第四話 非難
夕刻を知らせるカルク鳥の鳴き声が、カァカァと聞こえてきた頃、部屋の中にあった箱詰めの荷物は全てそれなりの形に整頓された。
ようやく寝転がることができるようになったベッドの上に体を投げ出した二人は、『今日はもう一歩も動かないぞ』という強い意思を見せている。
「……やっと、片付いたな……」
ウルニアがそう呟くと、部屋の対面にあるベッドに寝転がるエイナスが、鳥のような奇声をあげる。あまりにも急ピッチすぎる作業に、精神がおかしくなってしまったのだろう。
「ボク……しばらく引っ越したくない」
「安心しろ。引っ越しなんてそうそうするもんじゃない」
再びカルク鳥の鳴き声が聞こえると、それに合わせたように、『ぐぅ』という獣の呻き声のような音が鳴る。所謂腹の虫……ウルニアの腹が、大きな呻き声をあげていたのだ。
それに呼応して、対面のベッドの上からも呻き声が聞こえる。二人して朝から何も食べていない。作業を終えて興奮状態が治まれば、途端に空腹になるのは当然のことだった。
……今日はもう一歩も動きたくない。そう誓っていたウルニアだったが、流石にこの空腹状態には耐えきれないと、意を決して立ち上がる。
「……何か食べるか。買ってきてやる」
「え? いいの?」
「ああ」
ウルニアの提案に、エイナスは一瞬躊躇った様子を見せ……同じように、ゆっくりと立ち上がった。
「……ううん、いいや。ボクも一緒に行く。食堂で何か食べようよ」
「そうか。なら、行くか」
そうして、綺麗になった部屋を後にして、二人は学園内の食堂へと向かった。
食堂への道すがら、二人に向けられていたのは、何か奇怪なものを見るような視線だった。中には、明らかに嫌悪感を隠せていないような視線も含まれている。
「やはり……変な目で見られることは避けられない、か」
二人にそんな視線が向けられていた理由は至極単純。
そも、エイナスの所属する剣術科と、ウルニアの所属する魔法科は、それぞれが互いに敵対心を抱いている。
剣術科の人間は肉体を用いての戦闘こそ至高と考え、後方からちまちまと攻撃してばかりの魔道士を見下しており。
反対に、魔法科の人間は肉体を使って戦うことを『醜く野蛮だ』と考え、魔法を使えない剣士を見下している。
故に、本来ならば敵同士であるはずの二人が公に連れ立っているところを目撃して、嫌悪感を露わにしているのだ。それに加え、二人はそれぞれ天才剣士・天才魔道士と呼ばれるほど実力のある生徒。周囲の人間からすれば、疎ましい以外の何物でもないだろう。
若干の不快感を表情に出すウルニアと違って、エイナスはどこか、涼しげな表情をしていた。まるで、自分たち以外はその場に存在していないかのような。どこ吹く風といった様子で、両手を頭の後ろで組み、ウルニアの隣を歩いている。
「ま、気にしたら負けだよ。どうせ、数日もしたら忘れるって」
「……だといいがな」
一抹の不安を覚えたウルニアは、明らかに疲労の見える顔で、大きなため息をこぼした。
——そして翌日。教室で授業の準備を進めていたウルニアのもとに、一人の……いや、四人の女生徒が現れた。その先頭に立つ、鮮やかな金色の髪をドリルのように巻いた女生徒は、そのドリルを手で払い、席に座るウルニアを見下ろしていた。
「ちょっとよろしくて、アーガストスさん」
(ほれ来た……)
「ほれ来た……」
心で思っていたことを思わず口に出してしまい、ウルニアは慌てて口を噤む。幸いなことに女生徒には聞こえていなかったのか、彼女は首を傾げていた。
誤魔化すように大きな咳払いをすると、ウルニアは席に着いたまま、女生徒の顔を見つめる。
「……何か用か、ティード嬢」
ジルファルテ・ティード。魔法科に所属する生徒で、歳はウルニアと同じ十五。ウルニアの生家であるアーガストスと並び魔法の名門と称される、『ティード家』の息女であった。
ジルファルテはすっとぼけたような態度を取るウルニアに多少なりとも苛立ちを覚えたのか、目を細めて彼女を鋭い眼光で睨みつけた。当の本人は、教科書を準備している最中で、それには気づいていなかったようだ。
「ぐぬぬ……あ、貴女、何やら、剣術科の生徒と同じ部屋に移ったそうですわね?」
「ああ。何も問題ないだろう」
「大アリですわっ!」
それまで頭のドリルを弄りながら話していたジルファルテは、変わらないウルニアの態度に痺れを切らし、彼女の机を両手で叩く。ドンッと大きな音がして、並べていた教科書が崩れ、机から滑り落ちていった。
「認めたくはありませんが……貴女はそんな態度を取っていても、魔法科の中ではトップクラスの成績を収めている。そんな貴女が、野蛮な剣術科の生徒とつるむだなんて……わたくしたち、魔法科の生徒の悪評に繋がりかねません」
「そんなくだらないことで悪評が流れるなら、元々、魔法科はまともな評価などされていなかったということだ。諦めた方がいい」
「あんた! ジルファルテ様になんて口の利き方をっ!」
それまで口を挟むことのなかったジルファルテの取り巻き三人衆のうちの一人が、ジルファルテの傍から飛び出してきてウルニアに掴み掛かろうとする。
それを制止したのは……他でもない、ジルファルテだった。今までとは違い、彼女の表情に映るのは苛立ちではなく……怒りだった。
「聞き捨てなりませんわね。『くだらないこと』……ですって?」
「くだらないだろう。剣術科だとか魔法科だとか。いがみ合っていないと死んでしまうのか? この学園の人間は」
「いがみ合う? 違いますわ。そも、この学園に剣術科などというものは不要なのです。魔道士がいればそれで良い。あのような野蛮な連中を迎え入れること自体が間違っているのです」
「間違っているのはその考え方だ。お前も貴族の生まれなら、この学園がどういう経緯で設立されたものかくらい知っているだろう」
王立アルカナディア剣魔学園。この学園は何も、剣士と魔道士をいがみ合わせるためでもなく、かと言って、優れた剣士と魔道士を輩出するためだけに設立されたものではない。
ウルニアの言葉に、ジルファルテは『フン』と鼻を鳴らす。何を当然のことを。そう言っているかのようだった。
「……『大厄災』、ですか」
大厄災。いつ頃発生したものか、正確な記録は残されていない。しかし、確認できるだけでも四度、それはこの世界に現れていた。
正体は分からない。目的も分からない。だがしかし、それは地上に現れては破壊と殺戮を繰り返しながら、大地を蹂躙していく。
一度目は二百年前。今はもう国交が断絶してしまったエルフェンの民により、その記録が残されていた。ウルニアたちが暮らすオーリアス大陸の半分以上が焼き払われ、数え切れないほどの死者が発生した。
二度目は百二十八年前。今なお存命の『奇跡の賢者』、ヴァレンタイン卿によってその記録が残されている。当時はまだ学園も存在しておらず、剣士と魔道士は協力して大厄災に立ち向かうも、一度目の大厄災の到来の時とそう大差のない被害が出た。
三度目は少し期間が空き、三十二年前。学園が設立されてから六十年以上が経過し、優れた剣士や魔道士が誕生した結果、被害は大幅に抑えられ、死者の数も激減した。
そして四度目。十一年前。極めて迅速な対応と、戦力の向上により、国土が焼き払われるよりも前に、これの撃退に成功した。
そう。彼女らが通う学園の設立を機に、大厄災における被害は激減している。この学園の当初の設立理由は、大厄災に対抗でき得る戦力を育て上げるためだった。
「……この学園は本来、大厄災の再来に備えて、剣士と魔道士の技術を高めることを目的に設立された場所なはずだ。その二つがいがみ合っていることが、正常な状態だと思うのか?」
ウルニアがそう問うと、ジルファルテは嘲笑うかのように、彼女の言葉を鼻で笑った。
「大厄災など、所詮は過去の産物ではありませんか。事実、十一年前に復活した際にも、大した被害は出ませんでしたわ。我々、魔道士のおかげで」
胸に手を当て、少し前傾姿勢になり、自身ありげにそう話すジルファルテ。
実際のところは、その認識が間違っていることを、ウルニアは知っている。当時四歳だったウルニアは、その目で、大厄災と戦う戦士たちを見てきた。剣士も魔道士も関係なく、彼らは命を懸けて戦っていた。だがしかし、その功績を讃えるべしとなった時、彼らは手を取り合って共に戦った事実も忘れ、我先にと名乗りをあげていた。剣士も魔道士も、お互い、いがみ合って。
(……剣士だけでは、魔道士だけでは大厄災を撃退できないことを、大人だって分かっているだろうに)
そもそも大前提として、剣士は魔道士を、魔道士は剣士を、それぞれが見下している。お互いより優れているという先入観がある。故に、戦いに勝利したとしても、それは『自分たちの働きによるものだ』という意識が芽生えてしまうのだろう。敵対心というのは恐ろしいものである。
それが、ジルファルテのような若い世代にも、しっかりと受け継がれてしまっている。一歩間違えば、ウルニアとて例外ではなかっただろう。
「……話にならないな」
これ以上は話しても無駄だと、ウルニアはそう判断した。落ちていた教科書類を拾い上げ机の上に置くと、その場を離脱するついでにお手洗いにでも行こうと、ジルファルテたちの横をすり抜けようとした。
……そんなウルニアの前に、ジルファルテの取り巻きの三人が立ちはだかる。
「行かせませんわ。以前から、貴女のその態度には問題があると思っていましたが……どうやら一度、痛い目を見てもらわなければならないようですわね」
ジルファルテによる宣戦布告。教室中の誰もが、その宣言を聞いていた。
『エイナスの言うことはあてにならないな』
周りに一人も味方がいない状況で、ウルニアは心の中で、そうぼやいた。




