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第六話 決着

——観客の予想に反して、決着は、比較的早い段階でついた。



「くっ……!」



 杖を文字通り杖として使い、ふらふらとよろめくジルファルテ。よく見ると指先が小刻みに震えており、唇が少し青紫がかっている。


 魔法を発動するための精神エネルギー、魔力。魔法を使える・使えないに関わらず有しているこの魔力の量が著しく低下すると、このような症状が現れる。一般的に、魔力切れ、と呼ばれる症状だ。


 一度でも魔法が当たると一本。三本先取の魔道士の決闘。既に二度攻撃を当てられ、後がないジルファルテは、立っていることもやっとなそんな状況でも、ウルニアから目を逸さなかった。


「何故……何故、これほどまでの差がっ……」


 もう限界が訪れているのか……はたまた、既に限界など通り越しているのか。震える声で問いかけるジルファルテとは対照的に、ウルニアは汗一つかくことなく、表情一つ変えることなく、ふらつくジルファルテを見下ろしていた。


「最初から飛ばしすぎだ。ペース配分を考えないからそうなる」

「しかし、貴女だってあれほどの数の防御魔法をっ……!」

「可能な限り少ない魔力で防げるように調整していた。巨大な防壁を作れば防ぐことも容易だろうが……そうすれば、先に息切れをしていたのは私だっただろうな」


 汎用防壁(ガルド)は消費した魔力量に応じて耐久性が向上する。それとは別に、形状もある程度自由自在に形成することができる。極論を言ってしまえば、ウルニアは自分自身を囲うように、ドーム状に防壁を張れば、簡単に攻撃を防ぐことができた。それをしなかったのは、魔力の消費量を抑える、その一点のためだけだ。


 一度目の撃ち合いで、わざわざ強固な一枚の防壁を作らず、同じ耐久性の防壁を三枚用意したのも同じ理由だ。場合によっては、強力な防壁を一枚用意するよりも、砕かれる前提の防壁を複数枚用意した方が、コストがかからない場合もある。ジルファルテの攻撃に対する最適解は、まさしくそれであった。


 それに加え、無駄な攻撃をすることも避けた。彼女がここまでに使った攻撃魔法は、特殊攻撃魔法(プローティア)が二度、簡易攻撃魔法(フレア)が一度の計三度のみ。


 ティード家の魔道士の戦い方は、彼女の頭の中に知識として蓄えられていた。もし相手が、現当主など熟練の魔道士であれば、こう上手くはいかなかっただろう。魔力の配分を調節して、魔力切れが起こらないように対策していたはずだ。いわば、まだ未熟なジルファルテだからこそ、こうも簡単に刺さった——刺さってしまった作戦だと言える。


 戦の場では、魔道士は魔力が無くなった瞬間に死ぬ。ウルニアは両親から、口酸っぱくそう教えられてきた。その教えが活きた結果だろう。



 ウルニアの言葉を否定し、反論しようと、口をぱくぱくと魚のように動かすジルファルテ。しかし、それに反論できるほどの言葉も材料も頭に浮かばなかったのか、やがて悔しそうに、下唇を噛んだ。


「……わたくしの、完敗ですか」

「ああ」


 あとは、最後の一撃。ウルニアが魔法を命中させれば、そこで笛が鳴り、決闘は終わる。それは決して難しいことではないだろう。




「……どうして」

「?」


——不意に、ジルファルテがそう呟いた。



「どうしてですかっ……いつもいつも、そうです……貴女は魔法科の中でも上位の成績に位置していながら、魔道士らしい振る舞いをしようとしないっ……」


 ウルニアから目を逸さずに、そう訴えかける。


「どうして……それほどまでの実力がありながら、貴女は魔道士らしい振る舞いをしないのです……! 授業中は時折居眠りをしているし、お茶会に誘っても決して出席しませんし、クラスの交流会にも参加しませんしっ!!」

「関係あるか、それ」

「だから友人もいないんですっ!!!」

「関係あるか、それ?」


 あまりにも大きな声で主張したばかりに、修練場内がざわつき始める。ウルニアが耳を傾ける限り、そのほとんどが、ジルファルテに同意するものに聞こえた。


 何故か観客席にいるエイナスでさえ、ジルファルテの発言に腕を組んで静かに頷いている。ウルニアの視線に気がつくと、何やら足元から大きなボードのようなものを取り出した。


『自業自得』


 大きな字で、そう、記されていた。


(……あとで殴る)


 出会ったばかりのお前が何を知っているのかと。そう心に誓って、視線をジルファルテへと戻す。彼女はウルニアから目を逸らし、地面をじっと見つめているようだった。


「貴女がもっと、魔道士らしい高潔な人なら……わたくしは、このような気持ちを知らずに済みましたのに……そうすればわたくしは、貴女のような天才になりたかったなどと、そんな風に思うことも……」

「ティード嬢……」


 嫉妬だろう。あるいは、羨望か。ジルファルテはそんな呪いの言葉を吐くと同時に、大きくふらついた。支えていた杖の先が滑り、前のめりに倒れていったのだ。


「っ、危ないっ!」


 流石のウルニアも若干の罪悪感はあったのか、誰よりも早く、彼女のもとへと駆け出していた。そうして、倒れ込む彼女を支えようと手を伸ばし——、




——見た。ジルファルテの瞳が、確かにウルニアを捉えているところを。倒れ込んだことで、杖の先端が、ウルニアの方へ向いているところを。




(……ちっ、そういうことか……!)




 それは直感にも近いものだった。ウルニアはすぐさま防壁を張り、杖を構えてジルファルテへ向けた。次の瞬間——倒れかけていたはずのジルファルテの杖から、一筋の閃光が煌めいた。間違いようもなく、それは、速度を重視した攻撃魔法だった。


 少し遅れて放たれたウルニアの魔法も、ジルファルテ目掛けて迸る。魔法によって生じた爆発で、二人の体が煙に包まれる。観客席からも、審判からも、二人の様子は窺えなかった。


 少しして、煙が晴れていく。現れたのは……大きな防壁で攻撃を防ぎ、埃一つ纏っていないウルニアと、そんな彼女の放った魔法が命中して頬に線上の傷をつけ、ご自慢のドリルの一本に、小さな穴を開けることとなったジルファルテだった。


 誰の目から見ても……どちらの魔法が有効打を与えたのかは、明らかだった。



「ふふっ……これすら、通じません、か……本当に、完敗、です……」



 最後の気力を振り絞った一撃だったのだろう。ジルファルテはそう言い残し、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。彼女の発言もあって、笛を吹くことを躊躇っていた審判は、ようやく笛を吹くこととなる。



 三、対、零。突発的に始まった二人の魔道士による決闘は、ウルニアの勝利という形で幕を下ろした。






 決闘に勝利したというのに何故か浮かない気持ちになってしまったウルニアは、人に囲まれるのを避けるために、足早にその場を立ち去った。倒れたジルファルテの介抱は、彼女の取り巻き三人衆が行なっている。立ち去るウルニアの背後から罵声が浴びせられたものの……彼女はそれを気にすることもなく、振り返ることもなかった。


 曲がり角に差し掛かった頃、そこからにゅるりと生えてきた人物が、ウルニアの隣を歩き出す。両手を頭の後ろで組んだ少女は、にこりと微笑みながら言った。


「おめでとう、ウルニア」

「……エイナスか」


 それは、先ほどまで観客席にいたエイナスだった。


「いやぁ、すごかった。ボク、ウルニアが戦ってるところ初めて見たけど、まさしくボクの思い描いていた通りの魔道士って感じだったよ」

「それは何よりだ。そして、こいつはその礼だ」

「あいだっ!? なんでぇ!?」

「自業自得とか書いてた分だ」


 エイナスの頭頂部に拳骨を叩き込んだウルニアは、少し、歩く速度を速めた。エイナスもそれに釣られ、二人は早歩きで校舎への道のりを歩く。


 しばらくの間、会話はなかった。沈黙を破ったのは、何やらうずうずと興奮を抑えきれない様子のエイナスであった。


「……ダメだ……ボク、もう我慢できないや」

「何がだ?」


 興奮しているのか、赤面し、幼い顔つきには似つかわしくない艶やかな表情で、彼女はウルニアを見つめていた。ウルニアの手を取ると、その正面に回り込んで、その手を自らの胸元に置く。




「ボクね……魔法の練習、そろそろ始めてみたい」




 二人が関わった当初の目的。お互いを最高の剣士に、魔道士にする。ウルニアの戦いに感化されたのか、エイナスは高揚感を抑えることなく、そう告げた。


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