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1-5 圧倒的実力差

 第4迷宮都市プルセアセが管理するダンジョンの6階層【密林】


 この階層には一つの異名がある。



 《ルーキー殺し》



 この街で冒険者になった《新人冒険者》は5階層【荒野】を切り抜けることで《ルーキー》と称されるようになる。


 5階層【荒野】は、4階層から降りてくる階段から一番遠いところに6階層に降りる階段があり、それ以外はただひたすらに広い階層となっているのだが、見渡す限りにモンスターがあふれている。ここを力で押し通るもよし、隠れて切り抜けるもよし、とにかくこの階層を抜けるにはそれなりの実力が必要となるのだ。


 その5階層を切り抜けたという実績と自信を持って《新人》は《ルーキー》になってゆく。


 その《ルーキー》達を、無惨ににも刈り取ってゆくのが6階層【密林】である。


 この階層が《ルーキー殺し》と呼ばれるには訳がある。


 《捕食者》と呼ばれるモンスター。ソードタイガーがいるのだ。


 ソードタイガーの性格は獰猛にして残忍。虎であるにもかかわらず、数匹で狩を行う。それに何より、ソードタイガーが《捕食者》と呼ばれるのは、その毛皮にある。ホワイトタイガーを彷彿させる銀色の毛皮は、斬撃のほとんどを通さず、素手でなでるだけで皮膚を切る。冒険者の多くが剣を持つ第4迷宮都市では、ソードタイガーはまさに脅威なのだ。


 それに何より、ソードタイガーにとって人間は餌なのだ。



 5階層まではモンスターにとって、人間は敵であり、冒険者にとってモンスターは狩るべき相手だ。


 しかし6階層からは冒険者とモンスターは互いに狩るべき相手となるのだ。


 そのことに早く気がつかないと、《ルーキー》達はモンスターに《捕食》されるのだ。




 第4迷宮都市プレセアセに拠点を置く冒険者旅団《狼の塒》は、ダンジョン探索だけではなく、都市間での移動時の護衛や町村におけるモンスター撃退など、幅広く《冒険者》をしている。


 そんな彼らの新人育成は拠点プレセアセのダンジョンで行われる。


 新人全員と、団長を中心とした6人パーティで10階層【氷結墓所】まで一度もぐり、ダンジョン探索のイロハや、ダンジョン内の独特の空気を教えていく。その後、新人だけで再度10階層までもぐることで、新人育成は終了する。


 今彼らのところに2人の新人が入っていた。


 剣士アレク。14という若さだが、団長自らが見出した才能はとどまることを知らず、団長自ら行った訓練をわずか3ヶ月で終え、今度のダンジョン育成に入ることとなった。


 回復士ミーティス。18で修道女から冒険者に転身。1年間冒険者のイロハを学び、さらに1年間かけて後衛のイロハを学び、20になった今年ついにダンジョン育成に入ることとなった。


 通例通り、団長ゴゴットの率いる6人パーティと、新人の2人は、6階層【密林】に足を踏み入れていた。


 のだが・・・。



 ゴッ ゴッ グチャ ゴチャッ ゴキャッ グチュッ グチュッ グチュッ



 「団長。アレ、なんですか・・・」


 グチュッ グチュッ グチュッ グチュッ グチュッ グチュッ


 アレクは周囲を警戒するために剣の柄に伸ばしていた手を、力なく下ろした。


 グチュッ グチュッ グチュッ グチュッ グチュッ グチュッ


 「いや、うん。あれは・・・な。例外というか、想定外というか」


 グチュッ グチュッ グチュッ グチュッ グチュッ グチュッ


 ゴゴットは頭を抱えるようにして、深いため息をついた。


 グチュッ グチュッ グチュッ ニチャッ ニチャッ ニチャ


 《狼の塒》パーティの視線の先には、円形に焼かれた広場と、その広場ときれいに覆うようにドーム型の結界が張られている。


 ニチャ ニチャ ニチャ ニチャ ニチャ ニチャ ニチャ 


 その結界の中で、魔術師の格好をした、少女の、冒険者が、無表情で、ソオードタイガーを、杖で、絶え間なく、殴打しているのだ。


 結界の端ぎりぎりでは、同じ群れだっただろうソードタイガーがおびえるように巨体を丸め、猫のように「キューン。キューン」と鳴いている。


 「あれ?ゴゴットじゃない。珍しいところで会うじゃない」


 肉をたたく音を、無理やり頭から締め出して、声のしたほうに顔を向ける。


 警戒するように身構える新人に、問題ないと、手で合図しながら、声の主に返事を返す。


 「シーラか。むしろお前達がこんな浅い階層でのんびりしていることのほうが珍しいだろ」


 焚き火をはさんでシーラの向かいに座る。近くにキャンプを張る旨をシーラに了承を取ると、パーティメンバーに指示を出す。


 「アレク。ミーティス。こっちにきな」


 新人2人を焚き火の周りに座らせると、シーラに紹介する。


 「ウチの期待の新人どもだ。気が向いたらよろしくしてやってくれ」


 その言葉でゴゴットは紹介を終えた。


 シーラは2人をジっと見ると、ふにゃっと表情を緩め、「よろしくね~」と、軽く声をかけた。


 「で、だ。ありゃどういう状況なんだ?」


 ゴゴットが視線を結界に向けると、1匹目に止めを刺しきったのか、素振りをしながら2匹目を求めて、怯えるソードタイガーに歩み寄るアリスの姿があった。


 「いやね。5階層がさ、久々に大量湧きにあたったんだけど、じゃんけんであたしが勝ってね。1人で全部やっちゃったから拗ねちゃって」


 こまった。こまった。と、乾いた笑いをするシーラに、ゴゴットは呆れを、新人の2人は畏怖を抱いた。


 5階層を一人で抜ける難しさも、ソードタイガーが拗ねたからといって狩れるような相手ではないことも理解できたからだ。


 「あー。あれだ。2人とも、そんな気落ちすんなよ。お前らとソードタイガーの実力に差があるように、ソードタイガーとこいつらにも実力に差があるだけだ。ただその実力差に圧倒的開きがあるってだけだ」


 ゴゴットは2人の頭にポンと手を置く。


 「今は圧倒的実力差があってもな、それが悔しいなら、ダンジョンにもぐり続ければいい。そうすれば、その差は少しずつだろうが詰まっていくもんだ」


 「いや~。ホント悪いわね。まさかそっちの育成にぶつかるなんて思わなくってさ」


 「かまわんさ。《捕食者》の怖さを教えるのはほかでもできるが、お前らみたいな《高み》の実力を肌で感じる機会は、新人だとまず無いからな。逆にこっちが礼を言いたいくらいさ」


 「にしても、なんか申し訳ないからね。これをあげるよ。あたしのお古なんだけどさ、新人には充分だよ」


 シーラが袋から出したのは赤い宝石のついたネックレスが二つだ。


 「火精霊の加護のついたものだよ」


 「いいのか?結構するだろ?」


 二人が受け取ったネックレスを見ながら、ゴゴットはシーラに視線を送る。


 「いいの。いいの。炎精霊の加護のついたのをいくつか手に入れたからね。その火精霊の加護は、火傷とかに強くなるのと、攻撃に少しだけ火属性がつくよ。うまく使いなよ」


 シーラが激励の言葉をかけると同時に、アリスが血に濡れた杖をローブで拭きながら戻ってきた。


 「あら?もう終わったの。意外と早かったじゃない」


 「ん。衝撃だけをうまく伝える殴り方。わかった」


 アリスは杖を振るう。


 「そういや、この2人。ゴゴットのところの新人。片隅にでも覚えといて」


 「ん。・・・シーラ。御飯の材料」


 アリスはそういうと、焚き火の横に座り、杖を拭く作業に集中し始めた。


 「ゴゴットたちも食べちゃって。毛皮とかはあたし達がもらうけど、食べる分には勝手しちゃって~」


 新人の2人は、肉を捌きに向かうシーラを見送ると、目の前に座るアリスに目をやる。


 無表情で血のついた杖を拭くアリスに、新人は微妙に怯えていた。





 後日、街でアリスを見かけた2人は、反射的に逃げるようになってしまったのは、余談である。

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