1-3 猪系お嬢様魔剣士 砂糖風味
シーラという冒険者がいる。
燃えるような緋色の髪をショートカットにして、髪と同じ緋色の瞳は釣り目がち。胸はそこまで大きくないが、冒険で鍛え抜かれた身体は見事なバランスで男を魅了する。
片手剣を愛用し、投げナイフも使う。鎧は基本的に動きやすさ重視の軽鎧を使用し、腰のベルトには魔術触媒も下げている。
愛剣は銀剣:まおー。魔王ではなく、まおー。製作者の感性を疑うような名前だが、魔力の通りがよく、属性付与を使うシーラにはありがたい一品だ。
冒険者の中でもトップクラスの実力を持つ女傑の一人だ。
シーラという少女がいた。
湖に反射した夕日のような緋色の髪は腰までのび、地平線から覗く朝陽のような緋色の瞳は好奇心に染まり、猫のようにらんらんと輝く。控えめながらもバランスの取れた身体は、将来男を魅了するであろう兆しを感じさせる。
常に老執事を傍らに置き、興味の引いたことは即座にたずねていた。空の蒼をしたドレスを好み、若葉のような若々しい緑のアクセサリーを常に身につけていた。
活発すぎるところもあったが、ころころと変わる表情はどれも印象的で、周りの全てを虜にした。
王都の大貴族リアスクロフト家の今は亡き第二令嬢だ。
寝覚めの悪さにシーラは宿屋のベッドの上で憂鬱気にため息を吐いた。
上はタンクトップ一枚、下は下着のみでベッドの上であぐら。男が見たら一瞬で獣になるような格好でポツリともらす。
「ばかばかし・・・」
5日前にアリスの家賃強行稼ぎから戻ってから今日まで酒も飲まず、ただぶらぶらと過ごしていた。幸いにしてアリスも家賃を無事払い、宿にこもって読書中だ。後数日は迷宮には入らないだろう。
今日も今日とて屋台で買った串焼きを片手に露店を冷やかす。王都とは異なり、ここ第4迷宮都市プルセアセは露店や屋台がいたるところに目に付く。そのどれもが魅力的で、興味をそそられる。
最後の一口を口に放り込み、串の根元の店舗マークを記憶する。
(あたりだね。今度アリスを連れて行こう)
屋台の食器類にはそれぞれの店舗のマークが刻んであり、街の各所にある回収箱に食べ終わった食器を入れると、清掃業者が回収、洗浄して店舗ごとに食器をまとめて返しにきてくれるらしい。
視界に入った回収箱に串をいれ、甘味通りに足を向ける。
店舗から露店まで、フルーツに菓子、ジュースといった甘い物が全て集まった通りだ。
シーラの趣味は屋台の食べ歩きと、甘味摂取だ。生まれつきの体質なのか、いくら食べても太らないのをいいことに、時間があるとひたすらに屋台を回り甘味物を食べる。大体どれも1つあたり10銅貨から高くても150銅貨のものを一度に50銀貨くらいは普通に食べるのだ。
知り合いの女冒険者達にはよく睨まれるが、自分の特権だとばかりに見せびらかすのはわすれない。
ふと、ある焼き菓子屋台に目が留まる。
2人の女の子が最後の一個のお菓子を前ににらみ合っている。どちらが買うか、ということだろう。
(私達もあんなだったっけ)
自然とほころぶ口元を指でかきながら少女達に近づく。
「どうしたのお嬢ちゃん達」
しゃがんで視線を合わせて二人の顔を交互に見る。
「私が先に買うって言ったの」
「私が先だもん」
予想道理の言葉に笑いをこらえながら店員に視線を向ける。店員のおばちゃんは苦笑しながら首を振る。ホントに後ひとつしかないらしい。
ム~ と唸りながら睨み合う二人に苦笑しつつ、焼き菓子の値段を見る。30銅貨。少女達の小遣いだと決して安いとはいえない。
シーアは店員に30銅貨を渡すと、少しだけ割って口に放り込む。
「「あ~~~~~~~っ」」
少女達が同時に声をあげた。横取りされるとは思わなかったらしい。
「ん。おいし。さて、まだほとんど残ってるこれを半分にして、はい」
それぞれに持たせると、少女達の頭に手を置いた。
「二人で仲良く半分こ。お菓子は楽しく食べなくちゃ。ね?」
そして、少女達にそれぞれ30銅貨ずつわたす。
「これは横取りしちゃったお詫び。これで二人仲良くお菓子を買うこと」
渡されたお菓子と銅貨を見つめていた二人が、顔いっぱいの笑顔になる。
「「おねーさん。ありがとー」」
「ん。半分こしたら友達だから、二人仲良くね」
「「は~~い」」
さっきまで睨み合っていたのが嘘みたいに、手をつないでかけていく。途中、振り返って
「おねーさんも友達だよー」
「また一緒の食べよーねー」
笑顔の二人に手を振る。
「いつかの自分見たいかい?」
店員のおばちゃんがニヤニヤと笑っている。
「ほんとそっくり。まぁ、去り際はあんなに可愛くなかったけど、私達は」
屋台に寄りかかりながら、タハハと笑う。昔を懐かしみ、恥らう笑いだ。
「にしても、おばちゃん。こっち来てたんだ。王都は?」
「最近、ちょっとね。孤児の泥棒が増えてね。あたし以外にも結構こっちに流れてきてるよ」
「そんなに?警備隊は?」
シーラの問いにおばちゃんは首を振った。
「何でも迷宮でひと悶着あったらしくてね。そっちにかかりきりさ」
「そっか・・・。ありがと。今度アリス連れてまた来るよ」
まってるよ。という声に手を振り、宿に向かう。
予定変更。迷宮に潜る必要がある。
早足で宿に向かいながらも、途中で菓子を買うのは忘れることはなかった。
「面倒にならないといいけど」