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ホラー短編

侯爵令嬢に話しかけるお姫さまが、関西弁なんですが

その夜、お城では

ダンスパーティーが開かれておりました

高貴な家柄の貴族たちが

豪華なドレスを着飾って

色とりどりの花のように

くるくると回り踊っておられました


満天の星の下

ひとりの侯爵令嬢が

パーティー会場を抜け出したのか

庭園のベンチでお休みになっておられました



「はぁ……人が多いところは苦手だわ……」



するとどうでしょう

庭園にあらたな客様

絢爛煌びやかなドレスを着飾った

お城のお姫さまが現れたではありませんか

ダンスのお誘いにお疲れになられたのでしょうか

侯爵令嬢の座るベンチへひとりでおいでになり

その横へお座りになられたのです


そしてふところから優雅な手つきで

セブンスターを書かれた紙袋をお取り出しになり

そこからおタバコを引き出されたかと思えば

85年阪神優勝と書かれたライターを取り出され

おタバコに火をつけられたのです


お鼻から白いお煙を豪快に出されたお姫さまは

侯爵令嬢にお声をかけてくださいました



「姉ちゃんも吸うか?」


「い……いえ、私は結構です……」



お姫さまは一本のおタバコをゆっくり堪能され

携帯灰皿にお吸殻をお仕舞になられました



「姉ちゃんは、どっかええとこの子か」


「え……え……と……こ……」


「どこのおうちの子でっか? って聞いたんや」


「は、はい! 某侯爵家の長女でございます……」



令嬢は立ちあがり英国式膝折礼カーテシーでご挨拶をします

お姫さまはそんなんいらんいらんと仰られます

どこに隠してお持ちになったのか

大きなワインボトルを取り出され

侯爵令嬢におすすめになられました



「姉ちゃんも飲むか?」


「い……いえ、私は結構です……」



菊正宗と書かれたワインは東洋からのお取り寄せでしょうか

お姫さまは豪快に瓶から直飲みなさいました



「かあーっ! ポン酒はひやにかぎるでほんま」


「そ……そうなんですか……」



本来は王家のお姫さまが

一端の侯爵令嬢に直接お会いになることなどありません

ですがお姫さまは気さくに

侯爵令嬢にお話しかけになられるのでした



「姉ちゃんは阪神と中日どっちが好きや」


「はん……し……ん? ちゅう……に……ち?」


「まあええわ、それより聞いてほしいんや」


「はい……なんなりと……」



夜風が庭園のきれいなお花をゆらします

お姫さまはまるいお月さまを見ています



「噂で聞いたんやけどな、この城には幽霊がおるそうや」


「まあ……そうでしたの……」


「侯爵令嬢の幽霊や、すごいべっぴんさんらしいで」


「まあ……そうでしたの……」


「政略結婚が嫌で、飛び降りて亡くなったんやて」


「…………そうでしたの……」


「アホな女や、情けない話やで、ほんま笑わしよるわ」


「………………………………」



冷たい夜風が庭園を強く吹きぬけます

不思議なことにお花は少しも揺れません


まるいお月さまがいやに明るく夜空を照らします

星は輝きを失せ

空気が重く沈むような静けさのなか

侯爵令嬢のお顔だけが真っ黒になり

侯爵令嬢のお顔だけが夜の影になり

侯爵令嬢のお顔だけが闇の色になり


辺りは鼻を突く血の匂いで満たされて行きました


ぽた……


ぽた……


ぽた……


飛び降りた女の割れた頭から

こぼれて落ちる血の音でしょうか


いいえ


それは月を見上げるお姫さまが

流す涙の落ちる音でした



「ウチがもっと早く気付いとったらこんなことには……」


「………………………」


「ウチはアホや……情けない女や……ウチのせいや……」


「………………………」


「政略結婚なんて、知ってたら止めれたんや……」


「………………………」


「なあ笑えるやろ、お願いやからウチを笑って……」


「………………………」


「ごめん、ほんまごめん、もう二度とこんな思いは……」



お姫さまがダンスパーティーを開かれたのは

身分を問わず貴族たちと交流し

少しでも悲しい話を減らせるように

侯爵令嬢のような悲劇が二度と起きないように

そう思ってのことだったのです


満天の星の下

ひとりの侯爵令嬢が

お姫さまの願い通り小さく微笑み

庭園のベンチから消えていきました






「お姫さま、どうかなさいまして?」



ダンスパーティーで踊っていた貴族令嬢たちが

主役の不在に気付いて庭園に集まってきます

乱暴に目をこすったお姫さまはお城にもどり

陽気に声をはりあげるのでした



「六甲おろしで河内音頭や! 管弦楽団、演奏頼むで!」

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― 新着の感想 ―
生まれも育ちも近畿地方な私としては、コテコテの関西弁を操る御姫様には親近感が湧いてきますね。 恐らくはクラシックを得意とするであろう管弦楽団の演奏する「六甲おろし」と「河内音頭」がどんな感じになるのか…
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