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「中々上手くはいかないな。やはり仕事の合間となると効率も落ちるから仕方がないが」


俺のギルドカードを見ながらクロエがそんな溜息を吐く。クロエ先生の危ないレッスン――比喩では無い――が始まって早一週間、残念ながらまだ俺はスキルを習得出来ていなかった。


「効率と申したか」


「何を言っている、これでもかなり考えているんだぞ?実家なら覚えるまで不眠不休だ」


後で知ったがクロエのこの台詞は冗談でも脅しでもなく本当にそうらしい。肉体を即座に再生出来る治癒魔法なんてものがあるせいでこの世界のスパルタ教育は前世の比ではなくなっているのだとか。因みに回復魔法が発達しているおかげで人類は不治の病という前世における永遠の課題をあっさり攻略していたりして、美人やイケメンが大変死ににくいので顔面偏差値がかなり高かったりする。ある意味美醜が生存に直結している恐ろしい世界とも言えるが。


「そいつはどうも」


「しかし剣術スキルも共有化出来ないのは誤算だった。これだけつきっきりで指導すればかなり親密になったと思うのだが…」


そう言って首を傾げるクロエ。当然ながら奴隷商人的な親密度パラメーターは微塵も増えていない。…ちょっと期待して昨晩覗いてしまい枕を濡らしたのは秘密だ。あんだけ頑張ったんだからさぁ。ちょっとくらい、そうちょっとで良いから上がっていてくれても良いんじゃないかと思っちゃった訳である。現実は非情だったが。


「クロエさんや、ちょっと聞きたいのだけれどね?」


「うん、なんだ?」


「随分な体たらくね?」


彼女の真意を問おうとした瞬間、そんな刺々しい声が掛けられる。突っ伏している訳にもいかず、体を起こしてそちらへ振り返る。そこには苛立ちを隠そうともしていないエルザ女史の姿があった。


「…どうも」


頭を下げると彼女は益々眉間の皺を深くして自らが不快である事を主張する。そうして小さく息を吐いた後努めて冷静な声音で話し掛けてきた。


「悪いけれど、貴方達について調べたわ」


ギルドメンバーなら別パーティーであっても仕事の受注についてくらい調べるのは簡単だ。特に看板ワーカーの頼みなら喜んで協力する連中も多いだろうし、ギルドだってそうしたワーカーは優遇したいから咎めるなんて事はしない。特に反応せずにいるとエルザ女史は言葉を続ける。


「はっきり言わせて貰うけれど、このパーティーはバランスが悪いわ。貴方は今までより安全マージンが低い相手と戦っていて、そちらの彼女は実力からしたら遙かに低い相手になっている。お互いに美味しくない状況ね」


「一過性のものだ。現にマルスは私の訓練で強く――」


「強くなっていると?どう見ても過剰な訓練で疲弊しているだけに見えるわよ?そもそも強くなっていると言うならスキルの一つでも覚えたのかしら?」


その質問に沈黙せざるを得ないクロエ。そんな俺達にエルザ女史は厳しい視線を向ける。


「ワーカーのパーティー結成は本人達の自由意志、そしてパーティーが受ける仕事は自己責任。そこでヘマをして貴方達がどうなろうと自業自得だけれど、仕事に失敗すればそれだけ誰かの苦難が長引くのよ。それを理解していると仮定して聞かせて貰うわ、貴方達このままパーティーを続ける気?」


「無論だ」


エルザ女史の質問に俺が何かを言うよりも早くクロエが断言する。


「そもそも貴女の懸念は前提から間違っている。何故ならマルスは直ぐに強くなるからだ」


「ええ、何やら鍛錬はしているようね?けれどその成果は出ていないのでしょう?」


「ああ、今日まではな。しかし明日は違う」


「…へえ?」


平然とそう言いのけるクロエに対しエルザ女史は目を細めて口角を上げた。


「随分強気な物言いね?けれどどう証明するのかしら?」


「証明は簡単だろう?その方法は貴女が口にしたじゃないか」


「面白い冗談ね?まさか一日でスキルを習得させるとでも言うつもり?」


挑発的なエルザ女史の言葉にクロエが不敵に笑い、そして自信満々に口を開く。


「ああ、出来る。私が、イスルギが指導するのだからな」


「家名を賭けると?そこまで言うのなら、出来なかっただけでは済まないわよ?」


「無論だ。出来なければ貴女の言葉に全て従おう。…尤も、そんな未来は来ないがな」


クロエはこちらへ視線を送ってくると強気の笑顔でそう言い放つ。それだけで普通の相手なら引き下がった事だろう、だが相手はあのエルザ女史である。


「いいわ、乗ってあげる。明日までに彼がスキルを習得したのなら、正式に謝罪して借りを一つ作ってあげる。…けれど習得出来なければ貴方達のパーティーは解散、クロエ・イスルギ、貴女には私のパーティーへ入って貰うわ」


「良いだろう」


「ええと」


口を挟む間も無く状況が進んでいき、二人の視線が俺へと集まる。これはあれですよね、俺も同意しろって流れですよね?


「ああ、そう言えば貴方の処遇について決めていなかったわね。…そうね、ついでに貴方も私のパーティーへ入れてあげるわ。仕事は雑用になるけれどソロよりは良いでしょう?」


弱者を守るのは強者の義務ですものね。なんてとっても傲慢な事を呟きながら更に彼女は条件を口にする。


「そしてもし万一が起きたなら、何でも言うことを聞いてあげるわ。起きたらだけれどね?」


そう言ってエルザ女史は小さく鼻で笑うと踵を返して行ってしまう。その後ろ姿が見えなくなった辺りで不敵に笑って見送っていたクロエがゆっくりとこちらへ向き直り口を開いた。


「ど、どうしようマルス?」


…いやノープランだったのかよ!?





「あー、そのだな?」


取り敢えず河岸を変えようと言う事で俺の使っている宿へ移動。昼間から戻って来た上にクロエを連れていたものだから店主にしたり顔をされたが無視して部屋へと引っ込む。そうして備付けの椅子へ彼女を座らせた俺は、対面に腰掛けると口を開いた。


「念の為確認したいんだが、本当に明日までにスキルを習得出来る様な手段は知らないのか?ほら、クロエが知らんでもご家族が知ってたりとかも無いか?」


俺の質問に項垂れたまま頭を振るクロエ、これは本当に知らんらしいな。さて、どうしたもんかね?


「…選択肢として、エルザ女史のパーティーへ厄介になると言うのは決して悪い話じゃない」


彼女は利益の出ないような依頼もこなすが、その一方で大物の討伐なんかも任されるから稼ぎ全体で見れば大変儲けているワーカーだ。実家も実家なので装備に関するバックアップも充実しているので、彼女のパーティーへの参加を希望するワーカーは多い。まあ正にワーカーが思い描く通りの富も名声も手に入る立場なのだから無理はないだろう。それにクロエの実力を考えれば俺と居るよりも移籍した方が活躍できることは間違い無い。


「嫌だ」


「冷静になれって。俺達はワーカーだ、パーティーだって仲良しごっこじゃない。ちゃんと能力に見合った立場に収まるのが正しい姿ってもんだ」


「…それは、私がマルスのパーティーに相応しく無いと言うことか?」


何でそうなる。


「話を聞いていたか?俺がお前に相応しくないんだよ。第一なんで俺にそこまで拘る必要がある?命を救われたなんて思っているなら大間違いだぞ、より儲けられそうだから助けただけだ。現に弱味に付け入ってお前と奴隷契約までしている。そんなヤツに義理立てする必要なんてないんだよ、お人好しも大概にしとけ」


「その言葉はそっくり返せるな。偶々助けただけの相手だ、都合良く使い倒せば良いじゃないか。なんで私が儲けられる様にする為にマルスが損をする必要がある?」


「長期的な視野に基づく計画的な行動ってヤツだよ。言ってたろ?クロエが移籍するなら俺もついでに入れてくれるってさ。そうすりゃ雑用なんて安全な仕事で生活は安泰、正に俺の人生プランは大成功って訳だ」


「嘘を吐いても無駄だ、匂いで解る。そもそも今の状況でマルスがアレのパーティーなんかに入ったらどうなるかなんて、マルス自身が良く解っているだろう?」


そう露悪的に語ってみせるがクロエは鼻で笑ってそれを否定する。まあクロエのお零れで拾われたなんてなれば周囲からのやっかみは相当だろうし、現在所属しているパーティーメンバーも不愉快だろう。これがまだ実力が伴わないだけならば冷遇くらいで済むかもしれないが、俺は既にクロエと奴隷契約を結んでいる奴隷商人だ。露見した場合、依頼遂行中に偶然悲しい事故が起こっても不思議じゃない。


「それにまだ手は残っているじゃないか。奴隷商人は奴隷と親密になれば私のスキルを共有出来るんだろう?」


コイツは!


「あのなあ、言わせて貰うがこの一週間で親密度なんて微塵も上がってねえよ。そもそも勘違いしてんだよ、俺との関係は親密なんてお綺麗なモンじゃなくて――」


「解っているよ、マルス。私は解った上で喋っているし、解った上でここに居る」


…なんですと?


「私も一応良家の娘なんでな。悪い男に引っかからないようにそう言った知識も教えられている。生憎実践はまだだがな」


言いながらクロエは立ち上がり、ベッドへ移動するとそこへ腰掛けて笑いながら告げてくる。


「それと家族にも内緒なんだが、私は惚れっぽくてな。命なんて助けられたらもう駄目だ。そんな相手に惚れないなんて、箱入りの小娘に出来る訳がないだろう?」


「…後悔すんなよ」


強烈すぎる殺し文句に、俺はそれだけを口にして彼女へと近付く。肩に手を掛けるとクロエは目を閉じながら少し上を向いてこう言った。


「それはマルス次第だなあ。期待しているよ?」


からかう様な声音に俺は答えず、そのまま彼女をベッドへと押し倒したのだった。

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