2-4 特別講師にて
学園の訓練場にアリスとシーラ。それに30人ほどの受講生がいた。
「はいは~い。それじゃあ授業始めるわよ~」
手を叩きながら生徒たちの視線を集めシーラが宣言する。アリスは何も言わずにただ立っているだけである。
「と、いうわけで今回は魔法クラスと回復クラスの合同になります」
「質問です!特別講師と言う話ですが、魔法はともかく回復は使えるんですか?見るからに剣士ですけど」
魔法クラスの少年が手を挙げて質問をしてくる。魔法職には見えず、剣を下げていることからして明らかに剣士。戦闘系のシーラを見れば当然といえば当然の質問である。その質問に触発されてか、「だよな」「もしかしていつもの先生がいないから適当に呼んできたんじゃね」「子連れだし」「ホントに大丈夫なの?」と、ひそひそと話し声が響く。
「うん。あれだ。私、なめられてるよね?これケンカ売られてるよね」
「いえ。僕達はただ、講師が務まるのかと疑問に思っただけですよ」
答えたのは回復クラスの少年。数人の取り巻きと共にシーラを見下した視線で見ている。駆け出しや中堅にもよくいる、自分の力に自信があるタイプだ。
「はぁ。まあいいわ。私は付き添いでいるだけだし。講師はこっちのアリスよ」
バトンタッチとアリスを前に出して、あらかじめ持ってきていたいす代わりの木箱に腰を下ろした。
「っは。それこそホントに勤まるのかよ」
先ほどの少年が再び声を上げる。声と表情から明らかに馬鹿にしているのがわかる。シーラは深くため息をつくと、全員に聞こえるように言った。
「あんた達のレベルだと、一番力ある奴で、ギルドの最大攻撃測定値300がいいとこでしょ?私が魔法剣使って4000。純粋物理で2500ってところ。アリスは魔法でブースとしていくつだっけ」
「4800」
「純粋物理で?」
「3200」
生徒達が一気に静まる。
「と、まぁ。こんななりしててこの子かなり強いわよ」
「ま、魔法はどうなんだよ。回復とか使えるのかよ」
攻撃力をたとえに出したからか、アリスを戦闘職だと思ったらしい。それ以上に、見た目に劣るアリスに負けているのを認めたくないようだ。
「・・・・・・中級までで使えない魔法はない」
再び生徒達の言葉が消える。そんな中、回復クラスの少女がおずおずと手を挙げた。
「そ、それって回復も・・・ですか?」
「・・・全部」
アリスの呟きに生徒達が「え?」とこぼす。
「攻撃、回復、補助、探査。魔法とつくものは中級までであれば全て使える」
生徒達にざわめきが起こる。見た目に反して予想以上の実力だと理解したらしい。
「というかね、私は戦闘と魔法。アリスは魔法と回復に関しては何度か講師してるし、それだけの実力があるのよ。探査に関しては二人そろって感覚で対処してるから教えようがないだけなのよね」
ついに生徒達に沈黙が降りる。
「それよりも授業始める」
アリスの言葉に生徒達は話を聞く体勢になる。とりあえずは認められたらしい。と言うよりも恐れを抱いたと言うほうがいいのかもしれない。
「・・・話すのが面倒だから、さくさくいく。魔法についてはやらない。今日はモンスターについて」
「あの・・・。モンスターについては基礎のときにやったんですけど」
一番最初に手を挙げた魔法クラスの少年が声をあげる。
ドゴッ
アリスが殴打用の杖で地面を”思いっきり”叩いた。
その揺れで生徒達は座り込んでしまう。
「・・・黙れ。・・・何においても魔法を使うと言う行為において一番の脅威は敵の接近。近づかれたらいろいろと面倒になる。例を挙げて説明する。この中で一番足が速い自信があるのダレ?」
強制的に黙らせて、アリスは珍しく長くしゃべる。
「はい!自分足には自信あります」
ひょろっと背の高い少年が手を上げ、主張する。
「5メルテ全力で走ってみて」
「はいっす」
アリスの注文に少年は皆から離れると「いきます」と駆けた。自薦するだけあって、確かに早い。
「ん。協力感謝。ここに立ってて。まだやってもらう。今のが通常のゴブリンの最大速度と同じくらい。全員たって。2列に整列。真ん中に走るスペース作って。今度はあの間を全力疾走」
クラス全員で構成された疾走コースを再び少年が駆ける。
「はえぇ」「こんなに・・・」といった声が上がる。
「もどって。理解してもらえたと思う。敵は平均してこのくらいのスピードで接近してくる。速い奴はもっと速い。そんな中で魔法を発動させなきゃいけない。初めの頃はパーティ組んでたら問題なく守ってもらえる。けどいつか必ず守りが追いつかなくなるときが来る。そのときはこんなスピードじゃない。もっと速い。だから動きながら魔法が使えるように練習することを進める」
普段からはまったく想像つかないくらいアリスがしゃべる。
「次にいく。そこの一番おっきな子。あと、そこのめがねの子。それから一番前の子。出てきて」
アリスに言われて出てきた三人が並ぶ。一番左に一番背の高くガタイのいい回復クラスの少年。真ん中に一番前にいた魔法クラスの少年。左にめがねをかけた魔法クラスの少女。順番に並ぶとまさに大中小である。アリスを入れると大中小ミニだろう。
「一番右。この高さがゴブリンと大体同じ。真ん中。スケルトンやリザードマンがこれくらい。左。オークは最低でもこれくらい。みんな勘違いしがちだから言っておく。今挙げたモンスターの中でオークが一番速い。そして一番怖い。さっき以上のスピードで迫ってきて横に回避できない。そこから筋力に物を言わせた打撃がくる。心構えがないと魔法を完成できずに逃げる破目になる。シーラは半泣きで逃げ出した」
「ちょっと!!そんなこと言わなくていいでしょ。あんたなんか私の外套に掴まって風に揺れてたじゃない」
「ということになる。アレはホントに怖かった。オークの最速出現エリアは王都だと4階層。意外と早く来る」
アリスとシーラの失敗談。中堅以上の冒険者が相手であれば単なる笑い話だが、冒険者未満の生徒達は一様に表情がこわばっている。
「すすめる。詠唱に関してはどこまで習った」
いきなり質問を投げかけられためがねの少女は、若干あわてながらも「一通りは」と答えた。
「ん。あと、戻っていい」
アリスは前に立たせていた3人が座るのを待ってから再びしゃべり始めた。
「短縮と破棄について習っているなら話が短くてすむ。必ずひとつは詠唱破棄を覚えること」
アリスが言葉を切ったタイミングで、先ほど前に立った魔法クラスの少年が手を上げた。
「よろしいでしょうか?」
「ん。なに」
「僕達、詠唱の授業で、詠唱破棄については覚える必要はないって教わったんですけど・・・」
恐る恐る話す少年の言葉のないように、アリスは深くため息をついた。
「情報感謝。後で学長にその教師の名前を報告しておいて。必ず」
アリスの言葉に、生徒全員がいっせいに頷く。それだけ威圧感のある声を出していた。
「再開する。詠唱破棄がなぜ必要か。魔法を発動した。前衛が攻撃に移った。背後から、もしくは前衛の隙間を抜けてきた敵が奇襲。それから詠唱してたら死ぬ」
アリスの言葉に、生徒全員から「あっ」という声が上がる。
「後衛も武器は持っているけど、使い慣れるわけじゃない。魔法使いはどこまでいっても魔法使い。武器で攻撃するよりも魔法使ったほうがダメージは大きい。初歩の火球でもいい。詠唱破棄が出来ると、牽制になるから距離が取れる。そうすればこっちのもの」
「はいっ。詠唱破棄のコツってありますか?」
生徒からの質問にアリスはひとつ頷いた。
「陣発動について習ったと思う。詠唱の後すぐに習うはずだから。魔方陣は印した陣に魔力を流すことで発動する。言い換える。魔力が陣の形をとれば魔法は発動する」
「瞬間的に魔力を陣の形に収束すればいいんですか?けど、火球の陣でもそれなりに複雑で記憶できる自信がないです」
生徒の質問に「いい質問」とアリスは答えた。
「教本や初級魔法術書に載っている陣は、完全詠唱を陣に変換したもの。詠唱を短縮して魔法が発動するなら、短縮した詠唱を陣に変換したものが存在するのも道理。学園の書庫に専門書がある。見るといい。先に言っておくけど独占はやめておくこと。見れなかった人が死ぬ可能性があることを忘れたらいけない。以上で授業終了」
しゃべりきったアリスに、めがねの少女が手を上げて質問を投げかけた。
「最初に、中級までなら全部といいましたけど、上級以上ならどれだけ使えるんでしょうか?手の内を聞くようで心苦しいのですが・・・」
「・・・・・・攻撃は使えない魔法はない。回復は古代魔法は無理」
アリスの答えに生徒達は再び沈黙する。
「アリスは数人がかりでやるような儀式魔法も一人で出来るわよ。あと、詠唱破棄は全部の魔法が出来るし」
「陣記憶じゃない方法で破棄をやってる。そっちは秘匿技術だから教えない」
生徒達はアリスとの距離のわからないほどの実力差に声を失っていた。