0-1 高濃度魔力保有体質
大陸に住まう数多くの人々。その中で魔力を持つものは10人に1人といわれている。
魔力を持たないものは魔術職につくことはできない。これは、大陸のどの都市に行っても見受けられる、人々の不文律。絶対則だ。
しかし、魔力を持つものは総じて魔術職に就けられる。という逆説は、絶対ではない。
魔力を持ちながら、それゆえに闇へと葬られてゆく者たちがいる。
高濃度魔力保有体質者
普通の魔力もちの人と変わらない範囲での魔力量を持ちながら、その魔力の濃さが決定的に普通と違う。
普通であれば10の魔力が必要な魔術も、1あればおつりが来る。
普通であれば1の魔力で行使される《灯り》の魔術も、彼らが1の魔力で行使すれば、夜が昼へと変わるほどの光度を出す。
魔術という技術さえ、一般の人には脅威となりえるのに、その威力が桁違いともなれば、そこにあるのは恐怖でしかない。それゆえに人々は高濃度魔力保有体質者を、生後まもなく殺してしまうのである。
彼らはある一定の基準で見分けることができる。髪の色だ。
保有するする魔力の濃度が高ければ高いほど、髪の色は濃く、奇色を見せるようになる。
奇色を持って生まれた子は、その瞬間から親に恐れられ、一刻も早い死を望まれる。
絶対的強者への恐怖は、人々を凶行に走らせる。それを凶行だとは気づかせずに。
ある少女の話をしよう。
王都の片隅のちいさなパン屋。若い夫婦が営むその店は、小さいながらも町の人たちに愛されて、幸せに暮らしていた。
その若夫婦に待望の子供が生まれた。普通の子よりも体重の軽い子ではあったが、元気な子で、母親と同じきれいな水色の髪をしていた。
生後半年になろうかという頃、悲劇は起こる。
王都大迷宮逆侵攻だ。
王都直轄の迷宮からモンスターが外にあふれ、王都中が混乱の渦に巻き込まれた。
少なくない犠牲者が出たものの、冒険者たちによってモンスターは迷宮に追い返され、傷痕と共に街に日常が戻ってきた。
パン屋の若夫婦は、少なくない犠牲者の中に含まれていた。
死体の見つからない二人の子は、誰も口にはしないが、モンスターに食べられたのだろうとみなが思っていた。
その赤子は、幸か不幸か迷宮の中にいた。
高濃度の魔力に満ちた部屋。本来ならば、傷ついたモンスターが傷を癒すための回復部屋。弱った体を癒してゆくこの部屋は、食事を取ることもできず、弱りゆく赤子を強制的に生かした。それも魔力だけで。食事の与えられない赤子は成長もひたすらに遅く、常に部屋にあふれる魔力だけで生きてるがゆえに、魔力への親和性が際限なく高くなっていった。
年月が過ぎ、歩き回れるようになった赤子は、初めてその部屋を出た。暗い迷宮を一人歩き回った。長い間高濃度の魔力の中で育った赤子は、その階層のモンスターが恐れをなして近寄らないほどの魔力量と、魔力濃度を持つにいたっていた。
敵となるものがいない迷宮を、言葉を解さない子供が一人歩き回る。
幾日と歩き回ったとき、幸運は訪れた。
一人の女冒険者が、赤子を見つけ、保護したのだ。
その女冒険者は、赤子が高い魔力量と、高濃度の魔力を持ち合わせていることがわかっていながらも、大切に大切に育てた。
食事を取るようになり、体の成長も進むようになり、言葉も覚え、赤子は少女になり、冒険者となった。
名前もなかった少女は、女冒険者から名前をもらった。
その名前は、逆侵攻のときに、女冒険者が拠点を置くエリアで犠牲になった、ある若夫婦の家名とのことだ。その夫婦は、街の誰からも愛され、親しまれていたという話から、女冒険者は少女も同じように愛され、親しまれるようにその名をつけたのだ。
アリス と。
改めてその話を、育ての親である女冒険者から聞いたアリスは、歴史書を気まぐれに近い気分でめくっていた。
最後の逆侵攻は今から大体40年も昔の話。
そんな昔の出来事を名前にしなくてもいいんじゃないか。そう思いつつも、響きが気に入っているからいいか。と思い、アリスは歴史書を閉じた。
後天性高濃度魔力保有体質者 アリスは、自身がそうだと知ることなく、その日もまた本をめくっていた。