3 魔女、再会する
※魔女視点
昼も近くなり、私とカロンさんは昼食をとることにした。
オルフィスベリーの広場近くの食事処で調理された食事を堪能する。小麦のパンに鶏の卵、それにお肉のパイに野菜ソテー。どれも森ではありつけないものばかりだ。
私は正面に座るカロンさんを見た。カロンさんはとにかく綺麗に食べる。それは所作と好き嫌い両方に言えることで、綺麗な動作で食事をするし食後のお皿には何も残らない。
(たしか魚料理を頼んでたと思ったんだけど・・・)
豪快に丸焼きにされたはずの魚が乗っていたお皿には骨一つ残っていない。
「この後はどう回りましょうか?」
がやがやとした室内でカロンさんがにこりと笑って尋ねてくる。カロンさんは店の中でもフードを取らなかった。実は私もフードは取りたくなかったのでむしろ助かった。無作法かと思ったけれど、店内にはそういう人もちらほらいるみたいだった。
私はフォークを置いて言う。
「そうですね。私の買い物は帰りの町でも良いので、カロンさんの用事を優先してください。お知り合いのお店に行くんですよね?」
私が言うと、カロンさんは少しだけ眉根を寄せた。
「ええ、昔馴染みの錬金術師の所に・・・ですが・・・」
表情が曇ったのを見て私は首をかしげる。カロンさんは苦しそうに私を見て言った。
「その・・・クララさんをお連れしていいものか・・・店も場所も本人もガラが良くなくて・・・失礼な口を利くかも・・・」
でも一人にするのも心配だ・・・とカロンさんが悩み始める。
「ええと・・・ついていかない方が良いという事でしょうか?」
「うーん・・・出来ればそうなんですがそれもしたくないなと・・・クララさんの側を離れるなんて犬として・・・」
「犬?」
「いえその!番犬として!・・・つまり護衛としてクララさんをお守りできないなと思って」
カロンさんはしょんぼりとして言う。番犬と例えたけれど、本当に下がった犬耳が見えるようなしょげ方だ。真剣に悩み始めるカロンさんを見て私はつい笑ってしまった。
「護衛だなんて。私、ただの僧侶崩れの一般人ですよ。守る必要なんてないですよ」
「いいえ!」
唐突にカロンさんが私の手を掴んだ。突然のことに私はドキリとする。
「クララさんは俺の大切な人です」
カロンさんから真剣なまなざしが注がれる。澄んだ青い瞳と少しかさついた温かい大きな手が私を捕らえたまま離さない。
(ひぇえ、カッコいい・・・けど人前でそんな・・・)
私は周囲を気にしたが、カロンさんはそんなことは関係ないように続ける。
「クララさんに何かあったら俺は生きていけません。出来ることならいつだってあなたの隣にいたい。愛するあなたを危険から守りたい。あなたは俺の全てなんです」
歯の浮くようなセリフを次々と告げられ、私は顔が赤くなるのを感じた。周りが賑やかでこちらを気にしていないことが救いだ・・・。
私はもう一方の手をカロンさんの手に重ねて言う。
「あの・・・カロンさん・・・照れます・・・」
「あ・・・・すみません」
今気づいたかのように慌てて手を離し、照れ笑いするカロンさん。私はそれを見ながら悩ましい気持ちになった。
(あんなに恥ずかしいことを言っておきながら・・・天然なの?それとも本当は女性の扱いに慣れているのかしら?)
つい先程も広場で抱き寄せられた。通りで肩を抱かれたのははぐれないようにするためだと言われて納得したけれど、広場では好きとまで言われてしまいそこでも私は赤面してしまっている。もちろん私だって好きなんだけれど、それをどう表現すればよいかよくわからない。なのにカロンさんは突然距離を詰めて来るから驚く。
でも、愛を囁かれるのも触れられることも嫌な気はしない。だからこそ私は恥ずかしかった。触れられたり愛されたりするのが初めてなので、どこまで信じていいかわからない。好意は難しいものだとカロンさんと出会ってから思い知った。信じて裏切られたら辛い。今までも重々承知していた感情なのに、また私の前に課題となって立ちふさがっていた。
「えっと・・・じゃあ私、近くで待っていましょうか?お店の外とかで」
「うーん・・・・そうですね・・・・注文するだけなのですぐ終わらせます」
そうと決まったところで、私とカロンさんは店を出た。
カロンさんが案内したのは、広場から少し川岸へ降りて南へ向かった、民家と倉庫街が交わる辺りだった。もう少し川岸へと向かえば商人さんの倉庫や事務所、そして船着き場がある。
大きな倉庫と倉庫のはざまのようなところにその店の入り口はあった。周囲がレンガ造りの中、その店だけが木造だ。隙間を縫うように作られているのか表からは玄関しか見えない。一段上がった店の前の玄関ポーチは少し広くなっていて、ベンチが一つ置いてある。
「ここで待っていてください。すぐに終わらせてきますので」
「大丈夫です。ちゃんとここにいますから急がないでくださいね」
安心してもらおうと笑顔を浮かべて言っても、カロンさんは心配そうにしたまま渋々といった様子で木製の扉を開けて中に入っていった。
私は微笑ましい気持ちでベンチに座り、通りを眺める。
町はずれ、と呼ぶのが一番ぴったりくる場所だった。緩やかに坂になった町の中央と違い、ここは一つ上の通りとははっきりとした高低差がある。移動のための長い階段がそこここを通っていたけれど、人影は見えない。きっと倉庫に用のある人しか来ないんじゃないだろうか。
(別に普通じゃない)
私はベンチに座り直して扉を見た。私を連れてくるのが心配だなんて、カロンさんは私のことをお嬢様か何かだと思っているのかしら?
そんなことをぼんやりと考えていた私は、かけられるはずのない場所でかけられた声に素直に反応してしまった。もしかして、カロンサンは私のこういうところを心配していたのかしら。
「クララか?」
通りから声がかかる。上ずったような男性の声。
見てみると、そこには白いローブをまとった男性が立っていた。金糸で縁取られた足元までを覆うローブの胸元には金の八芒印が刺繍されている。
(どうして神官がこんなところに)
ただの聖職者のいでたちではない。教会の上位機関、聖堂の神官の制服だ。世界に五つある聖域を守護する者たち。
そして、私はその人と目があった。
濃藍色の髪に金色の瞳。理知的な面立ちに薄い唇。いつも眉根を寄せ睨みつけるように人を見るクセ。
「レ・・・・」
うっかりと彼の名を呟きそうになり、私は息を呑んで口を引き結んだ。
(どうしてこんなところで!?)
私がこの世で二番目に顔を合わせたくない相手に再会してしまった!!
「どちら様でしょうか?人違いかと」
私はとっさに声色を変え、フードを深く被り直して知らないふりをした。逃げるにしても出入り口を塞がれてしまっている。しかしこれは完全に悪あがきだった。
目があってしまったんだもの。誤魔化しきれない・・・。
その予想通り、神官は大股で歩きベンチのそばまでやってくると問答無用で私のフードをはいだ。
(神官として大丈夫なのかしらその行為)
「・・・」
「・・・」
私達は無言で顔を見合わせる。
私が出来れば顔を合わせたくなかったこの人の名はレオス・ナイル。私がかつて僧侶見習いをしていたときの修行仲間。そして教会が聖剣を与えた勇者に同行し、実際に魔王征伐に向かった正真正銘の僧侶だった。
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