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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

天使が堕ちる小夜、私が常世へ堕ちる時

作者: 古宮ふえ
掲載日:2026/03/25

この世界には、生まれた時にチップを埋められている。チップを埋められることによって、その人の脳内に『天使』が現れる。

一般的には、天使のままで死ぬ者が多い。

まれに堕天使となり、この世を去る者もいる。そういう者は大抵、──。


そこから先は、字が滲んでいて読めなかった。母が最期に書いた手紙。私へ書いた手紙。

脳内の天使をチップのせいだという母は、異端者だと、異常者だと言われていた。

そんな母も、殺されることなく寿命を迎えた。そして、残したのがこの手紙だった。書き終えたあと、水を零してしまったのか最後の文だけ読めなかった。


ちなみに、天使を天使か堕天使か調べるため、健康診断の時に専用の機械を使う。天使でも堕天使でもどちらも変わらないが、堕天使は犯罪者になる可能性が高いとされ、エアタグを取れないように埋められる。


日頃から、私と母は仲が悪かった。母のせいで、私は学校で虐められていたから。でも、口では嫌いだと言っていたけど心の隅では母のことを尊敬していたように思う。

今更ながら、母はそんな私のことをわかっていたのかもしれないと感じる。

だからこそ、母はあの手紙を置いていったのだろう。


母が死んだ日から、私は虐められることもなくなり、友達もできた。母の死に感謝している訳でもないが、やっと人間になれた気がした。父は母が研究を始めた途端、家を出ていった。風の噂で聞いた話によると、美人のお嬢さんと結婚したらしい。


今更、父のことなどに興味はないが、変に同情 している親戚たちから、そういう情報や養子にならないかなんて感じのふざけた提案が回ってくる。母が死んだのは、私が高校生のときで、バイトもしていたし、──敬遠されていたため給料はすずめの涙ほどだが──母の遺産もあったため、生活には困らなかった。それに、何がいちばん断る理由かと言うと、その提案をしてきたのが父だからである。「今は、お金もあるし可愛い嫁もいる。仕方ないが、あの忌々しい女の子供のお前を養子にしてやってもいい。召使い程度にはしてやる」なんて感じのふざけた手紙も回ってきた。たぶん、母の遺産目当てだろう。なにせ、母は名医だったのだから。


なぜ養子にならないのか、いつもそう聞かれる。勘違いしないで欲しいが、私は確かに母が嫌いだ。でも、犯罪者でもない愛する人を簡単に見捨て、最期まで支えられず、何も責任を持たない父の方が子供の頃から、余程嫌いだった。だから、私はいつまでも母だけの子供。一人、私を愛してくれた母だけが私の母親だ。いくら、今よりも裕福な暮らしができたとしても、実父のところに養子縁組を組むのは嫌だと思う。


当時高校生一年生だった私は、そこから勉学に励み、見事有名大学の医学部に入れた。

そこからは、留年もなしで大学を卒業。母と同じ病院に就職し、何年かの研修を経て立派な医者になった。私は、母と同じ産婦人科医だ。


妊婦さんにご飯を渡す時、私は母が言っていたことの意味を思い知った。妊婦さんにご飯を渡す時、先輩が本当に小さいがチップを入れて渡していたのだ。思わず、「それ、チップじゃないんですか?」と聞いたこともある。しかし、「これは薬だよ。新人だから知らないのかな?大学でやったと思うんだけど」と返されてしまった。確かに大学で教わったが、母の手紙を読んだからかチップにしか見えなかった。


私は、でも母のようにはなれなくて、同じ病院で働いていた私のことをあまり知らない人と結婚し、子供も産んで家族円満のまま生涯を終えよう。この夢は誰かにたくそうと思う。そういう無責任なところが父に似ていて、自己嫌悪も増す。が、私も歳で自由に何かをできない。許して欲しい。私でない誰かへ。母と私の夢を託します。


それを最後に、母の日記は終わった。


◇◇◇


天野維織、中学三年生。母は病気により急逝。父、天野圭との二人暮しだ。裕福ではないが、それなりに生活は出来ている。


私には秘密がある。それは普通、健康診断に行かないと分からない天使の様子が、夢に出てきて分かるということ。だから、私の夢は決まっていた。母とおばあちゃんと同じ、産婦人科医、ではなく母の言う薬を作る職業とになり、チップについて調べる。どうやら、生命薬師という名前の資格で、世界最難関らしい。なにせ、国際的な問題も知ることになるため、黙秘が絶対なのだとか。うん、怪しい。今は、生命薬師になるため日々勉学に励んでいる。


高校は受験しなくていいように、中学受験をした時に中高一貫校に進んだ。生命薬師になるためには、どうやら専用の大学に行く必要があるらしい。今はその大学に行くために赤本を解いているところだ。


明日の朝の用意を終えた私は、朝から仕事でいない父の夜ご飯を用意すると、寝る用意を済ませ、眠りについた。


【『 きゅるるん!!みんな大好き天使ちゃんだよ!!大丈夫、維織ちゃんの嫌な記憶も全部忘れさせれるから!!何かあってもすぐに私達が助けるからね!維織ちゃんには手を出させないから!!』


そう言うと天使ことオリちゃん──あまりに夢に出てくるため名前をつけた──はにっこりと微笑み羽を一枚灰色に染めた。】


そこで目が覚めた。今日も出てきた。今のところ、オリちゃんの羽で黒いところは半分もない。でも、もしそれが母たちの言う堕天使化なら、完全に堕天使になるとどうなるか分からない。早めにオリちゃんにやめるよう言いたいのに、夢の中では口が思うように動かない。

考え事をしながら、父が作ってくれたお弁当を手に取り、カバンに詰める。誰もいないのに「いってきます」と言うと、鍵を閉め学校へ向かった。


「維織、おはよー!!」


朝、教室に入り自分の席につくと、同じクラスの今井彩乃が声をかけてきた。私の友達だ。


「おはよ、彩乃」

「ねえねえ、昨日のニュース見たー?」


私が挨拶返すと、ここぞのばかりに前のめりになって私に寄ってくる。


「み、見てないよ?どうしたの」

「あのねー、急に女子大生が行方不明になったんだって!でね、怖いのがその子が最後にいた場所に、日記が落ちてたんだよ!!そこには、その子の闇が書いてあってね。──」


彩乃は一度話すときりがない。私は適当にあいずちを打ちながら、行方不明の女子大生の闇が書いてある日記が引っかかった。家出では無さそうだし、天使の堕天使化と関係あるかもしれないと思ったからだ。


それから、先生が来てホームルームが始まり、いつものように学校が終わると彩乃と共に家路に着いた。


「ただいま」というと、家の鍵を閉めいつも通り、晩御飯を作って食べると、明日の用意と寝る準備を済ませ、また眠りにつく。


またオリちゃんの夢を見て、学校に行って帰っての日々を繰り返す。


気づいたら、生命薬師になるための専門大学、生命大学を卒業していた。大学受験は筆記試験と面接があったが、どれも案外簡単だった。卒業の前に国際資格という生命薬師の為の資格試験を受けたが、結構難しかった。


「天野さん、今日から君が働く場所だよ」


今日は大学を卒業して初めてのチップ作りの日だ。ここまで、怪しい情報は何も言われていない。ちなみに、彩乃もどうやら生命薬師になったらしい、私と彩乃が同期として一緒に働くことになった。


「いいかな?ここからは、試験を受けてもらう。それに落ちればここまでのことは全部なかったことになる」


サラッと先輩から恐ろしいことを言われた気がする。試験に通れば、職場となる場所を少し見学してから、私たちは試験を受けた。

試験は面接だった。私はドアを開け席に座る。どうやら個人面接らしい。


「貴方は脳内の天使について、何を表していると思いますか?」


メガネをかけた仏頂ずらの男が口を開け、私に問う。


「第二の私、ですかね。堕天使化すると、犯罪者になる可能性があるのは、自分の心も堕ちてきているからなのかなと思っているんです。だから、自分の気持ちだけを表現したものなのかなと思います」


「ありがとうございます。では、佐原千佳を知っていますか?また、彼女の思想についてどう思いますか?」


言葉が詰まる。佐原千佳は、私母方の祖母の名前で、日記に出てくる手紙を書いた人物だ。薬をチップだという思想。おかしいと言われているが、私はチップを究明するために資格をとった。母たちの思想は否定できない。でも、ここで思想を肯定すれば、落とされて元も子もなくなるかもしれない。なら、


「佐原千佳は、知っています。思想については……黙秘、します」


場合によっては悪手だったかもしれない。でも、こうするしか出来なかった。


「わかりました。ありがとうございます」


仏頂面の男が言うと、横で座っていた細身の女の人が口を開いた。


「早速ですが、試験結果をお伝えしますね」


え? はや。こんなにスピーディーでいいのだろうか。そんな私を他所に女の人はニッコリ微笑む。


「合格です」


そして、その一言だけ言うと、「では、外にいる先輩方に仕事場を案内してもらってください」と言い、出口へ行くように促した。

私は促されるがまま出口へ向かう。

外に出ると、先程の先輩と彩乃が待っていた。


「おお、維織おつかれー!!試験合格おめ」

「彩乃こそ、おめでとう!!」


彩乃が開口一番そういうものだから、私もおめでとうと返す。


「じゃあ早速、案内するね」


先輩は、そう言うと私たちの作業するところに案内してくれた。移動中、私は彩乃に問いかける。


「ね、最後の質問。なんて答えた?」

「えーあれ、知ってるから知ってるって言ったのと、佐原千佳って維織のおばあちゃんでしょ?悪く言えないけど、賛成したら落とされそうだったから、黙秘しますって言ったよ」


彩乃は、私にだけ聴こえるような声で言った。なるほど、やっぱ最後の問いが決めてだったのかな。最初の問いは前戯だった可能性が高い。


「ここはね、──でここが、君たちが作業するところで──」


先輩が歩きながら、一個一個説明していく。そして、終わった頃にはもう夜で、今日は帰ることになった。先輩いわく、社宅があるらしいので、明日からはそこで過ごせばいいらしい。


【『きゅるるん!!みんな大好き天使ぃちゃんだよ!!維織の嫌なことぜーんぶ忘れさせるからね!!大丈夫、時が来たら私達が助けるから!!』


そう言うと、オリちゃんは、羽をまた一枚黒く染めた】


朝目が覚める。今日のオリちゃんは、天使の言い方がぎこちなかったし、羽も半分黒く染まってしまった。堕天使化が進んでいるのかもしれない。


私は、身支度を済ませると、父に別れを告げ職場へ向かった。


職場に着くと、先輩──御坂実桜と言うらしい──が待っていた。御坂先輩は私を社宅まで案内すると、「用意ができたら、戻ってきてね」と言い、社宅のエントランスで待っていてくれた。


社宅はとても大きかった。人部屋あたりが。白と黒を基調としたデザインで、とてもオシャレだった。私は、自室で荷物をあらかた整理すると、御坂先輩の元へ急いだ。


そこから、来た道をもどり、作業を始めた。は腹がチップだと持っていたものは、厳密にはチップであってチップではなかった。


オブラートの中に特別な技術で作られた、精神的人工知能が含まれるチップを粉にしたものを入れるのだ。それを溶けるくらいに薄く薄く広げると、チップのように見えるのだ。母たちはあながち間違ってはいなかった。私たちのノルマは、これを毎日五千個作ることだという。それで給与は月百万円。給与は高いが、ノルマはだんだんやっいると手や首が疲れるため、結構面倒くさい。だが、これで母たちの夢を叶えたのだと思うとスっとする。たぶん、この事実を知っている人達は口止めされていたのだろう。


スッとした気持ちで仕事をしながら、早数年。私もこの事実を隠しながら、仕事をしていた。そして、そんなある日。


【『きゅるるん!!みんな大好き天使ちゃんだよ!!維織!!もうちょっとで助けられるからね!!』


そう言うとオリちゃんは、一気に羽をほとんど真っ黒に染めた】


変だ。変だった。今日の夢はとても変だった。一気に染めるなんて、いったいどうしたのだろう。私はオリちゃんの事で頭を一杯一杯にさせながら仕事をする。


考え事をしながら、彩乃と御坂先輩とご飯を食べ、仕事をして、三人で社宅に帰る。そして、夢をみた。


【『きゅるるん!!みんな大好きダテンシちゃんだよ!!維織!今まで頑張ったね!!もう大丈夫!!オリちゃんが、助けるから』


オリちゃんはそう言うと、羽を全部真っ黒にして、輪っかにヒビもいれて、私の手を取り上へ上へと飛んで行った】


◇◇◇


朝、なかなか後輩、天野維織が来ないものだから、心配で彼女の部屋を見に行った。

ノックしても出なかったため、マスターキーでドアを開け中に入る。「維織ー。遅刻しちゃうよー」と声をかけてみたものの応答なし。私は、維織が眠っているであろう布団を捲り上げた。


「維織ー!!遅刻しちゃうって……ば?」


布団をめくりながらそういうが、やはり応答がなく、ふと視線を下に落とした。そこにはいつぞやの本が落ちていた。

あ、同類だ。と思った。


御坂実桜、三十一歳。今から九年ほど前の話。私は、夢の中に天使が出てくる人間だった。だから、健康診断にも行かなくてよかった。


が、ある日突然天使ちゃん──みーみー──の様子がおかしくなった。突然羽を一気に黒に染め、私の手を取り上へ上へと連れ出したのだ。行った先では、幼い頃の私が泣いていた。何度も何度も抱きしめ、背中をとんとん叩くとやっと泣きやみ、「お礼にどうぞ」と差し出してきた。中身をちらりと見ると、幼いじて懸命に文を書いていた。私は、それを受けとるとありがとうと言った。


みーみーは、私が受け取った日記を読むと「これはみーみーが、実桜のお部屋に置いておくね」とだけいい、憧れていた遊園地やプール、図書館で沢山遊ばせてくれて、美味しい手料理も振舞ってくれた。そんな日が続いていたある日。


「実桜。みーみーね、実桜のことずぅとみてたの!だから、大丈夫!!これからは、怖いことなんて無いよ!!やな事があったら、また連れ出せるから!!安心してね!!大好きだよ、実桜!」


みーみーは、そういうとなにか呟いてから私をこの世界に戻した。


どうやら、ここの世界では、あの数日でまる一年経っていたらしく、私は見つけられた途端大騒ぎされた。


父と母は捕まっていた。あの時の日記に、両親のネグレクト、父からの性暴力など色々書いていたらしい。あのセカイにいた『私』が書いたのだろうか。最初は辛かったものの、だんだんと慣れてきて、何も感じなくなっていたのだ。そして、その日夢でみーみーは言う。


「辛いことがあったらまた、記憶を──から!!みーみーが助けるからね!!」


と。


昔のことを思い出していると、彩乃が来た。


「もー、御坂先輩も維織も来ないから心配したんですよ!!遅刻しちゃったし……」


彩乃は、そう言うと私によってきた。


「ん?あれ?維織いないじゃん!?どこ行ったの?まさか先に行っちゃったりとか……」


彩乃は、維織の布団に目を落とすと、やけに驚いたような声音で言った。


「あー、違うの。維織は、天使のところにいってるだけ。彩乃もそのうち行く日が来ると思うよ」

「? 天使のところって行けるものなの?」


彩乃は、どうやら本当に何も知らないらしい。私は苦笑しながら説明する。


「んー。彩乃って、夢の中に天使出てくるでしょ?」

「え、なんで知ってるの?確かに出てくるけど…...」


驚くのも無理もないなと思いながら、説明を続ける。


「実はね、ここにいる人ね、みーんな夢で天使の様子を見れるの!面接官の人は、特別な機械を目に埋め込んでいる人事部の人なんだよね。だから、質問の全部はお遊びみたいなものだね」

「えぇ...…私の苦労……」

「ま、まあまあ」


彩乃がやけに凹むものだから、少々なだめる。


「そ、それで、夢で天使が出てくる人は、堕ちた天使とともに別のセカイ二行くんだよね」

「別のセカイ?」

「うん、天使たちが住んでる世界」

「そうなんだ!!」

「でね、今維織はそのセカイに行ってるだけ。一年くらいしたら帰ってくるよ」


私は彩乃に説明仕切ると、彩乃は口をぽかんと開けていた。


「い、一年…...」

「まあ、初めてだもんね。驚くか。さてと、我らが上司に説明しに行こうか」

「は、はい。ところで、御坂先輩はなんでそんなに詳しいんですか?」


私は、日記を片手にドアを開けると、歩きながら説明する。


「ああ、私九年前に行ったんだよね」

「へ?もしかして、行方不明になっていた女子大学生?」

「うん、そう」

「あ、え、ええ!うっそぉ」

「あ、あと健康診断行きなよ?エアタグつけてないと、堕天使化した天使に常世に連れていかれた時、めっちゃビビり散らかされるから」

「……あ、おわった」


彩乃の驚きようと凹みようにびっくりしながら、私が行方不明の女子大学生だったこと、この日記には黒い過去や闇が書かれていること、エアタグのことなどを説明しながら、上司の元へ向かった。


「おお、維織が行ったのか。御坂、例の日記は?」

「もちろんございます。雨宮部長」


雨宮世唯、私たちの上司であり、部長だ。

私は、日記を雨宮に差し出す。


「ふむ」


部長は、日記を読み始めた。


◇◇◇


「ちょ、ちょっとオリちゃんどこに行くの?」


急に、オリちゃんが私の手を引いてどこかに行くものだから、びっくりする。


「ごめんね、維織。維織は何が好き?」


私の問いに、オリちゃんはごめんねだけ言うと、好きなことを聞いてきた。


「ごめんねって、どこに行くのか聞いてるのに。まあいいや。えとね、私は......」


あれ、好き、好き、好き......あるばすなのに思いつかないのは、なんで?


「いいよ、維織。大丈夫、オリちゃんはね、なんでも知ってるから」


たった一言。ただそれだけの言葉で、全てが救われていくような感覚に陥った。


「う、うぁあ”ぁあぅ」気づいたら、そんな情けない声を上げながら、熱い涙が頬を伝っていた。


オリちゃんは、そんな私を地におろすと「今はいいよ、いいから」と、抱きしめて背中をとんとんしてくれた。


いくつだっただろう。しばらくの間、私は幼がえったように泣きじゃくっていた。


「オリちゃん、その、そこにおちてるの、なあに?」


いっぱい泣いていたせいか、私は幼い子供のような喋り方になっていた。


「あ、それね。大丈夫だよ、オリちゃんがもっとくから」


何と聞いたのに、その返答って。なんて言うことは思わなかった。脳みそが上手く回っていなくて、こくこくとただ頷くだけだった。


「っ維織」


ふと、どこかで私の名前を呼ぶ声が聞こえた。何かと思っていれば、私そのものが駆け寄ってきた。


「維織、大丈夫。好きな物は自分で決めたらいいの。したいこともやりたいことも、自分で決めたらいい。ループしたって維織の人生は、維織のものなんだから」


突然私のことを抱きしめたかと思えば、そんなことを呟き出した『私』。でも、不思議とその言葉は、すとんと私の心の中に落ちていく。


「ごめん、維織。返すね」


オリちゃんがそう言うと、何かが一気に私の中に流れてきた。


〃「維織は、香織が出来なかったチップの研究をしなさい。そのために、勉強をして生命大学に入るんだ。いいか、君は香織の意志をつぐんだ」


久しぶりの父の声。懐かしいなあ。


「やだ、やーだ。いおりは、おはなやさんではたらくの!!」


あー、あの頃はお花屋さんで働くのが夢だったなあ。ん? 夢? 私は、ずっと生命薬師になりたかったんじゃなかったのだろうか。

私が混乱しているのを他所に、映像は流れ続ける。


「うるさいっ!はむかうのか!誰の金で食ってると思ってるんだクソガキ!!」


父の怒号とともに、バシッと鈍い音が鳴った。

あ、あー。叩かれたんだ。

叩かれた私の頬は赤く染まっていた。


「うっっぅわぁぁん!いったいよぉ」


泣きじゃくる私に、父は「うるさい」「汚い」なんて言い、頬を叩いたりみぞおちを蹴ったりした。そして、暗示をかけるように復唱させる。


「天野維織が好きなことは勉強。将来の夢は、生命薬師。はい、復唱しなさい」


言わなければ、暴力を振るわれた。私はそれが怖くて、


「あまのいおりがすきなことは、べんきょう。しょうらいのゆめはせいめいやくし」


と復唱した。


「あまのいおりがすきなことは、べんきょう。しょうらいのゆめはせいめいやくし」

「あまのいおりがすきなことは、べんきょう。しょうらいのゆめはせいめいやくし」

──〃


映像を見ながら思う。知らない。私はこんな記憶ないもの。

でも、思えばオリちゃんが夢に出てくるようになったのもこの頃からかもしれない。


そんなことを考えていると、突然ぱっと映像が切れた。


「ごめんね、維織。思い出したくないよね。ねえ、維織。ところでさ知りたくない?佐原千佳が書いた手紙に書いてあった最後の文」


映像を切ったオリちゃんはそうやって私に問う。


「しりたい」


私がそう言うと、オリちゃんはどこから取り出したのか、一枚の紙にを読み始めた。


「この世界には、生まれた時にチップを埋められている。チップを埋められることによって、その人の脳内に『天使』が現れる。

一般的には、天使のままで死ぬ者が多い。

まれに堕天使となり、この世を去る者もいる。そういう者は大抵、天使がその者の夢の中に出てきて、その者の夢を喰らっている。つまり、そういう者は大抵、不幸な者であり、必ず一生に一度、行方不明になるものである。」


これは、日記に書いてあった手紙。最後まで書いてある手紙を、オリちゃんはなぜ持っているのだろう。


「ねえ、オリちゃんはなんでその手紙持ってるの?」

「気になる?ここは常世。君のおばあちゃんもお母さんもいるよ。今は会えないけど、君が現世を去る時、会えるよ。あ、でもでも、自殺とかしないでね?君のお母さんたちも悲しんじゃうから」


やろうと思ってたことを速攻でダメだと言われ、少々しょげてしまう。


「んもー、そんな顔しないで?大丈夫、どこにも行ったりしないから」

「うん、ありがとう。私、もう戻るよ。彩乃も御坂先輩も待ってるから」

「うん、分かった。言っちゃうのは寂しいけど、維織にも待ってくれてるような、いい友達がいて良かった。じゃあね、維織。大好きだよ」


オリちゃんが、そう言う同時に私の意識はプツンと切れた。


◇◇◇


「ん、んぅ」


朝、目が覚めると私の部屋にいた。

私はいつも通り仕事へ行く用意をすると、先輩たちが待っている場所に行った。


「御坂先輩、彩乃、おはよう!!」


二人を見つけ、小走りでそういうと二人は感極まったように言った。


「「おかえり、維織!!」」


戸惑っていると、彩乃が耳打ちする。


「あんた、一年眠ってたんだよ。あ、でも気にしなくていいよ、御坂先輩も、職場のみんなも経験済みだから」


う、嘘! あの一瞬で一年!? 怖。え、てか経験済み? ってなに!?


「さ、行こう。久しぶりの三人で出社だね」


でも、御坂先輩も彩乃も変わってない。私がいなかったであろう一年間も、遅刻ギリギリまでずっと待ってくれていたのだろう。


「先輩、彩乃、大好き!」

「ははっ!どうしたの?急に」

「本当にね!」


あったな。好きな物。私は勉強なんかより、人と彩乃や御坂先輩といる時の方が好きだ。


ちなみに、会社に向かいながら、彩乃達に御坂先輩が、九年──あ、いや。十年前か──の失踪した女子大生だと言うことや、ここにいる人はみんな夢で天使を見ることができるなど、衝撃の事実を教えられた。


あと、常世に落ちていた本は、あの映像で流れていたことやその他の虐待が、細かく書かれていたらしい。父は児童虐待で捕まりそうになったものの、消息をたち、指名手配中らしい。

オリちゃんたちが助けてくれたのかなと思う。みんなが笑って、オリちゃんがいて。幸せだなあ。


……こんな日々が、ずぅっと続きますように。


◇◇◇


「おぉ。よかった、維織も幸せを見つけられたみたい。……にしても、君たち親子、めっちゃ似てるね。本人も見分けついてないじゃん」


維織が去った後、彼女の亡き母親、天野香織に声を掛ける。


「ふふん。よく言われるの!あの子、良く成長してたわね。良かった。ねえ、これからもあの子をよろしくね」


香織は嬉しそうに微笑む。全く、本当にそっくりだ。


「これからも、二人で維織を守っていこうね!!」

「そうね。あっ、そうだ。圭ここに呼び出してちょうだい。一回しばく」

「もぉ、簡単に言わないでよ。まあいいよ。僕もしばこーっと」

「ふふっ。───」

「───だね」


会話しながら思う。ずっと望んでいた、維織の幸せ。僕の気持ちは最高に高ぶっていた。

天使で生まれてよかったなって思う。大好きな維織の記憶を喰らうのは、しんどかったけど。というか、今香織と考えてること一緒だな。


『維織が幸せでいられる日々がずっと続きますように』って考えているんだ。

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