2-2 御者台にて
「何で俺がこんなことやんなきゃいけないんだよ……」
御者台の青年は、深いため息をつきながらも手綱を放すことなくつぶやいた。
「なによトーマ。こんな美女美少女と旅が出来るのに、何が不満だって言うのよ」
つぶやきに反応したのは、荷台の屋根に寝転んでいたシーラだ。軽い掛け声と共に、上半身だけ御者台にのりだすと、「この幸せ者」とからかう。
からかうついでに頭をなでたりしないのは、知り合いだからといえどもトーマの《御者》としての仕事を邪魔するわけにはいかないと心得ているからだ。
「シーラさ~ん。俺、彼女いるんですけど?次の休みにデートだったんですけど~。彼女の誕生日が近いから、祝ってあげる約束だったんですけど~」
恨みがましい声を上げるトーマに、顔を引きつらせながら「ごめん。こめん」と声をかけると、珍しく。本当に珍しく、アリスが会話に加わってきた。
ちなみにアリスは御者台の端に腰掛けている。
「……レーミがつれて来いって言ってた」
「げっ!姉さんが?うわぁ、本気で引き返してぇ」
トーマの姉であるレーミは、冒険者相手に売買を行う商店の買取部署に勤めているのだが、普段は貴族のお嬢様かと思うぐらいおしとやかなので、人当たりがよく、人気も高い。しかし怒らせると、冒険者でも腰が引けるくらいに怖いのだ。
トーマは姉同様に実家の家業(魔術書専門の古書屋)を継がず、いろんなところに行ってみたいという思いもあって、馬車屋になったのだが、自立心が強く、仕事の拠点を実家のある王都ではなく、それなりに離れたプレセアセにしたのだ。
レーミの「たまには顔を見せに来なさい」という言葉を始めのうちは守っていたのだが、最後に実家に戻ったのは1年は前のことだ。相当腹を立てているのは想像に難くない。
「1年近く帰ってないんでしょ?レーミも過保護だからねぇ。あきらめて怒られなさいよ」
「あ~。マジでどうしよ」
「……自業自得」
アリスの言葉にトーマは「だよなぁ」と肩を落とす。
あまりの落ち込みっぷりに、シーラは困ったように頭をかくと、話題を変えることにした。
「それにしてもトーマ。いつの間に彼女なんて出来たのよ?誰?誰?教えなさいよ」
「またこんどなぁ。にしてもアリス。毎度のことながら多すぎるぞ。今日立ち寄る村で馬かえないともたねぇよ」
トーマはあからさまに話題を変えて、荷台をあごで指す。
「……悪いとは思ってる」
「いつも思ってるだけだろう。行動に移せっての」
「はははっ。トーマも言うねぇ。アリスもさ、そろそろちゃんとしないと」
「……ん」
ったく。と呟いたトーマは、遠くに見えてきた村に馬車を進めた。
「このダメっぷりで俺より年上ってんだからなぁ」
愚痴とともに肩を落としながら