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宵に食べるものは旨い話

私、あかいこんくり以外の方による転載、自作発言、無断使用などは許可しておりません。

もしそういったことが起こった際は、場合にもよりますが料金などを請求するなど対応を取らせて頂きます。


誤字脱字などの修正や、内容の改稿、作品の消去などを突然行う場合があります。

また、内容に関するクレーム、場合によっては質問などには、お答えすることができません。


予めご了承ください。


また当作品には、以下の描写が含まれます。


・錯乱シーン

・死亡シーン


それらを踏まえて、読後自らの感情に責任が持てる方のみお読みください。


【セイタとエイタ】

「情報屋として仕事の時間ですー。話してもらいますよ」

 そう言われ、フードの少年――名前はミツルというらしい――についていく俺達。当たり前のようについてくるコウとシンに俺は少し嫌な気持ちになった。なぜか。それは情報屋に対してのお代である『セツナで起きたことのすべて』をこの二人も聞くかもしれないからだった。

 エイタは何を考えているかは知らないが、不安そうな顔をしていた。ふと俺の方を見てくる。笑った。どうやら俺も似たような表情をしているらしかった。

 商店街を戻り、さっき来た入り口へ。そこまで来たところで、シンが突然走り出した。

「どうしたシン」

「いやちょっとな!」

 コウの呼びかけにも笑ってそうはぐらかすと、シンはとある店に駆け込んだ。エイタの腹の虫が鳴った肉屋だった。ミツルがため息をついて立ち止まる。

「おばちゃあん」

 シンがそう声をかけると、肉屋の店主らしきふくよかな女性が振り返る。

「あらぁシンちゃん。どうしたの?」

 シンちゃん? 思わず俺達二人は首を傾げた。

 その後も和やかな会話を続けるシンと女性。そこには烏への差別もなく、ただただ知り合い同士の光景だった。それが俺達にとっては信じられなかった。店に来た烏を追い払いもせず、さも普通ですと言わんばかりの対応をされるなんて。コウとミツルも驚きもせず当然のように二人のやりとりを見守っている。烏の最後の楽園ってのは、こうも差別なく普通として受け入れてもらえるのだろうか。

「優しい街だね」

 同じことを思っていたのか、エイタが思わずそう呟く。するとミツルはいやいや、と首を振った。

「あれはシン先輩だけですよー。流石に烏であそこまで一般人と仲良くできるのは滅多にいませんー」

 どうやらあそこまで仲良しでいられるのは街とは言え、少数派だったようだ。この街でも、烏に対して商売を行ってくれる店はそうそうないのだという。ならば、あのシンはどれくらいあの店主に対して諦めずコミュニケーションを取り続けたのか。それとも、それほど人の中に入り込むのが上手いのか。

そう考えていると、シンが俺達の元に戻ってくる。手には何やら紙袋を持っていた。

「メンチカツ買えた! 食うだろ? セイタ、エイタ」

おまけもしてもらったんだぜ? そう言いながら、問答無用で戸惑う俺達の手に一つずつメンチカツを載せてきた。エイタは腹の虫がまた鳴った。

握りこぶしよりも小さいくらいのそれは、荒いパン粉にまぶされて黄金色に見事に揚げられている。それはそれはあたたかな温度を纏っていた。我慢できずに二人してためらいなくかぶりついた。身体全体に油とその温度が巡るようだった。旨い。

「おい無駄遣いすんなよシン」

「いいじゃん、いいじゃん、たまには」

 コウとシンはそう言い合いながらも、むしゃむしゃと食べている。ミツルなんかあれだけ面倒くさそうにしていたのに、黙ってもう完食していた。

「エイタ」

「……何」

 シンがエイタに呼びかける。

「食べたかったんだろ? これ」

 シンのその言葉にエイタは驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。何度も、何度も。俺はそれを見ながらふと泣きそうになった。ぐっと耐える。

「えーっともういいですかー」

 寄り道は終わりだ、と言わんばかりにミツルが言うと、コウはニヤリと笑った。

「ミツル。シンに奢ってもらって何か言うことは無いのか?」

 ミツルは、あ、とした顔をするが、ばつが悪いのか、すぐには言わない。その隙に俺達が言った。

「ありがとう、シン」

 シンは照れくさそうに笑った。

「いいの、いいの。ていうかおれたちが急に襲ったのが悪いんだし! ……っていうかコウ、おまえにもおごったんだけど! ありがとうは?」

「オレはいいんだよオレは」

「よくねぇ!」

 コウとシンが軽く言い合いになっていると、ミツルがまたパンパン、と手を叩いた。

「流石にもう行きますよー? 困りますー」

 自由すぎる。俺は少し笑った。



 B地区の商店街を抜けると少し小高い坂があり、それを上っていく。すると、辺りはだんだんと店よりも家が目立ち始める。烏が住んで無さそうな一軒家やアパート、マンションが多い。ここは魔法も差別も特にない一般人達の住宅街なのだろう。途中の電柱のプレートを見ると、『C地区』の表記が見えた。

「今日はこっちの方なんだな」

 シンがそう言うので、意味が分からず考える。すると、ミツルが前方で声をかけてきた。なぜか小声だった。

「こちらですー」

 ミツルが指さした方向には、年配の女性が庭の花に水をやっている家があった。俺とエイタはそろって戸惑ってしまった。俺達は情報屋に会うためミツルについてきた。この家が情報屋の会える場所なのか。とすればあのおばあさんも情報屋で……?

 俺達が混乱する中、コウ、シン、ミツルは迷うことなく女性の目を盗んで庭部分に侵入し、その家のドアに向かう。

「ほら行くぞ」

「あのおばあさんに見つからねぇようにな!」

 立ち止まる俺達を急かすようにコウとシンが声をかけてくる。不思議に思ったエイタが言った。

「ここが情報屋? あのおばあさんも情報屋??」

「は? んなわけないだろ」

 コウが当然のように否定する。ますます混乱したが、ここは三人のようにやるしかない。そう思った俺達は、彼らに倣うことにした。花壇と花壇の間に入り込み、おばあさんに見つからないように小走りに進む。

 ようやく玄関ホールにたどりついた。ミツルはそのドアにコンココンと独特なリズムでノックした。すると鍵も何も挿していないのにどこからかガチャリという扉が開く音が聞こえた。その音が聞こえるや否やいつの間にか後ろに立っていたコウとシンに俺達は押し込まれた。その勢いで中に倒れこむ。そこで違和感に気付いた。

 狭い。先程の家に比べて玄関が狭すぎる。入る前は一軒家だったのに、今では古いアパートの一室程の狭さの玄関しかない。その狭い玄関で俺とエイタは無理やり倒れこんでいる形だ。

「ほら早く靴脱げよ」

 ドアを閉めたコウが倒れこんでいる俺達に、向かって言う。シンはそれに対して言い方~、と制しながらエイタを起こしていた。俺は靴を脱ぎ、家に上がった。玄関のすぐ右手には洗濯機とかごが置いてあり、左手は壁で何もない。右手のその先には白いドアがあった。風呂場だろうか。さらにその先には廊下に面するように小さなキッチンがあった。使った皿がシンクに洗われずに漬かっている。一口しかないコンロにはやかんが一つ置かれていた。

 コウに早く行けと急かされたので、足早にその前を抜ける。

 六畳くらいの部屋があった。右手に二段ベッド。左手にはサーバーというものだろうか、黒い機械のようなものや本や資料、その他書類が床に乱雑に置かれている。やはり入ってきた場所と中の仕組みからして違う場所のようだった。前方に窓があるのだが、そこからの景色が入ってくる前の情景と違いすぎるのもその証拠だ。見えている建物の角度から見るに、ここは二階くらいの高さがあるのだろう。先程入った家は一軒家。家主は空間転移の能力でも持っているのだろうか。

 前方の窓の前には事務デスクのような机といすがあり、そのいすに男がこちらに背を向けて座っていた。ギギギ、と金属のきしむ音を立てながら、こちらにいすが回る。

「やぁやぁさっきぶり。いらっさいませ。……ミツルさんもお疲れ」

 座っていた男が立ち上がり、俺達に声をかけた。その声はまさしく先程の電話の声で、つまりこの男が情報屋だった。

「ほんとですよー。シン先輩も寄り道するし。僕は寝てるのであとは任せましたー」

 情報屋の男に悪態をつきながらミツルはフードを外す。ミツルの露わになった頭髪を見て俺達は驚いた。綺麗な金髪だったのだ。顔立ちもどことなく外国めいた顔立ちをしている。瞳孔の色は灰色だったから烏ではあるのだろうか。それにしても烏にとっては珍しい外見をしている。

 戸惑う俺達を無視して、ミツルはすぐに二段ベッドの上にあがってしまった。

「すみませんねぇ、不愛想で」

 男が苦笑しながらそう言った。俺はミツルに向けられていた視線を男に戻し、今度は男の方を観察した。

 ぱっと見、若くはあるが大人の男だ。俺達やミツル、コウとシンよりも大分年が離れている。二十代前半というところだろうか。茶髪で相当なくせ毛なのか、頭が全体的にもしゃもしゃとしており、目元には眼鏡をかけていた。瞳孔の色は灰色。烏……なのだろうか。なぜか断言したくない。服装はカーゴパンツに長袖Tシャツ、その上にオレンジ系統の色味の半そでチェックシャツを羽織っていた。なんとなくダサい。しかもTシャツには何やら格言めいた雰囲気で文字が書かれており……。

「『働いたら負け』……?」

 俺が思わず声に出して読むと、男はおー、と声を出した。

「文字は読めるのか」

「あぁ、エイタは読めないものもあるが俺は多少……」

「へぇ。セツナのスラムも捨てたもんじゃねぇな」

「……」

 当たり前のように自分達の住んでいた場所を男が言うので、俺はつい口をつぐんでしまった。遅れて部屋に入ってきたコウとシンがくすくすと笑う。

「なーに笑ってんの」

「いや、ゆうじ。ビビられてるよ」

 俺達の意図を再度読んだシンが男にそう返答すると、男はえー、と困ったように言った。

「お兄さん、ビビられるほど怖くないんだけどなぁ」

 男はそう言うと、改めて俺達に笑いかけた。

「はじめまして。俺は情報屋のゆうじ。上で寝転んでるのはミツル。よろしくな、セイタくん、エイタくん」

 男―――ゆうじはベッドの下から座布団を二枚引っ張り出すと、それを俺達に差し出す。同じ場所から引っ張り出した折り畳み式のちゃぶ台を組み立てながら、俺達に話しかけた。

「まぁ、座りなさいな。疲れたでしょうお客さん。それにどう? この街は」

「どう、って……」

 俺達はぎくしゃくしながらも座布団を受取り、ちゃぶ台の前に座った。それを見たゆうじは安心したように自分のいすに座る。ちゃぶ台を挟んで俺達とゆうじは向かい合う位置になった。ゆうじが椅子に座る分視線が高くなり、俺達は見下ろされる格好となった。

 ゆうじが続ける。

「セツナとは違う〝烏の最後の楽園〟! 気に入った?」

「さぁな」

 俺はそれだけ答えた。正直なところ、入ってくるまでは憧れでもあった。

 烏が虐げられる現実は変わらないにしろ、比較的自由に暮らせる場所。先程のシンのように付き合い方によっては、金銭の受け渡しで食べ物を買えたりできるなんて夢みたいだった。けれど、本当のところはどうだ。よくわからんデスゲームみたいなもので烏は命が奪われる。その代わりの金や自由だった。とても残酷だと思う。そしてこれはただの直感だが、この〝街〟はなんだか気持ち悪かった。どう表現していいのか分からない、何か良くないものが息づいているような……そんな感覚があるのだ。

 そう悶々と考えていると、後ろにいたシンが言った。

「なんか気持ち悪いって~」

 俺は思わず振り返った。ここでも心が読まれるのか。読まれるどころか情報屋に伝達までされる。きっとこの気持ちも伝わったのだろう。シンはごめんごめん、と謝っていた。前を向き直すとゆうじが言った。

「あー、〝襲い屋〟と〝情報屋〟はね、契約? 提携? ともかく協力し合ってんのよ。シンのその能力で新参者を見つけて接触、それから俺の元に連れてくるのを襲い屋に頼んでんのよ。その代わりに同じ情報を一緒に共有する。……まぁ業務提携みたいなもん? だからコウとシンが同席すんのは許してね」

 俺ははぁ、とため息を一つついた。なるほど、ついでにシンの能力を使って嘘やだんまりを極力させないようにしてるのか。

「エイタ。ここではごまかしがきかないようだ。シンにバレる。緊張していても仕方ない、話せるだけ話しちまおう」

 俺がそう言うと、エイタはちらりとシンの方を見た。ゆうじはそれを見て、それはこっちも助かる、という風にうんうんと頷いた。

「さて、と。セイタくん達はなんでこの街にやってきたのかな。セツナであったこと。話してくれる?」

 ゆうじはそう言うと、組んでいた足をほどき前かがみになった。エイタの方を見ると、少し顔がうつむいていた。話したくないのだろう。俺は諦めて情報屋と真正面から向かい合った。

「〝鳩〟が来たんだ」

〝鳩〟。それは俺達〝烏〟の天敵である本国から来た魔法使いのことだ。

そもそも〝烏〟とは、先の大戦で作られた人間兵器の末裔のことを示す。科学の国である〝彩〟国と魔法の国である〝Oz〟国。この二つが争う混乱の時代の中で、彩がOzの魔法使いに対抗するべく〝烏〟の大本である人間兵器を生み出したのだ。しかし戦争は彩の敗戦という形で終わり、Ozはその国土を吸収合併という形で調伏した。

 〝烏〟は元々が人間兵器であるという側面からか、戦いを好む倫理観や道徳観を持つとされ、兵器となりうる魔法によく似た能力を一つ持つ。そういったところが危険とみなされ、また戦争を想起させるとして今の今まで忌み嫌われているのだ。

 そんな中でOz国の中心地である本国では〝鳩〟と呼ばれる魔法使いの組織が作られた。彼らは平和と治安維持を掲げ、〝烏〟による事件などの摘発、鎮圧をしている、とされている。特徴は自身の家紋が入った白手袋をしていること。セツナに来たあいつの手にもそれらしきものがつけられていた。

「でも俺達は悪いことなんざ一切していない。いじめられながらも、ただ細々と暮らしていただけなのに……、あの〝鳩〟はあいつらを……みんなを……」

「皆を?」

 ゆうじが淡々と問う。俺は重い口を開いた。

「……殺したんだ。小さい子からそれを守ろうとした奴まで。理由はよく分からなかった。逃げる俺達を追いかけながら、楽しそうに銃を向けてさ。俺とエイタは命からがらセツナから逃げることができてここにいる。他のみんなはどうなったか分からないが、セツナでは俺達が一番、能力も強かったんだ。だから……、あいつらは……」

 俺がそう言って黙ると、ゆうじはうーん、と言いながら何かを考え込むように腕を組んだ。前かがみから背もたれへもたれかかるような姿勢に変える。もっと話を聞きたいようだが、訊きあぐねているようにも見えた。エイタが隣で静かに泣き始めていたからだ。俺達はその鳩に仲間も何もかも奪われてここにたどり着いた。俺だって今でも、みんなの悲鳴と奴の使う魔法の音が耳にこべりついて離れない。

 すると、後ろで聞いていたコウが口を開いた。

「一人だけだったのか?」

「その〝鳩〟のことか?」

「あぁ」

 ゆうじがため息をつく。

「ちょっと。コウくん、質問したりするのは俺達情報屋の役目でしょ。邪魔しないでもらえるかなぁ」

「あんたが早く訊かないのが悪いんだろ」

 そう言い返したコウは、さらに俺へと質問する。

「なぁセイタ。そいつは何かを探していなかったか? 人とか、何かモノとか……」

 俺はエイタと目を見合わせた。エイタは知らない、というように首を横に振った。俺も同じだ。

「……いや? 特にそういうことは……。というか逃げるのに必死でそんな余裕なかったというか」

 その答えにコウは不満そうに鼻を鳴らした。コウは先ほど俺に自分の武器を俺に触らせてきてから、なんだかイライラしているように見えた。

 コウが黙ると、ゆうじがすかさず、ううん、と咳払いをした。今度こそこちらに質問をさせろ、とコウに圧をかけるようだった。

「一人だけ、ね。それと、いつ来てどんな奴だったのか。もっと詳しく教えてくれない?」

「あぁ、分かった」

 俺はそう返事をして、その時のことをエイタと思い出すことに専念した。最初は情報屋や襲い屋にこの思い出を晒すことにとても抵抗感があった。けれど、なぜだろう。街の気やコウとシンの目にあてられたのだろうか。今は思い出すことで、殺されたみんなに報いたい、仲間の仇くらい討ちたいと思うようになっていった。先程食べたメンチカツが胃の中でメラメラと燃えているようだった。〝街〟に来るまではどこか負け犬のようなそんな気持ちだったのに。不思議だ。

 一つ一つ記憶や思い出したことを開示していく。ゆうじはそれを聴きながらチラシの裏にメモを取っていく。コウとシンも立っている俺達の後ろから身を乗り出すようにそれを聴いていた。ミツルだけが二段ベッドの上から出てこなかった。が、寝息は聞こえていない。その静けさは聞き耳をたてて、話を聞いているように思えた。そんな気配はずっと最初からしている。

 話し終わってしばらくすると、ゆうじはよし、と呟いた。

「まとめるとこうだな」

 俺達の話をゆうじは一つずつ挙げた。

 一つ目。そいつは男の〝鳩〟で三十代~四十代。あるいはもっと上の年代の魔法使いであること。

 二つ目。特徴。そいつは右目にモノクルをつけ、長い土のような色のロングコートを着ている。左の腕は何故か、革のベルトのようなものが三つつけられていた。

 三つ目。使う魔法の系統は分からない。ただ地面に割れ目を起こしたり、持っていた変な銃でなにかしらの魔法を撃ち込んでいた。

 四つ目。やってきたのは丁度一週間前。何も悪いことをしていないのに、かたっぱしから烏達を捕まえ、逃げようとした者、抵抗した者は容赦なく殺した。

 五つ目。つかまったみんなのその後。また男の目的、意図などは分からない。

「これで大丈夫そう?」

「あぁ。問題ないと思う」

 俺はゆうじの問いかけにそう返事すると、エイタの方を見た。エイタも泣き止み、俺のことを見つめ一つ頷いた。

 ゆうじはというと、また何かを考えていた。なるほどねぇ、と言いながら持っていたペンの先で頭をかき、右足の親指で左足のもも裏をかいている。その様子が気になる。

「何か、……気になることでもあったか?」

 しかしゆうじはいや? と笑った。

 すると突然、今まで黙ってやり取りを聴いていたエイタが、急に振り返った。コウ達に問いかける。

「なぁ、〝襲い屋〟。もしまたあいつが……、〝鳩〟がこの街にやってきたら、おれ達と一緒にそいつをやっつけてくれないか?」

「……なんでそんなこと」

 コウがぶっきらぼうにそう返すが、エイタは止まらなかった。

「おれ達は悔しいんだ。みんながあんな簡単に殺されていったことが。仇をとりたいんだ。……お前ら二人強いんだろ? なぁ協力してくれよ」

「おいエイタ、どうした」

 俺は急に話し始めた弟に動揺しながらも、主張自体は止められなかった。俺だってみんなのことを考えれば悔しかったからだ。それにこの〝街〟での協力者が得られるなら確かに嬉しい。しかし。

 コウは、頷きそうになっているシンを止めながら横に首を振った。

「それはできない」

「なんで」

「だが」

 コウはエイタの悲嘆を遮り、続けた。

「〝襲い屋〟としての仕事ならば全うする」

「……えっ?」

 意味が分からず戸惑っていると、シンが笑って説明した。

「おれ達〝襲い屋〟はこの〝街〟で悪いことをする烏におしおきをするけど、それとは別に、烏を、おれ達烏に手を出すやつらのことを許さない。烏を守る。……それが仕事!」

「だからもし、その〝鳩〟がこの〝街〟に来て〝烏〟に同じことをしようとするのなら、オレ達はそいつに反撃しなければならない」

「だからな、」

 交互に自らの役目について語った彼らはなぜか見た目以上に大きく、大きく、見えた。

「きっとセイタとエイタは大丈夫だ」

「違うだろ」

「え、あ、えっと、だからそいつが来たらまかせとけ、ってハナシ!」

 シンは自慢げに笑い、コウはただ鼻を鳴らした。

 まかせられるか。俺達はそう言い捨てても良かったはずだ。ただの口約束。だけれど、その宣言にも似たその言葉はとても強く、ありがたかった。嬉しかった。



 情報屋との話は終わり、俺達はひとまず退散することにした。

 玄関先まで来たゆうじは、最後にこう言った。

「また俺達情報屋が必要になったら、ミツルを頼るか、またあの電話からかけてきてくれ。うちの入り口は毎回変わるんだ。出口は同じだけど」

「やっぱりここはあの家じゃないんだな」

 エイタと同時にそう言うと、ゆうじは流石、と笑った。最初、この部屋に入った時を思い出す。住宅地の一軒家、その玄関から全く違う場所にワープする。それは今回の話で、入り口はあそこだけではなく、日々変わっている。そういうことなのだろう。ますます、その力を使うゆうじとミツルの正体が気になるところだ。

 玄関のドアを開けると、そこは古びたアパートの外付けの廊下に繋がっていた。最初の入り口と風景も状況も全く違う。部屋の表札を見ると名前こそは書いていなかったが、二〇六、という部屋番号であることが分かった。ここにかけた電話番号はこれだったか。

「ゆうじ、お前、烏だとしたら何の能力者だ?」

 そう訊くがゆうじは内緒♪ とだけ言ってはぐらかし、片目をつぶった。ウインクにしてはへたくそだった。

 情報屋の部屋から出て、アパートの外付け階段を下りていく。ところどころ錆びている金属製の階段のため、降りるたびにカンカンと音が鳴った。現在地が分からないので、一緒に部屋から出たコウとシンに訊く。

「あぁ、ここはC地区とE地区の間くらいだ。今日はそんなに入り口から離れていない。Eには時計台がある大通りがあって、Cは住宅地」

 コウはあっち方面がE、こっち行くとC、と指をさしながら教えてくれた。以外にも親切だ。すると、今度はコウが俺達に尋ねてきた。

「ゲームはしないのか?」

「するわけないだろそんな危ないゲーム」

「だよな~。金かせげるけど」

 シンがその答えにうんうん、と頷く。訊くと二人は参加しているらしい。よっぽど自分達の強さに自信があるのだろう。そう思っていると、シンが何故か苦々しく笑った。

 E地区の大通りを東に横断して抜けていくとスラムを形成しているG地区があるらしい。そこは治安は悪いが、力のない烏達が身を寄せ合って生きている。そう聴いてセツナに近しいものを覚えた俺達は、ひとまずそっち方面を目指すことにした。

 コウとシンに別れを告げる。エイタが声をかけた。

「じゃあな、シン、コウ。なんか色々あったけどありがとう」

 俺も声をかける。

「今度会うときは、どうか襲わないでくれ」

 すると、コウが言った。シンはニヤニヤしている。

「それは、あんたら次第だ」




【コウとシン】

 夜。一通り街の烏達のパトロールを済ませたコウとシンは小さな公園にいた。

 今日はゲームの無い夜で小さないざこざを諫めたこと以外には特にない、平和な夜だった。

 コウはふと今日の昼のことを思い出した。

セイタとエイタ。自分達を見る二人は、よく似ていた。似ていたという言葉だけでは足りない。彼らのことを瓜二つというのだろう。

あれは……。

「双子」

「え?」

 コウの考えを読んだシンが、その思考の先を奪う。

「コウは双子、見るの初めてだったのか?」

「どうだろう。こうなってからは初めてだと思う」

「ふーん」

 セイタの方が兄貴面をしていたとはいえ、エイタとの身長も顔のパーツも見比べても分からなくなるほど似ていたのだ。むしろセイタが兄ぶっているからこそ、初めてセイタとエイタの区別がつく。それくらいそっくりな双子の兄弟だった。

「おれ、ブランコ乗りたい‼」

 シンが突然そう言って走り出した。ブランコに飛び乗ると、立ち漕ぎの要領であっという間に高いところまで届くようになる。

「コウも乗るー?」

「オレはいい」

「ノリ悪りー」

 そう言いながらも、シンはキャハキャハ一人ではしゃいでブランコを漕いだ。平和な奴。コウはそう思ってため息をついた。

 一通りはしゃぎ倒したシンは、満足した顔でブランコの座面に座った。空を見上げたので、コウもつられて見上げた。

 星はまばらだった。月は出ていたが、それとは関係なく街も明るかった。今日はゲームもなく電飾は消えていないため、夜でも明るいのだ。そのせいで星も見えにくいのだろう。

 セイタとエイタにとっては初めての〝街〟での夜だ。

 隣のシンが呟く。

「心配だなぁ」

「セイタとエイタのことか?」

「おう」

「オレ達には関係ない」

「コウはまたそう言って、」

 その言葉が突然途切れる。コウが不思議に思っていると、視界の端でシンの体が傾いだのが分かった。

 ドサリ。シンが地面に倒れる。

「シン!」

 すぐに立ち上がりシンの方へと駆け寄った。シンはガクガクと痙攣し、口はわなわなと震えている。目は焦点が定まらず、宙に視線が投げられたままだった。

 またか。コウはそう思った。

 シンの烏としての能力はコネクター能力と言い、他人の心と共感、つまりシンクロして相手の意図を理解できる能力だ。シンのこの力はかなり強く、普段は街全土にシンクロの対象を薄く広げることによって、街の人々の感情をキャッチするだけに留めている。セイタ達新参を発見し追尾する能力もこれだ。しかし、コントロールがシンにとってはまだ不完全で、深度を一人に絞り込みすぎたり、対象の強い感情に呑まれすぎたりするとこうなるのだ。

「おい、シン! しっかりしろ!」

 コウはシンを抱き起し、その頬を叩く。それでもシンの痙攣は収まらず、意識がこちらに戻ってくる気配はない。ふとシンの目から涙がこぼれた。今張った頬の上をつぅ、と流れていく。

「……セイタ、兄」

 シンがそう呟いたのを見て、コウは舌打ちをした。

 シンクロ対象はエイタか。

 そう検討がついたところで、シンはカクリ、と気を失った。コウはシンの胸に耳を当てた。最初はバクバクと暴走しているような心音だったが、次第に一定のリズムに落ち着いていく。痙攣が止まったことも確認したコウはもう一度、シンの名前を呼んだ。

「起きろシン。戻ってこい」

 すると、すぅ、とシンの瞼が開く。それを見たコウはひとまず安心し、息をついた。

「何を見た」

 シンが微かな声で答える。

「……エイタたちが襲われているところ」

 コウはそれを聞いてすぐさま自らの武器『如意棒』を握りこんだ。立ち上がろうとするが、シンに止められる。

「もうおそいよ。死んだ」

 シンの目にみるみるうちに涙の玉が膨れ上がる。

「セイタとエイタはもう殺されたんだ」

 それを言い切るや否や、シンはボタボタと涙を流して泣き始めた。


 シンはブランコから倒れたことを分かっていなかった。その時には自分はエイタで、心臓を撃ち抜かれてもう死ぬところだったのだという。

「おれは死にかけのエイタの目でセイタがこちらにかけよってきたのを見たんだ。それから、セイタは、男が持っていた変な銃で、頭を……」

 シンはそこまで言うと黙って啜り泣いた。

 コウは少し歯がゆい気持ちで訊いた。

「殺した奴は? どんなだった」

「……よく見えなかったけど」

 シンはそこで初めて悔しそうに表情を歪ませた。

「あいつだ。〝鳩〟。白い手ぶくろと左うでに変なベルトが三つ。セイタたちはひたすら怖がっていた。追いかけてきた、とも思っていた。セツナから追いかけてきたんだ」

『みんなを…………殺したんだ。小さい子からそれを守ろうとした奴まで。理由はよく分からなかった』

 コウはセイタが語っていたそいつのことを思い出す。意図も理由も分からずただ〝烏〟を殺し、二人をこの〝街〟へと追いやった張本人。そして今夜、二人を捕まえに来た。その例の野郎が今オレ達の〝街〟に入り込んできた。

 コウは固く拳を握った。シンはまだ泣いている。

「おれたちにまかせろって言ったのに……。おれは分かんなかった……、悔しい……。悔しいよコウ……。なんでここはこんなことがいっぱい起きるんだよ……ふざけんなよ……」

「終わったものはしょうがない。そんなくよくよすんなシン」

 コウは言い捨てるようにそう言うと立ち上がった。未だに座り込んだままのシンは怒り心頭といった勢いでコウに叫ぶ。

「セイタとエイタが死んだんだ! なんでそんな冷たいこと言えんだよ!!」

「そもそも今日会っただけの他人だ。そこまで思い入れは無い」

 コウの言葉にシンも立ち上がる。

「友だちだ!」

「友達じゃない」

「うるせぇ! コウは悔しくねぇのかよ!」

「悔しくない」

「なんだと!」

 シンが掴みかかってくる。コウはそれを両手で受け止める。

「けどな」

「けどなんだよ!」

「怒っている」

「は」

 シンはそこで虚を突かれたのか力を弱めた。その隙にコウはシンを振り払った。シンは地面に倒れこむ。しかしすぐに歯向かうようにコウのことを強く見つめ返した。

コウは言った。

「オレは怒っている。自分達の……、オレ達の〝街〟の〝烏〟に手を出されたことに。それにムカついているんだ」

 シンは黙ったままだ。コウは構わず続けた。

「〝襲い屋〟としての約束も守ることが出来ていない。それも腹立たしいと思っている。……シン、お前もそうだろ」

「そう、だけど」

「オレ達は出来なかった。あいつらは死んだ。だけどな」

 コウはシンの胸倉を掴み、無理やり立たせた。

「だからといって、へこたれている場合じゃないだろ」

「……コウは、切りかえが早ぇんだよ」

 シンは苦虫をかみつぶした顔をして、また一筋の涙を流した。けれど今度は目を伏せることはしなかった。

「無理やり切り替えろ」

「無理だよ」

「弱いな」

「うるせぇ」

 シンはそこでようやく、自分の服の袖で涙をぬぐった。コウはため息をついて、シンから手を離す。

「オレ達は、この〝街〟の〝烏〟に手を出す輩を許さない〝襲い屋〟だ。……違うか?」

「ちがわない」

 コウはシンが前を見て自分と向き合ったのを見て、安心した。すかさず言う。

「そいつを追えそうか? シン」

「場所は分かる。絶対見つけてみせる。コウ」

 黒なら粛清を。白なら報復を。

「……あぁ。その〝鳩〟を追うぞ」

 二人は、公園を飛び出した。



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