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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

バクダンカボチャ

掲載日:2026/02/03

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふむふむ、野菜の定義は「食用に供し得る草本性の植物で、加工の程度の低いまま副食物として利用されるもの」ねえ。まあ、収穫してそのまま食べることができないこともない、植物系のものなら野菜、というわけか。

 確かにこれは果物と区別がしづらいよねえ。あちらもそのまま食べられる系で植物に生る実とかの話だし、国によって判断が異なるのもまた道理だろうな。

 動物の肉と比べると、危険度や摂取できる栄養も異なってくるもの。けれども、どちらか一方に偏った状態は身体のどこかしらに不調を招きやすい。人はいずれもバランスが大事で、繊細な生き物なのだと実感するな。

 しかし、そうなると食用に傾けない植物類は、野菜といいづらいのだろうか。そうなると世の中、野菜に見せかけて野菜とはいえないものが結構多かったりするのかもしれないな……。

 ああ、ちょっと昔のことを思い出してね。かつてうちの学校にあった、特異な野菜? に関する話さ。

 興味があったら聞いてみないか?


 入学したてのとき、下駄箱の裏手にある緊急用の電話の横でそれを見た。

 だいだい色をした、でっかいかぼちゃだった。当時、身体が小さかったこともあって、自分くらいの子供ならベッド代わりに寝転ぶことができそうなほどだったよ。

 現代でこそスマホの流行により、設置する電話の数は減ろうとも、消滅することはないだろう。便利なものはみんなが使うから、タイミングが集中すれば事故や混雑を起こす。その点、自動車などと変わりない。

 そのため、非常時にも安定して使うための回線が設置型の電話に使われていることが多いと聞く。その横にでんと置かれているものだから、初見ではめちゃくちゃびっくりした。

 おそらく他のみんなも似たり寄ったりな感想だったと思う。何人かは私のように目を丸くしていたからね。意外だったんだろう。

 しかし、クラスのみんなはそろいもそろって奥ゆかしく、先生に表立って尋ねてみる人は現れずにいたよ。


 私はどうにも気になる派だったが、みんなの前では恥ずかしい。なのでのちほど、担任の先生へ個人的に尋ねてみると、あれは学校で育てている「バクダンカボチャ」だという。

 バクダン……バクダンかあ。確かにそんじょそこらじゃ見ないサイズだし、オバケカボチャみたいなノリで名づけるかもなあ。

 などと、のんきなことを当初は考えていた。けれども、数か月後の校外学習。その帰りで私たちはこのバクダンカボチャの性質を目の当たりにすることになる。


 校外学習からの帰り、学校までおよそ数百メートルあたりまできたところ。

 先生は当時、まだ希少だった携帯電話をにわかに取り出し、どこかと連絡を取り始めた。通話が終わると「ちょっと寄り道していくことになった。みんなも一緒に行こう。近々、案内する予定でもあったから、ちょうどいい」と呼び掛けてくる。

 若い盛りということもあり、体力は皆有り余っている。慣れてきた学校へまっすぐ戻るよりも、めったにない冒険のほうが大事だと、大半が乗り気でいたよ。

 先導する先生の後をついていって、10分ほど。時代を感じさせる石垣が見えてきて、その脇の階段をあがると一面の畑が広がっている。


「バクダンカボチャだ!」


 誰かが一目見るや、声をあげる。

 このとき、すでにバクダンカボチャの件は先生がクラスのみんなに教え、知れ渡っていた。私は一足早く尋ねたゆえに知っているだけで、特に誰にも教えてはいなかったよ。


 畑には、見たところ20はくだらない数のカボチャが横たわっていた。等間隔をおいて並べられたそれらは、大きくはあるけれども、学校にある一品にはいくらか劣るように思える。


「今年一年、元気に過ごすことができるか……運試しってところだ」


 そういいながら先生はポケットから10円玉を一枚取り出す。そのまま慣れた様子で、指に乗せながらはじくと、手近にあったバクダンカボチャへ10円玉が吸い込まれていったんだ。

 比喩じゃないぞ。本当に表面へみじんも穴を開けることなく、10円玉がすうっと入っていってしまったんだよ。


 次の瞬間。バクダンカボチャは粉々にはじけた。

 スイカ割りで棒がクリーンヒットしたとしても、こうはならないだろう爆ぜっぷり。一瞬にしてみじん切りされた姿を見て、バクダンと呼ばれるゆえんがすぐにわかったよ。

 が、事態はそのままで終わらない。粉々になったカボチャからぴゅっと小さい影が飛び出し、手近なひとつへ飛び込むやそのカボチャが続いて爆散する。そうして散ったものから、また新たに……。

 それは先生がはじき入れた10円玉だった。弾丸のごとく直進する硬貨が、次々とカボチャへ潜り込んでは、吹き飛ばしていく。まるきり手練れの工作員のごとき光景に、私たちはあっけに取られざるを得なかった。


「あの10円玉が、無事に先生の手元へ戻ってきたなら大丈夫。今年一年はつつがなく過ごせる。けれども、もしも途中で止まったり、そのほかにうまくいかなかったりしたら、そうはいかない」


 そう先生が話している間も、ことは進んでいき、いよいよ最後のバクダンカボチャが10円玉を受け入れた。

 カボチャそのものは、他の仲間たちの二の舞、三の舞……いや、もはやいくら舞かわからないほど踊り、砕けてしまう。

 そうして、カボチャをせん滅した工作員10円玉はこちらへ向かって飛んでくる。先生の手元ではなく、私のほうへ向かってだ。


 やばいケースだ、と判断した私はすぐさま明後日の方向へ駆け出しちゃったよ。

 ただの回避にしては大げさなアクションだっただろう。けれど、私もクラスメートたちも10円玉が奇妙に曲がるのを目撃した。逃げる私を追いかけるような軌道で、幾度も急カーブをする不可解な軌道をね。

 先生がどうにか軌道に割り込んでくれなきゃ、逃げ切れなかっただろう。先生は腹で10円玉を受け止めると、「あかんな」とぼやきながら、そのまま抱え込むようにポケットへしまいなおす。


「このままだと、よからぬことが起こるかもしれない。すぐ学校へ戻ろう」


 先生と一緒に帰り着いた私たちは、そのまま置き電話のもとへ。そばに寄り添う、オバケカボチャを見やった。

 普段はだいだい一色に整えられているカボチャの一部に、真っ黒いこげのようなものが浮かんでいる。ちょうど10円玉ほどの大きさのものだ。

 先生はさっき受け止めた暴れん坊硬貨を取り出し、またはじいて黒いこげへぶつける。

 そう、ぶつけたんだ。先ほどみたいに吸い込まれることはなかった。

 代わりにはじかれた10円玉は、廊下をなすリノリウムの上に転がったかと思うと、まるで火にあぶられて身をよじる紙片のように、身体を折り曲げながら小さくなっていき、ついには消えてしまう。

 カボチャのほうはというと、こげの部分に陥没ができてしまい、中からはおよそ食卓に並ぶときに嗅ぐものとはほど遠い、アンモニアじみた香りがしてきたんだよ。


 それから一か月の間、くだんのバクダンカボチャの穴には何重にも養生テープが巻かれて、ふさがれてね。のちに取ってみるとその傷はすっかりなくなっていたんだ。

 バクダンカボチャによって予見された不幸を、ああして引き受ける役割を帯びていると先生は話してくれたよ。

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― 新着の感想 ―
それだけの大きさのものを、ただの運試しのためだけに栽培していたのかとびっくりしましたが、ちゃんと厄除け的な目的もあったんですね。
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