9.勇者、魔法使いに助けられる
※勇者視点
魔法使い=アロウズ(見せ場予定無)です。
「おいカロン!大丈夫か?!」
よく知った男の声に、夢と現実がまじりあっていた意識が徐々に覚醒する。
「おい!何があった?喧嘩か?ここゴミ捨て場だぞ?」
頬を叩かれ顔をしかめる。突然息苦しくなり、俺はうつ伏せになって咳込んだ。
「どうした、大丈夫か」
辺りは暗く、空を見上げれば月が高く上がっている。臭いでしかわからないが、アロウズのいう通りどうやら俺は町はずれのゴミ捨て場に打ち捨てられているらしい。
振り返るとアロウズが立っていた。俺の背を撫でつつ心配そうに俺を見ている。
「最悪だ。クララが攫われた」
俺は短く言って立ち上がり体の調子を確かめた。石畳の上を引きずられたのかところどころ痛むが、とどめを差されていないのがせめてもの救いだった。アロウズは状況がわからないと眉を寄せている。
「クララって?お前の連れのことか?」
「俺の主人だ。食事に盛られた。なんか痺れるやつ」
「痺れるやつ?」
「あのアマ、潰す」
意識を失う前に見た赤毛の女を思い出し俺は決意する。あれは実行犯に過ぎないだろうが、クララと俺を引き裂いた罪は重い。
俺の物騒な物言いにアロウズが慌てる。
「おい!なんの喧嘩を買ったか知らんが勇者として品位を損なうことはやめろ。ってかお前、剣はどうした!?まさか持っていかれたんじゃないだろうな!?お前の勇者の証だぞ!」
「荷物は宿、多分な。くそ、一旦戻るしかないか。ついでに従業員に口を割らせて・・・」
「ちょっと待て!俺もついていく!何があったか教えろ。協力するから!」
何にせよ穏便に済ますぞ!とアロウズが言い含める。こんなときに穏便もクソもあるものか。しかし人手は必要かもしれない。
「お前はこんなところで何してた?」
夜のゴミ捨て場に何の用があったんだ。
「俺か?俺はゼルケのところに泊まる代わりに店の掃除して、今ゴミ出しにきた」
最初に見つけたのが俺で良かったな、とアロウズは恩着せがましく言った。偉そうな顔をしているが、つまりゼルケに泊めてもらう代わりに雑用をしているということだ。宿代を浮かせたいのは経費削減の一環だろう。国が俺を探す費用を出しているわけがない。自腹か、良くて後払いだ。少しだけアロウズに同情する。
俺とアロウズはひとまず泊まっていた宿に戻ることにした。歩きながら何があったのかをざっと説明する。クララをさらった相手の心当たりが昼間の大神官しか居ないことも含めてだ。
「大神官といえば、魔王討伐を終えた僧侶に贈られる役職だな。長として聖堂を一つ任されるやつ」
「あいつ偉いのか。通りで高圧的だった」
「ていうか、お前色んなところで会ってるはずだぞ?僧侶レオスだろ?グレンダリアムの勇者の仲間の」
「んん?」
アロウズの言葉に俺は首をひねる。まずグレンダリアムの勇者が思い出せない。グレンダリアムが国名だということは分かるが、誰がその国の勇者だったかが一致しないのだ。勇者は五つの大陸のそれぞれ首長国が輩出しているため五人いる。ちなみに俺は弱小国が無理やり出立させた六人目だったので、生意気に出しゃばるなと色々なところで冷たい目を向けられた。
アロウズは呆れたように半眼を伏せる。
「俺たちと同じく魔王城まで到達した勇者だよ!覚えてないのか?大聖堂の聖剣持ってた!」
「あぁ!大聖堂の推し勇者な」
出身国までは知らなかった。大聖堂の聖剣を授与された大聖堂最推しの勇者。それでもやはり顔ははっきりと思い出せないし、残念ながらその取り巻きの顔も思い出せない。
そんなことを話しながら宿につくと、一階の食事処は夕方の人気のなさなど嘘のように賑わっていた。
俺はカウンターにいた男に赤毛のウェイトレスについて尋ねた。
「赤毛のウェイトレス?いませんけどねそんな子」
カウンターでドリンクを作っていた男は俺を見て怪訝な顔をして言った。とぼけられているのか本当に知らないのか微妙な気配だった。
俺は首を傾げて困ったように続ける。
「でも今日の夕方はいたんですよ。借りたものを返したくて、何か知りませんか?」
「夕方にいたって言ってもねぇ・・・何かの間違いじゃないですか?今日は貸し切りだったんですから」
「貸し切り?」
「えぇ、急に教会の方がね。まぁそれなりのお代金頂きましたし、すぐに帰っていただけたので結局営業出来てるからいいんですけどね」
男は渋い顔をしながら愚痴っぽく言う。俺とアロウズは目を合わせた。
「じゃああれは教会の方なのかも知れないな、うん。明日訪ねてみよう。ありがとうございます」
そう言って男に銀貨を渡し、俺たちはカウンターを離れた。そのまま客室へ戻ると、室内は荒らされた様子もなく荷物もそのままだ。この部屋のことは眼中に無かったのだろう。
「お前、いい宿に泊まってるな」
アロウズが室内を眺め羨ましげに言う。
俺は改めて深く深いため息をついた。なんでこんなやつとこの部屋にいなければならんのだ。本当なら今夜はクララを抱きしめながら久々のベッドで安眠するはずだったのに!
「許さん教会・・・赤毛・・・レオス・・・!」
俺はつかつかと歩き、ベッドの傍らに置いていた剣を手に取った。
「まてまてまて、今から行くつもりじゃないだろうな?」
アロウズが慌てて部屋のドアを塞ぐように立つ。俺は剣を腰に下げながら答えた。
「行くに決まってるだろ!教会で決まりなんだから!」
「馬鹿野郎!こんな夜中に殴り込んでどうする?!」
「教会は夜中も開いてる!それにクララがどこかに移されたら追えなくなるだろ」
「・・・・・・ぁあくそ〜!!なんでいつもお前の言う事のほうが正しいんだ!」
アロウズが髪を掻きむしる。
「でもちょっと待て!速攻で風呂入ってこい!お前今かすかにゴミ捨て場の臭いするぞ!」
鎧を身に着けようとしていた俺は、ピタリと手を止める。
「それは駄目だ・・・」
俺は慌てて剣を外した。助けに来た男がゴミ臭いのはまずい。クララの品を損なうし、何より俺が嫌だ。嫌われたら大変だ。
「・・・行ってくる。ベッドには触るなよ!不愉快だから」
俺はアロウズに厳しく言いつけた。ほんの一瞬だけでも俺とクララのベッドだったものを他人に触れさせてなるものか。
(くそ、新居には絶対ダブルベッドを作ってやる!絶対だ!)
俺は悔し涙をこらえながら宿の浴場へと向かった。
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