第五話 決闘
(どうしてこうなったんだ……)
修練場で頭を抱えるウルニア。いつもの訓練ではない。対面には木のカカシではなくジルファルテが立っており、修練場を囲うように円形に設置された観客席には、同じく魔法科の生徒が何十人と集まっていた。
態度が気に入らない。そんな理由でジルファルテから決闘を申し込まれたウルニア。断ったところで付き纏われるのが関の山だろうと、それを承諾したまではいいものの……魔法科トップクラスの成績を誇るウルニアと、魔法の名門ティード家の息女の対決という名カードに、思いもよらぬほどの観客が集まってしまった。
「いいですこと? 相手の体に一度でも魔法を当てれば一本。三本先取した方が勝利ですわ」
「……分かってますよ」
二人が構えているのは、授業の際に用いられる訓練用の杖。粗悪品というわけでもないものの、ウルニアが普段使っているウィズドの木の杖とは比べ物にならないほど、性能面では劣る。道具の差での勝敗という逃げ道をなくすため、ジルファルテ側から使用の提案がされたものだ。
実力で捩じ伏せ、徹底的に叩き潰す。ジルファルテのそんな意思が透けて見えるようだった。
(まったく……ん?)
面倒なことになったと呆れるウルニア。その視界の先、ジルファルテの背後の辺りにある観客席に、見覚えのある栗色の髪が見えた。
……それは紛れもなく、エイナスであった。
(……なんでエイナスがいるんだ……あいつ、普通に授業中だろ……)
ここに集まっているのは魔法科の生徒ばかり。剣術科、魔法科問わず、高レベルの生徒同士の戦いでは、教師が『見学も授業のうちだ』と言って授業を放棄し、観戦に回るという事態が、しばしば発生する。それ故、集まっている生徒たちはこれが授業の一環であるわけだが……当然、魔法科の生徒の決闘の見学に、剣術科の人間が現れることはない。教師が許可をするはずもない。つまり、エイナスは無断で授業を抜け――言うなれば、サボってそこにいるというわけだ。
あまりに自由奔放な彼女の行動に、ウルニアは思わずため息をこぼした。ジルファルテの視線からは、それが自身に対して放たれたものであるように映っただろう――彼女は大きく目を見開き、杖の先端をウルニアに向けた。
「……審判。合図を」
審判を務める生徒は、ジルファルテの取り巻き三人衆のうちの一人であった。彼女が決闘開始の笛を鳴らすと同時に、ジルファルテの杖の先端に眩い光が集い出す。
「簡易攻撃魔法」
放物線を描くように飛来する光の球体。魔道士の使う全ての攻撃魔法の基礎となる魔法。ウルニアが威嚇のためにエイナスに放ったそれとは比べ物にならないほどの速さを誇るそれが、少なくとも二桁以上の数、一斉に放たれる。
ジルファルテ含め、ティード家の魔道士の特徴は、その圧倒的な手数の多さにある。魔法は使うたびに体内の魔力を消耗する。魔力は精神エネルギーと言い換えてもいい。内蔵量に個人差はあれど、決して無尽蔵ではない。さらに、魔法は何も、名前を唱えただけで発動するというものでもない。正確な手順を踏み、魔力を緻密に操作し、触媒を通して体外に放出することで、ようやく一つの魔法となる。
いくら基礎の魔法だからといって、これだけの数を同時に放つことのできる魔道士が、一体この学園にどれだけいるだろうか。実際に相対するのが初めてであるウルニアも、思わずその光景に感嘆の息を漏らした。
(この弾幕でケリを付けるつもりか、あるいは……)
いくつかの可能性を脳内に張り巡らせ、ウルニアは杖を構える。魔力で障壁を作り出す基礎的な防御魔法、汎用防壁。消費した魔力量に応じて耐久性が向上する、最も一般的な防御魔法だ。ウルニアはこれを、飛来する全ての魔法を防ぐために、十枚展開した。
着弾のタイムラグに合わせ、防壁を少しずつ操作し、一つずつ相殺していく。一発あたりの威力はそれほど高くもなく、汎用防壁一枚で難なく防ぎ切れるほどだった。
しかし、だからこそ妙な違和感を覚えた。その一撃には、『相手を倒す』という意思が欠けているように思えたのだ。
(……つまり)
危険を察知したウルニアは、防壁を追加で三枚作り出した。いつでも動かせるように宙ぶらりんの状態でそれを待機させていると、突如、ジルファルテの杖から目にも留まらぬ速さで閃光が走った。放物線を描くように飛ぶ簡易攻撃魔法ではなく、直線的に飛ぶ魔法――汎用攻撃魔法だ。
咄嗟に防壁を動かし、魔法の軌道上に置く。一枚、二枚と防壁は貫かれ、威力が減衰した光線は、三枚目の防壁によってかき消された。
それと同時に、攻撃の手が止まる。見ると、ジルファルテは少し驚いた様子で、ウルニアのことを見つめていた。
「……気に入らないですが、流石ですわね。今の汎用攻撃魔法を見切るだなんて」
「用心していただけだ。分かりやすかったからな」
ウルニアの返答に、ジルファルテの額に青筋が浮かぶ。『分かりやすい』と言われたことに腹を立てたようだった。
次の瞬間、彼女の杖の先端に、一際眩い光が集い始めた。明らかに、先ほどよりも出力が上がっている。
「その余裕……いつまで保つかしら!」
先ほどと同じ乱射攻撃。しかし今度は、その全てが汎用攻撃魔法だった。
その中でも威力の高低があり、警戒して三枚の防壁を使えば一枚目を突破することもできず、反対に一枚の防壁だけを使って防げば砕かれたりと、先の攻撃とはまた違った趣旨が感じ取れた。
防戦一方。ウルニアは汗一つかかずに汎用防壁だけで攻撃を捌き切ってはいるが、観客の目には、それは『攻撃に転じきれない』かのように映っていた。
そしてそれは、ジルファルテも同じ。額から一筋の汗を流す彼女は、自身の放つ豪雨のような攻撃に、相手は身動き一つ取れないものだと錯覚していた。
「防いでばかりでは、わたくしには勝てませんわよっ!」
さらに攻撃を強め、一際強力な汎用攻撃魔法を放つジルファルテ。その一撃は、二枚の防壁を砕いた時のそれよりも強く、彼女の見立てでは、四枚の防壁を使わなければ防げない一撃だった。
豪雨のような攻撃を陽動として用い、その中に本命の一撃を混ぜる。魔道士の中でも、一級品の潤沢な魔力と操作力を兼ね備えたティード家の人間にだからこそできる戦法だった。
ウルニアの眼前に、そんな一撃が迫る。彼女はぼそりと、呟いた。
「……確かに、それもそうだ」
周囲の魔法を防ぐ防壁はそのままに、ウルニアは新たに一枚、防壁を作り出した。一見するとなんの変哲もない汎用防壁だ。
「反射防壁」
分かりやすく、彼女が唱えた。反射防壁と呼ばれた防壁に命中したジルファルテの汎用攻撃魔法は、防壁に命中するや否や、そのまま跳ね返り、ジルファルテの元へと飛来する。
反射防壁。ただ攻撃を防ぐだけの汎用防壁とは違い、防いだ攻撃をそっくりそのまま跳ね返してしまう。防壁の角度によって反射する角度も変わり、攻撃を跳ね返すことも、別の方向へと受け流すことも可能だ。
渾身の一撃を跳ね返されたことによる驚きも多少はあったのだろう。ジルファルテは少し焦った表情を見せながらも、『ウルニアならばそれも可能だろう』という一種の信頼感から、優しく微笑んでみせた。
「ふふっ。見事な精度で跳ね返しますわね。けれど、そんなもの……」
反射防壁は確かに攻撃をそのまま跳ね返すことができる便利な防御魔法だが、弱点はある。跳ね返した攻撃の威力は、元の攻撃よりも大幅に落ちてしまうという点と、元々の魔法に込められていた以上の特性を付与することができないという点。
今回であれば、ウルニアが反射した汎用攻撃魔法は元のそれよりも大幅に威力が減衰し、なおかつ『直線的に進む』という役割しか果たすことができない。
故に、ジルファルテはゆっくりと横方向へ跳んだ。いくら攻撃を反射されたとしても、直線的に進む光線は、少し位置をずらすだけで当たらなくなる。
――そう、思っていた。
「っ!?」
それは、突然起こった。飛来した汎用攻撃魔法が……直線的に進むはずのそれが、急激に角度を変え、ジルファルテを追いかけたのだ。
突然の出来事に防壁を展開することも叶わず、ジルファルテの胸元に光線が直撃する。幸いにも威力は低く、服を焦がすほどの威力さえなかったが……それと同時に吹かれた笛が、ある事実を意味した。
つまり、ウルニアの一本。どれだけ威力が弱くとも、命中は命中。一度でも魔法が命中すれば、その時点で一本だ。
笛を吹いた当の本人でさえ、苦渋の決断といった表情で顔を歪めている。審判の少女はジルファルテの取り巻きだ。彼女に不利な判決を下すことに心を痛めたのだろう。
威力は低くとも衝撃はあったのか、ジルファルテは胸元を抑えてその場に膝をついている。そうしてゆっくりと歩み寄ってくるウルニアを睨みつけた。
「い、今のはっ……何故っ……!?」
「直線軌道の汎用攻撃魔法を反射したのに、何故曲がったか、か?」
心の中を見透かしたかのように言うと、ウルニアは先ほどと同じ防壁を展開する。宙に浮かぶそれを、ピンと、指で弾いた。
「今のは反射防壁じゃない。ただの汎用防壁だ」
「なっ……!?」
目と口を大きく見開き、ウルニアの展開した防壁を見つめるジルファルテ。
「し、しかしっ、わたくしの魔法は確かに反射してっ……!」
「反射したように見せかけて私が使った特殊攻撃魔法だ。対象を追尾するように設定してある」
特殊攻撃魔法。大枠は汎用攻撃魔法と同じ特性を持ちつつも、魔道士個人の潜在能力によって様々な特性が追加で付与される、奇妙な魔法。ウルニアが選んだのは、一定範囲内で対象を追尾する特性だった。
ウルニアは敢えて『反射防壁』と言葉にすることで、展開している魔法が反射の特性を持った防壁だとジルファルテに誤認させ、彼女の放った汎用攻撃魔法をただの『汎用防壁』で防ぐと、跳ね返されたように見えるように追尾能力を付与した特殊攻撃魔法を放った。ジルファルテはその作戦にまんまと引っかかり、それをただの汎用攻撃魔法だと誤解した。
本来の汎用攻撃魔法は、ジルファルテの考えていた通り、これまでの防壁三枚を貫く威力があったものの、『陽動の中に本命を混ぜる』というやり方が一度目とまるで同じだったため、ウルニアはむしろそれを利用することにした。汎用防壁の耐久性は消費した魔力量に応じて向上する。強固な防壁を一枚用意すれば、簡単にこの作戦を実行することができた。
彼女の作戦を聞かされたジルファルテは、酷く顔を歪め、醜いものを見るかのような目でウルニアを見つめていた。魔道士は剣士とは違って高潔な存在……しかし、彼女の主観で言えば、ウルニアが取った戦法はまるで剣士のような野蛮で薄汚いものだった。
「だ、騙し打ち……!?」
「人聞きが悪いな。これも立派な戦術だ」
『それを言うなら、陽動の中に本命を混ぜるという戦い方はどうなんだ』
ウルニアはそう言いたいところを、グッと堪えた。煽れば煽る分だけ、自分に跳ね返ってくるものだと悟ったからだ。
敗者に口無し。何も言い返すことができないまま、ジルファルテは唇を噛むと、杖を支えにして立ち上がった。持ち前の頭のドリルを手で払い、杖を構えた。
「……いいでしょう。今の一撃は、油断していたわたくしに非があります。ですが……二度目はありません」
そうしてウルニアが元の位置まで戻ると、三度目の笛が鳴らされた。




