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50%の詩  作者: オクト
6/6

第5章「ファースト・ダイブ」

世界が脈を打ち出すような感じ…

世界が、裏返った。

律は、足元の感覚を失ったまま、光の裂け目に吸い込まれていた。

耳に届くのは、自分の心臓の音だけ。


カチ、カチ――。

メトロノームの刻みが、遠くで逆流するように響く。


次の瞬間、足が地面を踏んだ。

白い草原。

音がなかった。

風もない。

雨粒が、空中で静止している。

その粒が、淡い光を帯びていた。


「……ここが、境界?」


律の声は膜を通して遠くに響いた。


「そう」


灯の声が背後から届く。


「落ちたあとにしか見えない場所」


律は振り返った。

灯の灰色の瞳が、静かに光を宿していた。


「音が……ない」

「境界は、選択の前景だから」


灯は淡々と答える。


「音も、時間も、止まる」


律は視界の奥に目を凝らした。

逆さに伸びる影の塔が、空を裂いていた。


「……何だ、あれ」

「境界の骨」


灯は短く言った。


「あなたが進むなら、もっと近くで見ることになる」


足元に、水面が広がっていた。

その水面に、現実の街が映っていた。

ビルの群れ、信号の赤、雨に濡れたアスファルト。

すべてが、逆さに揺れていた。

律は膝をついた。

指先が、水面に触れる。

冷たさが、現実の証だった。


「……湊」


声が、雨粒の間をすり抜けて消えた。

その瞬間、幻聴が律の耳を打った。


兄貴、迎えに来てくれ。


律は息を呑む。


「今の……聞こえたか?」


灯は首を振った。


「境界は、あなたの声を映す。幻じゃない。記憶の残響」


律の胸が軋む。


「ここに……湊がいるんだな」

「痕跡はある」


灯は水面を指差した。

小さな足跡が、逆さに揺れていた。


「戻れるのか」


律の声は震えていた。


「戻るためには、置いていくものがある」


灯の声は淡々としていた。


「最初に掴んだもの」


律はノートを握りしめた。

指先が白くなる。


「……俺に、それを捨てろって?」

「選ぶのは、あなた」


灯の灰色の瞳が、底なしの静けさを湛えていた。


カチ、カチ――。

メトロノームの音が、近くで響いた。


その音が、律の耳に崩れ込む。

時間が、逆さに流れ始めていた。

律は立ち上がった。


「湊を迎えに行く」


その声が、雨に溶けて消えた。

灯は静かに頷いた。


「なら、進んで」


扉の奥に、何があるのか。

救いか、破滅か。

答えは、まだない。

律は、静かに息を吸った。

そして、歩き出した。

雨が、まだ落ちない世界で。

読んでくださりありがとうございます!

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次回更新予定は2/6です。

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