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4.勇者、再会する

※勇者視点



 クララを外に待たせた俺は錬金術師の店の階段を駆け下りた。店の地下にいるはずの錬金術師を起こすように。町全体の傾斜のせいで半地下のようになった錬金術師のすみかは、鉄なべが据えられたかまどを中心に本だの器具だの材料だのが所構わず散らかる汚い店だ。


 自堕落な生活を送る錬金術師を叩き起こそうと思っていたが、目的の錬金術師はカウンターで先客と話し込んでいた。


 その先客を見て俺はうんざりする。


「お!噂をすれば勇者さま〜!」


 灰色の髪の錬金術師が言う。伸ばしっぱなしの髪と分厚いレンズのメガネのせいで顔は口元しか見えない。ポケットがたくさんついたよれよれの上着を着ている。


 錬金術師の言葉に先客が跳ねるようにこちらを見た。


「カロン!?お前今までどこに!?」


 俺は先客を無視して錬金術師に品物を突きだす。


「急ぎだ。ゼルケ、これ加工しろ」


「えぇこれ?あっ、うそすごーい!」


 品を受け取りカウンターから離れる錬金術師ゼルケを見送り、俺は先客の黒髪の男に向き直った。長髪が鬱陶しい黒髪黒目に片眼鏡、なよっとした色白の男だ。魔法使いの黒いローブをまとっている。


「アロウズ、お前俺の言う通りに注文書書け」


 俺はそう言ってカウンターの紙とペンを取りアロウズに渡した。


「言うぞ、これくらいの」


「待て待て待て!!お前一体どういうつもりだ?!このひと月どこに行っていたんだ?!」


「つべこべ言うな。いいか、これくらいとこれくらいの大きさのガラス板を十二枚。それからこれくらいとこれくらいの蝶番をそれぞれ四つ。それから」 


「まっ!待て待て!もうちょっとゆっくり!あとこれくらいじゃわからん!!」


 慌てて書き出すアロウズに俺は欲しいガラス板の寸法を手の幅で伝え、アロウズはそれを近くにあった定規で測って紙に書いていく。その他諸々も書き記し、おかげですぐに注文書が出来上がった。


「ラッキー、助かったぜ。ゼルケ!これで注文頼んだー」


 俺は奥にいるゼルケに言う。注文書に書き込んだのは魔物の森に建築中の家につかうための部品だった。森ではどうしても調達できない建具の類がある。建具屋に知り合いはいないので、とりあえず何でも屋と化している錬金術師に頼みに来たというわけだ。特にガラスなどはむしろ錬金術師の方が都合が良い。


「じゃ、そういうことで」


「じゃ、じゃない!」


 外に出ようとした俺の外套を掴みアロウズが俺を止める。俺は殺気すら醸してアロウズを睨みつけたが、悲しいかな元仲間、コイツはそんなことでは怯まなかった。


「なんなんだよ。急いでるのがわかんねぇかなぁ?」


 早くクララのところに戻らなくては、扉の外であろうと一人にしているのは心配だ。


 だが俺の事情などお構いなしにアロウズは声を荒げる。


「お前今までどこにいたんだ?!探したんだぞ!」


「知るかよ。俺の自由だろうが」


「自由なもんか!オルモンド王の召喚を無視しておいて!」


 アロウズは怒っているようだった。一つ年上の遠い親戚に当たるこの男はかつて共に魔王城まで到達した仲間だ。その功績を認められ今は宮廷魔法使いとなったと聞いている。


「あのさぁ、俺は臣下になる話は断ったはずだぞ。勝手に命令すんな」


「馬鹿野郎!オルモンド国の国民にはオルモンド王の召喚に応える義務があるんだよ!」


 うちの事情ももう少し考えろ!とアロウズは膨れる。王都に住むアロウズの家は城仕えの小官一族だ。おおかた俺の手綱でも引かされているのだろう。だが、俺に関係はない。


「知らん。俺はもう国に帰るつもりもないから国民から外しといてくれ」


「ふざけるな!オルモンドの勇者だろ、戦いが終わったら王に仕えろ!騎士でも将でも好きな身分をやるって王様も言ってるだろうが」


「お前さぁ、魔物の後は人間殺せっていうわけ?」


 俺はあきれてアロウズを見下ろす。王の下で武力を振るうとは結局はそういうことだ。アロウズはぐっと言葉を詰まらせた。


「それは・・・不可抗力というやつだ。それに!かつての勇者が将がとして存在することが他国へのけん制になるんだろうが」


「だったらお前がやれよ。お前も魔王を倒した魔法使いだろ」


「俺は既に宮廷魔法使いだ!」


「じゃあ城帰れよ。させられてること使いっ走りじゃねぇの?」


 図星を突かれたのか、アロウズの頬が紅潮する。なるほど、地位はもらったが立場はまだまだ弱いらしい。ま、あの国なら若造を飼殺すくらい通常運転だ。地位をもらえただけましだろう。


「もういいか?連れが外で待ってるんだ。早く戻らないと」


「連れ?まさかそいつがお前を連れ出したのか?」


「そんなわけないだろ。あんな家にいるくらいなら死んだ方がマシだから出ていったんだ」


 そんなことも解らないのかと俺はアロウズを冷たく睨んだ。アロウズの親は父方の親戚らしいが、魔王討伐を命じられるまで存在すら知らなかった。なのに魔王を倒した途端、まるで近しい叔父か何かのような態度で俺の後見を気取りだしたのだから笑えない。


 アロウズは取り付く島のない俺を困惑した様子で見返した。俺の振る舞いが理解できないという目だ。そりゃそうだろう。親に愛されて育ったアロウズには俺の気持ちは分からない。


「出来たよ〜ん!」


 奥の工房からゼルケが戻ってきた。


「早いな、助かる」


 品物を受け取り、俺はゼルケに加工代を払う。ゼルケは俺が置いた注文書に目を通して頭を搔いた。


「家でも建てるの?うち建具屋じゃないんだけど」


「建具屋も噛むなら窓枠に嵌めて寄越してくれ」


「うわ、ホントに建ててるんだ。面白」


 ゼルケはふへへと笑って俺を見た。


「あれ?剣はどうしたの?」


「剣?」


 俺の腰回りを見てゼルケが首をかしげていた。いつも腰に佩いている聖剣のことだと気付き、俺は背中を示した。聖剣は外套の下に背負っている。


「隠してる。たまに剣でバレるからな」


「あー!その方が良いよ。行方不明の勇者の特徴に書かれちゃってるから」


「へぇ・・・?行方不明ねぇ」


 さっきクララが言っていたのを思い出す。どうやら俺は公に行方不明者扱いらしい。ゼルケがにやにやしながらカウンターの後ろから四つ折りになった紙を取り出した。おそらく新聞だ。


「お世話になってるお姉さんのお店から貰ってきちゃった。読む?」


「アロウズ、読め」


「・・・・『世界を救ったオルモンドの勇者ヴェセル、姿を消す』」


 アロウズが渋々といった様子で読み上げる。


 内容はこうだった。


 オルモンドの勇者が国を見捨て、他国へと渡った可能性がある。オルモンド国はこれを否定し、勇者を見かけた際は国へ戻るよう伝えて欲しいと発表した。王と勇者はこれまで数度衝突しており、勇者は王の臣下となることを拒否している。魔王を倒し世界を救った勇者には各国からの勧誘がすでにあり、自国の王との交渉が決裂した場合は他国へと出奔することも可能である。勇者は一体どの国に現れるだろうか。勇者は小麦色の髪に暗い青の目、古の聖剣を所持している。


「大体あってるな」


 俺はうんと頷いて言う。最後の特徴が今と若干違うのは、魔王討伐中の風呂なし過酷な旅生活で精神が病み病みになっていたせいだろう。クララが気付かなくて良かった。


「あってたまるか!オルモンドへ帰れ!」


「嫌だね。俺はもう国には帰らない。でも安心しろ、他の王にも仕えることはないからな」


 俺はにやりと笑って身を翻した。俺の忠誠はすでにただ一人に捧げられているんだ。


「おい!」


「ついてきたら殺す。またひと月後なら会ってやるよ、ここでな」


 俺はそう言い残して階段を上がった。まいどありとゼルケが手を振る。


 アロウズのせいで時間を取られてしまった。早くクララのところに戻らなくては。


 軽い足取りで階段を上りきり扉の前にたどり着く。


 その時外から男の怒鳴り声がし、危機を察した俺は店から飛び出した。


評価、レビュー等よろしければお願いいたします。

泣いて喜びます。

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