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02『現状確認』

 あとがきに載せる用語集はおまけなので、読む必要は基本的にありません。

 興味がある方のみどうぞ。

 しばしの休息を経た俺は、広大な草原の中を歩き始めていた。

 辺りは一面、短い草の茂った平地だ。ところどころ背の低い木や土がむき出しになった地面も見つけられるが、基本的にはどの方角も同じような景色しか広がっていない。

 それは確かに、俺がSoCで見慣れた《草原》の光景だった。

 ただし、違いがないわけではない。たとえばゲームのフィールドには、これ以上は進めない、という見えない壁のような境界があった。それがなければ無限にフィールドが続いてしまうため、ゲームとして考えるならば当然の要素なのだが、その限界地点が、今は、ない。

 驚くほど広い大自然。道と呼べる道が獣道すらなく、どちらへ進めば街へ――この場合の『街』とは、ゲームでいうプレイヤータウンのことだが――着くのか、周囲の風景からは判断できない。

 が、


地図マップが見られたのはラッキーだった……」


 先の休憩時間に確認した諸々。

 たとえば、ゲーム時代には見られた、いわゆるステータス画面。念じれば頭の中で見ることが可能なそれは、ゲームのときとほとんど変わらない感覚で利用可能だった。敵や自分のHPなどを確認するときと変わらない。視覚ではなく、感覚で情報を閲覧することができる。同様に地図や方位、ついでに時間なんかも視界の隅で確認可能だ。

「なんというか、便利だよなあ……」

 とは、思った。

 妙にご都合主義っぽくて、なんだか少し醒めるような気もする。


「……意外と冷静だな、俺」

 ゲームの中に入ってしまう、だなんて。そんな空想ファンタジーを、こうも簡単に受け入れられるとは、我ながら存外に図太いというか何というか。

「もしくは、何も考えてないだけなのかね」

 だが少なくとも、俺は今、自分がネットゲームの中に――SoCの中に入り込んでしまっている、という部分を疑う考えはなくしていた。

 なにせ一致する要素が多すぎる。その前提を無視するほうが、むしろ現実を見ていないと思う。


「……まあ、どうであれ、とりあえずは人間を見つけないとな」

 歩きながら俺は考える。

 探せば俺と同じ境遇の人間が、恐らくどこかにはいるはずだ。なんていうか、そう、このテの物語の王道というか、パターンとしてはそうだろう。

 あるいは俺だけが巻き込まれたのかもしれないが、その思考は恐怖を招く。少なくとも今は、他に人間がいると考えて行動したかった。

 俺とて男だ。ガキの頃に憧れた物語の主人公のような境遇に、心が躍らないと言えば嘘になる。

 けれど同時に、もう少年とは呼べないくらいには歳を重ねた俺にとって、“冒険”という言葉の輝きは、幼いときに比べて随分と減少してしまった。

 現実、と。皆がそう呼ぶ世界のことを、俺は考えないわけにはいかない。

 だからこそ俺は、まず人が集まりそうな街を目指した。


 このSoCというゲームには、まともなプレイヤータウンは、なんと一ヵ所しかない。MMORPGにはあるまじき設定だが、そうなのだから仕方がない。

 プレイヤーはその“街”から様々なフィールドに繰り出して行き、冒険が終わればまた“街”へと戻ってくる。フィールド自体は出現する敵モンスターの強さ(レベル)によっていくつかのゾーンと、更に小さい区分であるエリアに分かれているのだが、街へ瞬間移動できる《転移晶石》という魔法の石みたいなモノが、どのゾーンにも設置してあるはずだ。


 マップによれば、現在位置は《草原フィールド・第三ゾーン・第七エリア》ということになる。

 ゲームでは遥か昔に踏破した低レベルフィールドだが、それ故にマッピングも済んでいるので、転移晶石の位置は把握している。

 現在位置も、結晶の位置も知らせてくれる便利すぎな脳内マップのナビゲーションに従って、俺は草原をひた歩いた。

「それにしても、エリアのひとつひとつが、なんかゲームのときより広くなってる気がする……」

 画面の中を俯瞰するのと、自身の目で見回すことによる感覚の差だろうか。それとも実際に広さが変わっているのか。

 ともかく俺は、広い草原を歩き続けた。


 時折、先程のカマキリや、加えて毒々しい体色のデカいヘビっぽいヤツとか、身のよだつような口臭を撒き散らす醜悪な顔のオオカミっぽいヤツとか……、なんだか妙なトラウマを俺に植えつけようとしているかの如きモンスターたちが襲いかかってきたものの、どれも簡単に撃退できた。

 カマキリやヘビやオオカミに見えるけれど、でも確実に違う何か。現実世界には絶対に存在していないだろうモンスター。

 抵抗なく攻撃できるのは、それが理由なのかもしれない。

 遭遇エンカウント率はそう高くない。これは、あまりにもレベル差があるとモンスターが現れにくくなるという、SoCのゲーム的な仕様ゆえだと思われる。

 また、あまり威力の高い方ではない俺のナイフだが、恐らくレベル差のためだろう、どのモンスターも大抵は一撃でHPをゼロにできた。

 それに、単純な身体能力だけじゃない。体力や動体視力、反射神経まで向上している。

 もはや負ける気がしなかった。

 そんな諸々が、俺の中の危機感をどんどんと減少させていく。


「こういうのを、ゲーム脳って言うのかね……」

 なんて、そんなことを独りごちる余裕まで生まれてきた。

 まあ、テレビで識者とやらが語るような、根拠のない評論に興味はないが。

 ともあれ余裕が出てくると、今度はいろいろなことを試してみたくなるのがゲーム脳|(笑)(かっこわらい)というものだ。


 たとえば《スキル》。

 大方のMMORPGよろしく、このSoCでもいろいろなワザを習得していくことができる。

 習得したスキルは、基本的にSPソウルポイントと呼ばれる数値(まあ要するに、MPみたいなモノだ)を消費することで使用できる。

 たとえば、

「――《灰空牙》!」

 という技は、武器の先端からカマイタチのような衝撃波を発射する遠距離技だ。

 大した威力のあるスキルではないが、それでもこのフィールドのモンスターであれば、遠巻きから安全に狩ることができる。

 ……いや、別に技名を叫ぶ必要はないのだが、そこは気分だ。少し恥ずかしいというか、傍目にはイタい感じではあるけれど、周りに誰もいないのだから気にすることはない。気にしない。


 それに――、

 振ったナイフの先から、カッターのような衝撃波が飛び出したときの興奮は、言葉じゃ表せないものがあった。

 魔法を使って攻撃。

 男の子永遠の憧れと言っていいだろう。これには感動せざるを得ないと思う。技名だって叫びたくなるというものだ。。

 まあ、SoCの設定的には、このスキルは“魔法”というワケではないのだが、結果的には似たようなものだろう。その程度で褪せる感動ではない。

 俺のテンションは一気に上昇した。


 上がったテンションに任せて次に試したのが、果たしてモンスターの攻撃を受けたらどうなるのか、ということだ。

 それまでは、モンスターからの攻撃は全て回避していた。だが、いつまでもそれが出来るとは限らない。このSoCには、ときどきゾーンのレベル帯を超越した強さのレアモンスターが、ぽっと湧いて出ることもあるのだから。いざというときのことは考えておく必要があるだろう。

 だが正直言って、これは熱にでも浮かされていないと試す気になれない。

 ……というか。

 正直、最初の一戦は、自分でもどうかしていたように思う。頭がオーバーヒートしていた。

 よくもあんなおっそろしいモンスターに向かって行く気になったものだ、我ながら。


 さておき、被ダメージの調査だ。

 恐らくHPが減るだけで、きっと俺自身が傷ついたりとかはしないと思うのだ。というかそうであってほしい頼むから。

 だって怖えし。

 少なくとも、あのカマキリの鎌で試す気には到底ならない。

 ていうか、いくらモンスターとはいえ、もうちょっと可愛げのある見た目であれよ、なんて思う。


 ……まあもっとも、あまり可愛げがあり過ぎると、今度は攻撃がしづらくなるのだが。

 実際、歩いている内に遭遇したウサギに似たモンスターには、なんとなく抵抗があって攻撃できなかった。倒しても――殺しても――その死骸は残らず、ファンタジーな感じで光となって消え去るだけなのだが、やはりゲームとは違い、自分の手で凶器を振るわなければならないという事実は、少なくない心理的抵抗を生む。

 幸いそのウサギ(のような何か)は非アクティブ型の――能動的にプレイヤーを襲ってこないタイプのモンスターだったので、何もせずに通り過ぎたが。


 俺はモンスターの中でも、比較的安全(?)そうなオオカミ型のモンスターを実験の対象にした。

 だが《噛みつき》攻撃はヴィジュアル的に怖い。鋭いのは何かイヤだ。ここは、距離が離れると使ってくる《突進》攻撃を受けてみようと思う。


 そう考え、俺はオオカミ(的な何か)と相対した。

 やはり試すには、無抵抗で攻撃を受けるのが一番ベターだろう。

 ……これだけのレベル差ならば問題ない、大したダメージにはならない。

 そう自分に言い聞かせる。


 勢いよく突っ込んで来るモンスター。

 ヒトを跳ね飛ばさんとばかりの速度で、まともに受けたら骨折は必至だろう。

 そんな攻撃に対し、俺は「バッチ来い!」とばかりに両手を広げ、


「――あ、やっぱ怖えっ!」


 結局、腕を使って防御の構えを取りつつ、敵の攻撃を受けた。


 ずしりと、弱く鈍い、しかし重みのある痛みが腕に響いた。だが撥ね飛ばされるほどではない。僅かばかり押されてノックバックしたものの、そこで耐え切った。

 ――痛みは、ある。

 でも大したモノじゃない。

 脳の片隅に知覚できる自分のHPが、本当に少しだけ、ちびっと減少するのがわかった。

 それを見てから、俺はカウンターを行うように、敵の眉間へとナイフを突き立てる。

 肉を抉るような感触じゃない。本当にゲーム的な、紙風船でも突いているかのような手応えのなさ。

 それでも効果があるのは事実だ。一撃でHPを消し飛ばされたモンスターが、光の粒子となって霧散する。

 呆気ない終わり方だった。


 まだ数体残っていたモンスターを、今度は素早く倒し切り、俺は自身の身体を確認する。

 攻撃を受けた両の腕には、少しばかりの痺れを感じていた。

「……多少の痛みはある、か」

 それがわかっただけでも収穫だろう。

 さすがに――


 ――HPがゼロになったらどうなるのか。


 という、疑問。そこまでを試す気にはなれなかった。

 ゲームでは街の神殿で復活できたが……


「こういう展開の王道を考えると、さすがに悪い想像ができるよな……」

 というか、悪い想像しかできない。


 ――念のため。

 俺は脳内に見えるアイテム欄から、回復のための薬を取り出して使用した。

 ダメージ量と回復量の比率を考えると、かなり勿体ない使い方ではあるが、ケチる気にはならなかった。

 ……これで、アイテムが使えることまで証明された訳だ。

 自分の中のどこかにある冷静な部分が、そんなことを考えていた。

 使うときだけ手の中に現れるとは、本当に、都合のよすぎる便利さだとは思うけれど。


 ……とまあ、そんな感じで。

 俺は思いつく限りのことを、試し試しに歩いた。

 時間にしたら……それでも三十分くらいか。結構な距離を進んだ気はするが、肉体的な疲労はまるで感じていない。

 便利なものだ、と。

 現状へ既に適応した思考が、他人事のようにそんなことを思う。


「…………」

 それにしても。

 なんというか、いまいちゲームの中だとは思いづらい場所だった。デジタルな感覚はまるでなく、地球のどこかだとはあまり思えないが、かといってVRヴァーチャルリアリティの世界だとも思えない。


 嫌悪感を喚起するモンスターたちとは違い、周囲の景色は驚くほど美しいものだった。少なくとも、僕が今までの人生で眺めてきた様々な光景の中では一番だろう。まあ、大して旅行をした経験もなし。そもそも心を強く打つような絶景など、テレビの向こう側の話でしかなかったが。

 それを抜きにしても、眼前に広がる草原には息を呑まされる。

 360度どこを見渡しても、地平線まで続く新緑の絨毯。ゲームの中だと思わせるような、ヴァーチャルな感覚は微塵もない。吹き抜ける薫風も、微かに漂う草の香りも、全てが現実のそれよりリアルにすら感じられた。

「なんか、気分のいい場所だよなあ……」

 どちらかといえばインドア派の俺でさえ、弁当持ってピクニックにでも来たいと思えるほどだ。もっとも、モンスターさえ出なければ、だが。

 それは、ゲーム時代には思い浮かべることすらなかった思考だ。

 いくら最近のゲームがハイクオリティだとはいえ、さすがに自分の眼で目の当たりにするのとでは差がありすぎる。

 まあ、それ以前に、本来的に“戦闘”という行為が活動プレイの主軸になるゲームにおいて、暢気にピクニックして遊ぼうなどと考えること自体まずないが。そんな暇があったら狩りをしている。


「――――」

 思う。

 やはり、『ゲームの中に入り込んだ』というよりは、そう、『異世界に飛ばされた』とでも考える方が、感覚的にはしっくりくる。

「いや、主観的にはどっちも変わらないんだけど」

 むしろ、脳内に見える地図マップやステータス画面なんかは、ひどくゲーム的であるけれど。

 それでも。

 まるでファンタジー小説の主人公にでもなった気分だ。得た能力ちからは、伝説の聖剣の代わりに、ゲームのスキルだったという感じで。

 ……もっとも、実際にはそんな悠長な妄想に浸っている場合では決してないのだろうが。

「まあ、これはこれで、浮かれるなって方が無理なシチュエーションだと思うんだよなあ……」

 これから先に、ファンタジーな冒険が待ち受けているのではないか。

 なんて、我ながら子供じみた想いが胸を占めている。

 ――果たして、この状況。

 まともな人間なら、絶望するのだろうか。

 それとも、誰しも存外、歓迎するのだろうか。

 どちらも正しい気がするし、どちらもズレているような気がした。


「……ま」

 とりあえず。

 大学の出席やバイトのシフトについては……、うん。考えないでおこうと思うけれど。

 いや本当、どうしようね。


「――――と」

 している内に、ようやく目的地が近づいてきた。

 少し先に、淡い緑色に輝く、直径50センチはあろうかという大きな水晶球が見える。

 ゲーム内での名称を言えば、《転移晶石ゲートクリスタル》。たとえ未プレイでも、大方の人は名前で察せられるだろう単純なネーミング。要するに、ワープが出来る魔法の石、といったところだ。

 プレイヤータウンへは、各エリアに点在する、この転移晶石を使って帰還する。

 逆を言えば、この石を使わなければ、街へは戻れない訳だが。


「……、ん?」

 そのときだった。

 転移晶石のすぐ近くに、俺はふたつの人影を目に捉えた。

 それは、

「……!」

 人影。

 そう、人影である。

 俺は初めて、自分以外のプレイヤーを見つけたのだ。


 ――仲間がいた!

 と、咄嗟に思った。

 先のカマキリオオカミのようなモンスターではない。無論、亜人タイプのモンスターとも違う。

 それは確かに、自分と同じ人間のプレイヤーだった。


 少なくとも、そう、見えた。

※用語集※


○ステージ【ステージ】

 SoCにおける基本的な戦闘区域。要するにモンスターが出現する所。

 全部で10のステージがあり、それが幾つかのゾーンに区分され、さらにエリアで細かく分けられている。

 ステージ>ゾーン>エリア、である。

 ステージはいくつかのフィールドに別れることがある。

 また、ダンジョン、といった場合は特別に区切られた閉鎖空間を示す。その場合の広さは数エリア~1ゾーン丸々全て、までまちまちといったところ。特定の場所にぽつんと遺跡があったり、イベントで加えられたりする。

「わかりづれーよ!」と初心者には不評だが、なんだかんだで大抵すぐ慣れる。


○灰空牙【スキル】

 灰色属性の遠距離攻撃技。

 自身の武器から衝撃波を繰り出すスキル。持ち武器が弓などの遠距離武器の場合は、実質的に死に技と化す。

 低コスト、低威力の、いわば牽制技である。

 余談だがSoCに遠距離攻撃スキルはかなり少ない。レアである。


○SP【ステータス】

 HPと並んでゲージ表示されるステータス。数値を消費することでスキルを発動させる。

 まあ、要するにMPですよ。

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