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10.魔女、シロネコの加護を受ける

※魔女視点


更新遅くて申し訳ありません。

話がだんだん散らかっていますが何とか完結させますのでもうしばしお付き合いください。



 月が高く登った頃、再び現れたアンナに連れられ私は部屋を移動した。


 移動先の部屋は教会の客室。しかも位の高い客をもてなすための広い部屋だった。教会は清貧を主としているため、普通の部屋には寝台と書き物机、そして本棚の三つしかない。しかしこの部屋には話をするための布張りの肘掛け椅子が四つとローテーブルがあり、床には絨毯が敷かれ、壁には壁紙まで張られていた。


「ここでお待ち下さい」


 そう言って立ち去ろうとするアンナの手を掴み、私は尋ねる。


「約束は?カロンはどうなりましたか?」


 アンナは眉根を寄せて手を睨んでから私に視線をよこす。


「・・・安置した場所からいなくなっておりましたので、こちらの手のもので探しております」


「そうですか・・・」


 つまり行方知れずと言うわけだ。心配だけれど、カロンさんほどの人がそうやすやすとやられるわけはないはず。


 それでも行方知れずな事に落胆した私は少しだけ逡巡してから、アンナの右目の包帯に手をかざした。


 呪文とともに青みを帯びた激しい煌めきが私の手とアンナの顔の間ではじける。誰か他の人が見ていれば、それは高熱の炎がアンナの顔を焼くようにも見えただろう。


 私の意思とは関係なくその光は唐突に途切れる。驚愕に大きく目を見開き、アンナは初めて表情らしい表情を見せた。掴んでいた手を離すと、その手で右目に触れる。包帯の下の目の怪我は治癒の光と共に瘉えきったはずだ。


「気の毒なので」


 愛想のない声が出る。私を連れ去る時に出来た傷ならきっとカロンさんの仕業だろう。あのときの悲鳴は私の耳にも届いていた。彼がしたことを済まなく思う気にはなれないが、彼女一人だけが痛い目を見たまま終わるのも後味が悪い。


「・・・失礼します」


 アンナもまた愛想のない態度でそれだけ言って立ち去った。ガチャリと錠の掛かる音がする。


 一人残され、私は室内を改めて眺める。


 ランプを持っていかれてしまったが、室内は窓から差す月光で思いのほか明るい。明り取りの窓が南側の上部にあり、月明かりは絨毯に向かって斜めに降り注いでいる。


 私は肘掛け椅子に座り、しばらくその月明かりを眺めた。広い部屋にいるのに、教会独特の匂いや気配のため思い出すのはぎゅうぎゅうに狭い見習い部屋にいた頃の事ばかりだった。


 どの思い出も正直思い出したくないものばかりだ。最初の教会で清めという名の水責めと断食にさらされたこと。生きる限界を感じたときに現れたラザエル大賢者に思わず縋ってしまったこと。連れ出された聖堂で回復している間に大賢者のお気に入りとしてやっかまれたこと。回復した途端僧侶としての教育を強制されたこと。過酷な巡礼の旅。破魔の力が備わらないことへの周囲からの疑惑の目。侮蔑。疎外。孤独。


「はぁ・・・・・」


 全て過去だと割り切っても、脳裏に蘇ると息が詰まる。離れてみればわかる。きっと教会や聖堂が悪いわけではないのだ。私に合わなかった、それだけ。


「早く帰りたいなぁ・・・」


 私は呟いて胸元に触れた。服の下にカロンさんからもらったペンダントが隠れている。私は鎖を引っ張りペンダントを取り出した。


 手のひらに乗る赤い宝石。男の人からのプレゼントなんて初めてだ。私はしげしげとそれを眺めた。


 珍しいアイテムらしいので売るものとばかり思っていたのに、私がキレイだと言ったのを覚えていてくれたらしい。私の何気ない言葉を覚えていてくれた、それが素直に嬉しい。


 カロンさんの想いが伝わるペンダントが、今、私を不安から守ってくれている。


 よく見ると石の中央にキラキラと輝く繊維状の結晶も見える。ドラゴンから採れたものだけあってやはり普通の石とは組成がちがうのかもしれない。


 その煌めきが美しく、私はもっと良く見ようと窓の方に進み出て月明かりにかざした。満月が近いのか月光はくっきりとした影を落とすほどに強く、光が強いほど部屋の闇は濃くなっている。


 その暗い闇の部分から、突然白い猫が現れた。教会で飼っている猫だろうか?毛足の長い、睫毛の重そうなまるまるとした猫だ。クロネコさんとはまた種類の違う美猫だわ。


 白い猫―――シロネコさんは人馴れした様子でしずしずと私の足元に来ると、身を擦り寄せながらにゃーんとなかずにこう言った。


「めずらしいイシだわぁ〜ん」


「んん!?」


 喋った!喋った!?喋った!!


 私が驚いている間にシロネコさんは私を見上げ、ニコリと笑うように口を開く。青い瞳がキラキラと煌めいた。


「あなたオモシロいものモってるのねぇ〜ん?それはともかくちょっとナでてくださらなぁ〜い?」

 

「え?!あ・・・はい!喜んで!」


 私が答えるとシロネコさんはのんびりと椅子まで歩き、ローテーブルの上に立って私を振り返る。イスに座れということらしい。私が慌てて座ると、私の膝の上に飛び乗った。


「わぁ!モフモフ!」


 私は状況も忘れてしばらくシロネコさんを撫でた。シロネコさんはとにかくフワフワで、触っていても毛なのか本体なのかわからないくらい毛量が多い。まるまるとしているけれど、膝に感じる重さは子猫のようでもある。

 

「あなたいいウデにゃ〜ん、ナれてるにゃ〜ん」


「恐縮です。あの、でも。どうして教会に?あなたはその・・・魔物さんの類ですよね?」


 しゃべる猫なんて物語でもなければあり得ない。喋っているということは知性があり、それはつまり位の高い魔物だということを私はすでに魔物の森のクロネコさんから学んでいた。


 けれどシロネコさんから魔力の気配は感じられない。それに教会は結界の中心でもあるから、そもそも魔物は存在できないはずなのに。


 シロネコさんはうにゃんと頷く。


「にたものねぇん。でもマモノじゃないのよぉん。セイジュウなのぉん」


「・・・聖獣・・・ですか?」


「そうよぉん。セイなるチカラにカンショウされたホウ。もうゴビャクネンマエになるかしらぁん」


「五百年!?」


 にゃあんとシロネコさんが笑う。


「アラ、あなたナれてるワリにしらないのねぇん。セイジュウはチョウメイなのよぉん。コウハイできなくなるけどねぇん。だからマジュウみたいにふえないのぉん」


「なるほど、知りませんでした」


 私は頭の後ろを撫でながら言う。シロネコさんはうにゃうにゃと喜んだあと言った。


「こうしているとカイヌシをオモいダすわぁん。ワタシのカイヌシもアナタみたいにカンショウされたイキモノとシンワセイがタカかったのぉん」


 膝の上でとうとう仰向けになったシロネコさんが夢見心地で言う。


 なでなでなで・・・・。


「あの・・・カンショウって何ですか?」


「んんんぅ?カンショウはカンショウよぉん。ソンザイにカンショウされるからコトワリからハズれたイキモノになるのぉん」


「う・・・なるほど?」


 よく飲み込めないながらもとりあえず頷く。とりあえずは、動物が瘴気によって魔獣化してしまうように、シロネコさんは聖なる力で聖獣化してしまったということなのだろう。


「それにしても五百年なんて、ずっとこちらに住んでるんですか?」


「んーん。あちこちメグってるわぁん。たまにカいネコになってみたり。ヒマをモてアましてるからぁん。アナタみたいなのはウレシイわぁん」


 シロネコさんはそう言うと機敏に起き上がり、器用に後ろ足で立ち上がって私の額に湿った鼻を当てた。


「ワタシのカゴをサズけとくわぁん。イきてアえたらまたナでてねぇん」


 何だか意味深な発言・・・と思ったその時、ドンドンと重い扉を叩く音が聞こえた。


「じゃあねぇん」


 そう言ってシロネコさんはかき消えた。


(一体何だったのかしら・・・加護って・・・)


 またドンドンと扉が叩かれる。そうだったと私は慌てて立ち上がった。


「どなたでしょうか?」


「アンナです。お迎えが到着しましたので呼びに参りました」


 ガチャガチャと鍵が回され、扉が開く。そこにはランプを持ち外套を纏ったアンナが立っていた。


「ご案内します」


 先を行くアンナに私は素直に従う。最後に部屋を振り返ると、月明かりの眩しい光の中、シロネコさんが座っているような気がして私は会釈した。


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