第12話 未来への熱意
現代のオタク女子高生が80年代にタイムリープ!
しかもなぜか男子大学生に!?
男子ヲタの歴史を知らない彼女は、次々とオタク文化の変化を目撃、体験していきます。
なぜ彼女はタイムリープしてしまったのか?
はたして元の時代に戻ることはできるのか?
毎週火曜日更新です。よろしくお願いします!
「大丈夫か!? おい、大輔!」
ハッと目を開けると、視界いっぱいに柴本の心配そうな顔があった。そうか、まだ純喫茶“れい”にいるのか。意識が遠のいた時、無意識に現代に戻れるような気がしていたのだが、紗菜を引き戻したのは友人の声だった。
「貧血か? やっぱり今日は調子悪そうだな」
柴本が額に手を当てようとしてくるのを、紗菜──今は野口大輔の体を借りている──はひらりと避けた。彼の心配が純粋なものであることは理解できるが、ここで自分が「紗菜」であることを悟られるわけにはいかない。どうにかしてこの場を乗り切らなければ。
「熱中症かも」
そう言って苦笑いすると、柴本は不思議そうに首を傾げる。
「え? ……それ何だ?」
柴本の素朴な疑問に、紗菜は内心で焦りを覚える。現代では当たり前の言葉も、1981年の彼らには通じない。どう説明したものか。
「あ、オレたちのことじゃない?」
その時、橘がひらめいたように声を上げた。彼の目は、面白そうなものを見つけた子供のように輝いている。
「何かに熱中してるから熱中症!」
橘の突拍子もない解釈に、紗菜は思わず吹き出しそうになるのを必死で堪えた。彼のユニークな発想は、いつも周囲の空気を和ませる。だが、今は野口大輔として、この突飛な解釈にどう対応するべきか。
「そうなのか?」
柴本が真顔で橘に問いかける。柴本の生真面目な性格が、この場での唯一の救いかもしれない。紗菜は再び苦笑いを浮かべながら、曖昧に言葉を濁した。
「なんて言うか……暑すぎると気持ち悪くなるって言うか、体がだるくなるっていうか……」
必死に現代の知識を排除し、当時の言葉で表現しようと努める。自分の言動一つで、この時間軸にどのような影響が出るか分からない。その不確実性が、紗菜の心を常に締め付けていた。
「ああ、日射病か」
柴本の言葉に、紗菜は内心でホッと胸を撫で下ろした。そうだ、この時代には日射病という言葉があった。現在の熱中症は、日射病だけでなく、より広範囲の暑さによる健康障害を指す総称だが、当時は強い日差しの下で起こる症状を日射病と呼んでいたのだ。野口大輔の体の中にいながら、過去と現在を行き来するような感覚に、紗菜は改めて不思議な気分になった。言葉ひとつにも、時代の隔たりを感じずにはいられない。
熱中症──いや、日射病騒動も収まり、ミサイルパンチのメンバーは再び熱気を帯びた会議に戻っていた。彼らの目は、未来への期待に満ちている。
「よし、サークル名も決まったことだし、どんな活動をしていくか話し合おうぜ!」
橘が興奮気味に言った。彼の声には、抑えきれない高揚感が滲み出ている。サークル名が決まったことで、彼らの熱意は一層高まっているようだった。
「そうですね。でも、メンバーへの負担になることは避けたいですよね」
北村が真面目な顔で提案する。彼の几帳面な性格が、ここでも遺憾なく発揮されている。現実的な視点を持つ彼の存在は、熱くなりがちな彼らにとって、良いブレーキ役となっていた。
「せやな。みんな、大学もバイトも忙しいし、無理は禁物や」
渡橋も頷いた。彼の言葉には、皆の状況を思いやる優しさが感じられる。玩具店での仕事も忙しい彼だからこそ、その気持ちがよく分かるのだろう。
「だったら、自由参加にしよう! 来れるやつだけ集まるって感じで」
橘の提案に、皆が賛成した。このゆるさが、彼らのサークル活動を長く続ける秘訣になるのかもしれないと、紗菜は直感的に感じていた。義務感ではなく、純粋な「好き」で繋がる関係。それが、彼らにとって何よりも大切なことなのだろう。
「じゃあ、集まる場所と時間はどうする?」
柴本の問いに、西田がにこやかに答えた。彼の提案は、いつも皆の納得を得るものだった。
「毎週土曜の夕方に、ここ純喫茶“れい”に集まるっていうのはどうですか? みんな顔を合わせやすいでしょうし、マスターも協力的だし」
「おお、それはええな!」
渡橋が声を上げた。純喫茶“れい”は、彼らにとって憩いの場であり、秘密基地のような場所となる。紫煙の匂いや、マスターが淹れるコーヒーの香りが、彼らの記憶の中に深く刻み込まれ、ここが彼らの原点となるのだ。
「情報交換だけじゃなくて、もっと何かしたいよな!」
そう言った橘の目がきらめいた。彼の「もっと」という言葉は、彼らの尽きることのない探究心と情熱を示しているようだった。
「いつか、ミサイルパンチ主催でビデオ上映会をやってみたいですね! みんなが持ってるお宝ビデオを持ち寄ってさ、大画面で好きなアニメや特撮を見るんですよ!」
西田の言葉に、一同は沸き立った。当時、ビデオデッキはまだ高価で、個人で所有している者は少なかった。だからこそ、皆で集まってビデオを見るというのは、彼らにとって夢のようなイベントだったのだ。情報が限られていた時代だからこそ、仲間と共有する喜びはひとしおだっただろう。
「それ、ええなぁ! 迫力の大画面でロボットアニメとか、ウルトラシリーズ見るんや!」
渡橋が拳を握りしめる。
「あと、同人誌とか作ってみるのはどうですか? 自分たちの研究成果とか、好きな作品の考察とか、イラストとか。それをコミックマーケットで売ったりして!」
北村の提案に、柴本が目を丸くする。彼の真面目な性格からは想像できないような、クリエイティブなアイデアだった。彼なりの表現方法を見つけようとしているのだろう。
「コミケか! それは面白そうだ! 自分たちの作品を世に出すって、なんかカッコいいな!」
柴本の興奮した声が響く。彼らにとって、コミックマーケットは未知の世界であり、新たな挑戦の場となるかもしれない。
「そうだ! 何かオリジナルグッズとかも作ってみたいな!」
橘がさらに夢を膨らませた。彼のアイデアはいつも奔放で、皆を巻き込む力があった。
「せやな……例えば、メンバーのTシャツとかどうや? みんなで同じTシャツ着て、コミケとか行ったら目立つで!」
渡橋の言葉に、紗菜の心臓がトクンと鳴った。Tシャツ。野口大輔が、後に大切にしているというあのくたびれたTシャツのことだろうか? だとすれば、それはここで生まれたアイデアだったのか。現代の彼が、あのTシャツをどんな思いで保管しているのか、紗菜の胸に暑いものが込み上げる。
「Tシャツか! それはいいな!」
橘が興奮して身を乗り出す。彼らの顔は、未来への希望に満ちていた。
「デザインはどうする? やっぱり、アニメのキャラクターとか?」
「いや、それじゃあただのファンTシャツじゃないですか。俺たちらしい、もっとひねりのあるデザインにしたいですね」
西田が腕を組み、真剣な表情で考え始めた。彼の言葉には、単なるファン活動に留まらない、自分たちならではのオリジナリティを追求しようとする意志が感じられた。
ミサイルパンチの夢は、無限に広がっていく。このくだらなくて、最高に楽しい時間が、未来へと繋がっていくことを、紗菜は知っていた。そして、その未来が、現代の野口大輔にとって、どんな意味を持っているのか、深く考えずにはいられなかった。
うとうとすると現代に引き戻される?
それとも眠るとタイムリープする?
まだまだその仕組みは分かりませんが、今後のヒントになりそうですね!
では、次回をお楽しみに!




