5. 魔女、決心する
※魔女視点
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神官となったかつての修行仲間の前で、私は蛇に睨まれた蛙になった。
(どうしよう)
何か話すべきかしら。でも何を?向こうからすれば私は聖堂から逃げ出した裏切り者。この人―――レオスくんはそういう人間を嫌悪していた。そんな人間から親しげに話されても困るだろう。
私に興味を無くして早く立ち去ってくれないかな・・・あとフードを掴む手は早く離してほしい。
しかし当然のことながら、私の希望は叶わなかった。
「お前今まで一体どこに・・・」
呆然としたまま呟いたレオスくんはおもむろに私のフードを引っ張り上げ、私を乱暴に立たせた。
「クララ・ラザエル。貴様、修行中の身でありながら出奔するとは!聖堂に身をおいておきながら、ラザエルさまに恥ずかしくないのか!?」
「はぁ・・・」
レオスくんが射抜くような目で責めるけれど、私は「はい」とは言い難く言葉を濁した。
ラザエルさま―――ラザエル大賢者は私とレオスくんの師だ。昔、地方の教会で浄化と称した儀礼を受けボロボロになっていた私を見出し導いてくれた恩人である。彼のおかげで私は僧侶修行のため聖堂に移り、きちんとした教育を受けることができた。助けてもらった恩義はもちろん感じているし、その期待を裏切ってしまった自覚はある。
(でも、ラザエルさまの下でだって毎日ボロボロで修行したし。へんに名前をもらっちゃったもんだから妬み嫉みがひどかったんだから)
助けてもらったようなそうでもないような、そんな複雑な感情が渦巻き、修行から逃げた今一番会いたくない相手である。
「あの・・・まさかラザエルさまも一緒だったり?」
「お前は阿呆か?ラザエルさまにそんな暇があるものか。ラザエルさまは大聖堂にいらっしゃる。このまま飛ぶぞ。眼前にひれ伏して許しを乞うが良い」
そう言って私の腕に掴みかかる。
「いや!いやいや!!それは困ります!!」
私は身を引いてその手から逃れる。するとレオスくんはさらに非難の目で私を睨みつけた。
「なんだ?逃げられると思っているのか?観念しろ、私も口添えくらいはしてやる」
「結構です!私、もう僧侶は諦めました。それにもう必要ないじゃないですか。魔王は討伐されましたし、レオスくんだって神官になったわけでしょう?」
これ以上修行する必要なんてない。世界は救われたんだから。
けれど、私の言葉にレオスくんは顔をしかめた。
「何もわかっていないようだな。魔王がいなくなろうと、聖堂のあり方は変わらんのだ。戦いが終わろうと、世界を導くため聖なる力を持つものは必要だ」
「そうかもしれませんが、それはもうレオスくんにお任せします。私は良いです。ちょっと回復魔法が使える普通の人として生きます」
その一言にレオスくんの表情が強張った。レオスの顔が怒りに歪む。
「ふざけるな!!」
レオスくんは思わずといった様子で手を振りかざし、裏拳で私の頬を打った。
その力に私は後ろによろめく。
殴られた痛みを感じる前に、衝撃を受けたのは身体ではなく心だった。
鈍い痛みと共にもう遠いはずの過去の記憶が蘇り、途端に息が苦しくなる。胸から全身にかけて感覚が塞がれていくような気がした。身体が鉛のように重くなっていく。それは逃げ込んだ森の中で出会い癒された何もかもが足元から壊れていくような、落ちた地の底でやはり私はどこにも行けないのだと思い知らされているような感覚だった。
(いやだ)
連れ帰られる?全てが無に帰してしまうのかしら?
(いやだ!)
その時、傍らの扉が勢いよく開いた。
「クララさん!」
カロンさんが腕を伸ばして私を抱きしめる。私は呆然としたままカロンさんの胸に飛び込んだ。カロンさんはレオスくんから遠ざけるようにして私を抱いたまま言う。
「俺の連れに何をした」
まるで聞いたことのない低い声だったけれど、私にはほとんど聞こえていなかった。カロンさんの胸に耳をぴったりと付けた私には、彼のぬくもりと心音ばかりが伝わってくる。安心する匂いと音、温かく力強い腕が蘇りかけた過去の記憶を拭い去るみたいだ。
「連れだと・・・?」
レオスくんの訝しむ不審げな声に、カロンさんは動じることのない声で言う。
「連れだ。この際妻と言っても良い。彼女に何かしたのなら許さない。何もしていないと言うのならさっさと失せろ」
「妻だと・・・?!」
レオスくんが驚愕する。虚言も甚だしく私もちょっと驚いたけれど、カロンさんならいいかと口は出さないでおいた。せっかくだし妻っぽくしておこうかなとカロンさんの背中に手を伸ばすと、カロンさんはさらに強く私を抱きしめた。
「お前!教義に反してこんな男と!?」
「そ・・・」
「そうです。もしかして規則違反?だとしたら破門で構いませんのでさっさとお引取りください。こちらは勝手に幸せにやりますので」
カロンさんはそう言ってレオスくんを押しのけ、歩き出す。私はと言えば抱き締められたまま持ち上げられ、子供のように通りまで運ばれた。
「では失礼。さようなら」
カロンさんはそういうと、レオスくんを残して歩き出した。私を支えるように腕を背中にまわしている。私はカロンさんの導きに促されるようにして歩き出した。
「待て!クララ!」
後ろからレオスくんが大声で吠える。けれど、遠くから閣下と呼ぶ声がしてレオスくんの声がやんだ。ちらりと振り返ると教会のシスターらしき人が走り寄りながらレオスくんに声を掛けていた。
「クララさん。振り返らない」
カロンさんがこちらを見て言う。カロンさんは悲しそうな目をして私を引き寄せた。
オルフィスベリーの高台の、教会から離れた川を望む小さな庭園で私たちは足を止めた。
石で組まれた花壇の縁に腰掛けた私の前にカロンさんがひざまずく。いつものなでなでの体勢だ。でも、カロンさんは私の両手を掴んだまま離さず、伺うように私を見上げている。カロンさんの後ろには落下防止の柵と川の流れ、通りからも花に囲まれて隠され、私たちを見る者は誰もいない。
「あれは誰か聞いても良いですか?きっと知りあいですよね?」
カロンさんが小さく尋ねた。私は頷く。説明をしておきたい。
「昔の仲間です。僧侶修業時代の。僧侶候補は沢山いたんですけどどんどん脱落しちゃって、最後に残ったのが彼と私です。仲が良いわけじゃないんですけど、同じ師に長くついたので馴染みはあります。それだけです」
私はそう言って視線を落とした。深くため息をついて首を振る。自分で言っていて、これはちょっと嘘が混じっていると感じた。
「それだけ・・・ではないかも知れません。かなり情はあるような気はします。元はライバル視されていたのですが、だんだん助け合わざるを得なくなったので。最終的には同士くらいにはなっていたかも」
「いたかも?」
「あの人・・・レオスくんは私の能力に不満を持っていたので、本当のところはわからないんです。補いあう関係ではあったのですが」
カロンさんが手を伸ばし、ふと私の右頬に触れた。レオスくんに打たれたところだ。
「赤くなっています」
悲しそうにカロンさんが言う。私は大丈夫だと微笑みたかったけれど、上手く行かずに情けない顔になった。
「ちょっと当たっちゃって。大丈夫です」
「あいつにやられたんですね?」
「平気です。ちょっと感情的になったんでしょう。当てるつもりなんてなかったと思います」
カロンさんが教会の方を睨みつける。怒った横顔を見て少しだけ幸せな気分になった。今の私には、私のために怒ってくれる人がいる。それが嬉しい。
「今度会ったら俺が同じ目に合わせてやります」
カロンさんが私を見て約束するように言った。私はなんだかおかしくなって笑ってしまう。
「そんな事しないで良いです。それよりもカロンさん、守ってくれてありがとう」
私はそう言うと、今度は自分からカロンさんを抱きしめた。
(あの時の私になんて戻らない。私は私の大切な人と生きるんだ)