6.勇者、油断するその1
※勇者視点
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夕闇が迫り、俺たちは宿を取ることにした。あんな野郎がいる町など早々に立ち去りたかったのだが、帰路にあるエリンドルの町は城塞都市。向こうにつく頃には門が閉まっているだろう。
本当は俺も移動魔法が使えるし、世界中のどの町へも飛ぶことができた。でもそれをしなかったのは、俺がそれを使えるということを言わなかったからだ。最初に出来ると言い出したクララが自慢げで可愛くて言い出せず、今はそれを話してしまうと俺が勇者だということがバレてしまう気がして言い出せない。移動魔法は一般的ではないし、あらゆる地点珠に触れているなんてそれこそ普通ではない。
(勇者だって隠すつもりはなかったんだけどな。言い出すタイミングと必要性が無かっただけで)
大体、クララを相手に自分が勇者だと言い出す必要がどこにあるだろう。過去の俺はすでに死んでいるのだ。俺にとって大事なのはクララとの今の関係だけ。それを脅かしかねない情報など必要ない。
俺達は町の中心から少し外れた素朴な宿に泊まる事にした。大きな町であるがゆえにオルフィスベリーの宿は上から下まで様々なランクの宿がある。俺の場合は場末の安宿と相場は決まっていたが、クララと二人なら高級とは言わないまでも、やはりそれなりの宿に泊まりたい。その結果一階に食事処と風呂場のある、夫婦や家族連れの多い穏やかそうな宿にした。
受付を済ませ鍵をもらい、階段を上って部屋に入った俺たちは二人並んでしばし無言になった。
「・・・あの、カロンさん・・・ベッドが」
「一つですね」
ちょっとした机と椅子が二脚、そしてクローゼットが壁際にある室内。広くも狭くもないその部屋に、大きな二人用のベッドが鎮座している。
「嫌ですか?」
俺は心配になってクララを見る。ダブルベッドになったのは単純にフロント側の都合だ。絶対に俺の下心とかではない、誓っても良い。
でも、そんなふうに思われてたらどうしよう。いや、別にそんな気持ちがないわけじゃないが。でもクララが嫌なら絶対何もしない自信はある。
クララはあわあわと前髪を触りながら言う。
「あの、嫌ではないです、けど。なんだか恥ずかしいなぁと思って・・・嫌ではないです」
言いながらクララの顔が赤くなっていく。これは、大丈夫ということだろうか?受付に部屋を換えてもらわなくても良いということだろうか?
俺はふと思いつき、外套を脱ぎながらやや声を作る。
「ちゃんと確認しなくてすみません。でも、クララさんとならぐっすり安眠出来そうで嬉しいな」
「そっ・・・・・・そうですか?じゃあ良いかな・・・」
(じゃあ良いのか??)
俺は思わず振り返ってクララを見る。クララは納得したのか顔は頬を染めたまま荷物を降ろし、ケープを外し始めた。仕掛けたのはこちらだが俺はクララが心配になる。俺に流されすぎやしないか?
他の男にも流されやすかったらどうしよう、と思った途端うっかり先程のクソ野郎が浮かび上がり胸が悪くなった。あの野郎、次会ったら殴ってやる。いや、もう二度と会わない方が良いのか。あんなところでどうして神官なんかに。
その時やっとあんなところに出向いたもう一つの理由を思い出し、俺は脱いだ外套のポケットをまさぐった。目当ての品を手に取りクララを振り返ると、クララはベッドの端に腰かけて休憩していた。
(うーん・・・警戒されても困るけどだな・・・・)
無防備でいられるのももどかしいものがある。
(だめだ、忠犬忠犬)
「クララさん。これ」
俺はそっとクララの隣に座り、持っていたものをクララに手渡した。
「なんですか?・・あ!これ?!」
クララが手に乗った赤い宝石を眺める。ドラゴンを倒したときのドロップアイテムの中でクララがキレイですねと気に入っていた物だ。
「ドラゴンジュエルです。ペンダントにしたのでもらってください」
透明でありながら深い紅の石は、ドラゴンの心臓にクリティカルヒットを入れなければ手に入らない貴重な石で、その美しさと希少性の高さから宝石と呼ぶことを許されていた。
楕円型の金貨ほどの大きさもある石だったので専門の加工屋に持ち込めばもっと装飾的になっただろう。ゼルケに加工させたからシンプルな台に嵌められた素朴なペンダントになってしまったが。
クララは目を丸くして俺を見上げる。
「良いんですか?私、てっきり売るものだと」
「良いんです。クララさんに持っていてほしいんです。防御力、体力、魔力、精神力2倍ですよ」
「そんなに?!すごい石じゃないですか!」
確かに装備品としてもかなり優秀な石だ。普段着がきぬのローブのクララにはぜひとも身につけてほしい。
「そんな良いものをもらってしまって良いのでしょうか・・・」
クララが受け取りを戸惑い始める。謙虚なのはいいことだがここは素直に受け取って欲しい。
(一芝居打つか)
俺はしゅんと視線を下げる。
「すみません・・・本当はもっと普通の物を贈りたかったんですけど・・・俺、女性が喜ぶものがよく分からなくて。やっぱり駄目ですよね、装備品じゃ・・・」
俺のしおれた様子にクララが慌てる。
「あっ!いえ!嬉しいですよ!ただあまりに良いものなので、分不相応かと思ってしまって・・・・とっても嬉しいです!」
クララがペンダントを握りしめて言う。
「じゃあつけてくれますか?」
「もちろんです!」
言質がとれた。俺はクララの手からペンダントを取り上げると、クララの首にかけた。鎖が長いので頭からかぶることができる。石はクララの胸元におさまった。
「良かった。いつも身につけていてくださいね。お守りだから服の下の方がいいかも知れません」
「わかりました」
クララは石を眺めながら頷いた。そんなクララを見た俺は受け取ってもらったことに満足したが、同時に押し付けがましかったかと心配になってくる。どんなに些細なことでもクララに嫌われる芽を作りたくないのだ。
そんな心配をしている俺に、クララがこちらを見上げて言った。
「あの、私も何かお返ししたいです」
「お返し?」
俺は思わぬ申し出に虚を突かれる。
「なにか欲しい物ありませんか?必要なものとか」
「あぁ・・・俺は何もいりませんよ」
俺は微笑んだ。クララからの贈り物なんて何もいらない、クララがいればそれで良い。強いて言えばクララの所有物としての証―――たとえば首輪でも着けてもらえればそれはそれで嬉しいが、口に出すと引かれそうなので絶対に言わないでおく。
「そうですか・・・」
クララが肩を落とす。別にお返しなんて気にしないでと言いかけ、ふと思いついた。
「欲しいモノではないんですけど、許してほしいことはありました」
「許してほしいことですか?」
「はい。その・・・・俺もクララって呼びたいなって」
俺も、の「も」の部分は不愉快ながらあのレオスとか言うクソ野郎に掛かっている。あいつがクララを呼び捨てにするのに俺がそうできないのは悔しい。
「あと、俺のこともカロンと呼んでもらいたいです」
呼び捨てられたほうが犬っぽいし。
「そんなことで良いんですか?」
クララが呟く。クララにとっては思いもよらないお願いだろう。俺が欲しいのはより近い距離感と親密感だった。クララは想像するように少し考え、頷いた。
「分かりました。いつまでもさん付けなのも他人行儀ですよね。でも・・・」
クララは咳払いをして言う。
「ちょっと照れるので徐々にでお願いします」
「はい!」
やったぜ!どうだクソ野郎!
俺は心のなかで勝ち誇った。この程度のことで空しい勝利かもしれないが、これから積み上げていく俺とクララの人生の中で必ず勝ち越す瞬間が来るはずだ。あいつより俺のほうがクララの大切になるもんね!
「じゃあ、夕飯に行きましょうか。クララ」
俺は立ち上がってクララに手を差し伸べる。クララははにかみながらその手を取った。幸せだ。
このように、俺は完全に浮かれていた。一階の食事処に降りる時に、親子連れにしては妙に年の差のない四人と夫婦にしては剣呑な二人組に気付かなかった。