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01『エンター・ザ・ゲーム』

 この物語はフィクションです。

 実際の人物、事件、団体等とは一切関係ありません。

 草原にいた。

 地平線までを見渡せる、広大な平地だ。背の低い雑草が大地を彩るように芽吹き、気持ちのいい風が躍るように身体を通りすぎていく。

 そんな草原の中を、ひとりの人間が、全速力で疾走していた。


 誰が?

 ――俺が。


 一歩足を進めるたび、腰に提げられた短刀ナイフがベルトの金属部にぶつかり、こすれるような音を出す。

 一定のリズムで響くそれと呼応するように、くすんだ灰色の外套が風に揺れた。

 まるでファンタジー小説の魔術師が着込んでいるローブのように、寂れた長い布の衣装。

 今現在の、俺の格好がそれだった。


 ――何この服?

 知るか、コスプレとかだろ。


 遮蔽物のない草原には、爽やかで心地のいい微風が静かに流れていて、本来ならきっと気持ちのいい風景と思えただろう。

 けれど今の俺には、呑気にピクニック気分を堪能する余裕などない。

 わからないことだらけだった。

 そもそもここはどこなのか。なぜ俺はこんな場所にいるのか。

 そんなことすら知り得ぬまま、ただただ走り続けていた。


 走り始めて何分経っただろうか。感覚の上では随分走った気がするが、実際は一分どころか、三十秒も経過したか怪しい。

 だいたい俺は全力疾走なんて多分、十秒程度しか保たない。はずだ。

 年々低下傾向にあるはずの、俺の体力。これほど信用ならないものもない。


「……けど、その割には……っ」

 身体が軽い。

 羽のように身軽な筋肉。どこまでも走り続けられそうなほど、俺の全身は力に満ち満ちていた。

 意外な自分の体力に驚きながら、思う。

 ――だとしても、どうして走らなければならないんだ、と。

 答えるだけなら簡単だ。

 追われているから。現在進行形で追走されていること以外に理由などない。


 何に?

 ――化物に。


「……」

 そう――バケモノだ。あるいはモンスターと呼ぶべきか。

 俺は今、二体のモンスターに追われていた。

 だから走っていた。否、逃げていた。全速力で逃走していた。


「……何でだよ……っ!」


 背後に意識をやりながら、俺は嘆くように喉を搾る。

 数メートル後ろを追いすがってくるモンスター。その見てくれは、言うなれば、カマキリに近い姿だった。

 ただしデカい。信じがたいほどの巨体だ。体長は、俺の身長を超えるほどに大きい。それだけで既にあり得ない。カマキリ? これ本当にカマキリか? こんな生物、俺は知らん。

 何より極めつけに最悪なのは、鋭利な輝きを発する二対の鎌だった。

 なにせ光っている。銀色に光り輝いている。明らかに金属だった。そんな生物がいてたまるか。


 はっきりと言おう。

 ――怖すぎる。

 その姿を見た瞬間に悟った。


 ……これは、ヤバい。


 と。

 俺は、ほとんど反射で逃げ出した。

 背後から聞こえた物音で、カマキリ共が追ってきたことも同時に悟る。

 それ以来、止まることもできずに駆け続けていた。


 どうしてこうなった?

 ――んなこと、わかんねーよ。


 そもそも、なぜこんな場所にいるのかもわからないのに。気づいたらここにいて、気づいたと思ったらバケモノカマキリに追われていた。もうわけがわからない。実際数十秒前までの俺は、半ばパニック状態だった。

 しかし人間、その精神構造は存外に図太いものだったりするのだろう。

 ひたすらに走り続けている内、俺は徐々に冷静さを取り戻しつつあった。


「――……」

 回り始めた脳を駆使し、俺は自身の状態を確認する。

 身体に疲れはない。まだ走っていられる。追ってくるカマキリに対しても、少なくとも速度では勝っていた。追いつかれる心配は、今のところ、ない。

 それをいいことに、俺はいくつかの疑問を解決しようと頭を働かせた。


 ――まず問一。

 ここは、どこなのか。


 結論を言おう。

 わからない。

 辺りは一面、草ときどき木、といった感じの様相だ。場所を示す手掛かりになりそうなものは何もない。まさに《草原》。それ以外の何物でもない。

 ……そもそもこの場所は日本のどこかなのだろうか?

 俺には日本どころか、世界中の何処を探しても、こんな風景に目に出来るとは思えないのだが。

 考えたところで、答は出せそうになかった。

 よって保留だ。

 結論の出せぬ思索に、いつまでも囚われるわけにはいかない。


 ――続いて問二。

 なぜ、見も知らぬ草原に俺はいるのか。


 これもわからない。先と同様、考えて解を出せる問題でもないと思う。

 最後の記憶は、自宅でネットゲームに興じていたときのものだ。それがある瞬間でぷっつりと途絶え、気がついたらば草原ここにいた。

 誘拐とか、拉致とか、少なくともそういった類の何かに巻き込まれたという感じではないと思う。かといって、では何なのかと問われては困るのだが。

 考えても埒が明かなそうだ。


 ――では、問三だ。

 俺は、これからどうすればいいのか。


 そう――問題はそこだ。

 結局のところ、諸々の疑問は全て、そこに集約する。


「…………」

 実は先程から、俺は頭の中にある仮説を思い描いていた。

 突飛で、壮大で、妄想みたいなひとつの仮説。けれど俺は、それ以外の説明を見出すことができそうになかった。


 仮説を構成する材料になった要素は三つだ。

 まず第一。俺の服装が、いつの間にか変わってしまっていたこと。

 第二に、俺を(多分)捕食しようとしている、謎のモンスターの存在。

 そして第三に、俺の体力が異様に高いということだ。

「……もしそうなら」

 俺の考えが正しいのであれば。


「俺は――このカマキリを倒せる(、、、)


 はずだ、と、思う。

 というよりも、倒さなければ追いつかれてしまうだろう。

 そして追いつかれてしまっては――

「――ジ・エンドだ」

 そうでなくとも、カマキリにははねがあるのだから。

 脚での競走ならばともかく、

「……おいおい」

 背後から羽ばたきの音が聞こえた。

 ダメだ、飛行されたら確実に追いつかれてしまうだろう。

 もう、賭けに出る以外に生きる道はない。

 ならば――

「……っ」

 俺は一秒だけ逡巡し、


「――!!」


 意を決して立ち止り、振り返った。

 同時に腰のナイフを抜き放ち、右手で逆手に構える。


 二体の巨大カマキリと――目があった。


「……!」

 瞬間、俺は確信した。

 身体の芯から――魂の底から――力が湧いてくるのを自覚する。


 ――勝てる。


 俺はナイフの柄を強く握り込んだ。

 こんな肉厚の刃物を振り回した経験なんて当然ない。けれどこの短刀は、まるで十年来の愛刀だとでもいうように手に馴染む気がした。

 力を貸してくれよ、と。

 掌から繋がる短刀あいぼうに、俺は心からの挨拶を送る。


 目を見開き、前を見据えた。

 恐怖心は否定できない。俺のナイフなど、目の前のカマキリどもの鎌に比べれば酷くちゃっちい刃物でしかなかった。

 人一人の首くらい、簡単に刎ねてしまえそうな鋭い鎌。それはまさしく、死神の鎌に等しいだろう。

 けれど、同時に。

 俺は言い知れない昂揚を、心のどこかで感じてもいた。

 妄想、幻覚、あるいは錯乱――。

 そうだとしても知ったことか。

 ならば、後はそれに、それだけに身を任せればいい。

 脳内麻薬、万歳だ!


「――――行くぜっ!」


 心臓の奥底に粘りついた恐怖を、その一声で振り払う。

 そして、

「先手必勝――!」

 跳び込んだ。

 まずは向かって右のカマキリ

 狙うは首。反撃を封じるには、一撃で倒すのが一番いい。

 爆ぜるように飛び出した俺は、一瞬でカマキリの背後へと回った。

 そして振るう。

 首の付け根に向かってナイフを振りかぶり――、


 金属音が響いた。


 反応された――!?

 狙われたカマキリが、振り返るように左の鎌を振るっていた。

 防がれる。

 二種の刃が、火花を散らし交錯した。

 それを、

「お――らァッ!」

 俺は強引に力で押し返す。

 腕力は、今の俺の方が勝っていた。毀たれた鎌を見る限りでは、刃の鋭さもだ。

 スペックは上。ならば敗北するはずがない。

 よろめき蹈鞴を踏むカマキリ。俺はその隙だらけの胸の中心に、


「――貰った!」


 一撃。

 胸の中心を穿つようにナイフを突き刺した。


 パキン、

 というガラスの割れるような音が響く。

 それは、命がゼロに帰した音だ。

 カマキリの身体が崩れ、淡い緑色をした光に粒子となって、空気の中へ融けていく。

 その向こう側から、


「――――――――!!」


 猛るように、憤るように。

 もう一体が鎌を振りかぶっていた。

「……!」

 上から下へ、外から内へ。バツ印を刻むように振るわれる二閃。

 描かれる十字クロス

 退避は間に合わず、防御は不可能。確実に命を奪いに来る鎌の薙ぎを、

「――――らあっ!!」

 俺は、上へと跳躍することで対応した。

 十字が到達するよりも早く、鎌の軌道より上に行く。

 身体は横に倒れ、錐揉みするように回転しながら、

「――、っ!」

 重力に乗って――縦に断つ。

 拳を地面に叩きつけるように、俺はナイフをまっすぐに振るった。

 一閃、敵の身体を両断する。


 パキン――、

 と、また音が聞こえた。

 カマキリが光となり、ふっ、と空気の中へと消えていく。


 音が、消えた。

 色もまた――同時に、消失する。


 それと同時。

 俺は、地面に膝をついた。

「勝っ、……たっ!」

 のだと、思う。

 思うのだけれど、それを意識するより前に、忘れていた恐怖心が胸にぶり返してきていた。

「うわあ……びびったぁ……! 超怖かった……!!」

 ふう――、と荒れた息を整える。

 勝てるという確信はあった。でなければ戦わない。戦えない。

 だが戦わなければいずれ追いつかれ、あの鎌の餌食となっていただろう。

 結局のところ、選択肢はひとつだった。

「……とはいえ」

 それを理解していたからとはいえ、ならば戦えるかと問われれば、それはまた別の話になる。

 そもそも、あんな見るからに怪物じみた怪物を相手にして、まともに戦えるわけがないだろう。だって怖すぎる。俺は殴り合いの喧嘩をした経験すら、片手の指で足りる数なのだから。


「……、……、っ」

 俺は息を整えると、ゆっくり立ち上がり、近くに見えた灌木の根元まで向かった。

 そこで改めて腰を下ろし、考える。

 先程考えていた疑問、その問一。それには答えを出せそうな気がした。

 恐らく――


「ここ――ゲームの中の世界だ」


 呟く。

 そうとしか考えられなかった。

 まったくマンガかアニメの如きシチュエーションだ。とても現実のものだとは考えられない。

 けれど同時に夢だとも思えない。

 頬に感じる風が、掌で触れる草が、額を流れる汗が。そして何よりも、この肌で感じた強い恐怖の感情が――。

 全て、紛うことのないリアルさを持っていた。

「まあ、夢なら夢で、そのほうがいいんだけど……」

 よもやそんな展開オチでもあるまい。

 夢なら既に醒めているだろう。

 これは、紛うことなき現実だ。


「……」

 なぜ、そんな発想に至ったのか。

 初めに違和感を覚えたのは服装だった。

 記憶の限りでは、俺はヴィンテージでもないのに色の薄れたジーパンと、一枚千円のダサい白のTシャツを着ていたはずだ。

 仮にそれが記憶違いだったとしよう。

 それでも絶対に自分の服では有り得ないと言い切れる格好を、今の俺はしているのだった。

 ――どんな格好か。

 皮の鎧……とでも言えばいいのだろうか。RPGのキャラクターが装備していそうな、胸当てのついた茶色の防具(?)に、くすんだ灰色の布のズボン、上からそれと近い色合いのローブだかマントだか……、そんな感じの格好だ。

 なんというか、いかにもファンタジーの世界に出てきそうな見た目になっている。

 世間的には、それを指して“コスプレ”と言うのだろうが……生憎と、俺にコスプレの趣味はない。そもそもこんな服は所持すらしていないだろう。


 それでも俺は今、自分がしている服装――あるいは装備と言うべきか――に覚えがあった。


 この場所へ来る前の最後の記憶。

 自室でプレイしていた、とあるオンラインゲーム。


 ――『ソウル・オブ・カラーズ』。


 通称をSoCというこのゲームは、いわゆるMMORPG――多人数同時参加型オンラインゲームだ。その奥深いゲーム性、特に自由度の高い――高すぎるとさえ言えるような――キャラクター成長の幅を最大の特徴としている。さらに広大かつ詳細な世界観と美麗なグラフィックも相まって、瞬く間に年齢性別を問わない人気を獲得した、と言われている。


 そう――、

 今の俺の姿は、このゲームで俺が育てたキャラクターと、ほとんど同じだったというわけだ。俺はそれに気づいていた。

 無論、自分が着ている以上その全体を見ることはできないが、それでもはっきりとわかった。

 これは、ゲームの中の自分の姿だ。


 そして、それに気がついたことで、連鎖的にもうひとつ別の事実にも俺は思い至っている。

 先程のカマキリ型モンスターにも、俺は見覚えがあった、ということにだ。

 SoCは画質のリアルさも売りのひとつであるが、それでもゲームと現実には差異がある。さすがに実写そのものとまでは言えない。それゆえに見落としていたのが……。

 先程のカマキリ。

 アレとよく似た雑魚モンスターが、SoCにも存在していた。


 考える度に冷静さが増し、俺は連鎖的に様々なコことを悟っていった。

 まずは周囲の草原。SoCにも、確かにそのまま、《草原》というフィールドが存在する。

 そしてより重要に思えたのは、全力疾走を続けても自分が疲れない理由だった。

 考えてみれば、体力だけでなく、速度自体も普段の自分より幾分上がっている気がした。まるで自分の身体ではないようだ。肉体が思い通りに動く――その言葉の意味を、俺は生まれて初めて知った気分だった。


 ――そして。

 決定的だったのは、ステータスの閲覧ができたことだ。

 よくよく意識を凝らしてみると、頭の中に、自分のステータスやHPゲージが見えてきたのだ。

 実際に視界に映る訳ではない。それで『見える』とは妙な表現だが、それでも俺には、他に表現のしようがない。

 とにかく『見える』。


   Name :アイリ

   Level:100

   Color:灰【Gray】


 とか。そんな情報を、脳裏で閲覧することができた。

 それで、思う。

 恐らく今の自分の体には、ゲームのステータスが反映されているのではないか、と。それで身体能力が上昇しているのだと。

 俺はそう、確信するに至った。


 ゲームの中での自分アイリなら、あのモンスターに勝てるはずだ。あのカマキリ型モンスターのレベルは、記憶の中では高くても30ちょっとだったはず。自分の――自分がゲームで育てたキャラクターのレベルならば、ステータス的にまず間違いなく負けない。

 そう思って振り返り、カマキリの姿を見てみれば、頭の中に敵のHPやレベルが見えてきた。

 それが、最後の後押しだった。


 倒せる。

 そう確信した。

 ……気づけば俺は、何かに突き動かされるようにナイフを抜いていた。

 この程度の当て推量に、自分の命まで懸けるなんてあり得ない。普段の自分ならそう思っただろう。

 けれど、このときの俺にそんな考えはなかった。ただただ確信していた。

 俺はこのカマキリを倒せると。

 なぜかそう、信じきってしまっていた。

「俺って、そんなに好戦的だったかなあ……」

 わからないが、まあ、実際勝ったのだから良しとしよう。……うん。

 それよりも今考えるべきは、


「俺、これからどうしようかなあ……」


 と、いうコトなのだから。

※用語集※


○the Soul of Colors【ゲームタイトル】

 色、という概念を主軸に添えた人気MMORPG。略称はSoC。

 和・洋・中ないまぜにしたような世界観は賛否両論だが、その節操のなさが実現した美麗なグラフィックや街の外観が、若年層や女性客に意外と受けた、とか何とか。


○スラッシュマンティス【モンスター】

 カマキリを模した巨大な虫系モンスター。レベルは30~50ほど。

 両手のカマは金属であり、プレイヤーの武器とも切り結べるほどの硬度を持つ。また巨体の割に素早く、また背中の翅を使って短時間の飛行も可能。

 入手できる素材は《鉄のカマ》、《虫の翅》など。

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