第14話 ビデオ上映会だ!
現代のオタク女子高生が80年代にタイムリープ!しかもなぜか男子大学生に!?
男子ヲタの歴史を知らない彼女は、次々とオタク文化の変化を目撃、体験していきます。
なぜ彼女はタイムリープしてしまったのか?
はたして元の時代に戻ることはできるのか?
毎週火曜日更新予定です。よろしくお願いします!
「ビデオ上映会ってどうやって開くの?」
紗菜の問いに、柴本も橘もそろって首をかしげた。
「俺、行ったことはあるけど、主催したことなんてないからなぁ」
そんな柴本の言葉に、橘もうなづく。
土曜の深夜、三人は大輔の家に集まっていた。
柴本に電話で「今夜も行くから、インスタントラーメンでも食わせてね!」と言われた時は少し驚いた紗菜だったが、よく考えれば男子大学生なのだ。友人の家に深夜に訪ねてもおかしなことではないのだろう。もちろん、その家の家族が許してくれるのなら、ではあるが。
紗菜に抵抗感が無かったわけではない。
なにしろほんの少し前まで、紗菜は女子高生だったのだ。男子大学生を、しかも二人も自分の部屋に招き入れるなんて、もちろん初体験である。だが、そんな緊張なんてすぐに消えてなくなった。やはりオタク同士での会話は楽しいのだ。
「そもそも上映会って、素人に主催したりできるのかな?」
紗菜の疑問に、柴本が答える。
「できると思うよ。俺の先輩で、やってる人いるし」
「ああ、萩本さんね」
「そうそう」
紗菜にも、その名前には聞き覚えがあった。
目を閉じて自分の記憶を探る。
「あ! シネマジックの!」
「うん、その萩本さん」
萩本浩史は、大輔たちがオタク活動で知り合った人で、柴本の高校の先輩でもある。大輔たちとは違いとっくに社会人だが、仕事の合間を使ってバリバリとオタク活動している達人だ。なにしろ営業で外回りに出ると、あっという間に仕事を片付けた上、残った時間に映画を見る、なんて毎日を送っている。オタクとしても尊敬すべき先輩なのであった。
紗菜が首をかしげる。
「萩本さんのやってるサークル、シネマジックが上映会やってるの?」
柴本が力強くうなづいた。
「そう! 梅田の多目的スペースで、シネマジック主催のビデオ上映会を毎月やってるらしい!」
「らしい?」
また首をかしげた紗菜に、柴本がすまなそうな顔を向ける。
「話を聞いただけで、俺自身は行ったことないんだよ」
「でも、萩本さんがやってるってことは、私たちでもできるかもしれない?」
「その通り! それが言いたかった!」
柴本の言うとおりだ。
萩本は先輩であり社会人である。だが、イベントなどを主催するプロではない。それなら、大輔たち素人大学生にだって可能かもしれないのだ。
ミサイルパンチの集会での、西田のセリフが頭に浮かぶ。
『いつか、ボクたち主催でビデオ上映会をやってみたいですね! みんなが持ってるお宝ビデオを持ち寄ってさ、大画面で好きなアニメや特撮を見るんですよ!』
当時、ビデオデッキはまだ高価で、個人で所有している者は少なかった。だからこそ、皆で集まってビデオを見ることは、彼らオタクにとって夢のようなイベントだったのだ。情報が限られていた時代だからこそ、仲間と共有する喜びはひとしおだったと言える。
そしてそこからは、どうやって上映会を実現させるかの会議となった。
やらなければならないことを書き出していく。
・どこで開催するのか? 場所を探す。
・ビデオやモニターなど、必要な機材はどうするのか? 会場で借りられるのか
・チケット販売は? 当日の入場時に徴収する?
・入場者の列の整理は必要? それ以前に、そこまでちゃんと集客できるのか?
・パンフレット的な紙物は必要?
調べねばならないこと、決めねばならないことが山積みである。
そして、当日はどんな作品を上映するのか?
三人はここで盛り上がってしまう。色々と考えなければならないのに、上映したいアニメや映画、特撮の話になると止まらない。
「やっぱりマグマ大使でしょ!」
「海外SFドラマの代表として、謎の円盤UFOは?」
「太陽の王子ホルスの大冒険ははずせない!」
そんな議論が、ひと晩中白熱したのであった。
「で、結局、萩本さんに聞くしかないってこと?」
翌日、大学の昼休み。学食でランチを囲みながら、紗菜は昨夜の会議の結論を柴本に確認した。橘はすでに食事を終え、食後のコーヒーを啜っている。
「まあ、それが一番手っ取り早いよな。百聞は一見に如かずって言うし」
柴本はカツカレーを平らげながら頷いた。
「萩本さんは仕事もしてるから、俺たちが合わせるしかないけど……」
「それはもちろん。忙しい中、私たちのために時間を作ってくれるんだから」
紗菜は即座に同意した。昨夜、彼らは萩本に連絡を取り、週末に時間をもらえることになったのだ。場所は萩本の行きつけだという、梅田の喫茶店。
「楽しみだなあ。萩本さんから直接、上映会のノウハウを教えてもらえるなんて!」
柴本の顔は期待に輝いている。彼にとって萩本は、オタク活動における師匠のような存在なのだ。
「でも、失礼のないようにしなきゃね。私たち、素人なんだから」
紗菜は少し不安そうに呟いた。いくら萩本が気さくな人物だと言っても、社会人としての礼儀はわきまえなければならない。
「大丈夫だって! 萩本さん、すげー優しい人だから。それに、俺たちがマジで上映会やりたいって気持ちは伝わってるはず!」
柴本は紗菜の肩をポンと叩いた。その言葉に、橘も静かに頷いた。
週末。梅田のレトロな雰囲気の喫茶店で、三人は萩本を待っていた。少し緊張した面持ちの紗菜に対し、柴本と橘は普段通りだ。特に柴本は、逆にワクワクしているのが表情から見て取れる。
「やあ、待たせたね!」
元気な声と共に現れた萩本は、想像していたよりもずっと若々しい印象だった。スラリとした体躯に、知的な雰囲気を醸し出す眼鏡。しかし、その瞳の奥には、彼らと同じ「オタク」としての情熱が宿っているのが感じられた。
「萩本さん、お忙しいところすみません!」
「いえいえ、お構いなく。君たちがビデオ上映会に興味を持ってくれたなんて、嬉しい限りだよ」
萩本はにこやかに笑い、彼らの向かいの席に腰を下ろした。
「それで、どこから話そうか? 何が知りたい?」
萩本の問いに、三人は顔を見合わせた。話したいことは山ほどあるが、何から聞くべきか迷ってしまう。
「あの、まずは、場所のことなんですけど……」
紗菜が切り出した。
「ああ、多目的スペースのことだね。あれは、梅田にあるレンタルスペースだよ。広さも色々あるし、時間貸ししてくれるから使いやすいんだ」
萩本は慣れた様子で説明を始めた。
「機材は、会場で借りられるんですか?」
橘が質問を重ねる。
「基本的には借りられるよ。プロジェクターとか、スクリーンとかね。ただ、ビデオデッキは持ち込みが多いかな。色々なフォーマットがあるから、会場側も全部は用意できないんだ。うちのサークルは、VHSとベータ、両方持ってるから、大抵のものは大丈夫だけどね」
萩本は慣れた手つきで、注文したアイスコーヒーのストローを回しながら答えた。その言葉に、三人は「なるほど」と頷く。
「チケット販売は、どうやってるんですか?」
柴本が前のめりになって尋ねる。
「うちは、基本的には当日券に絞ってる。事前にチケットを売るノウハウとかないからね。ぴあとか使えるほどの客数じゃないしね」
「集客は、どうしてるんですか? やっぱり口コミがメインですか?」
紗菜の問いに、萩本は少し考えるそぶりを見せた。
「そうだね、最初は口コミがほとんどだったかな。あとは、うちのサークルのメンバーが、各自で知り合いに声をかけたり。最近は、ミニコミ誌とかに告知を載せてもらうこともあるよ。小さなイベントだけど、意外と見てくれてる人はいるんだ」
彼の言葉は、彼らにも上映会が実現可能であるという希望を与えてくれた。萩本は、彼らが抱えている疑問を一つ一つ丁寧に、そして分かりやすく説明してくれた。その知識と経験は、彼らにとってはまさに「宝物」だった。
「パンフレット的なものは、作ってますか?」
柴本が尋ねる。
「うちは、毎回簡易的なものを作ってるよ。上映作品の解説とか、見どころなんかをまとめたものだね。凝ったものではないけど、来場者には喜ばれるし、記念にもなるからね」
萩本は楽しそうに語る。彼の言葉の端々から、上映会に対する愛情が溢れているのが伝わってきた。
約二時間の話し合いは、あっという間に過ぎた。萩本は、会場の選び方から機材の手配、集客方法、そして当日の運営まで、詳細にわたってアドバイスしてくれた。彼らの質問一つ一つに丁寧に答えてくれる萩本の姿に、三人は感動すら覚えていた。
「ありがとうございます! すごく参考になりました!」
紗菜が深々と頭を下げた。柴本と橘もそれに続く。
「いやいや、どういたしまして。君たちが上映会を開くなら、ぜひ観に行かせてもらうよ」
萩本の言葉に、彼らの顔には満面の笑みが広がった。
喫茶店を出て、三人で梅田の雑踏の中を歩き出す。胸の中は、新たな目標に向かって燃える情熱でいっぱいだった。
「やるぞ! 俺たちで、ビデオ上映会!」
柴本が力強く拳を握りしめる。
「うん! 萩本さんの話を聞いたら、もっと頑張れる気がしてきた!」
紗菜も頷く。
「まずは、場所の候補をいくつか絞ってみようか」
橘が冷静に提案した。
彼らの「ビデオ上映会」計画は、着実に現実へと向かって動き始めていた。
いよいよ動き出した紗菜たち!
はたして、上映会は成功するのでしようか?




