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第一話 私の、ボクの。

——それは、燃え盛る業火のようだった。


 瓦礫となった家屋。積み重なった死体。街であったものが、人であったものが、辺り一面に転がっている。


 腕の中には、一人の少女がいた。栗色の髪をした、可憐な少女。額から血を流し、左の眼球は破裂して空洞になっているようだった。


(こいつは……誰だ?)


 どこかで見たような。はたまた、見ていないような。知人と呼べる関係ではない少女を抱いたまま、私は呆然としていた。


 否。私は呆然としていたが——『私』は、彼女に呼びかけているようだった。


「エイナス……死ぬな、エイナス……!」


 私の意思とは相反して、『私』の口からは悲鳴にも似た叫びが発されていた。エイナス、と呼ばれた少女は、青白くなった手で、『私』の頬に触れる。


「ウル……ごめん……ボクは……」


 力のこもっていない、囁きのような言葉。彼女はその言葉の続きを綴ろうとして……空気だけを吐いて、崩れ落ちた。


 『私』の慟哭が聞こえる。耳を劈くようなその声は、いつまでも、どこまでも響き渡っていた。




 それを、私は——、








「……むがっ」



——後頭部に強い衝撃を感じて、彼女は目を覚ました。どうやら、ベッドから転落したらしい。四肢を広げ、情けない姿で天を仰ぐ。


「いたぁ……」


 頭をさすりながら起き上がり、大きく伸びをする。カーテンを開けると、心地良い日差しが窓から彼女を照らし出した。


「……妙な夢を見た気が……するな」


 なんだか心に引っかかる違和感を、彼女——ウルニア・アーガストスは噛み潰した。所詮夢の中の出来事を、そこまで執着して考えることもない。自らの両頬を叩いて気合を入れると、彼女は身支度を始めた。





 王立アルカナディア剣魔学園。貴族や王族の子供といった才覚に恵まれた者たちが集う、剣術と魔法を学ぶ最先端の教育機関。一〇歳から十三歳まで学ぶ初等部と十三歳から十六歳まで学ぶ高等部に別れており、希望した者はそこから更に三年間の研究コースに進級することができる。


 その卒業生の殆どが国仕えの要職に就いており、中には国王の護衛騎士を担当している者もいる。歴史があり、伝統があり、権威もある、由緒正しき学園だ。


 ウルニア・アーガストスは、そんな剣魔学園の高等部二年に所属する、今年十五歳になったばかりの少女だった。魔道士の名門、アーガストス家に生まれ、二人の兄と一人の弟を持つ、れっきとした貴族の娘であった。


 貴族の娘といえば、大抵は家門同士の政略結婚に使われるのが定めだ。しかし、ウルニアには才能があった。三歳の頃には既に魔法の発動に成功し、兄をも凌ぐ神童だと謳われた。故に、彼女はその魔法の才覚を更なる高みへと押し上げるために、この剣魔学園へと入学させられた。


 入学してからのウルニアはまさしく優等生であった。その類稀なる魔法の才能によって、『創立以来最も優秀な魔道士』だと称されることもあった。



——だが、そんなウルニアには、一つ、誰にもうち明かせない悩みがあった。



「……うっ!?」



 人通りのなくなった夜の学園。すっかり静まり返った修練場で、ウルニアは一人、訓練用のカカシに向き合っていた。その手にあるのは、魔導士の杖——ではなく、粗雑な作りの木剣だった。


 彼女は木剣を上段に構え、カカシに向かって振り下ろす。気迫はあった。否……気迫だけ(・・)はあった。


 しかし、やはり——彼女の剣は、最も容易く弾かれ、その手からすり抜けてしまった。相対するのは何も、鋼鉄製のカカシではない。初等部が訓練で使うことも多い、やわな木製のカカシだ。


 じぃんと痛む手をさすりながら、ウルニアは飛んでいった木剣の元へ向かう。それを拾い上げると、再びカカシと向き合って、今度は下段から木剣を振り上げた。



——カァン



 再び、木剣が宙を舞う。何度やっても結果は同じで、そうして何度も繰り返すうちに、飛んでいった木剣のもとへと向かうウルニアの足が段々と重くなっていく。


「……今日はここまでか」


 俯き、木剣を拾おうとするウルニア。柄に触れようと手を伸ばすと、彼女の手に、何か柔らかいものが触れた。


 それは、人の手のようだった。


「……?」


 ふと顔をあげると、そこにはしゃがみ込む栗色の髪の少女がいた。決して知人というわけではないが、ウルニアは彼女の顔も名前も知っている。



——エイナス・ニルヘイド。ウルニアが魔法の天才だと謳われるならば、エイナスは『剣術』の天才だと謳われている。



 学園きっての天才剣士。既に、教師ですら彼女には敵わないという噂も流れているほど、腕の立つ剣士。目指すところが違うために、これまで交流といった交流はなかったものの、その偉業は魔法を専攻するウルニアの耳にも届いていた。


「……キミ」


 不意に、エイナスが口を開く。どこかふわふわと、締まりのないその声に、ウルニアは耳を傾けた。


「ウルニア・アーガストス、だよね。高等部二年の天才魔道士」

「……さて、別人じゃないか」


 ウルニアがエイナスの覇道を知っているように、エイナスもまた、ウルニアの偉業を耳にしていた。エイナスは眼前にいる『天才魔道士』が、何故か『木剣』を手にしていることに疑問を抱き、首を傾げる。


「キミ、魔法専攻だよね。どうして剣を?」

「それは……お前に関係があるのか?」

「ないっ!」


(言い切るのか……)


 立ち上がり、腰に両手を当て、自信満々にそう言い放ったエイナス。ウルニアは彼女のテンションに付いていけず、『やれやれ』といった様子で木剣を拾い上げた。


 そうして、彼女の姿を見て気がつく。ウルニアが魔法を専攻しているように、エイナスは剣術を専攻している。であるならば、本来、エイナスの手には『剣』が収まっているはずだった。


 しかし、エイナスが握っていたのは、木を削って作った()だった。否。ウルニアからすれば、太い木の枝を削っただけのそれは、とても魔道士の杖と呼べた代物ではないが……それでも、どれだけ角度を変えて見ても、『剣』には見えなかった。


「……そういうお前は、エイナス・ニルヘイドだろう。天才剣士のお前が、なんで杖なんて持っている?」


 ウルニアがそう問いかけると、エイナスは困ったように頬を掻く。


「あっ、えーっと……」


 歯切れも悪く、言葉に詰まった彼女を見て、ウルニアは『まさか』と一つの可能性に辿り着いた。


「お前、まさか……魔法の練習でもしにきたのか? こんな遅い時間に?」

「ぎくっ」

「図星か。いやだが、何故、剣士のお前が魔法なんて……」


 思い当たる節が、ないわけではない。事実、ウルニアは魔道士であるにも関わらず、剣術の訓練をしていた。だが、もしそうであるなら……彼女の目の前にいるエイナスという天才剣士は、ある意味ウルニアと同族の人間だということになる。


 エイナスは頭をぐるぐると回転させ、やがて、落ち込んだように俯く。手に持った杖の先端を、指でぐりぐりと弄り回しているようだ。


「ひ、人がいるなんて思ってなかったんだよぅ……いつもボク一人だから……」

「いつも? 私もここにはしょっちゅう来るが……」

「だから油断したんだよぅ。多分、今までは偶然、鉢合わせなかっただけだよ」


 あり得ない話ではない。ウルニアはそれなりの頻度でこの修練場を訪れているが、毎日のことではない。時間も限られている。偶然、エイナスと鉢合わせていなかっただけだとしても不思議ではない。


 ウルニアは目の前の少女に妙な親近感を覚え、思わず、口を開いた。


「……本当に、魔法の練習をしにきたのか?」


 その言葉に、エイナスは一度、目を丸く大きく開いて、苦笑しながらゆっくりと頷いた。


「うん……あはは、変だよね。剣士が魔法の練習だなんて」

「いや、別に……」


 人のことを変だと言える義理もない。沈黙と困惑が混ざり合ったような微妙な空気が流れ、エイナスは話を逸らそうと、ぶんぶんと手を振った。


「ご、ごめん! ボク、もう帰るよ! 邪魔しちゃってごめんねっ!」

「いや……むしろ、お前が使うといい。私もたった今、帰ろうとしていたところだ」


 ウルニアはそう言って、腰に取り付けた手製のホルダーに木剣を差すと、エイナスの肩にポンと手を置いた。そのまま振り返ることもなく、修練場から立ち去っていく。



 一人取り残されたエイナスは、身長よりも少し小さいくらいのお手製の杖を胸元でぎゅっと握り締め、その背中を目で追いかける。妙に男らしいような、逞しいような、そんな風に見えた。


「……ウルニア、アーガストス。天才魔道士……」


 ぼそりと呟いたその言葉は、立ち去っていくウルニアの耳には届いていなかった。エイナスは気合いを入れ直すように身体を震わせると、ウルニアが打ち込んでいた木のカカシと相対するのであった。


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