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8.大神官、魔女にすがる

※大神官視点


ストックが尽きてしまったので隔日投稿になりそうです。

何とかして完結させますのでどうかどうかお付き合いくださいm(_ _)m



 祭壇に立つ司祭が夜の祈りの言葉を紡ぐ。


 石造りの礼拝堂にはこのオルフィスベリーの教会に所属する修道僧たちがひざまずき、同じように祈りを唱えていた。この教会は女性の方がやや多い印象だ。低い祈りが広間に満ち、司祭のよく通る声と相まって一つの歌のようにも聞こえる。


 私はそれを祭壇正面の桟敷席で聞いていた。この場の司祭の誰よりも若いが、私は大神官なので当然上位の扱いをされる。しかし、ここに通されたのはただただ煙たがられているだけとも取れた。この教域と私の思想はやや違っているのだ。


「レオス大神官」


 足音も立てずに背後に立ったのは赤毛の尼僧だ。若く小柄だがどこか抜け目のない、得体のしれない女だった。師匠から遣わされた尼僧で、名前は確かアンナと言ったはずだ。


「例の女をお連れしました。お会いになりますか?」


「?!」


 俺はアンナを見やった。アンナは頭を下げていたが、顔に傷でも作ったのか、右目のあたりを包帯で覆っている。私はすぐに立ち上がった。


 広間から廊下に出る。アンナが小さく鐘楼塔に居ますと言った。平常心を常日頃から心掛けているが、知らないうちに歩幅が広がる。


「こんなに早くどうすませた?あの男は?」


「男の方は捨てておきました。お命じの通り殺してはおりません。冒険者崩れが拾えばどうなるか知りませんが」


 アンナは感情のない声で言った。手にするランプに浮かび上かる顔もまた同じだ。ラザエル大賢者の下にいれば誰だってそうなる。俺だって、クララだってそうだった。


 屋上に鐘が吊られた人気のない尖塔の一室。その扉を開ける。


 小さな物置のような部屋の中央の椅子に、目隠しをされ手を縛られた黒髪の女性が力なく座っている。私は思わず声を荒らげた。


「早く縄を解け!私は丁重に迎えろと言ったはずだ!」


 こちらは頼み込む立場だというのに。私はアンナを睨みつける。


「失礼しました」


 アンナは素早く目隠しと手の縄を取った。                                    

 しかしクララはピクリとも動かず、目も開かない。


「すみません、男を片付ける過程で痺れ粉を盛りました」


「愚か者!」


 私は素早く浄化の魔法をかける。夜の闇の中、一瞬の聖なる力の煌めきがクララの胸から全身へと長れる。一呼吸おいてクララがピクリと動きを見せた。ゆっくりと目を開き、荒く息をしながら椅子に手をつく。


「・・・・・」


「・・・・・」


 クララは何も言わずこちらを見据えていた。怒っているのだろう、何も言わず見据えてくるクララが一番恐ろしいことを私は知っている。


「手荒な真似をしたのは謝る。部下の独断だ」 


「大変失礼しました」


 アンナが頭を下げた。クララはアンナを見やると怒りの声を上げる。


「一緒にッ・・いたッ・・んんッ!一緒にいた男性は、無事なんでしょうね?彼に何かあったら許しませんよ」


 赤い目が鋭くアンナに突きつけられている。こんなに怒ったクララは見たことがない。アンナは無言で頭を下げ続けている。すまないと思っているのではない、クララに返事をする気がないのだ。


「なにか言ったらどうです?!」


「落ち着け。命は取るなと言ってある」


 とても見ていられず、私はクララをなだめた。しかしクララは怒りをそのまま私にも向ける。


「彼を連れてきてください。あと私、何があっても聖堂に戻るつもりはありませんから」


 耳にしたことのない強い語気と視線に、本当にあのクララなのだろうかと私は戸惑った。


 私の記憶にあるクララはいつも小さな声で話した。人と目を合わせようとせず、笑顔は浮かべるがその笑みで誰からも距離を取り、いつも一人で祈っているような女だった。彼女が話をし、目を合わせるのは私かラザエル大賢者だけだったのに。


「・・・まずは話を聞いてほしい。無理強いをするつもりはない。お前がそう望むのであればあの男を連れてくることも約束する」


 クララは怒りを目に宿したまま少し黙り込み、きっぱりと言った。


「彼を・・・カロンを連れてくるのなら聞きます」


「わかった」


 俺はアンナに目配せをする。アンナは不服げに眉を寄せたが異議を唱えることなく静かに部屋を去った。


 二人きりになり私はため息をついた。


 別れたときにはこんなにも道が違ってしまうとは思ってもいなかった。私が僧侶として勇者と旅立つ前夜には、守りの祈りまで唱えてくれたというのに。


「お前は嫌だというが、私はお前に聖堂に戻って欲しいと思っている。いま聖堂は二派に分かれて揺れているのだ」


 私はそう言って話を始めた。



 事の発端は魔王討伐が果たされ、半年ほど経った頃の事だ。


 冒険者が減り、教会は主としていた冒険者の援助という仕事が激減していた。冒険者がいないのだからもちろんそれによる寄付金も無い。生活の上での怪我や毒、日々の困りごとに手を貸すような細々とした治療だけが続いており、僧や尼も流出していく。


 それでも祈りの場や式典の場として変わらず聖域であろうとした聖堂に対抗してきたのが各国の王を初めとする執政者たちだった。


 彼らは魔王が消えたいま、これまで手つかずだった領土拡大にのりだしそこここでもめごとを起こし始めていた。聖堂をはじめとする教会はそれを非難したが、実務的な面でまったく機能しなくなった教会からの言葉に各国は耳を貸さない。


 そこで初めて、聖堂は自分たちの影響力が損なわれ始めていることに気付いたのだ。


「それでも。『治癒』のアリエ賢者一派にはまだ民からの根強い支持がある。怪我はいつどこでだってするからな。・・・問題は『破魔』のハイナク賢者派だ。魔物がいない今、破魔の力には何の価値もない。そのためハイナク賢者は、見えない敵を作り始めた」


「見えない敵?」


「この世の不幸や罪の意識だ。それらから救われるために自身の魔を払うという形で『破魔』を商品にした。『浄化』と『祓い』もそれに乗った」


 クララが不快げに顔を歪める。彼女は聖堂に来る以前、『祓い』の教会で酷い扱いを受けたと聞く。魔物と親しむという呪いを祓うために徹底的な清めが行われ、瀕死のところをラザエル大賢者に救われた。


 だから、『破魔』の聖堂の一派が始めようとしている狂信の恐ろしさを理解するはずだ。


「聖堂は二つに分かれた。あるはずのない「正しさ」への信仰を求めるハイナク派と、このまま民草の側に立ち治療を専門にその存在を続けようとするアリエ派だ。私は魔王の死後、魔王討伐に出た僧侶として大神官の位を賜った。『浄化』の聖堂に所属しているが、ハイナク派の考えを認めることはできない。だから仲間がほしいのだ」


 私はクララを見た。すがるような気持ちとはこういう感覚を言うのかと思う。クララは苦しそうに私を見返していた。聖堂の行う破魔や浄化が人間に向けられればどうなるか、想像がつかない女ではない。無意味かつ無慈悲な責めに遭遇する者がきっと現れる、その予感に胸を痛めているのだろう。


 クララは優しい、私はその優しさにつけ込もうとしている。


「信頼できる仲間が一人でもそばにいてほしい。『浄化』の聖堂をハイナク派から切り離すことができれば形勢は逆転する。信仰は何かの存続のために強制するようなものでは無いはずだ」


 クララは悲しげに俯いた。私は彼女を覗き込むように跪く。


「クララ」


「やめて」


 クララが拒否する。


「やめて下さい。私は聖堂には戻りません」


「力を貸してくれ」


「出来ません。私には無理です」


「そんなことはない。お前は私を越える治癒術の使い手だ。その力を民衆のために使えば必ず人々の支持を得られる。」


 私はほとんどクララの膝にすがっていた。


「私と最後まで僧侶の座を競ったのはお前だ。破魔の魔法をなに一つ会得できないお前が僧侶候補として残れたのは、その治癒力の凄まじさ故ではないか。勇者がお前の悪評さえ耳にしなければ、選ばれていたのはお前だったかもしれないんだぞ」


 そうだ、あのとき誰かがクララは魔物を呼ぶ魔女だと噂を流した。その噂を聞きつけた勇者たちはクララを忌避し、かわりに私が選ばれたに過ぎない。あの噂さえなければ、あの時選ばれ、魔王城へと旅立ち、今大神官の地位についていたのはこの女だったかもしれないのに。


 私は両手でクララの肩を掴んだ。


「私には許せないのだ。それだけの力を持ちながら一般人として生きるだなんて。あの地獄のような修行を私たちは共に乗り越えたではないか!それを今になって聖堂には戻らないなんて・・・何故だ?あの男のせいなのか?どうして私を・・・!」


 見捨てるのだ、そう口走りかけたことに驚愕し、私は悔しさに顔を歪めた。こんな気持ちは認められない。断じてだ。


 クララは悲しそうな顔で私を見つめたまま、小さく首を振って拒絶した。


「私が決めたことです・・・ごめんなさい。私が生きる場所はここじゃないの」


「そんなもの・・・誰だってそうに決まっている」


 私はそう吐き捨てて立ち上がった。これ以上クララの側にいるべきではない。しかし彼女を無条件に手放すわけにもいかなかった。大聖堂のラザエルさまに報告しなくては。


「・・・部屋を用意する。今夜はそこで休め」


「帰ります」


「それは駄目だ。夫が迎えに来るまで大人しくしていろ」


 頭のどこかであの男をどう利用するかを考えながら、私は部屋を出ていった。


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