11.魔法使い、助力を後悔する
※魔法使い視点
教会の戸を叩いたのは深夜を過ぎたころ。
さすがの教会も近頃は入口の扉を閉めている。俺はマナーとして扉をライオン顔のノッカーでノックしたが、返事を待つ間もなくカロンが扉を開けてしまった。
「おい!行儀良くしろよ!」
「するする」
カロンは口だけで言って中に踏み込む。俺は慌てて後を追った。顔だけ見れば好青年の救世の勇者だが、昔から合理的というか無駄が嫌いというか、とにかく人の胃をキリキリさせる奴だ。
教会に入るとそこは礼拝堂だ。魔王討伐の時代はここで祈りを捧げたり、毒を治療してもらったりしたものだ。あの頃は昼夜問わずに訪問者があった教会も、今では昼間の参拝客ばかりなようで、礼拝堂の祭壇には人影もなかった。近づいてみると、整然と並べられている長椅子の一つで今夜の担当であるらしい若い司祭がうたた寝をしていた。
さてどうして起こそうか、と考え始める前にカロンが司祭の襟首をつかんで立たせる。まるで子供でも抱き上げるように持ち上がるものだから見ていて目が丸くなる。
「やめろやめろやめろ!」
俺は小声で制止する。唯一の救いは司祭が未だ夢うつつな事だ。襟首をつかまれた司祭はむにゃむにゃ言いながら言う。
「このような夜更けにぃ・・・どのような力をお望みでしょうか・・」
「大神官レオスをお連れ頂けませんか?勇者が尋ねてきたと伝えてください」
態度とは正反対の愛想のよい声で言う。その人好きのする声に司祭は承知しましたと頷いて礼拝堂から出ていった。
「おまえ!穏便にやれよ穏便に!」
「あぁ?俺がされたことにくらべれば驚くほど穏便じゃないか?」
カロンがキラキラと笑みをうかべる。その笑顔に俺はぞっとして恐れおののいた。コイツは昔からキレていればキレているほど爽やかに笑うのだ。圧のある笑みほどキラキラと輝くから怖い。女性に言い寄られているときなど笑顔でブチ切れるカロンとそれに気づかない女性を仲裁しようと割り込み、何度邪魔者の烙印を押されたことか。
しばらく待つと、思っていたよりも早く大神官レオスが司祭を伴い礼拝堂へやってきた。
久々に見る大神官レオスは髪を切っており、僧侶の旅装束ではなく白い大神官の制服を着ている。彼には冷たい目で見られたなぁと思い出しつつ、司祭を入口に残しこちらにやってくるレオスを見る。
祭壇までやってきたレオスは、カロンを見て目を見開いていた。
「まさか・・・貴様、勇者ヴェセルだったのか」
「思い出してくれてどうも」
そういうが早いか、カロンがいきなりレオスの右頬を殴りつけた。
「・・・・・・!!!!!」
声にならない悲鳴を上げて俺はカロンの背中に掴みかかる。思わず入口の司祭を見ると、司祭は未だうとうととしていてこちらに気づいていないようだ。良かった、目撃者は無しだ。
「あ、反対だったかな?」
俺がほっとしている間に、カロンが今度は反対の頬を殴った。さすがのレオスもよろめいて長椅子に手を突く。俺は慌てて暴力を止めようとカロンの背に飛び掛かったがいかんせん相手は筋肉の塊、なす術がない。
「馬鹿!お前!ヤメロ!」
「大丈夫、お返しだから」
「なんのだ!」
「あとこれは俺からの気持ち」
最後に可愛らしく言いながらカロンの膝がみぞおちに入り、とうとうレオスは床に膝をついた。
「さて、話ができる状態になったな」
「もうやだお前。俺怖い・・・」
誰かに見られたらどうするんだ。胃がキリキリする。嫌だもう。
「泣き言言うなら帰れ。さてレオスくん。俺のクララを返してもらおうか」
カロンがそう言ってレオスを見下ろす。俺は手だか頭だかを踏みつけやしないかとハラハラしながら状況を見守った。そうだレオス、早くクララとやらを返しておけ。カロンがブチ切れている一番の原因はそのクララを攫われているせいなのだから、さっさと返してこいつの怒りを鎮めてくれ。
しかし、レオスもまた魔王城までたどり着いた歴戦の元僧侶。あれだけ痛めつけられておきながら心折れることなくカロンを睨み立ち上がる。
(あーもうこれだめだ。喧嘩だ)
絶対に怒らせた。もう駄目だ。女性一人のために教会どころか聖堂の主宰を敵に回すなんて。どういう神経してんだこの勇者は。俺は一人天を仰ぐ。
しかし、ありがたいことにレオスの方が冷静だった。レオスはカロンを睨みつけはしたが、殴り返すことも人を呼ぶこともせず深くため息をつく。
「ついて来い」
レオスはそう言って背を向けた。
すごいな!?俺ならあれだけ殴ってきたやつに背中なんて見せられない。カロンはと言えば、こちらも素直にレオスの後をついて行く。あれだけしておいて罠だとかやり返されるとか思わないのだろうか?俺には彼らのメンタルがわからない。
通されたのは礼拝堂の奥。修道士たちが生活する居住棟と礼拝堂がある棟の境にある客間のような部屋だ。重い木の扉を開き、月明かりの眩しい室内に入る。
だがそこには誰もいなかった。
俺達三人はそれぞれ部屋の中を眺めまわし、無言になる。
次の瞬間、俺はカロンの腕に飛びついた。既に振りあげられていた拳の軌道がギリギリでレオスから逸れ、同時にレオスが後ろに身を引いたので何とか拳は空を切るに終わった。
「落ち着けカロン!」
「ク・ラ・ラ・は?ど・こ・だ?」
一音一音を重く発音しながらカロンがレオスに向かっていく。困った、俺の力では抑えきれない。さらに困るのは、カロンの問いに対する答えをレオスが持っていなさそうなことだ。レオスもまたクララがいないことに動揺していた。
「この部屋に通したはずだ・・・・」
「じゃああの赤毛は?あいつに見張らせてたんじゃないのか?お前の手下の」
「そうだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい」
レオスが自嘲気味に呟いたその時。
「あらあらぁ。キョウはおキャクがオオいのねぇん」
「?!」
「へぁ?!」
思わず声がひっくり返る。声の主は月の陰から現れた一匹の白いデブ猫だったからだ。俺とレオスが驚愕して身構える中、カロンだけが膝をつきその猫に言った。
「この部屋にいた女がどこに行ったか分かるか?」
「なんなんだよお前!もっとびっくりしろよ!ヌシ級だぞ!」
「うるさい」
カロンが冷たく言う。シロネコはその場に座ってカロンを見上げ、愉快げに口を開いた。
「シってるわよぉ。なかなかのイキオいでマチからハナれてるわぁ。イきサキはミナミねぇん」
「南?」
レオスもシロネコの前にしゃがみ込んだ。シロネコはレオスを見る。しかしこいつら怖くないのかよ。
「あらぁ、ダイシンカンさん。あなたのおナカマがツれてイったわよぉん。オンナのコのぉ」
「赤毛だな。部下も従えられねぇのかお前」
カロンが吐き捨てるように言う。レオスはムッとしたがどうにも言い返す言葉がないようだ。
「お前、クララの居場所がわかるんだな?」
「シルシをつけたしダイタイならねぇ」
「じゃあ着いてこい」
そう言ってカロンはシロネコに手を伸ばす。
しかし、シロネコはそこで初めて魔物らしい姿を見せた。カロンの手から逃れるように身体が割け、二つに分かれてまた収束する。
「アナタのブキイヤだわぁ。めちゃくちゃイヤだわぁ」
そう言ってシロネコはレオスの肩に飛び乗った。
「このコにするわぁ。オちツくわぁ」
「この子にするって言われても・・・」
俺は思わず呟く。道案内をネコに頼むのも妙な話なのに、そのネコを運ぶのが大神官レオス?
それが何を意味するのかが解らない俺達ではない。カロンとレオスはしばし睨み合い、無言で腹を探り合う。俺は出来るだけ気配を殺してそれを見守った。だが、どう考えても出せる結論は一つだけだ。
「・・・責任感ってものがあるならそのネコを運べるよな?」
「大神官として、教会内での連れ去りを許すことは出来ない」
「えーっと・・・じゃあパーティ成立ということで・・・」
二人の言い分を取りまとめる。しかしカロンもレオスも顔を不服そうに視線を合わせない。
(俺、めちゃくちゃ面倒な立場に立つんじゃないか・・・?)
「とにかく・・・案内お願いします・・・」
俺はシロネコに言う。レオスの肩に乗ったシロネコは、俺の立場を分かっているのかニヤニヤと青い目を光らせていた。
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