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「お金を稼ぎます」


腹が減っては戦は出来ぬ。生きる事とは即ち現実と戦い続けるという事であり、その為の糧秣を得るには先立つもの、つまりはお金が必要だ。立場や生活様式によって多寡はあれど、俺のように慎ましく生きている人間であってもその理から逃れることは出来ない。残念ながら働かぬ者を食わせてくれるほどこの世は甘くないのである。


「異存無い。それで、何を討伐するのだ?」


初手が討伐とか頭戦闘民族かな?戦闘民族でしたね、俺が間違ってたわ。


「やる気があるのは大変結構だけどシュラクト無しで戦うつもりか?ヤダぞ俺は」


クロエのソウゲツは絶賛修理中だし、俺の機体ははっきり言ってそれ程性能が良くない上に遠距離戦重視に調整しているから格闘戦が得意な彼女には使いづらかろう。一応生身で受けられる討伐依頼が無いわけではないけれど、危険に対して報酬が少ない。まああくまで俺を基準にした場合ではあるが。


「この辺りなど手頃で良さそうだと思ったんだが…」


そう言ってクロエは見繕っておいたのだろう討伐依頼のプリントを机に置く。なになに?王国北西部にあるガーナット砂漠でロックリザード討伐ね?


「何言ってんだオメエ」


いかん本音が。


「ダメか?剣さえあれば何とかなると思うんだが」


因みにロックリザードはその名の通り岩のように堅い表皮を持つ事が由来になっている馬鹿でかいトカゲだ。ガーナット砂漠が出てくる昔話では大抵キャラバンが襲われるのが定番で、物語の主人公でもない限り一方的に蹂躙される程度には強力な魔物である。当然剣一本で何とかなるなんて普通の人間なら考えない。うん、そういやコイツイスルギでしたね!


「止めてください死んでしまいます。俺が」


シュラクトを使えば命の危険はないが、そうなると討伐の目的であるロックリザードの素材が殆ど屑材になってしまう。態々討伐を生身でも受けられる様にしているのはその為だし、シュラクトを動かす分の費用を考えると戦場でスカベンジャーでもしていた方が実入りが良い。


「なので今回は地味な仕事をします。タイパは大事だぞ」


「たい?」


おっといかん。


「時間効率ってな。ガーナット砂漠まで行って帰ってきてまでと考えたらこっちの方が稼げる」


「…下水道のスライム掬い?」


怪訝そうな顔になる彼女に対し、俺は指を振りながら説明する。


「場所は都市の下水だから移動費は掛からないし、初期投資だってスライムを掬うタモだけだ。特別な技術も要らんし、何より安全が保証されている」


ワーカーの仕事とは悪く言ってしまえば報酬が良い分問題は全て自己責任になる日雇労働だ。だから高額の依頼でも安くこなせる技量や装備が無ければ報酬は大した事がなくなってしまうし、最悪死んでしまえば元も子もないのだ。一応不相応な依頼に関してはギルド側で止めてくれたりもするが、言っても聞かないヤツは大抵放置される。どうせ居なくなって長続きしないからだ。つまり話を戻すと報酬額が低くても諸経費が少額で済み安全な仕事と言うのは実に割の良い仕事だったりするのだ。まあワーカーに進んでなろうなんて連中は大抵が英雄症候群なのでスライム掬いはスカベンジャーと並んで蔑視されていたるするが。


「成る程、勉強になる」


頻りに頷きながらクロエがそう口にする。戦闘なんて効率の極致みたいな所があるからその重要性が理解出来ているのだろう。変に一般通念に染まって居ないのが今回はプラスに働いたな。


「よし、じゃあ早速準備をして――」


「オイオイ何の冗談だよ!?」


立ち上がって依頼を受けようとした瞬間、背後から耳障りな声がした。振り返らなくてもそれが自称幼馴染みであるイルムのものであるのは直ぐに解ったが、俺は聞こえないフリをしてカウンターへと歩いて行こうとする。だが世の中そう上手くはいかないように出来ている。


「お荷物とパーティーを組む奴が居るだけでも驚きだって言うのによ?」


「それがあのイスルギの人間だってんだからなぁ?さぞかしでかいことをしてくれるんだと思ったら?」


「エルザさんにあれだけの啖呵を切っておいて、やることがドブ浚い?巫山戯てんのか?」


大真面目ですけれど?俺はお前達みたいに夢見がちじゃねえんだよ、生活の為にワーカーやってんだ。


「クロエ、行こう」


「いい加減にしてくれないかマルス?君という存在がどれだけ周囲に迷惑を掛けているのかを少しは自覚してくれよ」


肩を強く掴まれて、強引にその場に押しとどめられるとイルムはそんな事を言ってくる。相変わらずギルド愛の強い奴だ、まあその口の割にはギルドが受けて欲しい貢献度の高い依頼は受けていないみたいだが。


「…仕事を選ぶのはワーカーの自己責任です。同じギルドに所属していてもそこに口出しする権利は無い筈ですが?」


「それは普通のワーカーの話だ、お前は違う」


相変わらずすげえなコイツ、このご時世に良くこれだけ堂々と差別発言が出来るもんだ。


「なんだその目は?ゴミジョブの分際で俺の事を馬鹿にしているのか!?」


鋭いな、正直お前の知性はスライムと良い勝負だと思っているぞ?少なくとも野良犬よりは下だ。


「歓談中申し訳ないのだが」


俺の胸ぐらをイルムが掴み上げるのと同時にクロエが動いた。見惚れるような滑らかな動きで俺の横へ移動すると素早くイルムの手首を握る。


「これから私達は仕事でな。君の話は長くなりそうだし、日を改めて貰えないだろうか?」


驚きの表情を浮かべていたイルムだったが、それは直ぐに苦痛へと歪む事になる。クロエが握った奴の手首へ力を込めたからだ。


「どうだろう?受け入れて貰えないないと、説得が多少手荒になってしまうんだが」


クロエさんや、それ説得違う、恫喝や。いいぞもっとやれ。


「ぎっ!?」


こちらまで骨の軋む音が聞こえた瞬間、イルムが短い悲鳴を上げ彼の手から力が抜ける。引張られていた服を俺が正すとそれを横目で確認したクロエが笑顔でイルムへ向けて告げる。


「解って貰えたようで何よりだ。話はちゃんと後日に聞かせてもらうよ、惚けたりなんてしないから安心して欲しい。君の顔は覚えたからね」


クロエがそう笑いかけながら手を離すと、イルムは青ざめた顔で走り去っていく。成る程これが圧倒的な暴力による解らせというヤツか、おっかねえ。


「あー、その、悪かったな?」


妙な事に巻き込んでしまったことをクロエに謝罪すると、彼女は不思議そうに首を傾げる。


「マルスと私はパーティーを組んだ、パーティーとは仲間だろう?ならマルスの問題は私の問題だし、マルスの敵は私の敵だ」


そして出てくるおっもい台詞、そう言えば狼人は凄く仲間意識が強いんだっけか?どうやらパーティーを組んだ事で俺は彼女の身内認定を貰ったらしい。


「そっか、じゃあ有り難うだな」


俺がそう笑いかけると彼女はドヤ顔で耳をピクピクと動かした。やべ、ちょっと萌える。


「しかし思った以上に風評と言うのは酷いものだな、本人を良く知りもしないであそこまで堂々と貶めるなんて」


「ジョブはそいつの内面を見て神様が決めるって言うのが通説だからな」


「そんなの誰が証明出来るんだ。その人の内面なんてそれこそ神様くらいしか解らないだろうに」


やべえ何このイケメン、キュンときたんだけど。


「そのとーり。そしてクロエも注意しろよ、ここまでの俺は演技で本当にただのクズって可能性も十分あるんだからな」





「成る程騙された」


恨めしげな声音でそう批難してくる彼女の姿は先程の凜々しさを全く感じさせないものだった。


「いや騙してはいないだろう、俺は一つも嘘は吐いていないぞ?」


貯水池の中へタモを突っ込みながらそう答える。実際俺は間違った事は言っていない。


「不利益な情報の意図的な隠蔽は嘘を言っているのと同じだよなぁ?」


おう、難しい言葉知ってんじゃねえか。涙目でこちらを睨んでくるクロエを見て確かにこれは失敗したなと俺は思う。


「うん、すまんかった」


今回の仕事は当然下水処理場な訳だが、都市部の汚水は当然臭い。そして狼人は他の人種より聴覚と嗅覚に優れている。俺でも臭いのだからクロエはかなり辛いだろう。


「これはもうハラスメントだ、誠意ある対応を要求する。具体的には夕食を奢れ」


「はいはい」


「あっ!あれだぞ!?その辺の屋台で適当にとかはダメだぞ!後メインは肉!肉が良い!」


「いや注文多いな!?」


こうして俺達の初仕事は大騒ぎと共に過ぎていくのだった。

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