新婚初夜に「あなたを愛することが出来ない」とか言われましたが、バッドなEDにはさせません!!
※思いつきと勢いだけで書き上げたものです。
少々お下品な表現がございますので、苦手な方はお気をつけください。
「すまない、あなたを愛することができない!!」
冷めた心で迎えた初夜、私の夫となった人は、声高にそう告げた。
元々、家と家の繋がりを強くして事業を拡大するための政略結婚だった。
婚約時代も、婚約者として最低限の交流しかなかった。
……一応、無下にされていなかったとは思う。色々話に聞くあれそれよりは随分ましだったはず。
二人で参加したお茶会や夜会ではちゃんとエスコートもされていたし、ダンスも一緒に踊ってくれた。
ただ、そこに心があったかと言われれば、微妙なところではある。
そして迎えた結婚式、彼の顔には喜びの表情など皆無だった。
氷のように冷たく固まった顔を見て、ああ、やはり本心は、と思ったのは仕方のないことだと思う。
まして、誓いの口づけが、唇にほど近い、しかし明確に唇を避けた頬へのキスだったとなれば。
だから私は、心を無にしてメイド達に身体を任せ、されるがまま初夜の準備を受け入れていた。
これは義務。貴族の娘として生まれた義務であり、責任。
私だってそれなりの歳なのだ、平民の暮らしなどもある程度見聞きはしているし、それに比べれば遙かに豊かな暮らしをさせてもらってきた。
享受してきた贅の対価として、払うべきは払う覚悟はしていたから、然程ショックは受けていない。
受けてはいない、のだけれど。
困惑は、してしまっている。
夫となった彼、ウォルフガングが口にした台詞自体は、想定の範囲内だった。
けれどその声音は、予想とまるで違ったもの。
もっと侮蔑を込めたものだとか、嘲るようなものだとか嫌悪感をあからさまにしたものだと思っていたのだけれど。
崩れ落ちるように両膝を衝きながら彼が口にしたのは、悲痛と言っていい叫びにも似たものだった。
「あ、あの、ウォルフガング様……? その、一体どういうことなのでしょう……?
いえ、おっしゃった意味自体はわかるのですが、その、何と言うか……何故、そのような……」
そう。
どうしてそんな、罪を犯した人間が懺悔をするような、悔恨に塗れた表情をしているのか。
今までの彼が見せたことのない、むしろ乖離が著しい様相に私は混乱していた。
家格で言えば名目上は伯爵家同士と同格だが、実際の権力・財力で言えば明確に彼の家の方が上。
だから、こちらに引け目はあれど、彼がそんなものを感じる道理はないはず。
……あら? だとすれば、この婚姻に不服があったのならば、彼はもっと横暴な振る舞いをしていたはずだけれど……思い返してみれば、彼にそんなところはなかった。
乗り気ではもちろんなかったが、かといってマナーに反するようなこともなかったことから考えるに、最低限の折り合いはつけていたのだろう。
だとすると、先程の言葉の意味が、ますますわからなくなってくる。
困惑してそれ以上言葉が出なくなった私の目の前で、いまだ床に両膝を衝いたままの彼は、石になったかのごとく微動だにしない。
これは……躊躇っている? それほどに言いたくないことなのだろうか?
しかし、となると……私の方からせっつくのも良くない気がする。
そう考えて私は口を噤み。
お互い沈黙をしていたのは、果たしてどれくらいの時間だったか。
やがて、根負けしたのか、覚悟を決めたのか……ウォルフガングが口を開いた。
「聞いての通りだ、できないのだ」
「は、はぁ……それは、その。この婚姻は政略によるものですから、愛されないのも仕方ないことだとは思っておりましたし、そこまでお気になさらずとも」
「そうではないのだ!」
そんなに気に病むことなのだろうか。それとも、気に病む程この人は真面目なのだろうか。
……そういえば、この人の人となりを私は掴めている自信は無いなと今更ながら思うのだけれど。
フォローのつもりで言ったことを、噛みつくような勢いで彼は否定してきた。
その表情はあまりに必死で、絶望にも似た切羽詰まったものがあり……。
……。
とても彼には言えないけれど、捨てられようとしている子犬のような切実さもあって。
……。
…………本当に本当に彼には言えないけれど、ちょっと可愛いとか思ってしまった私は、大概なのだと思う。
「あの、そうではない、とは、一体どういうことなのでしょう?」
そんなことを思ってしまって、ちょっと落ち着いてしまった私は、多分性悪なのだろう。
いえむしろ、ちょっと何か背筋を走る愉悦のようなものが……いえ、だめよだめだめ、こんなことを思ってはだめ。
慌てて邪念を振り払う私の前で、ウォルフガングはまた押し黙る。
……いえ、苦悶する彼をこうして落ち着いて見ていると、とか思ってはいないわ、いけないわ。
内心の葛藤は、多分顔には出ていないはず。淑女教育の賜物、ポーカーフェイスは私の得意技と自負があるもの。
そのことを、彼は知っているのかしら。いえ、今は知らないでいてくれた方がいいのだけれども。
などと私が考えている間に、彼の中で覚悟が決まったらしい。
「あなたに含むところがあるわけではない。嫌悪などもないし、遠ざけようとするつもりもない!
だが、それでもだめなのだ、できないのだ!」
これでも貴族令嬢として社交界に顔を出していたのだ、彼の言葉に嘘がないことはわかる。
偽りがなさ過ぎることが心配になるけれども、夜会での彼はそつが無かったし、今だけならこの方がいいのだろう。
しかし、これが偽りでないとなると、一体どういうことなのだろう。
という私の疑問は、次の言葉で氷塊した。
「心理的な意味ではなく、物理的、肉体的にできないのだ!」
「物理的、肉体的」
初夜の場にそぐわないような堅苦しい言葉に、私の目が点になる。
いえ、元々、甘い言葉を交わしあうような初夜は期待していなかったけれども。
流石にちょっとこれは、想定外である。
というか、だ。
「あの……物理的、肉体的に、ということは……その、私も一応、閨教育は受けておりますので、想像はつくのですが……」
言ってしまっていいのだろうか。
躊躇いがちに言う私の前で、ウォルフガングはびくっとその大柄な身体を震わせて。
「そ、その通りだ! 立たないのだ、硬くならないのだ、臨戦態勢に移行できないのだ!」
開き直ったのかヤケになったのか、同じ事を表現を変えて連呼する。
真っ赤な顔で。
……ちょっと可愛い。
いえ、ちがうちがう。
「なるほど、それは……確かに、中々言い出せないことですわよね……」
表情を取り繕いながら、私はフォローのつもりでそう返す。
閨教育で得た知識でしかないが、事に及べないということは、男性にとって凄まじい恥辱であり、尊厳を傷つけることがあるのだという。
子を成して後々に互いの利益を繋げねばならない政略結婚においてそれは致命的だし、単純に彼個人としても受け入れがたいことなのは想像に難くない。
「本当にすまない、あなたにとっては不本意な婚姻だろうに、その上このような、初夜を完遂できないなどという汚点を与えるなどと!」
「はい?」
床に額を打ち付ける勢いで頭を下げるウォルフガングの言葉に、私は首を傾げる。
確かに、初夜でまともに事を致せないのは、妻側の不手際であるとされることは多い。
なんなら、それが後々の離縁理由にされることすら、いくつか事例があるくらいだ。
だから、彼が言うことが全く理解できないわけではないのだけれども。
「あの。いくつか誤解があるようなのですが」
「……な、何、そうなのか……?」
「はい」
恐る恐るという感じで顔を上げるウォルフガングに私はこくりと頷いて見せる。
……いえ、その様子が可愛いだなんて、そんなそんな。
「そもそもの話ですが、確かにこの婚姻は私から望んだものではありませんが、不本意というのも違います」
「そ、そうなのか!?」
「はい。私も貴族の娘、婚姻がそういったものになることは覚悟しておりましたし、あなたから無下にされた記憶はございませんから、不本意だとか嫌悪するだとかはございません」
これは、嘘ではない。もちろん望んでということもないけれども。
それでもまあ、酷いところに比べれば全然ましだとは思っていた。結婚式の時には心が冷え切ったけれども。
今こうして言葉を交わしているうちに、それもかなりましになってきている。
「それから、初夜の未遂に関しましても……政略結婚なのですし、そういうこともあるかなというのは思っておりましたし」
「なっ! ……い、いや、そうだな、あなたがそう思うのは仕方が無い、それは俺の至らなさゆえだな……」
「いえ、決してウォルフガング様お一人のせいではないかと……私も、そういった踏み込んだ話はしておりませんでしたし」
正直に言えば、できるわけもないけれど。
そういう距離感でもなかったし、単純にはしたないというのもあるし。
「ですから、夫婦となって最初の夜に初めてそういった踏み込んだ話になるのも仕方ないことかと。
まして、そういうことでしたら、事前にお話しいただくのは難しいことかと思いますし……」
多分、男の沽券に関わるだとかそういう類いの話なのではないだろうか、これって。
そんな話を、政略結婚の、年若い令嬢に打ち明ける。それがどれだけハードルが高いのか、私ですら想像がつく。
だから、事前に話がされなったのは、仕方ないかなと割り切ることは出来た。
まあ、これからについてを考えると、暗澹たる気持ちにはなるけれども。
私の話を聞いていたウォルフガングはぽかんと口を開けて、言葉もない。
これは、驚いているのかそれとも別の感情なのだろうか。
などと観察していたら……どばっと急に涙を溢れさせた。
「ちょっ、ウォルフガング様!?」
「すっ、すまないっ! あなたの言葉が胸に、目に染みてっ!」
「言葉が目に染みるってどういうことですか!?」
言ってることがよくわからなくて、思わずツッコミを入れてしまう。あらやだ、はしたない。
まあ、言わんとすることはわからなくもないけれど。
そんなこんな、わちゃくちゃあれこれ言い合っている内に、どうやらウォルフガングもある程度落ち着いてきたようだ。
となると、やはり気になるのは……。
「ウォルフガング様。その、以前は大丈夫だったのですか……?」
言っていることから察するに、先天的なものではなさそう。
という私の推測は、当たっていたようだ。
「その通りだ、以前は大丈夫だったのだが……あなたとの婚約が結ばれた直後くらいから、急に……」
「ということは、1年ほど前ですわね」
なるほど、それなら『そのうち治るだろう』と思っている内にずるずると、というのもわかる。
「そのころでしたら……確か軍の遠征があったりと、お疲れだった時期では?」
「よ、よく覚えてくれているな……その通り、だから俺も、疲れているだけかと思ったのだが……」
「休暇の後もそのままだった、と。何かその、戦場でお辛いことがあったとかは……」
「確かに辛いことは色々あったが、それ以前と比べて悲惨だったとかもなかったから、それが原因とも考えにくいのだ」
やはり当事者、私が考えつくようなことは既に考えていたらしい。
しかし、となると……他に考えられるのは?
「何かその頃に妙なものを食べたとかはありませんか?」
「いや、食べる物には気をつけているのだ。変わったものを食べて体調を崩したりしては、軍務に差し障りが出るから。
長期休暇前ならないわけではないが、婚姻という一大事の前にそんな不用意な真似は出来なかった」
「そ、そうですか……それは、素晴らしいお考えかと」
かなり誠実にこの婚姻と向き合ってらしたのだなと、ちょっと驚く。
むしろ私の姿勢の方がよろしくないんじゃないかなぁ……。
いえいえ、それはそれ、今はそこを考える時じゃない。
「そういうことだから、あなたがもし、珍しい食べ物を好んで食べるのなら、俺は一緒に食べることが出来ないことが多い。申し訳無い」
「あ、いえ、そこは大丈夫です。美味しいものは好きですが、そこまで情熱をかけているわけでもないですし」
うん、つくづく律儀。真面目だなぁ。
「となると、後は睡眠不足ですとか、ストレスとか、でしょうか。最近よく眠れていますか?」
「……言われてみれば、よく眠れていない気が……いやまってくれミリア嬢、あなたはどうしてそこまで詳しいのだ。冷静だし」
「そうですねぇ、閨教育のおかげでしょうか」
「いや、普通はそんな閨教育はしないのでは??」
「まあ、友人から話を聞くに、かなり変わった教育ではあったようですが」
怪訝な顔のウォルフガングに、私は曖昧な笑みを返す。
確かに、教えてくれたお姉様方はかなり個性的な皆様ではあったけれども。
ていうか色々赤裸々すぎたけれども。
「それはともかく、まずは睡眠不足の可能性を検討したいところですね。今の睡眠の仕方がよろしくないのだとすれば……そうですね、初夜ですから、行為はなくとも一緒に寝ますか?」
「はぁ!? ま、待ちたまえミリア嬢、そんな、淑女がはしたないことを!」
覿面に真っ赤になるウォルフガング。可愛い。
いやそうでなく。
「あの、本来であれば一緒に寝るだけでなくもっとはしたないことをするはずでしたでしょう?」
「そ、それはそうなのだが……あ、あなたはそれでいいのか……?」
恐る恐る、という表現がぴったりな様子で、大柄な彼が言う。このギャップ。
いやそうでなく。
「はい、私は構いません。むしろ、独り寝を覚悟していたのですから、よっぽどましですよ」
「言われてみれば……いや、そんな覚悟をさせていた己の不徳を恥じねばな……」
つくづく真面目な人である。むしろ今までのあれこれは、不器用ゆえだったのかなぁ。
「先程も言いましたが、思っておられるほど悪い扱いをされたとは思っていませんよ?
でも、そうですね……悪いと思っていらっしゃるのでしたら」
そう言いながら私は、ベッドの掛け布団をめくって、その中へと身体を滑り込ませていく。
そして、奥まったところまで移動して、それからウォルフガングへと手招きして。
「覚悟を決めて、私の抱き枕になってくださいませ?」
にっこりと笑って見せれば、ウォルフガングの喉がごくりと動いた、ような気がした。
あら。あらあら? これは、悪くない反応なのではないかしら。
「わかった、それでは覚悟を決めて同衾させていただく」
硬い。……いえ、言動でなく別の所をとかそんなはしたないことは思っていませんからね?
言葉通りに覚悟を決めた彼が布団の中へと入ってくれば、途端に中の温度が上がる。
なるほど、軍人らしく鍛えた身体は、代謝が良くて熱もよく出るらしい。
ちょっと暑いくらいかも。なんて、ドギマギを抑えながら私はウォルフガングと枕を並べた。
「今日の所は、まず二人で寝ることに慣れるといたしましょう?」
「そうだな……確かにこれは、その……胸が張り裂けそうなくらいにドキドキしてしまうな……」
おおう、触れあった腕から伝わる熱が、また上がったかも知れない。
……私の方も上がってないかしら、なんて心配したりしつつ。
「明日はお休みなのですし、少しくらい寝坊しても大丈夫ですわ」
「少しどころか、むしろ寝付くのが明け方になりそうだ……」
そんな軽口を交わしながら、段々私はうとうとしてきた。
ウォルフガングの体温が高いせいかな、これは。
いまだに緊張して目が冴えてるらしい彼には申し訳ないけれど、私も精神的には疲れたのだ、お先に失礼するのは許していただきたいところ。
「……ミリア嬢? ミリア嬢……?」
「はぁい……」
ウォルフガングの呼びかけに、間延びした声で答えたのが最後の記憶。
私の意識は、そこで途絶えてしまったのだった。
そして、翌朝。
「……あらま。我ながらはしたないわね……」
目覚めた私は、暖かい抱き枕をしっかりと抱きしめていた。
いやその、しっかりと筋肉のついた身体は程よい弾力があって、未体験の抱き心地なのだから仕方ない。きっと。多分。
幸か不幸か、本当に明け方に寝付いたのか、ウォルフガングはぐっすりと寝ている様子。
ならばいいか、と改めて抱きつきなおし。
「……ん?」
太腿に感じる違和感に、私はそっと布団をめくる。
……そこには、比喩表現で言うところの立派なテントが立っていた。
え、こんなになるの??
いや、閨教育で男性の生理現象として朝にこうなることがあるのは知ってたけど。
「聞くと見るとでは大違いね……」
思わずそんなことを呟いてしまう。
いやだって、ほんとに全然違うんだもの。こんなになるのね……。
……あれ? ということは……肉体的に駄目なわけではない?
いわゆる心因性? やっぱり私との婚姻が……いや、それも違う気がする。
しかしこれは朗報、ウォルフが立った状態なことはお知らせした方がいいのではないだろうか。
「あの、起きて、起きてくださいウォルフガング様っ」
「うっ、うん……? はっ、ミリア嬢……?」
流石軍人、ぐっすり寝ていたはずなのに、私が声をかけた途端目を開けた。
若干寝ぼけてるのは仕方ないかな?
しかし、すぐに彼は自分の状況に気がついたらしい。
「はっ!? ちょ、ちょっと待ってくれ、どうしてこんな状況に!?」
慌てるのはわかる。しかし今はそれどころではないのだ。
「それは一旦置いといて、ほら、その、お腰が、そのっ」
……いやほら。直接的な表現するのはいくら私でもためらわれるじゃないですか?
ただでさえ色々はしたないのに。
しかし、そんな私のわかりにくい発言も、ウォルフガングには通じたらしい。
というか、彼自身違和感はあったのかも知れない。
「こ、これは……1年ぶりの朝立ちだと!?」
いやん、お下品。え、私に言われたくない? 残念ながらごもっともだけれども。
ただ、それを口にして茶化すことは到底出来なかった。心の底から驚きながら、その声には喜びが滲んでいたのだから。
「はい、これはつまり、肉体的な欠損ではないということですよ!」
あらやだ、私も声が大きくなってしまったわ。
でも、昨夜あれだけ彼の絶望を知ったのだ、声が弾んでしまうのも仕方ないと思うの。
「そ、そうだったのか、てっきり……しかし、これならば……」
「はい、これならば、その……ええ、まだ夜は明けきっていませんから!」
そう答えながら、私は何気なくウォルフガングのテントを触ろうとした。いやんはしたない。
なんて冗談が、言えなくなった。
「……え?」
「……なに?」
私の手が触れそうになった瞬間、テントがなくなった。
それはもう、シュッという擬音がつきそうな勢いで。
まるでそれが、意思を持って私の手を避けたかのように。
「……あの、ウォルフガング様。その、男性の朝の生理現象は、今のように急に収まるものなのですか……?」
「い、いや、少なくとも俺の経験では、ない、な……」
二人して、呆然と見つめ合う。
それくらい、あまりに不自然な反応だった。
そこまでウォルフガングに嫌われていただなんて、などと思うほど私はやわじゃないし、そもそもここまでのやり取りで彼の人となりはわかっているから、そんなことを思うはずもない。
「……これ、は……もしかして、普通の病気ではなく……呪いや何某かの魔術によるものなのでは……?」
「何だと!? そんな馬鹿な、そんな馬鹿馬鹿しい効果のものが……ものが……」
「馬鹿馬鹿しい、ですか? 現に今、ウォルフガング様には大打撃を与えているではないですか。
それに長い目で見ればお家断絶の危機、国としても軍事力の低下を招きかねません。
おまけに……今、僅かですが……魔力が滲むのを感じましたし」
私が言えば、ウォルフガングは絶句する。
臭いの類いと同じで、呪いの魔力は馴染んでしまった後にはかけられた本人は気付きにくいという。
だからウォルフガング本人は気付かなかったし、独り身だった彼に呪いが発動する瞬間には誰も側にいなかったはず。
……プロのお店に行っていたなら話は別だが、どうやら行ってなかったようだし。
彼の身綺麗さが真相の発覚を妨害していたのだから、皮肉なことではある。
「流石に素人見立てですから、絶対にとは言いませんが……調べていただく価値はあるかと」
「ああ、そうしよう!」
私の言葉に、ウォルフガングは跳ね起きた。
そこからは、本当に早かった。
実は騎士団の副団長なウォルフガング、子供が作れないとなったら一大事と、王家も動く事態になったらしい。
宮廷魔術師が彼を調べ上げ、恐ろしい緻密さで隠蔽された呪いを発見。効果そのものが物理的には大したことがなかったため使われていた魔力も少なく、発見は困難を極めたそうな。
それだけねちっこい……もとい執念じみた呪いを掛けたのは、彼が戦った敵国側の呪術師だったのだとか。
「あなたが気付いてくれなければ、誰も気付かなかったかも知れないと言われたよ」
とは後にウォルフガングが教えてくれたこと。
ともあれ判明したのであれば後は解呪をするだけ……と思ったのは素人考えだった。
「なん、だと……?」
説明を聞いたウォルフガングが愕然とした顔で言う。
隣で聞いていた私も耳を疑い、むしろこの場にいない方が良かったのではとすら思った。
「はい。恐ろしいことにこの呪いは、解いた瞬間に……かかってから解かれた瞬間までに与えられた刺激までもを解き放つのです」
それがどれだけ恐ろしいことか、女の身である私ですら何となく察しがつく。
まして、本人となれば……彼の顔が蒼白になるのも仕方のないことだろう。
初夜にあれだけ打ちひしがれた姿を見せた彼だ、それまでに何とかして奮い立たせようと様々な試行錯誤を繰り返したことは想像に難くない。
それが、まさか一斉に襲いかかってくるなど……思わず私は身を震わせる。
「だが、解かないわけにもいくまい。どの道このままでは、俺は貴族たる者の務めを果たせないのだから」
ああ。
ウォルフガングは。
私の夫は。
そういう人だ。
わかっていた。
だったら、私はもう、見守るしかできない。
「わかりました。ウォルフガング様がそうおっしゃるのであれば、私はそれを支えるだけです」
「ありがとう、ミリア……」
なんて、お医者様の前で恥ずかしいやりとりをしたのは忘れたいけれど。
その後、解呪のための準備が進められた。
呪術関係に詳しい宮廷魔術師が呪いの解析を進める間、山奥に小屋が建てられた。
どうなってしまうかわからないウォルフガングを、せめて出来るだけ人の目にさらさぬようにとの配慮である。
ありがたいやら、申し訳ないやら。
「ウォルフガング、どうしても耐えられぬと思った時にはこれを飲め」
「は、かたじけのうございます、殿下……」
解呪の日、まさかの王太子殿下が出張ってこられ、ウォルフガングに激励の言葉と、何やらポーションを渡してくださった。
神妙な顔つきでそれを受け取ったウォルフガングは、そっとその瓶を確かめて……顔が、ガチッと強ばった。
「ちょっ、お待ちください殿下!? こ、これは……エリクサーではありませんか!?」
「はぁ!?」
隣で聞いていた私まで、はしたない声を出してしまった。
それはそうだ、エリクサーと言えば万病を治し、死人すら蘇らせると言われる最高級のポーション。
王族以外では目にすることすら稀なそれを、王太子殿下は『飲め』と渡してくださったのだ、ウォルフガングが驚くのも無理はない。
だが、当の王太子殿下は涼しい顔だ。
「気にするな。ウォルフにはそれだけの価値がある。他ならぬ私が認めたのだ、誰にも文句は言わせない」
きっぱりと言い切るその姿は、実に麗しく……このお方についていこうと思わせるだけのカリスマに満ちていた。
側で見ていた私ですらそう思ったのだ、直撃したウォルフガングがどうなるかなど、言うまもでない。
「か、かたじけのうございます! このウォルフガング、必ずや生還し、殿下をお支えすると心より誓い申し上げます!」
滂沱と涙を流しながら誓うウォルフガング。
だよね……正直私も、瓶を渡された時は、『耐えられなかったら楽になれ』と毒薬を渡されたのかと思ったもの。
だけど違った。むしろ真逆だった。
王太子殿下は、こんなものを持ち出してまで、ウォルフガングに戻って来て欲しい、万全の状態になって欲しいと思っている。
それは、私ですら心を震わせられたのだ、ウォルフガング本人など尚のことだろう。
悲壮感すら漂わせていた先程と打って変わって、決意を漲らせた顔になるウォルフガング。
……こうなるともう、軍人だけあって、ほんっとうに男前。
それだけに、私の背筋も伸びるというもの。
「……いってくる」
「はい、お帰りをお待ちしております」
だから私は、微笑んでウォルフガングを送り出せた。
それから彼は、小屋の中に入って。
「奥方様は、ここで下山なさってください。きっとウォルフガング様もそれをお望みでしょうから」
「はい、わかりました」
宮廷魔術師の方の言葉に従って、私は下山した。
大丈夫。
今のウォルフガングなら絶対大丈夫。
心からそう信じて。
そして。
その夜、山には伝説に聞くフェンリルの咆吼もかくやという叫びが響き渡ったという。
「こ、ここは……」
「ああ……よかった、ウォルフガング様、お気づきになられたのですね」
無事に……というには疲労困憊になってしまったものの、ウォルフガングの呪いは解かれた。
あまりの虚脱状態のため、二日ほど寝込んではいたが、無事に今、目を覚ましてくれた。
そのことに、思わず安堵の涙が零れてもしかたないと思う。
「……すまない、あなたを泣かせてしまった」
「き、気にしないでください、これは、あなたのせいではありません」
ぐしぐしと目元を拭うも、残念ながらウォルフガングを安心させることは出来無かったようだ。
仕方ない、この人はこういう人だ。
「それにしても、エリクサーを飲まれてこれだなんて……本当に、危ないところだったのですね……」
死人すら蘇らせるというエリクサーは、確かにウォルフガングを守ってくれた。
それでも二日寝込む程に色々と奪っていったのだ、なんと恐ろしい呪いかと今でも背筋が震えてしまう。
だが、それももう、今日で終わりだ。
「これでやっと、あなたを愛することが出来る……それが、嬉しい」
「ふふ、そういう行為だけが愛するということではありませんよ?」
笑って返すも、ちょっと私もドキドキしてしまっている。
もしかしたら、ウォルフガングもだろうか。
「わかっている。いや、わかったからこそ、尚のことあなたの全てを愛したいと思っているのだろう。
あの夜からずっと、俺はあなたに支えられてきた。俺は、それらをあなたにお返ししたい」
ああもう。
厳つい系男子が柔らかく笑いかけてくるとか、反則じゃないですか?
でも、私は彼の笑顔から目を逸らすことが出来ない。
視線を動かしてしまえば、目がいってしまいそうなのだ。
布団の上からでもわかる、彼のテントに。
勝利は時に兎を獅子にするという。
まして、元より獅子だったものが、己を縛っていた鎖から解き放たれればどうなるか。
言うまでもなく、ライオンは強い。
私はその夜、いやというほど思い知らされた。
脳裏に駆け巡るのは、たった一つ。生き残りたいという思い。
何度も何度も、それを思いながら、言葉にならない叫びを上げたと思う。
「まだ、生きてる……」
翌朝、意識を取り戻した私が零した言葉がそれだったことから、色々とお察しいただきたい。
はしたない言動の多い私だけれど、本当にはしたない夜だった。
……それが嫌だったかと言われれば、その、あの。
「すまないミリア、加減がわからなくて……」
と、しょんぼりうなだれるライオンさんに、思わず笑ってしまうことが出来た辺り、私も大概タフである。
「大丈夫、ではないですけれど、これから加減を覚えていってくださいね?」
私がそう言えば、こくこく頷くウォルフガング。
その様が可愛いと思うあたり、私はやっぱり大概なのだろう。
だからこそ、彼にお似合い……だなんて口にはしないけど。
まあ。
その後、子宝にも恵まれ、腰が曲がるまで連れ添って生きたのだから、つまりそういうことなのだろう。
※お読みいただきありがとうございます。
こんな色々と際どいお話でございましたが、面白かったと思われた方はいいねやポイント評価をいただけると、大変ありがたいです。