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第5話 知らない言葉

現代のオタク女子高生が80年代にタイムリープ!しかもなぜか男子大学生に!?

男子ヲタの歴史を知らない彼女は、次々とオタク文化の変化を目撃、体験していきます。

なぜ彼女はタイムリープしてしまったのか?

はたして元の時代に戻ることはできるのか?

毎週火曜日更新です。よろしくお願いします!

 純喫茶“れい”の二階では、集まったメンバーたちが自己紹介を続けていた。

「では、次の方お願いします」

 今回の集まりを主催した、梅田の玩具店キデイランドの店員・渡橋一郎が進行役を努めている。

 立ち上がったのは、紺色のスーツに地味なネクタイと言う、まさに真面目を絵に描いたような男だ。彼はちょっとためらうように皆を見回す。

「えーと……北村健一と言います。おもちゃが好き、と言うか、アニメファンです。仕事は、郵便局員やってます」

 橘が紗菜の耳元に口を寄せて、小声でつぶやいた。

「いかにも国家公務員て感じだね」

 紗菜の目が驚きに丸くなる。

「え? 日本郵便て、民間企業でしょ?」

 その言葉に、橘だけでなく柴本も首をかしげた。

「郵便局で働いてるってことは、郵政省のお役人ってことだぞ?」

「どう考えても国家公務員だ」

「日本郵便って、株式会社じゃなかったっけ?」

 ちょっと待って……意識したこと無かったけど、昔“郵政省”ってお役所があった、なんて学校で習った気がする……。

 郵政が民営化されたのは紗菜が生まれた頃のことだ。彼女にとっては歴史の一部でしかなく、実感など湧くはずもない。

 小泉純一郎政権のもとで行なわれた郵政民営化で、元郵政省だった日本郵政公社は2007年10月から日本郵政株式会社とその傘下の四社に分割され民間企業になった。郵便事業を行なう日本郵便、貯金事業のゆうちょ銀行、保険事業のかんぽ生命、そしてそれらを束ねる日本郵政株式会社である。紗菜が今いる1981年では、郵政省がまだ健在なのだ。

「あ、ごめん、なんか勘違いしてたみたい」

 紗菜の苦笑に、橘と柴本が顔を見合わせた。

「今日の大輔、マジで変だよ」

「俺もそう思う」

 もっとちゃんと歴史を勉強しておけば良かった。

 そう思った紗菜だったが、まさか自分がタイムリープすることになるなんて予想すら出来ようはずもない。

 この時代のことを知るにはどうすればいい?

 現在進行系なのだから、今現在のことはまだ歴史の書物には記されていないだろう。

 新聞を読めばいい?

 紙の新聞なんて、ほとんど読んだことないなぁ。

 紗菜がそんなことを考えていると、次の男性が立ち上がった。

 柔道やラグビーでもやっているかのように、とてもガタイのいい男だ。

「東野誠です。おもちゃが好き、と言うか、アニメを録画することに命を賭けてます」

 そんなことに命賭けるな!

 と、紗菜は心中で叫んでいた。

「録画したビデオテープはまだ5000本ぐらいです。カビが生えないように、定期的に早送りと巻き戻しをするので、大変です」

 東野は、自分の言葉に苦笑している。

 紗菜が小声で柴本に聞く。

「ビデオテープってアレかな、VHSとか言う」

 精一杯の知識で、紗菜はその言葉をひねり出した。VHSのビデオテーブの実物を、彼女は手にしたことがない。父や母の会話によく登場するのでその存在は知ってはいるが、彼女にとってはDVDですら疎遠なものなのだ。

 紗菜の世代にとって録画は液晶テレビに内蔵されたハードディスクにするものであり、映像コンテンツを見るのはサブスクの配信なのだ。

「どうかな、ベータかもしれん」

 また知らない言葉が出てきた! ベータって何!?

 疑問で顔がハテナになってしまう紗菜。

 ベータとはソニーが開発・発売したビデオのフォーマットで、正式名はベータマックスだ。1970年代後半から80年代にかけて、VHSと覇権を争った家庭用ビデオ規格である。今で言えばスマホの「iOS vs Android」に近い構図だと言えるかもしれない。発売時期が早かったこともあり最初はその普及率でリードしていたベータだったが、80年代後半頃からVHSに市場シェアを奪われていく。そして88年、事実上の白旗とも言える出来事が勃発する。ソニー自身がVHS互換機を発売したのだ。そして2002年、家庭用ベータデッキの製造が終了してこの戦いに決着が付いた。これも紗菜が生まれる前の出来事である。

 “ベータ”のことはよく分かんないから無視しよう!

 そう決心した紗菜だったが、心中にもうひとつの疑問が浮かんでいた。

「今あの人、早送りと巻き戻しって言ったけど……」

「うん、ビデオマニアは大変だよね。5000本のビデオを早送りして巻き戻すって、どれだけ時間かかるんだろ、すげーなぁ」

「うん。すごいすごい」

 どう聞いても空返事の紗菜。

「でね、早送りはいいんだけど……巻き戻しって“早戻し”のことだよね?」

 今度は柴本の顔がハテナになる。

「早戻しって何だぁ?」

「ほら、テレビとかレコーダーのリモコンに早戻しボタンってあるじゃん、あれよ」

「レコーダーって、ビデオデッキのこと? カッチョいい言い方だな、それ」

 その会話に橘が割り込んでくる。

「確かにデッキにビデオレコーダーって書いてあるけど、そんな言い方しないよね。みんなデッキって言ってる」

 デッキって、船の甲板かトレカのデッキか分からないじゃん!

 他にもウッドデッキとか、確かスケボーの板の部分もデッキだったよね?

 ああ! この時代の言葉はウルトラ難しいでございます!

「でも確かに、早送りの逆で早戻しってのは、理論的には正確かもなぁ」

 そう言ってうなづく柴本、そして橘も首を縦に振っている。

 だが逆に紗菜は、少々焦りを感じ始めていた。

 転生したのか転移したのか、今の自分は野口大輔という男子大学生だ。だが彼の記憶はおぼろげで、なかなかハッキリとは思い出せない。つまりこれからも、知らない言葉のせいで何か大失敗をする可能性が高いということだ。

「よし、新聞読むぞ!」

 そう決心した紗菜であった。

言葉もそうですが、世代間ギャップに驚かされることが多々ありますよね。

つい先日、ラジオ収録の現場でまだ高校生の声優さんからこんなことを聞かれました。

「iPhoneで電話をかける時のアイコン、これって何の絵なんですか?」

ウルトラマンのように驚きの悲鳴を上げてしまいました、ジュワッキ!なんて(笑)

家電いえでんが無かったり、あってもデザインされていたり、

公衆電話も使ったことが無い彼らにはあのアイコンの絵が何か分からなかったそうです。

しかも現場にいた若者数名が皆、同じように首をかしげていました。

世代間ギャップ、ヤバいですね(笑)

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