〝街〟には〝烏〟がいる話
ここはとある〝街〟。
嫌われ者の〝烏〟達が今もなお活発に飛び交う街―――。
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また当作品には、以下の描写が含まれます。
・戦闘シーン
・詰問シーン
それらを踏まえて、読後自らの感情に責任が持てる方のみお読みください。
オセロゲーム①〝街〟には〝烏〟がいる話
夜風が髪をさらう。夜独特の冷気が服と肌の隙間に入り込む。昼とは違うその温度に体は震えという違和感を示したものの、すぐに順応してみせる。まるで、冷たさに抗うことを諦めるように。
そのあきらめの早さに白髪の少年は、笑った。
「ふふふ」
少年は手を伸ばす。伸ばした先には月があった。白くてまんまるな大きな月。
月はのばした手を動かす度に指と指の間を行ったり来たりした。しばらく手を振っていた少年は〝後ろ〟に声をかけた。
「ねぇコウ。なんでさ、指のうしろに月が来ると指が見えにくくなるの? なんで?」
すると、その〝後ろ〟から、答えが返ってくる。
「それは逆光だ」
「ぎゃっこう」
そう少年が呟き返すと、相手はさらに続けた。
「そう、見ようとする対象の後方から射す光線のことだ。簡単に言えば『もののうしろにあるひかり』ってところだ。それのせいでお前の指は見えにくくなったんだ」
「ふーん」
月にかざした手をおろす。
「……よく分かんねぇや」
それから、よっと、と言いながらしゃがんでいた態勢から立ち上がった少年は、くるりと振り返り、相手に笑いかけた。屈託のない笑顔だった。
「そろそろだな」
「あぁ」
その瞬間。まばらに残っていた街の光がすべて消えた。さらに時計台の鐘が街全体に響き渡る。今日も始まるのだ、あのゲームが。
後ろにいた相手が影から音も無く現れる。黒髪の少年だった。
「シン」
「なぁに? コウ」
「……行くぞ」
「はーい」
二人の少年の影はビルの屋上から翻るようにして飛び上がった。
すると、どこからともなく敵が現れた。彼らは、少年たちの命を当たり前のように狙っていた。ある者は銃を、ある者は魔法を駆使して少年二人の命を摘み取らんとしていた。
しかし、少年らはいともたやすくそれを躱し、いなし、時には反撃をして敵を鎮圧した。黒髪の少年は、伸縮自在で不可思議な棒を武器として使っていた。白髪の少年は武器こそないが、人間とは思えない身のこなしで敵の攻撃を躱していく。白髪の敵の行く末を知っているかのような動きに敵は翻弄され、その隙に黒髪が棒で一網打尽にしていく。少年らは軽々とそれをやってのけていた。それが日常だったからだ。
また鐘が鳴りゲームが終わるころ、撤収していく敵を見ながら、白髪は黒髪に言った。
「今日もいなかったな」
「……あぁ」
黒髪は残念そうにそう返事をするだけだった。
ここはとある世界。ここでは、〝烏〟と呼ばれる先の大戦で作られた人間兵器の末裔が存在していた。彼らは、戦いを好む倫理観や道徳観を持つとされ、また魔法使いが使う魔法と似た能力を一つ持っていた。だからこそ〝烏〟は、ようやくやってきた平和な時代にそぐわない、先の大戦を想起させるとして、人々から差別を受けながらも、生きていた。
そんな嫌われ者の〝烏〟達が今もなお活発に飛び交う〝街〟。
ここが、これから始まる物語の舞台である。
【セイタとエイタ】
錆びついた鉄製の門をくぐるとそこは楽園だった。俺は一緒に来ているエイタに帽子をとってもいいことを告げた。そして自らも目元を隠すように被っていた帽子を剝ぐようにとる。遮るものがなくなった目元に太陽光が直接差し込み、あまりのまぶしさに少し目を細めた。
「セイタ兄!」
「大丈夫だ、見てみろ」
俺の瞳孔の色は灰色。烏であることの証明だ。しかし、行交う街の人々はちらりと一瞥しただけで無関心に俺達の前を通り過ぎていく。
「ほら、な」
そう言って見せる俺も内心は驚いていた。本当に石を投げてこないなんて。
エイタも同じことを思ったようですごい、と口に出して呆気にとられたように周りを見渡している。
自分の故郷セツナでは、こんなことはあり得なかった。烏だと分かった瞬間にヤジが飛んでくる、石を投げられる、リンチに遭う……。差別によって酷いことをされるので俺達烏は大通りを歩けず、もっぱらスラムを形成して路地で細々と暮らしていた。きっと他の場所でもこの国ではそういう扱いなのだろう。例外なのはこの〝街〟だけ。そう訊いた俺達は、あの事件があってから逃げるようにこの場所に訪れたのだ。烏の最後の楽園とも呼ばれるこの〝街〟へ。
「セイタ兄。これからどうするんだっけ」
「あぁ、情報屋に接触したい。どうやらそいつがこの〝街〟での生き方を教えてくれるらしい」
エイタに訊かれた俺はそう答えると、周りを見渡す。門の先はごつごつした石畳で両脇に建物がひしめくように立ち並んでいる。空には縦横に電線が走り、ひしめく建物の間を縫い付けるように電柱が立っている。セツナより歩いている人が多く、道の真ん中で立ち止まっているとぶつかりそうになる。烏も一般人も魔法使いも関係なく、人の流れに押し流されそうだ。俺達は人の流れを避けて、一つ路地に入った。すると下の方に続く細い階段があり、その側に立つポストに『A地区』という記載があった。俺はこの人がたくさん行交うこの区画が街の入り口、A地区であることを悟った。
「エイタ、これから俺達はB地区に向かう。そこにある公衆電話に特定の番号を打ち込むと情報屋とのコンタクトが取れるらしいんだ」
俺は階段を下りながらエイタにそう説明した。
「B地区?」
「そう。で、どうやらここがA地区みたいだ」
俺がポストの表記を指さすと、エイタもわかったようにふんふんと頷いた。それから説明を続ける。
「この〝街〟は円形で、それからA~H地区までの区画に分かれてる。地区によって治安や雰囲気、住む人間も変わるらしい。前、ここに来たことがあるやつが語ってくれた」
「情報屋に会え、って言ったのもその人?」
「そうだ」
俺はそういえば、と思い出す。そう語ってくれた仲間はなんでセツナに戻ってきたのだろうか。やはりここにも恐ろしい何かがあるのではないだろうか。急に襲ってきた予感に驚きつつも、エイタに伝染させないよう顔には出さない。
見上げれば青い空があったが、ひしめきたった建物や電線で狭く押し上げられていつもより遠く感じる。階段の先はくねくねと曲がりその先が見えない。まるで地獄に案内されているようだ。セツナとはなんだか違う、まるで街全体が生き物のような、誰かに見られているような……。俺はそう思い、今更ながら後を追ってきている者がいないか確認した。誰もいなかった。ほっと息をつく。
階段を降り、路地を抜けるとどこからともなく良い匂いが漂ってきた。花の匂いと何かを揚げたような匂い。ふと見上げるとまたも錆びた鉄製の門があった。今度は街の入り口を示したものではなく、色とりどりの塗装がされた商店街のそれだった。よく見るとその先にもいくつか同じようなものがあり、道の両脇に沢山の店が並んでいる。近くの電柱を見ると住所を示すプレートに『B地区』の記載を発見した。
「ここだ、エイタ。この商店街を入っていった場所にある」
「おお~」
エイタは商店街の入り口に建つ花屋と肉屋を交互に見比べながら、そう返事した。肉屋から漂ってきたメンチカツの揚がる匂いにご丁寧に腹の虫まで鳴っている。仕方ない。セツナからここに来るまでの逃亡期間、ろくなものを食べてなかったんだから。するとつられたように俺の腹の虫も鳴った。二人して久しぶりに笑った。
しばらく歩くと、目的の場所が見つかった。道の左側に現れたそれはただただ普通の公衆電話にしか見えなかった。それはシャッターが下りた店先に据えられた委託型のタイプで、黄緑のボディに銀のボタンをした一般的なタイプの公衆電話機だ。強いて言うなら0と2と6の部分が擦り切れて少し見づらくなっている。情報屋につながる番号は206だ。ここでコンタクトが取れることは間違いないらしい。
「エイタ。かけるから周り見といてくれ」
「わかった」
周辺の監視をエイタに頼むと、俺はさっそく情報屋へ電話をかけた。銅貨三枚を入れてからの『206』。耳に当てた受話器からトゥルル、トゥルルという電子音が聞こえ始める。なかなか出ないな、と思いながらコール音を数える。俺が少しじれったさを感じながら辺りを見渡し始めたとき、ようやく受話器が取られる音が聞こえた。
「もしもし? ……あの、」
「間違い電話ならお断りですー」
「…………は?」
突然の斜め上からの返答に俺は受話器を取り落としそうになった。さらに、俺のその素っ頓狂な「は?」が「はい」に聞こえたらしく、すぐに切られそうになる。
「あ、じゃあ、きりますねー、さよならー」
「いや待て待て待て待て! 違う! 情報屋で間違いないか? 用があって電話したんだ!」
「……、まぁそうですけどー」
俺は少し咳払いをして落ち着いた。よかった。でも向こうの相手の声が思ったより若くてびっくりした。少し高めのその声は明らかに俺達と同じくらいの年頃の声をしていたのだ。てっきりもう少し年齢が上を想像していた。
「で、何をご所望ですか?」
めんどくさそうにそう訊かれた俺は、また苛立ちながら答えた。
「あぁ……。この街? なんていう名前かは知らないが、ここでの生き方みたいなのを教えてもらえるって聞いて電話をかけたんだ」
「……」
俺がそう言うと相手は黙った。それから、長いため息をつかれる。
「……、あのですねぇ。ゲームのチュートリアルじゃないんですからそんなの適当に見て、聞いて、感じればいいでしょうがー。生き方ってそんな漠然としたもの……。生きたいように生きればいいんじゃないですかねー」
「は、はぁ」
話が違う!
俺が仲間内で聞いた中では懇切丁寧にこの街での生き方やタブー、文化などを教えてくれた、とのことだった。しかしこのクソ生意気なガキはそれをめんどくさがっている! なんということだ。あてが外れ始めた俺は少し苛立ちを含みながら切らせないように話し続ける。
「じゃあせめて、気を付けた方がいい相手を教えてもらえるか? それと、ここで行われてるっていうゲームを、」
「頼むのは一つまでですよー。それに頼み方っていうのがあると思うんですがー」
「頼み方?」
「そうです、大きな声ではっきりと一つまで。そして頼むのなら敬語でお願いされたいですー」
俺は、我慢の限界を迎えそうになりながらそれを沈めるべく、押し黙った。こいついくらなんでも屁理屈というか先に進ませようという気が無い。
隣ではエイタが周囲の監視を怠り始めている。俺の声が苛立ち、そしてキレ出しそうになっているからだろう。さっきから落ち着いて、と両手をヒラヒラさせて俺の怒りを鎮めようとしている。でも悪いエイタ。耐えられないかもしれない。
「おい、なめてんのか? いい加減に……」
そう言いかけたときだった。相手側から違う声が聞こえ始めた。
「はいはいはいはい、屁理屈こねないめんどくさがらない! そんな対応とったらお客さん逃げちゃうでしょ。はい、代わって」
それからしばらくして、別の男の声に代わる。早口で急き立てる様な声だった。
「あーもしもし、ごめんなさいな、めんどくさい野郎でねぇ。なんでもかんでもつっかかちゃう年頃なのか最近いっつもこうなのよー。で、何? ここでの生き方? 教える教える。この〝街〟でのチュートリアルの情報屋とでもお呼びくださいー! なんつって。ってあれ聞こえてる? オーケー?」
「……あ、あぁ。まず情報屋で間違いないか?」
「間違いないね。正真正銘の情報屋でっす」
俺は安心して息をついた。どうやら仲間の話はこいつのことだったのだろう。
「じゃあ、さっそくなんだが教えてくれ。この〝街〟ではどう生きたらいい?」
しかし、俺がそう訊くと、待った、と声をかけられる。
「え?」
「お客さん、ごめんね。まずその前にお代の話をしなきゃならない」
「あぁ、代金か。いくら払えばいい?」
すると、向こうがけらけらと笑いだした。何がおかしいのだろう。
「いやー、お客さん達二人、お金なんて持ってきてないでしょ。お金じゃないのよお金じゃ」
「え、じゃあ、」
何を? と訊く前に俺は全身の毛が立つのを感じた。原因は情報屋の言葉にある。こいつは俺しか電話に出ていないのに「お客さん二人」と言った。そう、こちらの人数がバレているのだ。
「……どうして二人組だと、」
「なめちゃいけませんよ、お客さん」
そいつは言った。
「俺達は情報屋。〝街〟にやってくる人くらい調べはついてます。ね? ……セツナ町からやってきたセイタくんとエイタくん?」
俺も受話器に耳を当てて一緒になって聞いていたエイタも固まった。さらに情報屋はさらに言葉の切っ先を喉元に突き付ける。
「お代はそうだなぁ……。お二人がセツナで見てきたことすべて。それでどうでしょう? 出血大サービスってことで」
何もかも知っているようだった。そのまま押し黙っていると、また情報屋は笑い始めた。
「……あー、ごめんごめん。怖かった? じゃあサービスで先にこの〝街〟のこと教えるな」
俺は突然始まったチュートリアルをひとまず聴くことにする。
「あ、あぁ。頼む。……、お願いします」
「いいよいいよ、タメで。めんどいし。……まずこの〝街〟は烏が最後に行き着く最後の楽園、って呼ばれてるわけだけど、なんでかはご存知?」
「いや」
「平等なのよ、一般人と烏と魔法使いが。それぞれ助け合い、けなしあい、恐れながらなんやかんやして生きてる。その原因はこの〝街〟で行われている〝ゲーム〟にある」
「ゲーム……」
「そうさっき言ってたから存在は知ってるか。……そのゲームね。とびきり倫理観がイカれたやつなの」
そこでひと呼吸おいた情報屋側から何か液体をすすった音がした。
「ゲーム、っていうか博打かな。けど、烏が賭けるのは自分の命だ」
「命?」
「そう。この違法なゲームはこの街での表向きな差別の代わりの烏に対しての処罰も兼ねてるんだ。なんも悪いことしてないんだけどな。まず覚えておくことは時計台の鐘が鳴る日と鳴らない日だ。鳴らないのがほとんどなんだが鳴る日がある。その日は夜の十二時から十三時までゲームが行われる。参加しない場合は出歩かない方がいい。巻き込まれるからだ」
「巻き込まれる?」
「あぁ。参加者はあらかじめ賭け屋と呼ばれる奴に賭ける対象を伝える。烏は自分が勝つことに、その他はどの烏が負けるかに金をかける。そんでゲーム中に烏は自分のコインを持って奪われないように死守し、その他は烏側が持っているコインを奪いに行く。表向きはコインになってるけど基本的に殺して奪われることが多いんだよ。だから、命を懸けることになる」
俺は頭がくらくらしてきた。そんなデスゲームみたいなことをやっているとは思っていなかったからだ。予感が当たった。何が楽園だろう。
「……その烏を追いかける奴等には、どんな奴がいるんだ? 魔法使いか?」
「まぁ、それもあるけど……。烏が他の烏に賭けたり、政府お抱えの魔女たちがこの違法なゲームに参加して自分で賭けて自分でその烏殺してる奴もいるって噂はある。警察も裏で遊んでるって話だぜ?」
「はぁ……」
「ここが嫌になったか? でもこのゲームのおかげで烏達は生活していくことができるし、さらに生き残った奴として一目おかれたりすることもある。通りを歩いていて何もされないのは、そいつがゲームの生き残りでどんな奴がいるか分からないからだ。追いかけてきた奴を返り討ちにする奴だっているし」
「……返り討ち?」
俺は驚いて声を上げたが、情報屋はあっけらかんと言う。
「うん。だって烏には各能力が備わってるだろう? それで自衛したり、返り討ちにしたり」
そういう問題じゃない。確かに烏は先の大戦の人間兵器の末裔で、そのせいで魔法のような固有能力を一つ持っている。けれど、それがあったからって。あの恐ろしい魔法使いや殺そうとしてくる相手を返り討ちに出来るとは到底思えなかった。
「その返り討ちにしたり、絶対に生き残って賭け金がとんでもなく跳ね上がっている奴等が、この街で強い烏だ。場合によっちゃあ気を付けた方がいい。トラブったらめんどいぞ」
「なるほど。……ここでは皆烏は仲間、ってわけじゃなく、ゲームを生き残るライバル、もしくは敵にもなりうるのか」
「そうそう。分かってきたねぇ、お客さん」
情報屋は続ける。
「奪い屋、運び屋……、まぁいろいろいるんだが。覚えておくべきなのは襲い屋だ」
「屋? なんだか屋号みたいだな」
「そうだな。昼間はグレーなことから悪どいことまでやりながら小遣い稼ぎしてるやつが多いんだ。それがそのままグループ名、っていうか」
俺は察した。
「じゃあ『襲い屋』は……」
「そう。人を襲うのが仕事。そいつらの名前は」
もったいぶったように情報屋は一呼吸おいてから、彼らの名前を口にした。
「コウとシン」
「コウとシン……。特徴は?」
「とくちょう~????」
情報屋が急に大声を出したので、俺とエイタは受話器から耳を遠ざけた。
「教えてくれないと会った時分からないだろ?」
俺がそう言うと情報屋はめんどくさそうに答えた。
「そんなこともないよ? あいつら白黒だし」
「しろくろ?」
「そ。黒いのがコウで、白いのがシン。わかりやすいんだこれが」
「はぁ」
俺は戸惑った。黒いのがコウで白いのがシン。まず何が黒で何が白なんだ。服がそうだというなら、そんなのどこにだっていそうだし、それだけで見分けられると思わなかった。
それに情報屋の態度も怪しかった。襲い屋の話になってから途端にめんどくさそうなそれになっている。もしかしたら俺達の〝お代〟ではここまでが聞くことが出来る限界なのかもしれない。
ここが潮時か。俺はそう思いながら最後に訊いた。
「じゃあそいつらがいそうな場所を教えてくれ。避けるから」
すると、情報屋はさも当然のようにこう言い放った。
「あぁ。そいつらならとっくにお前らの後ろにでもいるんじゃないか?」
「え」
その瞬間、鋭い殺気が背中を突き刺した。俺達が反射でそれぞれ横に飛びのくと、今までいた公衆電話の前の地面に棒状の何かがぶちあたった。それを持っているのは黒髪で黒いコートを羽織った少年。年は俺達と同じくらい、十四か十五か。情報屋が言った黒いの。もしかして。
「ほらな」
宙を舞った受話器から情報屋の笑い声が聞こえた。
黒髪の少年はその受話器を左手でキャッチすると、電話の向こうにいる情報屋に話しかけた。
「おい情報屋。オレたちの情報、喋ったろ。……あぁ? そういう問題じゃねぇ。茶化すな。大体な―――」
話しながら俺達を襲った赤い棒のような武器をくるりと回す。背後から近づいていたエイタをそれだけでけん制する。足は薄汚れたスニーカー、黒ズボン。それからⅤネックの黒Tシャツに思ったよりも華奢な体格を隠すような長い黒コート。立て襟で首元はよく見えない。なるほど、見れば分かるくらいの黒い奴だった。こいつがコウだ、間違いない。
「エイタ」
小声で話しかけるとうん、と頷き、エイタは大回りでこちらに帰ってきた。電話で話している今がチャンス。襲うのが仕事ならその前に逃げた方が得策だ。
「逃げるのか? もう?」
すると、その声がすぐ後ろから聞こえた。高い透明感のある声だった。バッと振り返るとそこにはさらに白髪の少年が立っていた。コウと同じスニーカーをさらに履きつぶし、砂色の短パン。それからオーバーサイズの白いパーカーを派手な星柄のTシャツの上から羽織っている。白髪はボサボサで、ひょんひょん跳ねている前髪を赤いピンで留めていた。
「お前、いつからそこに、」
俺がそう言いかけると、白髪の少年はその言葉を食うように即座に返答した。
「今さっきついたところ」
少年はそう言って笑ってみせた。
俺は確信していた。俺達を襲いに来たんだ。
「お前らが……襲い屋、か?」
「そうだ」
後ろで受話器を置いた黒髪の少年―――コウがそう答えた。目の前の白髪の少年―――シンはにこにこと笑っているばかりだった。俺は驚いていた。コウの前髪から覗く瞳とシンの優しさをたたえた瞳。それらは光を失うことなく、爛々と輝いていた。こんな目はセツナでは見たことがない。人々から不用意に虐げられず、力を十分に発揮できる烏は誰でもこんないきいきとできるものなのだろうか。
「……なぜ俺達を襲う?」
俺は恐る恐る尋ねた。すると、コウの方が持っていた棒をカツン、と地面に打ち当てる。シンの笑顔が困ったようなものになった。
「挨拶、ってところだな。この街に来た新参には必ずする、と決めていてな」
「ブッソウなあいさつ、だよな! ごめんな、セイタ、エイタ!」
シンが何のためらいも迷いもなく俺達の名前を呼ぶ。情報屋といい、この街では俺達の存在が知られているのだろうか。そう思っていると、シンが違う違う! と慌て始めた。
「情報屋はちがうけど、おれは見たらわかるんだ。思っていること、感じていること。そいつがどういう奴で、どんなことをするか」
ニコニコとそう話すシン。俺の中の疑問をも見透かしたような答えだ。どうやらこれがシンの烏としての能力なのだろう。すると、コウが話し過ぎだ、と制した。
「さて、」
コウが棒をくるり、と回す。
「オレ達はこれからあんたら二人を襲うわけだが……。逃げるだけはやめてくれ」
「コウってばオウボウなのな。ごめんな」
エイタが俺の腕にすがっている。俺はしっかりしろ、というようにその手を強くつかんだ。
「エイタ、逃げるぞ」
「逃げんな、って言ってんだろ」
「いーや、逃げるね。とはいえ……ケガもしたくないが!」
俺はコウにそう言うや否や、自らの能力で伸縮させた鞭を頭上の門に向けた。くるりくるりと鞭は巻き付き、俺達を引っ張り上げる。良かった、今日は能力の調子がいい。反動で門の上まで来ると、そこで踏切り、建物の屋上へとエスケープした。
「シン!」
「反対におりる!」
やはり。俺は反対に降りようとしていたところでコウとシンのやり取りを聞いた。シンは心や考えを読む能力なのだろう。俺達がした行動を同時に理解している。なんなら、俺が思った瞬間に把握されているため、行動自体より理解が一瞬早い。
「チートかよ……!」
エイタがそう呟いたので、俺は思わず小さく笑った。俺もそう思ったからだ。
建物を越えて降り立った路地を挟むようにコウとシンが現れる。すかさず、左手から来たコウが棒を携えて振りかぶってきた。俺達は狭い道で器用に横っ飛びで避けると、コウの死角をカバーするようにシンがエイタの足を取ろうとする。俺が鞭をしならせてけん制すると、早すぎるタイミングでシンへ態勢を変えてそれを避けた。
「エイタ、走れ!」
コウが第二撃を振りかぶってきている。それとタイミングを合わせて鞭をしならせるとコウの棒に巻き付く。力いっぱいそれを引くと棒がコウごとこちらへ態勢を崩した。その隙にエイタが走り抜ける。俺はそれを見てから、スライディングの要領でその後に続く。
よし、抜けた! と思ったその瞬間。俺の視界は横っ飛びに流れて、建物の壁面にぶち当たった。肺に入っていた空気が一気に抜けて、頭がぐらぐらと揺れる。何故だ。俺はコウの棒に当たっていないはずなのに。
「セイタ兄!」
そう叫んだエイタがこちらへ駆け寄ってくる。来るな! と言う前にシンがエイタに覆いかぶさるように捕まえる。地面に倒されるとエイタはじたばたともがいた。俺は見ていられずに叫んだ。
「やめろ! これ以上はやめてくれ!」
「あぁ、やめるよ」
「そうだ、やめてくれ……ってえ?」
そう言って見上げると、コウが棒をこちらへ突き出しながらつまらなさそうな顔をしていた。シンはエイタを抑えながらあはは、と困ったように笑っている。
「コウ、あきるの早いよ」
「とかいうお前だって乗り気じゃなかっただろ」
「だってかわいそうになっちゃったし」
「……つまんねぇ」
コウはそう呟くと、近くにあったビールケースを裏返し、どかっと座った。そして俺に対して訊く。手にはコウの武器である棒が握られていた。
「この棒に見覚えは?」
俺は改めてそれをしっかりと見た。その武器は、コウの背丈ほどある棒で、本体は恐らく木製で赤色の染料で塗られている。両端には金色の金属がはまっており,それ以外はたいして特徴の無いただの棒だった。俺は答えた。
「いや……。初めて見た」
「シン」
「ウソは言ってないぜ。エイタも見たことねぇよな?」
シンがエイタにも訊くと、エイタも首をぶんぶんと振って、見たことがないことを伝えた。それが分かるとコウは長いため息をついた。
「また駄目か」
俺は強かに打った腕や背中を支えながら立ち上がった。
「何が駄目なんだ?」
「あんたらには関係ない」
「こんな痛い目にあわせてか? とんだ目にあった」
「じゃあもう一つ」
「じゃあってなんだ」
「これに触れてみろ」
「は?」
俺の文句もツッコミも無視してコウは、棒をもう一度ずい、と俺の目の前に突き出した。俺はついなんの抵抗もなく握りこんでしまう。
その瞬間。頭の中で音の大群が爆発した。
悲鳴。機械音。下卑た笑い声。野次。爆発音。泣き声。何か崩れていく音。雨の音。雷。奇声。水音。嬌声。罵詈雑言。阿鼻叫喚。……。とにかく色んな嫌な音が爆発的に頭に流れ込んでくるのだ。何かに乗っ取られるような、そんな感覚だった。
気づくと俺はうずくまり、ぶるぶると体を震わせていた。コウがおい、と肩をゆすり、心配した様子のシンとエイタを視認するまで、俺は混乱状態におちいっていたらしい。俺は無意識に頭を抱えていた手をゆっくり下ろした。
「今のは……、なんだ……? 何をした?」
「何か聞こえたか?」
俺はコウに訊かれ、何を聞いたか思い出そうとしたが、何、と言い表すことが出来ず、首を振った。
「なんだろう……。とにかく、気味が悪かった、としか」
「そうか」
コウは初めて残念そうな顔を見せた。
その時、場違いなテンポの遅い拍手が聞こえた。振り向くとそこにはもう一人知らない少年が立っていた。
「知らなくはないよ? さっき話してたもんな?」
俺の考えを読んだシンがそう俺に言う。すると、拍手をしていた少年はぴたりと拍手をやめた。
少年はショート丈の編み上げブーツに紺色のジーパン。Yシャツの上にパーカーを羽織っている。フードを目深にかぶっているため、目元は見えないが、金髪が少し見えた。口を開く。
「はいはい、そこまでー」
俺はその声を聞いて、はっと思い出した。先程の情報屋との電話、その最初に出ためんどくさい屁理屈こね野郎の声だった。
「見てたのか」
コウがそう言うと少年ははいー、と答えた。
「お二人が逃げ始めた時から見てましたよー? シン先輩なら気づいていたと思うのですがー」
すると、コウはシンの方へ振り返った。シンはやっべ、という顔をしている。
「おい、シン。ミツルが見てるなら言えって言ってるよな」
「でもミツルだぜ? 別にいいじゃん」
「駄目だ。オレ達のことを気にする奴がいたら真っ先に言え、っていつもいってるよな。こいつも例外じゃない」
「それよりミツルってば相変わらず気配消すのうまいよな! おれじゃなかったら気づかれてないよ」
「話を逸らすな、シン」
「だってぇ~」
コウとシンが言い争いをしていると、またもミツルとよばれた少年がパンパン、と手を叩いた。
「だから痴話喧嘩はそこまでー。続きはこっちに来てからですよー」
そう言って、俺達の方へと向き直る。
「こっち?」
俺がそう挟むとフードの少年は、えぇ、と頷いた。
「僕たちのところにですー。お代の徴収ってわけですー。コウ先輩、シン先輩。お二人を連れて来てくださいー」
少年はフードを目深にかぶり直した。
「情報屋として仕事の時間ですー。話してもらいますよ」