ」

「……まあ、そのつもりだけど……」

「ん!」

 と言って、リンは笑顔を見せた。


 その笑顔に。

 俺はなぜか――見覚えがあるような気がして。


「――じゃ、私は行くよ」

 リンが言う。

「え、……ああ」

 脳裏に貼りつくような違和感を振り払い、俺は慌てて首肯した。

「でもまあ、石に触れるまでは見送ってあげるね!」

「……どうも」

 そんなことを話しながら、二人で石――転移晶石の前まで向かった。

 転移晶石は、見た目には透き通る綺麗な球形の水晶だ。それが地面に固定された燭台のようなものに乗せられている。

 晶石はフィールドごとに色が違う。《草原》フィールドの晶石は緑色だ。

「触れれば、それだけで起動するよ」

 というリンの言葉に後押しされるように、俺は淡いエメラルドのような晶石に手を触れる。

 瞬間、足元から様々な色の光の粒子が浮き上がって、俺の身体を包んでいった。


 振り向くと、こちらへ手を振っているリンが見えた。

 彼女が口を開く。


「またね――――アイリ」


 その言葉を最後に、視界は急速に暗転していった。

 世界が、ひっくり返る。

※用語集※


○NPC【ゲーム用語】

 ノンプレイヤーキャラクターのこと。

 この異世界においては、なぜか野生化・モンスター化しているNPCが存在する。

 詳細不明。


○麻痺【状態異常】

 SoCにおけるステータス異常の一種。

 数秒の行動不能と、その後回復まで敏捷値にマイナス補正を受ける。

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